会合参加
本日、7話同時更新。
この話は3話目です。
実験場に建てた銭湯で疲れを癒やして、3日後……
外は午前中の日差しが心地よく降り注いでいるにもかかわらず、俺は洗濯屋本店の奥で、カルムさんとカルラさんの2人と顔を突き合わせている。
「スーツに皺はありませんね」
「カルム、ネクタイが曲がっていませんか?」
今日は前々から誘われていた、商人の会合に参加する日。事前の通達によると参加者は1人につき2人まで随行員を連れていけるとのことで、俺はカルムさんとカルラさんを選んだ。そのためにカルラさんにはわざわざレナフから戻ってきてもらったのだが……
「店長、肩口に埃が」
「えっ? あっ姉さん、今はオーナーだよ」
「! 失礼しました」
「そんな謝るほどのことでは」
2人はまだ店にいるうちから、滅茶苦茶緊張していた。
古巣のモーガン商会の会頭であるセルジュさんや、彼と同格の経営者達。つまり商人として雲の上の存在が集まる場に参加するわけだから、緊張もするだろう。俺も参加を決める前までは懸念していたし、何なら準備段階でも色々考えた。
ただ、明らかに自分以上に緊張している人を目の前にすると、冷静になることって本当にあるんだなぁ……と思う。
この日のために3人揃って新しく誂えたビジネススーツを着て、何度も何度も身だしなみをチェックしているけれど……このままだとほこりを取るブラシで生地が擦り切れるんじゃなかろうか?
「2人とも、そう固くならなくても大丈夫ですよ。オレストさんが話していましたが、彼らのような大商人は、取るに足らぬ者をわざわざ歯牙にかけたりはしないそうです。仮に僕たちが目をかけるに値しない相手と判断したなら、妨害のために割く時間や労力を惜しむと。
他ならぬ参加者の言葉ですし、上手くいかなくても今までと同じように経営はできるでしょう。今後の進退は、正直これまでが急成長しすぎなくらいですし、もっと気楽に行きましょう」
「……そうですね。不甲斐ないところをお見せしました」
「……私も冷静さを欠いていました」
過去にオレストさんから教えられたことを、そのまま伝えたところ、2人は僅かに肩の力が抜けたようだ。まだ完全にリラックスとはいかないだろうけれど、少しでも落ち着けたならよしとしよう。
……なにせ“商人として”という意味であれば、未熟なのは圧倒的に俺の方だろうから。本来そうなっているべきは俺の方なんだよ、本当に。
「オーナーのおっしゃる通りですね。我々が過度に緊張しては、逆に隙を見せることになりかねません。堂々と振る舞いましょう」
カルラさんが自らに言い聞かせるように、隣のカルムさんも決意に満ちた瞳で前を向く。
「オーナーさん達、そろそろ時間だけど準備はいいかい?」
「はーい、今行きます!」
丁度いいタイミングで、部屋の外から気さくな声がかけられた。
フォーマルな場に赴くため、形式を整えるという意味でも、今日は馬車移動。仕事用に馬と馬車を買い、扱いに慣れたユーダムさんに任せている。
「よろしくお願いします」
「お任せあれ」
ユーダムさんの軽快な声に少しだけ救われつつ、馬車に乗り込む。彼は俺達がしっかりと座ったことを確認すると、滑らかに馬車を走らせた。向かう先は会合の会場となる高級レストラン。以前オレストさんと食事に行った、あのお店だ。
先程までの緊張は薄れたとはいえ会話が弾むような空気ではなく、馬の蹄と馬車の車輪が石畳を叩く、規則的な音だけが響く。
カルムさん達は目的地が近づくにつれ気合いが入っているようだけれど、そこまで意気込まれると微妙に心苦しい。今からできることはない、成り行きに任せようと思っている俺は、真剣さが足りないのだろうか……温度差と申し訳なさのようなものを感じてしまう。
そのまま窓の外に目をやり、流れる街並みを眺めているうちに目的地に到着した。
「着いたよ。いってらっしゃい」
ユーダムさんが静かに馬車の扉を開け、穏やかな声で告げる。
