4話 雑木林はやっぱり異世界ですか?
…………家から無事に脱出したはいいものの、何処へ行けばいいんだ。
街灯がポツリポツリとついている道を選ぶべきなんだろうが、街灯がついている=民家があるということだ。
真夜中なので人と出くわす事もそうそうないとは思いたいが、お向かいさん家もお隣さん家も真夜中に帰ってきたり、集まってどんちゃん騒ぎをしていることを知っている。
昔何度か隣で飲み過ぎた奴が当時まだ砂利道だった家の前の道に大の字で寝そべっていて迷惑だった記憶がある。
他にもこんな時間帯に大声で何人かが外で酔っ払って騒いでいた事もある。
そんなDQNが真横に住んでるとか冗談じゃねぇ!とも思ったが、今はどのみち近所の人間に出会うだけでアウトだ。
只でさえ噂が大変な事になっていると言うのに、これに続いて深夜徘徊まで上乗せされれば七十五日じゃ止まらなくなってしまう。
………元々話題性のないこんな田舎じゃあ七十五日で終わることなく、下手すれば一生ついて回ったりもするんだが。
そう考えるとやはり俺の行ける場所は林の中しかないのか……。
街灯も何もない林の奥へとぼとぼと歩く。
この林のせいで俺の人生は大変な事になったと言うのに、その林しか外に出て行ける場所がないというのも皮肉な事だ。
上を見ると都会では見られない星々が煌めいている。
このクソ暗い林の中では見るものなんか何もないのだから、そりゃあもう星を見るしかないだろ。
………都会は上を見上げてもビルが見えていたのに、今見えるのは道の両脇に生えている竹と木、それから星だけだ。
そういやここに変な道が出来てたんだよな。
見てみても刈り込まれた草しか見えず、あとは真っ暗な闇がただ広がっている。
結局あれは何だったのだろう?
ここら辺には狐も出るし、化かされでもしたのだろうか?
………あり得る!
あまりそんな話は信じない質だが、俺は何度か見たことのある狐の性格の悪さを知っている。
アイツ等あんな綺麗な見た目してる癖に、夏になると夜に家の前まで出て来て外で飼ってる近所の犬をからかいやがるからな。
何で夏にしかそういった事をしないのかは謎だが、鎖で繋がれてるってのを分かってておちょくるその性格の悪さ!
しかもその顔に似合わず鳴き声はもろに獣獣しい。
………まぁ俺が居ない間にここら辺も開拓が進み、家の前は舗装されたし、林を抜けた先には大きな道路も走っている。
未だに奴等が生息してるかどうかはわかんねぇけど、ここいらにいる狐はそんな奴等だ。
一生に一度化かされる事だってあるのかもしれない。
………それにしては悪戯の範疇を越えている気もするが。
それは捨て置き、この林はそんなに広くない。
普通に歩いて十分もしないうちに道路へと抜けてしまう。
折角抜け出したんだ。夜はまだ長い。
さて、何処へ行けばいいのやら。
この林にずっと留まるなんて冗談じゃねぇし、虫に襲われない為にも歩き続ける必要がある。
せめて一時間でも外の空気を吸いたいところだ。
…………道路を渡ったその先へ、行ってみようか。
確か道路を横断したその先にも小道があったはずだ。
どこへ続いているのかは知らないが、原チャリがたまに通っているだけで、車が通っているのは見たことがない気がする。
左右は竹に囲まれてて民家もなかったはずだ。
何処かへ出られればそれでもいいし、あまりにも長い道だったら途中で折り返して帰ってこよう。
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道路へと出た俺は遠くに見える町の灯りを眺める。
右手には大山が聳えている。
冬になればスキー場の灯りが灯っていて綺麗なのだが、今の時期それは見られない。
……にしても本当に人居ねぇな。
割と新しい道路の癖に、夜中になると車一台通りやがらねぇ。
すっかり暗闇に慣れた目は、町の灯りと星の明かりをはっきりと見せてくれる。
こうやって見ると、随分と綺麗なところだ。
ここから少し行った場所にある畑は、春になると蓮華畑になる。
その畑からは町が見渡せて、右手には大山が大きく見えるのだ。
晴れた日にその蓮華畑へ行くと、目の前は蓮華、眼窩の桜並木、そして大山が一望出来る。
当時小学生だった俺の、特別な場所だった。
あまりにも綺麗なそこは、今でも瞼の裏に焼き付いている。
………まぁ、今思えば誰のかわからない畑に不法侵入して、蓮華摘みまくりの蜜吸いまくり……迷惑極まりないガキだったとは思う。
多分ご近所の誰かの畑だったんだろうが、もう時効だと思いたい。
さてと、車が来ないとはいえ道路の真ん中で考え事はいけねーな。
ちゃちゃっと小道に進みますか。
…………暗い。暗すぎる。
小道に入ったはいいが、林の中よりも暗いってどういう事だ。
左右から延びている竹が、トンネルのように伸びて月明かりすら遮断している。
確かに昔入った時も昼間の癖に妙に暗くて、当時子供だった俺は暗さと途中にある石碑のようなものと、多分道祖神だったと思うが……そんなのにビビって直ぐ様引き返した記憶がある。
しかもそれ以降は全く近寄らなくなってしまった。
神社なんかもそうだが、木漏れ日の中の神社や像なんかが、綺麗な筈なのにたまに恐ろしくてゾッとするのは何故なんだろう?
