宝石商&服飾デザイナー・ヴァレンティン夫妻
本日、7話同時更新。
この話は6話目です。
ルシアン様とドミニクさんとの有意義な会話を終え、俺は軽く一礼して次のテーブルへと歩みを進める……前に、一度飲み物をいただこう。ここまで喋り通して喉が渇いた。
近くにいたウエイターさんから新しいグラスを受け取り、ゆっくり飲みながら……次のテーブルの様子をうかがう。次に向かうのはヴァレンティン夫妻とセルジュさんのところ。聞こえてくるのは、ドレス用の新しい布地の仕入れや王都の流行に関する専門的な会話。
俺にはあまり縁のない分野なので、また勉強させてもらおうか……と考えつつ近づくと、いち早く俺の接近に気づいたセルジュさんが、手招きをしてくれた。
「リョウマ様、丁度良いところに。ぜひこちらへ」
「お誘いありがとうございます」
俺が控えめに加わると、ヴァレンティン夫妻も快くスペースを空けて迎え入れてくれた。そして挨拶もそこそこに、セルジュさんが自然な流れで話題を振ってくれた。
「リョウマ様。実は先程お2人にリョウマ様の“スライムレーヨン”の仕入れについて尋ねられたところだったのです」
「スライムレーヨンを、お2人はご存じだったのですか」
「以前セルジュ様から伺って、大変興味がありましたの。ただその時にいただいた試供品では布を作れるほどの量がなくて、仕入れが可能なら色々と試してみたいわ」
「そうでしたか。在庫はありますし、必要でしたら追加でご用意もできますよ。どのくらい御入用でしょうか?」
「50綛分は欲しいのだけれど、可能かしら?」
どのくらいの量かをセルジュさんに確かめたが、問題なかった。
「それでしたら在庫分で対応できますね。本日中の引き渡しも可能ですよ」
「あら、よかった。おいくらかしら?」
「あれの販売はセルジュさんにお任せしているのですが、ちなみに相場は?」
「まだ新しい物ですので、ないようなものですな。シルクに似た繊維ですので、下手に売ると“偽物”という悪印象がつきかねないということもあり、ヴァレンティン様のような信頼できる方へのお話のみに留めております」
「そうでしたか……では、対価としてヴァレンティン様の考えるスライムレーヨンの利用法を、私にお聞かせいただけませんか? 恥ずかしながら、私は服飾についての知識が乏しいので、この機会に少しでも勉強をさせていただきたいと思います」
「勉強代で相殺ということ? 貴方が良いなら私は構わないわ。私も開発者目線での利用法を相談したかったところだから、安いものよ」
「では商談成立ということで」
「成立ね。それから私のことはセレスティーヌとお呼びになって。ヴァレンティンでは紛らわしいわ」
「私も、どうかアルベールと」
「承知いたしました、セレスティーヌ様、アルベール様」
上品に微笑むセレスティーヌ様の目には、好奇心のようなものを感じる。職人としてか商人としてか、新素材に対してか、それを作った俺に対してか……よく分からないが、悪い印象ではないだろう。
グラスをテーブルに置き、しっかりと向き合う意思を表す。
「ではまず私から感じたことを言わせてもらうけれど、あのスライムレーヨンという繊維は確かにシルクに似ているわ。上品で優雅な光沢があるし、染色性もとても良い。肌触りもさらりとしていて悪くはないけれど、触れればシルクじゃないとすぐに分かるわね。シルクのしっとりとした肌に馴染むような感覚はないの」
「触感については、製造工程とそれによる成分の差ですね。シルクはご存じの通り“虫の糸”であり、人の肌や髪と同じ“タンパク質”が主成分となっています。
一方、スライムレーヨンは別種のスライムの綿毛や植物素材を原料として、抽出・生成された“セルロース”が主成分なので、シルクの方が材料的に人肌に近いもの。スライムレーヨンが肌に悪いという事ではありませんが、より刺激が少ないのはシルクでしょう。
他にもスライムレーヨンは水に濡れると強度が落ちること、また縮みやすいという欠点も抱えています。摩擦にもそれほど強くはありませんから、洗濯には注意が必要です」
