美術商・ルシアン
本日、7話同時更新。
この話は5話目です。
これで一段落したと思うと、少し休みたい気もしてくるが……休んでいる暇はない。傍目から見れば優雅で穏やかな空間なのに、実にせわしなくて神経を使う場だろう……前世でこんな世界に足を踏み入れたことはないけれど、地球でも同じなのかな?
「今度の新しいホテルは“静寂”がテーマでして、ロビーに飾る絵画はありませんか?」
「それならまだ若手ですが、良い風景画家の絵がありますよ」
おっ?
会話が聞こえてきた方を見れば、不動産や観光業を手掛けるドミニクさんと、画商のルシアン様が歓談していた。どうやらドミニクさんが絵を買いたいようだ。
……俺も公爵家の技師という身分になって、事務所では応接室の体裁を整える必要性も出てきたしな……その辺りはエレオノーラさんに任せているけれど、俺も少しは気にした方が良いのかと思い始めていた。
正直、知識は全くないけど、だからこそ彼らの話題は今の俺にとってはタイムリー。話を聞いて勉強させてもらう、という形でなら話に加われそうだ。
俺はグラスを片手に、2人の傍へとゆっくり歩み寄った。
「お二方、ご歓談中に失礼いたします。もしよろしければ、私も絵画のお話に加えていただけないでしょうか」
俺が丁寧に声をかけると、2人は快くテーブルのスペースを空けてくれた。どちらも表情は和やかで、俺の参加を歓迎してくれているのが伝わってくる。
「絵画に興味があるのかい?」
「興味もありますが、今は必要に駆られた部分も大きいのが正直なところです。実は身分ある立場になり、先日は貴族のお客様がいらっしゃるなど、相応の応接室を用意する必要が出てきました。
今は公爵家から派遣された方に対応してもらっていますが、任せきりで私は何も知りませんではよくないかなと。少し勉強をした方が良いかと思っていたところなのです」
見栄を張っても仕方がないので、素直な理由を打ち明けた。下手な知ったかぶりをするよりは、誠実なだけマシだろう。幸い、ルシアン様はそこまで気にした様子はない。
「うんうん、最初はそうだよね。きっかけは人それぞれだから、美術品について知りたいと思ってくれたのなら大歓迎さ。
ちなみに、タケバヤシ君はどんな美術品が好み、とかはあるかな? どうせ学ぶなら好きなものや興味のあるものの方が覚えやすいし、内装にも趣味は出るからね」
「好みと言うより身近なものでいえば、石像でしょうか? 神像作りを嗜んでおりますので。あとは最近陶芸も趣味として始めてみました。絵画だと、人物画より風景画。抽象的な絵よりも写実的な方が好きだと思います。
美術に関する専門的な知識がないので、単純に見て“綺麗だな”とか“凄いな”と、わかりやすく感じられるものはいいと思いますね」
俺がそう答えると、何故かルシアン様は機嫌がよくなったように見える。
「それでいいんだよ! 芸術を味わうのに小難しい知識なんていらないんだ。もちろん知識を持って鑑賞することで、より作品の深みを味わうことはできるよ? でもね、芸術というのはその作品をみて自分が何を感じるか、それが全てさ。
自称知識人の技術がどうとか作者の生い立ちがどうとかいう語りは、君が言ったような素直な感想をより詳細に言語化、あるいは歴史をからめて、場合によっては個人の空想まで付け加えて脚色されたものに過ぎない。
君のような素直な見方が本来、最も大切にされるべきなのさ」
「そう言っていただけると、気が楽になります」
これは、俺のレベルに話を合わせてくれている、というわけではなさそうだ……
「君のような素直な理由で購入してくれる方が、私としても商いをしていて楽しいよ。
あまりお客様を悪く言うのは良くないと分かっているが、それでも“どの作家が描いたか”とか”以前どこにあった誰の持ち物か”とか、絵画そのものの美しさには目もくれず、付随する情報ばかりを重んじる客には辟易する。
彼らは高名な画家が描いたと言えば、白紙のキャンバスを額に入れただけでもありがたがって買いかねない。そしてそれを、これ見よがしに飾って自慢の道具にするだけなのだ」
ルシアン様はグラスのワインを煽り、芸術を解さない権力者たちへの憤りを隠さずに語る。その熱を帯びた口調からは、彼が本当に絵画そのものの価値を愛していることが伝わってきた。
ドミニクさんをチラリと見ると慣れた気配を感じたので、いつもの事なのかもしれない。
「もちろん歴史的な背景に価値を見出すこと自体を否定はしないが……歴史さえあれば、呪いのかかった品を嬉々として収集する輩は本当に理解できない」
「呪いのかかった物をわざわざ?」
「そう、例えば没落した貴族が所有していた美術品だ。貴族社会は政治闘争が絶えないからね、珍しくもないんだよ。種類を問わず名作と言われるものを欲する人は多いし、価値もある。
そこに“かの○○家の秘宝!”みたいな経緯があれば、より箔がつく。呪いはその証拠とすら思っている節があるんだよ」
「それはまた、随分と危険な趣味をお持ちの方もいるのですね」
「君も貴族と関わることが多くなるだろうし、闇の部分を知っておいて損はないよ。理解する必要はないけどね」
「覚えておきます」
ここでルシアン様は視線を動かし、俺の手首に目を向けた。
「ときにタケバヤシ君、君の腕にあるその飾りは呪具かな?」
「! ご明察の通りです。よくお分かりになりましたね」