…………何かそう思うと急に怖くなってきた。
「丘~をこ~え~ゆこ~うよぉ~!口笛吹きつ~つッ!」
怖いときには無意味に歌を歌うッ!
「空~はす~み青~空~!まき~ばをさしてぇ~!フフフフン♪フフフフン♪ふふふ手ぇーをとーりランララララララ♪ランラララあひるさんガァガァー!ララララフフフンフン♪」
ヤベェ、歌詞わかんねぇ。
二匹目なにさんだよ。
そもそもこんな最後に歌ったの小学生の頃みたいな曲、メロディーすらうろ覚えだわ。何で今急に頭に出てきたんだよ。
何となく二匹目は二文字の動物だった気がする。
『くまさん』とかか!?
くまさんの鳴き声何だよ………ガオガオ?そりゃライオンさんか。
何か『メエメエ』とかもあった気がする。
ってーと、どっかに『羊さん』が居やがる筈だ。
くそッ!謎は深まるばかりだ!
そもそも一匹目があひるさんかどうかすらも怪しいところだ。
こんな俺に出来ることはただ一つ!
「ランラララ手をとりあってぇー!今日もゆかーいだぁー!」
無理矢理終わらせる!!
「………………………………。俺、何してんだろ。」
アラサーの男が夜中に暗い林の中で、大声で歌詞もメロディーもふわっとした童謡歌ってるとか…………ホラーだな。狐も寄り付かんわ。
もっと他に新しい曲ねーのかよ。
五代目Fソウルブラザーズ的な。月野源的な。
………どっちもダンスしか思い出せねぇ。
歌はもういい。諦めて道を進もう。
大体こうやって誰も居ないからとタカを括って大声で歌っているとだな、死角に人がいてスゲェ恥ずかしい思いをしたりするもんだ。
ノリノリでチャリ漕ぎながら歌ってたら人と遭遇して歌も尻すぼみになったりな!
田舎と油断してるとそんな事が起こる。
こんな真夜中の人っこいない林にだって原チャくらいは通るからな。
ほれ、そうこう言ってたら奥から灯りが見えた。
チャリか原チャの灯りだろう。
早目に歌うのやめといて良かったぜ。
危うく死亡するところだった。
…………ん?
あの灯り……近付いてくんのはいいけど…………なんか……………滅茶苦茶………でかくねーか?
迫ってくる光はとうに車のライトを超えている。
それでもさらに大きくなり迫り続ける光に、咄嗟に後ろを向いて走り出した。
何だアレ!
何だアレ!!
何だアレ!!!
恐怖に支配されて手足を無茶苦茶に動かしながら走る。
捕まったら終わりだ!
何故かそう思い走り続けるものの、自分が今何処を走っているのかすらわからなかった。
運動不足な身体はすぐに音をあげる。
それでも走った。
あれだけ明るい光が迫っているというのに、逃げる自分の影すら出来ないのは異常だ。
目の前の道は、来た時と同じく、ここが道であるのかすらわからない程に暗い。
もう追ってきてはいないのだろうか?
俺は狐に化かされて、からかわれたのだろうか?
あの光はかき消えて…………
後ろが気になってチラリと振り向く。
そこにはもう、視界に収まりきらないほどの光が迫っていた。
「あっ……………」
急激な光に目が眩み、足が縺れる。
一瞬のうちに色々な事が頭を過ったが、気にする暇もなく倒れ込む。
ズザァッという痛そうな音がしたが、今それを考える暇はなかった。
「……逃げ…………ッ!」
立ち上がろうと顔を上げると、目の前には何時だか見た道祖神が居た。
恐くて逃げ出した幼き日を思い出すが、あの時よりも今は不気味に見える。
目の前の道祖神は煌々と照らされていて、顔がはっきりと見えた。
そして気付く。
あぁ、俺はもう逃げられないんだ………。
そうして竹中隼人は光に包まれた。