娼館オーナー・エルミラ
本日、7話同時更新。
この話は4話目です。
乾杯の挨拶が終わり、参加者達がそれぞれに動き始めた。俺もどこかで会話に加わろう。
ウェルカムドリンクのグラスを片手に会場を見渡し、最初に目をつけたのはグリシエーラさんとエルミラ様、年長者2人のテーブルだ。
「グリシエーラさん、エルミラ様。ご歓談中に失礼します」
俺が声をかけると、二人はグラスを傾ける手を止めてこちらに視線を向けた。グリシエーラさんは面白そうな表情を浮かべ、エルミラ様は妖艶な笑みを浮かべている。
「おや、真っ先に来るのがアタシ達のところとはね。もっと若い子か、男の商人のところへ行くと思っていたよ」
「エルミラ様には最初にお声をかけていただきましたので。まずは順序としてご挨拶に伺うべきかと思いまして」
「そうかい、律儀な子だね。でもアタシが経営しているのは娼館だよ? 坊やはまだ関わりもないだろう。わざわざ来てくれたのは嬉しいけど、商売の利益にも繋がらないんじゃないかい?」
俺が素直な理由を口にするとエルミラ様は扇子で口元を隠し、少しからかうような口調で告げた。
「そんなことはありません。むしろ、この会場にいる皆様の中で、最も仕事の関わりが増える可能性があるのはエルミラ様だと僕は考えています」
「へぇ? どういうことか聞かせてもらえるかい?」
「もちろんです。まず思いつくのは“衛生環境の改善”ですね。
僕が最初に始めた洗濯屋をご利用いただければ、娼館で働く方々の衣服のみならず、大きくかさばる寝具の類も手軽に洗うことができます。そして清潔な環境は快適なだけでなく、病気を未然に防ぎ、仮に発生した場合も蔓延を抑えることに繋がるでしょう。
お店の人気や回転率にも左右されるとは思いますが、洗濯物の量は通常の宿屋とは比べ物にならないと考えているのですが、そこのところはいかがですか? あまり量が多いと管理も大変ではありませんか?」
「大抵の娘は1日に複数人の客を取る。部屋はその都度整え直すから、当然洗濯物は山ほど出るね。衛生環境についても娼館は気をつけなきゃならない点であることは事実さ。
でも、娼館は女が体を売るだけの場所じゃない。裏でそれを支える人間も必要でね、洗濯もその内の1つ。そして裏方の仕事は年老いた娼婦や、まだ店に出られない子供の仕事でもあるのさ。経営者としては安くて早く済むのは助かるけど、そういう人の仕事を奪っちまうのはちょっと、どうなのかねぇ?」
分かりやすく難色を示されるが、それは想定内。
「そこはエルミラ様の調整次第かと。裏方の仕事は洗濯だけに限らないでしょうし、今“子供の仕事”と仰いましたね? その子供達は将来的に、娼館で働くことになりますか?」
「全部が全部ってわけではないけど、大体そうなるね。
言っておくけど、うちは子供を買い付けたりはしていないよ。皆、娼館に勤めている娼婦が産んだ子さ。どんなに対策をしていても、行為に及んでいれば孕む時は孕むものだからね。うちは娘が生みたいと言えば許すことにしてるんだ。産んだ後もそれなりには面倒を見る。
店によっては孕んだと分かれば問答無用で、棒で殴りつけてでも子を流そうとする所もあるからね。娘たちと子供の扱いは真っ当なつもりだよ」
「素晴らしい。そのような経営方針であるならば、いかがですか? 洗濯で空いた分の時間を使い、子供に教育を行うというのは」
「教育かい、具体的には?」
「そこは僕にはなんとも、娼館で働く上で何が必要なのかを知りませんので。ただ、冒険者をしている人が、娼館では単純に行為に及べればそれでいいというものではないのだ、とか話しているのを聞いたことがあるのですが、いかがでしょう?」
「そういえば冒険者もやってるって話だったねぇ……確かに、高級な娼館で働く娼婦ほど、単純に顔や体がいいだけじゃダメだね。行為に及べさえすればいいって客も大勢いるけど、そういうのを相手にするのは安い娼館に勤める娼婦か、娼婦とも呼べない連中だね。
より高い金を要求するってことは、それだけ良い体験を客に提供できなければいけないし、高い金を気前よく払える客ってのは身分が良いか、稼ぐ知識や能力を持っている、つまり教養がある人間が多くなる。
そうした人間を相手にするには、最低限“不快にさせず話に付き合えるだけの教養”が娼婦にも必要だ。身請けをされて年老いた貴族の後添えになるような娘だと、一般的な貴族の令嬢以上に教養を身につけている場合もあるくらいさ」
「高度な教養を一朝一夕で身につけることは不可能。ならば、幼い頃から洗濯に充てていた浮いた時間で集中的な教育を与えれば、将来的に高級娼館に勤められる水準の教養を持った方が増え、利益に繋がるのでは?