性質の違いや欠点まで包み隠さず並べると、セレスティーヌさんは既に理解していたのだろう。深く頷き、デザイナーとしての専門的な視点から思考を巡らせ始めた。
「衣服の素材としては十分に使える範疇だけれど、売るならその辺りの周知も必要ね……そこを抜きにしても、貴族の正装や社交用のドレスには使えないわ」
「やはり偽物と見なされますか」
「その可能性が高いと言わざるを得ないわ。最初から正直に別物と言っていても、質感が似ていることは事実。比較されることは避けられない。伝統的なシルクと新素材、比較されれば歴史では敵わないし、大量生産が可能であれば“安物”とも思われるわね」
「素材の良し悪しとは関係なく、貴族が“公の場で身につけるに相応しくない”と判断する要素が多いのです」
セレスティーヌ様の説明を、アルベール様が率直にまとめてくださった。実に分かりやすいし、その言い方をするということは、
「“公の場で着ない服”であれば、問題なく使える可能性がある、ということですか?」
「いかにも。貴族といえど、一日中礼服を着用しているわけではありません。質さえ良ければ室内着など、個人的な場であれば着る方は多いと見ています。華々しい生活をしているように見えて、普段は爪に火を灯すような生活をしているという方も貴族には珍しくない。
正しく配慮を行い、売り方を間違えなければ、需要は確実にあると我々は考えています」
「少し裕福な庶民向けにもスライムレーヨンの服は売れると思うけれど、そちらはまず貴族の間で製品を浸透させてからにすべきね。安物という印象がより強くなってしまうから」
貴族的文化と思考から、適した売り方や相手、優先順位を理路整然と組み立てる。一連の流れから、彼らの経験が豊富であることは俺の目から見ても明らかだ。常日頃から、呼吸をするようにマーケティングやトレンドの動向を注視しているのだろう。
「室内着を中心に製品を作るとして、最初は派手さよりも素材の良さを活かせるデザインがいいわ。基本の白と色鮮やかに染めた糸、独特の光沢と滑らかな質感と併せれば、大きな武器になるでしょう。飾りつけや小物にするのもいいわね。あとは、日傘はどうかしら?」
「日傘」
飾りと聞いて、頭になかったものが出てきた。雨に濡れる傘とは用途が違うけれど、屋外で使う以上は突然の雨で濡れる可能性がゼロではない。また、開閉や保管の際に摩擦や皺も生じやすいと思われる。
「そこはデザインと使い方次第かしらね……でも需要はあるの。日傘は女性貴族の持つ小物としては一般的で、過去には傘に沢山の飾り付けをすることが流行した時期もあるから。風にたなびく飾りをつけた傘は特に根強い人気があるわ」
「確かに優雅には見えそうです。
しかし、日傘にするなら日傘としての効果がなければ本末転倒。レーヨンには紫外線を防ぐ効果もないので、そこは別途加工が必要になりますね」
俺がさらに問題と思ったことを付け加えると、ここで不意に会話が止まる。ヴァレンティン夫妻が素早く目くばせをして、さらにセルジュさんも首を振る。
「リョウマ様、その“紫外線”とは? 日光とは異なるものなのでしょうか?」
「日の光は一種類だけでなく“可視光線”と“不可視光線”に分かれており、紫外線は不可視光線の一種。日焼けや肌のシミの原因ですね」
「そのような話は寡聞にして存じ上げませんが……」
「可視光線と不可視光線という分類も初耳ね。光を見れば眩しいと感じるけれど、違うのかしら?」
どうやら“紫外線”という概念がこちらにはまだ存在せず、日光を遮ればいいと考えられていたようだ。よく考えたら地球でも紫外線が発見されたのは近代、1800年くらいだったはずだし、紫外線も日光の一部なので対策として間違いではない。
もしかしたらレミリー姉さんとか、光魔法に詳しい人なら知っているかもしれないけれど、ここで重要なのは知識の出所よりも説明だ。そのために今できることといえば、
「セルジュさん、簡易的な実験ができればもう少し説明しやすいのですが、魔法を使う方法はないでしょうか?」
「周りを傷つけるようなものですか?」
「危険はありません。ただ、こういう会場での使用は禁止だと聞いたので」