俺達は互いに顔を見合わせてから、ゆっくりと馬車から降り立った。
■ ■ ■
レストランの従業員に恭しく案内され、進んだ先には両開きの扉。彼は音もなく扉に手をかけると体をこちらに向け、廊下の端に身を寄せながら扉を開き、一礼。扉の先に広がる会場では既に大勢の人が談笑しており、大きな窓から取り入れられた日光のせいか、輝いて見える。
扉が開いた以上、呆然と立ってはいられない。臆することなく足を踏み入れれば、敷き詰められた高級な絨毯。内装も含めて全体的に高級感と品を漂わせつつも、あからさまに目を引くものがないのは、部屋はあくまでも“空間”であり、注目すべきは別にあるから。
「リョウマやないか! よう来たな!」
俺達が部屋に入った途端、真っ先に反応して声をあげたのはピオロさん。相変わらずの笑顔を浮かべ、手にしたグラスを軽く掲げてこちらへ歩いてくる。彼の声と動きは容易に参加者の注目を集め、向かう先にいる俺達の一挙手一投足に視線が注がれる。
「リョウマ様。本日はご参加いただけて何よりです」
「待っていましたよ、タケバヤシ様。いやはや、今日の会合は一段と面白くなりそうだ」
少し遅れてセルジュさんとオレストさんも合流。前者は普通に歓迎してくれているけれど、後者は観察だろう。もちろん歓迎もしてくれているのは分かるけど、面白がっているのを隠しもしない。
そんな3人に続き、すぐに近づいてきた人がもう1人。
「タケバヤシ様、いつもお世話になっております。本日も当店をご利用いただき、誠にありがとうございます」
「ドミニクさん。こちらこそ、いつもお世話になっております。いつもながら素晴らしいお店ですね」
彼はこの高級レストランや、俺がギムルに来て初めて公爵家の方々と泊まった高級宿のオーナーであり、最近ではうちの廃棄食材買い取りサービスを利用してくれている取引先の1つでもある。
前の3人ほど深い関わりではないが、前々から時々お世話になっている方なのだけれど……以前オレストさんからの参加者リストを貰った時、この人が参加者だと初めて知って驚いた。不動産と観光業を主に、手広く営んでいるそうだ。
「お褒めに与り光栄です。よろしければ、お飲み物はいかがですか?」
「いただきます」
彼の後を静かについてきていたウェイターから、ウェルカムドリンクをいただく。
「時間になりましたら軽食もご用意いたしますので、本日はゆるりと御歓談をお楽しみください」
「ありがとうございます。ここのお料理はいつも美味しいので、楽しみです」
部屋の中心には、参加者数人が集まって談笑するのに丁度いいサイズの円卓が4つ。部屋の隅には休憩用の椅子と小さなテーブルが散らばるように配置されていた。こちらが参加者用。
随行員にも部屋の壁際寄りに別の席が設けられている。主たちが歓談する中央の空間の邪魔にならず、必要であればすぐに声もかけられる距離を保っているのだろう。
軽食付きの、参加者が自由に歩き回って交流できる会合。つまり立食パーティーだな。……おっと、まずは主催のグリシエーラさんに挨拶をしなければ――と思ったら、向こうからやってきてくれた。
「今日の主役のお出ましかい」
「グリシエーラさん。本日はお招きありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。こんな場所で形式になっちゃいるが、アタシも含めてどいつもこいつも、見た目ほどお行儀の良い人間じゃないからね。参加者同士好きに話して飲んで食べて、楽しんでいきな」
顔馴染みの人達に囲まれて少しだけ肩の力が抜けるが、すぐさま気を引き締める。まだ俺が言葉を交わしたことのない方々が、こちらを値踏みしているからだ。しかもその内の1人は既に、グリシエーラさんの背後からこちらに近づいてきている。
「酷い言い草だね、シエラ。顔見知りのアンタが先にそんなことを吹き込んだら、今日の主役におかしな印象を持たれてしまうじゃないか」
