宿題の確認
本日、7話同時更新。
この話は1話目です。
瘴気に対する防御を整え、掘っておいたトンネルを通り抜けると、すぐに山の裏側。瓢箪に近い形の瘴地を見下ろせる高台に出た。
「瘴気避けの縄で出入りの際の安全確保と漏出対策、ついでに事故防止にもなっていますね」
「縄の呪具が色々と重宝しています。下にはこちらからどうぞ」
「しっかりとした階段まであるとは」
「瘴気の発生源と溜まり場はこの下の地面ですからね。瘴気を含む土ならともかく、普通の土の扱いなら得意なので」
瘴地を前にするや否や、ローゼンベルグ様は高台の安全性に目を向けた。きっと職業病なのだろう。安全対策や手を加えた場所を説明しながら案内すると、納得した様子を見せながらも注意を払っている。
やがて階段を降り切ると、過去の崩落で二段になった瘴地の上側に到着。ここには瘴気の発生源であり、最も濃い瘴気が埋没している場所なので、瘴気を吸収する石像を置くにはもってこいだろう。
アイテムボックスから用意しておいた“お地蔵様”の完成品を取り出して、コルミと割り出しておいた瘴気の発生源の直上に設置する。
「表と裏があるようですが、レリーフにはどのような意味があるのですか?」
という質問から、お地蔵様や鶴とことわざの説明に移行。今回設置したのは船形光背と呼ばれるタイプのお地蔵様で、その名の通りお地蔵様の背面に仏様の“後光”を表す船の形をした石板がついているもの。
1つの石材から掘り出す形で作られているので、彫りの深さによって“半肉彫り”とか“厚肉彫り”といった分類がある。ちなみに今回は表に力なく座り込んでうなだれたお地蔵様、裏に鶴をそれぞれ半肉彫りで彫ってみた。
「掃き溜めに鶴。聞いたことのない言葉ですが、掃き溜めと瘴気の溜まり場と関連付けているわけですか」
「このオジゾウ様はドラゴニュートの里の文化として見た覚えがありますから、言葉もそちら由来のものかもしれませんね」
俺が神の子だと知っているセバスさんが概念の出所を察して、さりげなく“出所不明ではない”という雰囲気になるよう話を持っていってくれるので助かる。
「ローゼンベルグ様、術の詳細について確認です。この石像に“化生の手”と同様のイメージで術をかけ、瘴気や物理的な破壊で像が原型を失う、あるいは内部の魔石が瘴気を吸収する限界を迎えた場合に効果が失われるようにするつもりですが、いかがでしょうか?」
「暴走対策ですか、いいでしょう。何かあれば私も控えていますから、試してみてください」
許可が出たので一旦、皆さんには離れてもらった。
両手に付けた防護の呪具を確認し、前と同じように気持ちを整え……合掌。
祈りを捧げ、願いを託すように術をかける。
熊手ではなくお地蔵様を対象とするならこの方がしっくりくる、と自然に決まった。
「!」
術の発動から間もなく、黒い塵が砂埃のように舞う。
凝縮し、可視化された瘴気が石像に引き寄せられ始めたのだ。
無事に発動したことが確認できたので、直ちにその場を離れる。
「お疲れ様でした。しっかりと効果が出ていますね。気分はどうですか?」
「大丈夫です。2度目ですし、石像に術をかけたおかげで瘴気の中心に居続ける必要がなく、短時間で終わったのも大きいかと。だいぶ負担が減ったように感じます。その代わり、前ほどの勢いもありませんが」
「確かに化生の手と比べたら効果は薄いと感じるでしょう。しかし、これはいつか人前で術を使う機会があった場合、君のことをよく知らない人物に見られても差し支えないための備えなのですから、効果はあれで十分。あれだけだからいいのです。
もし化生の手と同等の効果が出るならば、それはそれで安易に他人に見せられませんよ」
「あはは……」
化生の手は自分でも規格外な術だと思うから、あれは仕方がない。
と、ここでふと思う。
今使ったお地蔵様の“完成版”は、樹海で試作した“俺自身がベースのヤクザ地蔵”ではない。他人に見られることを前提として、ヤクザ地蔵から化生の手のイメージを阻害しないよう関連付けつつ、より見た目をお地蔵様らしく、柔らかくマイルドにしたもの。
……ぶっちゃけヤクザ地蔵の方は、見ていると複雑な気分になったので、後で作り直したものが今のお地蔵さまだ。こうして呪術の核として使えている以上、俺の中での関連性は完全に失われていない。しかし、お地蔵様と俺の姿はかけ離れているのも事実。
俺とかけ離れた像でも、弱まってはいても効果が発動するならば、ヤクザ地蔵を使ったらどのくらいの効果になるのだろうか?