「ああ……それは貴族の正式なパーティーなどでの、参加者の安全を担保するためのルールですな。我々の会合でも危険のあるものは困りますが、安全であれば周囲に一声かけたうえで、使って構いませんよ。
我々は商人ですからな。参加者には信用がある人間を集めていることも前提ですが、空間魔法や魔法道具で品物を持ち込んで商談をすることもありますし、その辺りは比較的に緩いのです」
商人として利を優先した結果なのか、とにかく許可は出たので周囲に一声かける。ヴァレンティン夫妻とセルジュさんの随行員が少し近づいては来たが、反応はそれだけなので、始める。
空中に水魔法で水の三角柱を生み、氷魔法で凍らせる。この時、魔法で生み出した水は純水をイメージし、さらに凍らせる過程では不純物が入らないよう注意。こうして完成したのは、透明度の高い氷の三角プリズム。
学校ではクリスタルやガラスで行われる実験だけれど、これでも要件は満たしている。出来上がった三角プリズムを日の当たるテーブルの上に置き、光が入る側と反対方向のテーブルクロスをめくりあげて“白い壁”にすると、この時点で早くも結果が表れた。
プリズムを通った光がうっすらと色づいている。しかし、これだと光の色は見えにくい。なので闇魔法でプリズムとテーブルクロスの周囲を薄暗くし、光の入り口をスリット状に絞る。
さらに手で氷の角度を微調整すれば……屈折した光が七色に分かれ、はっきりとした光の帯を描いて見せた。
「形は変ですが、虹ですな」
「差し込んでいる光は窓から入ったものよね」
「氷の塊1つを置くだけで光が7色になるとは」
実験結果が3人の目にも明らかになったところで、説明を続ける。
「光の色は絵の具の色とは異なり、これらすべての色が混ざると白、我々のよく知る日光になります。そしてこれは“分散”と“屈折率”という光の性質を利用して、日光に含まれる光の色を分割し、色が混ざっていることを証明する実験です。
こうして分割された光の内、今ご覧いただけている7色の光を可視光線、人間の目で色を見ることができる光のことですが……この実験により“目に見える光のほかに、目に見えない光も存在するのではないか?”という疑問が生まれました。
新たな疑問の下に不可視光線という概念が生まれ、過去の偉人が研究を続けた結果、発見されたのが紫色より外に存在した“紫外線”。反対に赤い光の外側に存在した“赤外線”なのです。
残念ながらこの場では道具が足りず、不可視光線の存在を証明する実験はできませんが、日光は単一の光ではなく複数種類の光が混ざったものである、ということは感じていただけましたでしょうか?」
ここでプリズムに注目していたセレスティーヌさんがハッとこちらを見た。
「新しい概念だけど、一応は理解できたと思うわ。そして紫外線を防ぐことで、より日傘の、肌を守る効果が高まるのね?」
「その通りです。付け加えるなら、暑さを感じさせるのは主に赤外線の効果。目に入って眩しく感じさせるのは可視光線。それらすべてを一挙に解決するとして、日光を遮るというのは間違いではありません。
目的や用途に応じて選択や調整をすることで、より必要な効果を高める余地がある、程度にお考え下さい」
「ありがとう。参考にさせていただくわ。
……この際だから聞いてしまうけれど、紫外線を防ぐ素材、あるいは処理もご存じなのかしら?」
「そうですね……僕は祖母から薬品作りも学んでいまして、日焼け止めのレシピをいくつか知っています。中にはおそらく紫外線を防いでいるのではないか? と思う魔法薬もあるのですが、布の処理とは別物ですし……可能なら魔法道具を組み込む方が手っ取り早いかと。
紫外線も光であることに違いはないので、光属性で流れを歪めて逸らすか、闇属性で紫外線のみ防ぐか」
試しにもう一度闇魔法を使い、掌の上にレンズのような闇を生み出し、紫外線をフィルタリングしてみる……しかし、不可視の紫外線では阻めていても視覚的には分からない。
改めて可視光線で青以外、赤以外とイメージしてみると、透過を許した色に手が染まる。これによりフィルタリングに成功していることが確認できたので、おそらく同様に紫外線や赤外線だけを防ぐことも可能だろう。