「何も間違っちゃいないだろうが。特にアンタは不躾の筆頭みたいなもんだよ」
「他はともかく、バロルの坊や以下というのは承服できないけど、一旦置いておくとして。せっかく参加してくれたんだ、大事に囲い込んでいないで、アタシ達にもその可愛らしい子を紹介しておくれよ」
グリシエーラさんを聞きなれない愛称で呼んだのは、露出の多いドレスに身を包んだエルフの女性。人族で言えば30代から40代くらいに見えるが、とにかく美人。所謂“美魔女”と呼ばれるタイプの女性だと思われる。
そんな彼女の要求に、グリシエーラさんは一つため息をつく。ただ、要求そのものは真っ当なものであったため、彼女は数度手を叩いて会場の注目を集めた。
「もう気づいているとは思うが、改めて紹介しておくよ。こいつが今回初参加で、前々からなにかと噂になっていたリョウマ・タケバヤシだ。よろしくしてやっておくれ」
大きくはないがよく通る声で、なんだか雑な紹介が行われると、改めて品定めをするような視線が集まる。ここで俺は一歩前へ出て、深く、静かに息を吸い込んだ。
「先達の皆様、お目にかかれて光栄です。洗濯屋・バンブーフォレストを始めとして、いくつかの店を経営しているリョウマ・タケバヤシと申します。商人として未熟者ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
「まぁ……」
名乗ると同時に一礼した瞬間、部屋の空気が凍りついたかのように静まり返り、一拍遅れてどよめきが、さざ波のように会場全体へ広がった。百戦錬磨の大商人達がわずかだが目を丸くして、息を呑んでいるのが分かる。
「驚いたねぇ。公爵家と繋がりがあるとは聞いていたけど、良家の出身なのかい?」
「とんでもない、僕は世間とまともな関わりすらなかったほどの田舎者です。しかし幸運にもつい先日、公爵家の執事をしている方との雑談で会合参加の件を伝えたところ、基本的なことを教えていただけたのです」
礼の仕方1つでも、普通ならば何年も訓練と日常での使用を重ねて体に染み込ませて会得する所作。しかし俺は前世の幼少期に受けた武術の訓練からか“動きを真似る”ことだけは得意であった。
この特技を昔はよく宴会芸に使っていたが、今回はセバスさんの動きを真似ることで“立ち方”、“歩き方”、“礼の仕方”の3つだけ習得することに成功。
これだけでマナーを習得したとは口が裂けても言えないが……この3つに限れば、公爵家執事であるセバスさんからしても“長年教育を受けた上位貴族と見紛うほど”と言わしめる所作を身につけたのである。
なお、貴族的な会話や教養に関してはまるで知識が足りていないため“口を開きさえしなければ……”という状態でもあるのだが、それは仕方ないことと諦めよう。
とにかく今の一礼で、予想外のインパクトを与えられたようなので良しとする。
「今ので付け焼刃ねぇ……アタシはエルミラ。色々な街で娼館を経営しているよ。可愛い顔をして、中身は意外と食わせ物みたいじゃないか。今日は仲良くしておくれよ。
それじゃ、また後で。他にも挨拶をしたい奴らが待っているだろうからね」
妖艶な香りを漂わせたエルミラさんは、扇子で口元を隠しながらウィンクをした後、優雅に去っていく。そして彼女と入れ替わるように、眼鏡をかけた若い男性がやってきた。
彼はおそらくまだ20代、オレストさんよりも若干若いか? この場にいる人の中では、俺を除けば最年少に見える。
「初めまして、タケバヤシ君。私は絵画を中心に美術品を扱っている、ルシアンだ。先程の挨拶は素晴らしかったよ。基本とはいえあれほど洗練された礼ができる子は、貴族でも多くはないよ。また後で話そうね」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