「オーナーさん、何か気になってる?」
ちょっと考えただけなのに、勘の鋭いユーダムさんが尋ねてきた。少し迷ったけれど、隠すほどのことでもないので説明する。
「他にも試作品があると」
「術のイメージは割と明確でしたが、今の像を作る前の練習作ですね。そちらはもっと化生の手に近く、中に埋める魔石も前回の魔宝石の欠片をいれています。人目につくことを考えたら、今の方一択と思って先に出したのですが」
「そうでしたか……まだ余裕があるのであれば、練習作の石像でも試してみましょう。練習にも効果の比較にもなりますからね」
ということになり、下の段に移ってヤクザ地蔵を出したところ、
「これはまた、苦悩の末の絶望、そして諦念。まだ術がかかってないにもかかわらず、負の感情を肌で感じるような像ですね……」
「そういうテーマの芸術品としては、需要がありそうだね。……でもなんだろう、身近に飾っておきたくはない存在感というか、そんな雰囲気が漂っているというか……」
「前々から石像作りはお上手でしたが、これは輪をかけた逸品ですな」
像の出来を褒められたけど、全く嬉しくない。
そんな複雑な気持ちも込めて、ヤクザ地蔵に術をかける。
「っ!」
見た目はアレだが、その分しっくりと来る像の効果は覿面だった。先程のお地蔵様とは比べ物にならない量の瘴気が、漆黒の帯として地面から湧き上がっては像に絡みついていく。
圧倒的に早く瘴気が集まり、一瞬だけ繭のようにも見えたけれど……順調に吸収もされている。途切れることなく瘴気は集まり続けているものの、薄い衣のような状態で収束と吸収のバランスが安定した。
……ただし、そのせいで像の見た目が余計に……元々の鬱屈とした雰囲気だけでなく、おどろおどろしくなってしまった。
「……オーナーさん、あれ凄いことになっているけど大丈夫?」
「瘴気が吸い込まれているのは確かなので、おそらく。見ただけで呪われそうな見た目になってはいますけど、そういう術はかけてないので」
「私の目から見ても、呪術的な問題はありませんよ。見た目に関しては、元々の像の出来具合と、表面の劣化のせいでしょう。
瘴気に無防備に晒された物体は急速に風化が進むものですが、余計にうらぶれた感じが出ましたねぇ……まるで打ち捨てられて何年も経った屋敷に置かれていたようだ」
「目元の瘴気は、黒い涙が滴っているようにも見えますな」
黒く薄い衣が覆いかぶさって、死神に取りつかれているようにも見えるし……しかも段々と表面が風化して削れているせいで、石像なのに段々と肉が腐り落ちているようにも見えてきた。
呪術的には何の問題もないので、徐々に話すこともなくなり……全員で黙々と像の変化を眺め続け……骨のように細くなった像の頭が転げ落ち、術の効果が切れてようやく世界に音が戻る。
「瘴気の吸収、止まりました」
「瘴気の吸収速度が速かっただけに、像が風化するのも早かったようですね。効果が消える直前に集めた瘴気は吸収されずに漂っていますが、管理に支障が出るほどではありません。上の像の様子も確認して、一度結果をまとめましょう」
調査の結果、今回の像を使った瘴気の浄化の評価は上々。
効果、効率という点では化生の手が最も高いが、瘴気の中心に身を置くため危険性も高い。
ヤクザ地蔵を使った場合、化生の手ほどではないが効率は高く、離れられるので安全。
お地蔵様の場合は、効率が悪い代わりに風化も遅く、数日から数週間の経過観察が決まる。つまりそれだけ“効果が持続する”という利点も発見された。
今後の瘴地管理では状況に合わせて熊手、ヤクザ地蔵、お地蔵様の3択から使うものを選ぶことになるだろう。ただし対外的にはお地蔵様一択だ。
「では、最後に煙で浄化を行って終わりにしましょう」
「はい!」
っと、返事をしたところで思い出す。実は線香についても、試したい思い付きがあった。
「ユーダムさん、セバスさん、ちょっと手伝いをお願いできますか?」
「もちろんいいけど、何をすればいいの?」
「なんなりとお申し付けください」
何も聞かずに引き受けてくれた2人に、アイテムボックスから取り出した線香の束を手渡す。
「これを使ってみてください。前回やっていた煙を使う浄化の術を、線香そのものにかけてあります。防護の術で作るミサンガと似たようなものですね。
最初は“先に術をかけておけば現場での魔力の消耗がなくて便利かもしれない”と考えたのですが、成功していれば呪術師でない方にも使えるのでは? ということに思い至り、気になったので。よろしくお願いします」
「かしこまりました。火をつける以外に使用上の注意はありますか?」
「火をつけた後、消すために息を吹きかけないことくらいですね。あ、あと香炉も作っておいたので、出しますね。火をつけたら中の灰に刺して立てておけば大丈夫です」
2人が火をつけ、俺が特大の香炉を設置。ローゼンベルグ様が後方から全体の様子を観察する。線香の香りが広がるにつれて、空気が徐々に軽くなってきた。
「浄化できています。像と同じくリョウマ君が直接術を使った時ほど効果的ではないようですが、君の術はそもそも効果範囲が広いようですし……煙もしばらく持続しますよね?」
「事前の燃焼実験では1時間から2時間は続きました。燃焼時間や煙の拡散具合は天候の影響が大きいですね」
「効果もそのまま持続するのであれば、瘴地の定期的な保全活動には十分でしょう」
「よかった! では、次に僕も直接浄化の術を使ってみますね。それが終わったら次回以降も使えるように、香炉はこのまま置いておこうと思います。雨が入らないように蓋も用意してありますし、念のため使い終えたら瘴気除けの縄を周りに張り巡らせておきましょうか」
「その対応で大丈夫でしょう。仮に何かあっても、すぐに気づける体制も整えられているようですしね」
監視塔を見上げて微笑みながら、ローゼンベルグ様のOKが出たので作業を続行。
それから少し風が強くなり始め、1時間ほどで今回の管理業務が終了となった。
「お疲れ様でした。まだ2回目ですが、見ていて不安はありません。この調子で今後もよろしくお願いします」
「ありがとうございます。ローゼンベルグ様もお疲れ様でした。
……さて、仕事が一段落したわけですし、管理小屋に戻って休みましょうか」
「最近は日が落ちるのが早くなりましたし、冷え込みますからね」
「冷え込むといえば、オーナーさん。新しく作ったアレを使う良い機会じゃない? 体に煙の臭いもついているしさ」
「時間的には少し早いかもですが、まだ明るい内にというのも贅沢ですね」
「「??」」
事情を知らないローゼンベルグ様とセバスさんは疑問符を浮かべているけれど、詳細を知ればきっと気に入ってもらえるはずだ。