「お客に販売することはできないけれど、呪いのかかった美術品が私の所に流れてくることはそれなりにある。何度もそういった品に触れているせいか、なんとなく分かるようになったんだ。仕事のために、必要最低限は呪術も修めているしね」
「ルシアン様も呪術師でしたか」
「も? ということは」
「僕も今、公爵家から先生をご紹介いただいて呪術を学んでいる身なんです」
冒険者活動の途中で呪われてしまったことや、その後のことを簡単に説明すると、ルシアン様は興味深そうに聞いていた。
「解呪不能とは大変だね……」
「そうでもありませんよ。こうして呪具で抑えられる程度の呪いですし、呪具作成や瘴地管理もできるようになりました。それに趣味であり本業であるスライムの研究にも役立って、呪いを食べるスライムを発見するきっかけになりました」
だからトータルではプラスだと言いたかったのだが、その前にルシアン様の目が大きく見開かれた。さらに隣で静かに話を聞いていたドミニクさんからも、何やら圧を感じる。
「術を1つ覚えたとかではなく、瘴地管理ができるほど? しかもその呪具も自作? であれば解呪もできるのかい? あとそのスライムも呪いを食べるということは、解呪になるのかな?」
「呪いによりますが、解呪はできます」
「……先ほど言った通り、私の店には呪いの品も定期的に入ってくる。私は呪いを無効化する術を使うのだけれど、解呪は苦手でね。その都度専門の保管所に送っているのだけれど、そうするとせっかくの美術品が高確率で死蔵されることになってしまう。
もしリョウマ君とそのスライムに解呪が可能なものがあれば、美術品を救い出してもらえると嬉しいのだけれど、どうだろうか? 解呪に成功すれば私もその品を売りに出せるようになるから、もちろん報酬も出す」
「タケバヤシ様、実は私の所有するホテルでも呪いに関する困りごとがありまして……主に、貴族のお客様がお泊りになられた際に」
何事かと思えば解呪のご依頼か……スライムの餌や遺失魔法の実験に使えるから、俺としては別に協力できる範囲で協力することに異論はない。でも2人は何故、呪術を学び始めたばかりの俺にそんな相談をしたのか? と聞くと、例の人手不足問題がまた出てきた。
「報酬の問題ならその分お金を積めばいいのだけれど、物理的に無理と言われてはどうしようもなくてね」
「緊急性の高い場合は可及的速やかに対処してもらえますが、緊急性の低いものだと年単位で待たされることが珍しくないのです」
なるほど、解呪能力より手が空いていて早く引き受けてもらえることの方が重要なわけか。……よく考えたら2人も貴族と関わる商売をしている人達だし、そうでなくともお金持ち。呪いの被害がいつ自分の身に降りかかってもおかしくはない。
総合的に考えて、呪術師との伝手はいくらあっても困ることはないのだろう。
商人として会合にきて、呪術師としての価値が認められているけれど、
「私としてもカーススライムの育成や呪術の研鑽のために、是非協力させていただきたいと考えています。
ただ、私一人の独断で引き受けるには少々荷が重い案件ですので、一度師匠であるローゼンベルグ様に相談するお時間をいただけませんか?」
「もちろん、急ぎではないからね。危機管理がしっかりしていて安心だよ」
「ご連絡をお待ちしております」
呪術師としての評価でも全然OK!
俺は商人として評価されない! 悔しい! みたいなプライドとか特にないので、大商会の経営者との繋がりが作れれば十分なのである。むしろこういう繋がり方もあるのであれば、呪術を学んでいてよかったとすら思う。
商人としてはちょっと意識が低いかもしれないことを考えつつ、さらに会話を続けたところ、興味深い話も聞けた。
なんでもルシアン様は元々男爵家の子息だったらしい。しかし絵画好きが高じて画家を目指したものの、鳴かず飛ばず。ほぼ無収入でも家の金で絵画収集を続けたことで実家を勘当されたとのこと。
美術商になったのは、手切れ金代わりに持ち出しを許された絵画を趣味仲間に販売し、そのお金を元手に、趣味を通じて培った鑑定眼と人脈を駆使していたら、自然とこうなっていたとのこと。
もちろん商才もあったのだろうし、品物を見極める確かな知識があったからだとは思うけれど……ハッキリ言えば彼は“趣味人”。セルジュさん達よりも、俺の方に近いタイプだったことが判明した。
「聞いた話だけど、タケバヤシ君はセルジュ殿に店を持つことを勧められたんだって?」
「そうなんです。僕が屋台で小銭稼ぎくらいに考えていたことを聞いて、問題点を指摘してくださって、そこから大きくなって今の形に」
「僕も似たような経緯だから、少しだけ気持ちがわかるよ。急に商売の規模が大きくなると、戸惑うこともあるんじゃないかい?」
「確かにありますが、幸い僕には支えてくれる人達がいたので」
ここで視線だけ、エルミラ様と話している2人に向ける。
「それは良かった。良い部下がいるだけで、やりやすさは大きく違うからね。取引先としても期待できそうだし、美術品の仕入れも必要な時にいつでも声をかけて欲しい。連絡先も教えておくし、店に直接来てくれても良いからね」
「ありがとうございます。その際はよろしくお願いいたします」
こうしてルシアン様との顔つなぎは成功。
確かな手応えを得られたことに安堵しつつ、俺は2人に一礼してから次に向かった。