繊細な顔立ちの彼は、名乗っただけでそのまま立ち去った。そして再び、今度は腕を組んだ紳士的な中年の人族男性と、おそらく大型の猫系と思われる獣人女性のペアがやってくる。2人はペアということもあるが、それ以上にこの会場内で最も服装が印象的に見えた。
男性は片眼鏡に黒無地のスーツ、女性は赤いアフタヌーンドレスを着て、それぞれと調和させた宝石の装飾品を身につけている。
「お初にお目にかかります。その若さでの堂々たる振る舞いに感服いたしました。私はアルベール・ヴァレンティンと申します。宝石と装飾品を取り扱っておりますので、御入用の際には是非お声がけを。こちらは妻の――」
「――セレスティーヌ・ヴァレンティン、デザイナーよ。そのスーツ、後ろの2人もとてもよくお似合いだわ」
「専門家に褒めていただけるのは嬉しいです。お2人は奇抜な服装をしているわけではないのに、不思議と目を引かれますね」
「その人に合った服装をして本人の魅力を引き出せば、自ずとそうなるものよ」
上品な笑みを浮かべるアルベールさんと、俺達の服装を細かくチェックしながら微笑んでいたセレスティーヌさん。彼女達も短く簡潔に挨拶をすると、一旦会話を終えて去っていく。
よく見ればもうじき正式な会合の開始時刻で、各々が後方に控えている随行員の方々と打ち合わせをしているようだ。
このタイミングを見計らって、斜め後ろに控えていたカルムさんとカルラさんが動いた。
「それではオーナー、我々はあちらの席に控えております」
「何かあれば、いつでもお申し付けください」
二人は小声でそう告げると、随行員用のテーブルへと静かに移動する。彼らも会場の様子を観察しつつ、他の随行員と同じように動くのだろう。
では俺も……と、ピオロさん達の談笑に加わろうとした、まさにその時。
「――遅れてすまねえ!」
部屋の重厚な扉が再び開き、毛皮を纏ったふくよかな男性が、のっしのっしと入ってくる姿を目にした。
「なんや、バロルはんも来たんか。見かけんかったから、てっきり今日は来ないんかと思っとったわ」
「バカ野郎、今日は来るに決まってんだろ! ったく、途中の道で馬車同士の事故があったんだよ」
オレストさんから貰った参加者リストによると、他都市で武具商を営んでいる方だったはず。随行員の方以外で挨拶をしていない参加者は彼だけだから、挨拶に行くことにする。
そう思って近づいたところ――向こうも俺に気づいたようで、やけに鋭い視線を向けられる。怯まずさらに近づくが、先に口を開いたのは向こうだった。
「よぉ、お前が噂のリョウマ・タケバヤシだな? 俺はバロル。武具を扱ってる」
「初めまして、リョウマ・タケバヤシと申します」
「随分と儲けてるみたいだな……まぁ、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
これで全員に挨拶はできたけれど……右手を毛皮のポケットに突っ込んだまま、若干睨むようなバロルさんの目が気にかかる。
……なんだろう? この人の態度。敵意とか悪意ではなさそうだけど、余り友好的ではなさそう。だけど、子供だからと侮られている感じはしない。侮っていない、敵意でも悪意でもないとすると、警戒? ……うん、それが一番しっくりくる。
でも、警戒なら警戒で何故? となる。初対面なので、この人に何かしたということもないだろうし……なんか警戒が威嚇に見えて、さらに小柄な体格とふくよかな体形、ついでに毛皮を着ているせいで狸に見えてきた。
勿論バロルさんは大人なので、子供の体の俺よりは大きいんだけど……毛皮の色合いも奇跡的に、信楽焼の狸そっくりなんだよなぁ……
理由に見当がつかず、くだらない方向に思考が逸れていったところで、会合の開始時刻になった。グリシエーラさんが再び会場の注目を集め、簡潔な挨拶をして乾杯。各々がグラスを傾け、料理を取り、いくつかのグループに分かれて談笑が始まる。
表面上は和やかだが、交わされる言葉には大金が動くような情報も隠れている。トップクラスの商人達の交流が、今から本格的に始まるのだ。