また、エルミラ様が先程仰った“安い娼館に勤める娼婦”は酷い扱いを受けることも多いとか……僕が想像するのはまだ安易な内容だと思いますが、そのような現実がある以上、酷い扱いを受けずに済む立場まで上る機会を得られるというのは、子供達にとっても利点ではないでしょうか?」
「そうだねぇ……そう考えると悪くないかもねぇ……でも、そう上手くいくかね?」
「教育の成果は本人の努力もありますし、長い目で見る必要があると思います。ですが、空いた時間を学習に充てることは確実に可能です。実際に、今の顧客にはそういうことをやっている方が結構いらっしゃるので」
「そうなのかい?」
「たとえば下働きの洗濯をうちの店で済ませて、腕を磨く時間を捻出している職人見習いの方だったり、空いた時間で得意な手芸品を作って売ることで、洗濯料金以上の収入を得ている奥様だったり。彼らは洗濯にかかる“時間”をお金で買っていると言っていいでしょう。
このような利用方法が、利用者の間で広まっているらしく……おかげさまで最近は季節も家族構成も関係なく、いつも繁盛しております」
「なるほどねぇ」
エルミラ様は、俺の説明を聞いて心が動いているような態度を取っている。……けど、この人絶対、最初からこの程度のことは考えていただろう。
俺のことが噂になっていたなら洗濯屋の事も当然耳に入っているだろうし、この会合に参加するレベルの経営者が娼館を経営していて、安くて衛生管理に使える店の存在と利用できる可能性に気づかないわけがない。
……というか、耳に入ってて一考もしない程度の感覚の経営者が経営してる娼館とか怖過ぎる。途中の娼館の状況なんて、こっちの話を想定して話しやすいように情報を出された気もするし、なんなら誘導された気すらしている。
ここでの目的は商売上の繋がり方と利益の話ではなく、俺自身を観察することなのだろう。逆に考えれば“話の内容はこの程度でいい”という見方もできる。
「あとは、衛生管理についてもう一歩踏み込めるのであれば、娼館側だけでなく顧客にも薦めていただければより効果的で互いのためにもなるでしょう。洗濯屋は新しい顧客群を得られますし、娼館側は清潔なお客様が増えることでより病気を防ぎやすくなるかと。
いくら娼館側が注意を払っていても、不潔な客を相手にしていれば病気にかかる可能性は高くなるでしょう?」
「間違いはないけど、客の意識を変えるのは難しいことだよ? それも1人や2人じゃ意味がない。最小でも街、あるいは領、地域一体の客の意識を変えなきゃならない」
「そうですね……たとえば“清潔な男性は女性から好感を持たれやすい”と、ごく当たり前のことを広めてから“手軽に清潔にできる店がある”とさりげなく洗濯屋の方に誘導していくとか……やはり時間はかかるでしょう。
もしかしたら僕の寿命が尽きるくらい、長いお付き合いになるかもしれませんね」
俺がそう言うと、エルミラ様がクスッと笑った。
「長い付き合い、か。確かにアタシ達はかかわりが多くなりそうだ。でもね、客との駆け引きはアタシと娘たちの得意分野さ。ジャミール公爵領の中くらいなら、坊やの寿命が尽きるほどの時間は必要ないだろう。坊やが本気で協力するなら、だけどね」
「というと?」
「汚い恰好で平然と店に来るような男はね、そもそも身なりを気にしない、気にしても面倒だから長続きしないって奴も多いのさ。注意を向けさせるまでなら、うちの娘達が上手く声をかければいけるよ。ただ、続けさせるには坊やの店が身近でなくちゃならない」
「娼館に行く前にふらっと立ち寄れるくらいの気軽さで利用できるくらいとして、支店を増やしていけばいずれ……いえ、それよりも娼館のある地域に専門の支店を出してしまうのもいいですね。その方が娼館の人も利用しやすいでしょう。
うちの店は洗濯に使っているスライムの管理が経営の核になっているので、そこを確実に守った仕事をしていただけること。あとはお客様や地域の方々と良い関係を築いていけること。僕から従業員に求める条件は、究極的にはこの2つです。
エルミラ様のお店で裏方のお仕事をされている方々をご紹介いただければ、周囲との摩擦も少なく開業も早いかもしれませんね。少なくとも僕の考えでは、ですが……そうだ」
ここで一瞬部屋の隅に目をやると、向こうも真剣にこちらを見ていた。
「ここまで話しておいてなんですが、僕はスライムの研究とその成果を活かすことを中心に活動していまして、商売はほとんど他の有能な者に任せているのが現状です。
そして本日は、洗濯屋の業務を任せている者を2人連れてきておりますので、彼らをここに呼んでもよろしいでしょうか?」
「勿論さ。必要なら日を改めても良かったんだけど、今ここにいるなら好都合じゃないか」
ということで、カルムさんとカルラさんを呼び寄せる――必要はなかった。OKが出た次の瞬間には、焦らず、でも急いで2人はこちらに歩いてきている。
そして到着した2人をエルミラ様に紹介した直後、一歩引いて見守ってくれていたグリシエーラさんに呼ばれる。
「なかなか上手くやってるじゃないか」
「……あれで大丈夫ですか? 嘘偽りを口にしたつもりはありませんが、割と勢い任せでしたよ」
「交渉の場ならともかく、今は初対面だろう? まずはアンタがどういう人間かを相手に伝える時さ、アンタは素でアレなんだからあれでいいんだよ。それよりアンタは次にお行き。時間は有限なんだから、いつまでもあんなババアばかり相手にしてるんじゃないよ」
「えっ、今は店の話が」
「アンタが2人に任せてるって言ったんだろ? だったらこっちは任せておいて、アンタは顔繋ぎを続けるんだよ。適材適所だよ。ほら行った行った!」
持っていた杖を強めに地面につき、反対の手を追い出すように振るグリシエーラさん。その動きに気づいたエルミラ様が声をかけてきた。
「坊や、アタシはしばらくこの子達を借りるよ」
「では、僕は会場を回らせていただきますね」
後押しをいただいたので、軽く一礼してそのテーブルを後にする。
そして次に話しかける相手を探すため、再び会場へと視線を向けた。