さらに魔法として成功したのであれば、魔法道具化も可能だろうと結論付けたところ、アルベール様が唸る。
「恐れ入りました。そして貴方のこれまでの成功に納得もいたしました。私が想像していたよりも、貴方は素晴らしい能力をお持ちのようだ」
「そう言っていただけると光栄ですね」
「形式的なものではなく、本心からの言葉ですよ。服飾は専門外と言いつつ……実際に専門外ではあるとしても“知識を蓄え必要に応じて活用できる”というのは紛れもない、貴方自身の強みでしょう。
この光の実験も非常に興味深い」
アルベール様はテーブルに残された氷のプリズムをじっと見つめながら、深く納得したように頷いた。
「説明を受けながら頭に浮かんでいたのですが、あの実験内容は宝石の輝きにも関連しているのではありませんか?」
「確かに宝石、例えばダイヤモンドのカットによっては、光が屈折する際に異なる色合いが見えるでしょう。屈折だけでなく全反射とか、他にも色々な要素が複合した結果の美しさだと思いますが」
「やはり。……いやはや、この歳になって宝石の神秘の一端に触れることになるとは。また次の機会には、光の性質についてさらに詳しくお聞かせ願いたいものです」
アルベール様は宝石商故にか、今回の話に強く興味を惹かれたようだ。それでもこの場で質問を重ねないのは、俺への配慮だろう。今日は初参加でまだ話していない人もいるし、立食形式のパーティーでは、あまり長時間同じグループで固まり過ぎないのがマナーでもある。
穏やかな笑みできっかけを作ってくださったので、彼らとの話はここまでにしよう。
最後の方は俺が好き勝手喋っていた気がするけれど……成功したっぽいのでヨシ! だ。
「ありがとうございます。僕も楽しい時間を過ごさせていただきました」
こうして次のテーブルに移ろうとしたところ――
「リョウマ様」
セルジュさんが俺を追って、少し改まった様子で声をかけてきた。
「実はずっと、お伝えしたいことがあったのです」
「何かありましたか?」
「カルムとカルラのことで。彼らをリョウマ様の下に送り出して本当に良かったと、心から感謝しております。普段から店を任せて厚遇していることも聞き及んでいますが、この会合の随行員として選んでいただけたことについて。
この場を自分の目で見て、あのように参加者と交流した経験は、彼らの将来のためにもなることでしょう」
セルジュさんの視線が、双子の姉弟へと向く。彼らは既にエルミラ様との会話を終えていたけれど、どうしてそうなったのか……グリシエーラ様に引き連れられて、参加者のようにドミニクさんと話をしていた。そして時折何やら指導を受けている。
何があったのかは後で聞くとして、確かに勉強にはなっているのだろう。
「お礼の言葉は受け取りますが、商人として活動する場に赴くのであればあの2人が最適と判断したまでで、他意があったわけではないですよ」
「だとしても、この会場に踏み入れる機会は貴重ですから」
「まぁ、それはそうでしょうね……」
参加者が皆さん立場のある人ということで、おそらく随行員は護衛が基本なのだろう。あとはオレストさんが後継者として参加したと話していたこともあるし、自分の経営に関わる重要人物に顔つなぎをさせるためにも使う枠。それを俺は2人に割り当てたのだ。
彼らと関係を持ちたい商人がいたら、垂涎の立場であることは分かる。
ただ、
「護衛に関しては御者兼任の1人がいますし、ここでは殴り合うようなことはまずないでしょう。仮に何かあったとして、その場合は自分で戦った方が早いので」
冗談めかして、肩をすくめると、セルジュさんは笑った。
「樹海を気軽に行き来する実力があれば、確かに並の護衛は不要ですな」
「素晴らしい人材を送り出してくださったセルジュさんには、こちらこそ感謝してもしきれません。これからも、彼らと共に良い商売をしていきたいと考えています」
「期待しております」
セルジュさんに深い感謝の意を込めて一礼し、ヴァレンティン夫妻にも改めて会釈をしてから立ち去る。
いよいよ次で最後となる相手の下に、気合を入れて歩みを進めた。




