遺失魔法の研究報告
本日、3話同時更新。
この話は3話目です。
「前回から今日までの研究成果等、説明のために場所を変えたいのですが、いかがでしょうか?」
生暖かい目を無視しつつ俺が提案すると、ローゼンベルグ様とセバスさんは静かに頷いた。
「では、こちらへどうぞ」
ユーダムさんが先んじて扉を開き、俺が外に出てエンペラースカベンジャースライムを準備。全員が乗り込んだことを確認したら、一気に山の斜面を登っていく。
「この山は少し見ないうちに雰囲気が変わりましたね」
ローゼンベルグ様の仰る通り、以前は木々や下草が鬱蒼と茂って暗かったけれど、今の山は整備が進んで適度に日光が入るようになった。
「ここ一か月、僕の訓練も兼ねて山の整備を進めた成果の1つです。これから向かう山頂には、監視塔とトンネルも作りました。これによって山頂からいつでも瘴地も含めて、山全体の状況を確認できるようになっています。異変があればすぐ見つかるように」
「常にということは、誰か監視の人員を雇ったのですか?」
「雇うのではなく、塔そのものが監視員を兼ねています。以前お話したと思いますが、樹海の屋敷に憑いていた妖精のコルミを呼び出す呪術に成功したので。
建てた監視塔に術をかけることでコルミが塔に宿り、異変があったら報告。そうでなくとも必要な時に呼びかければ様子を見てくれて、さらに従魔術で情報を伝えてくれるのです」
「素晴らしい。術の開発で目的を達成できたこともありますが、さらに瘴地の管理にも活かすことができているのですね」
ローゼンベルグ様が素直に褒めてくださるが、その後ろに座るセバスさんは何か考え事をしている様子。彼はコルミの能力がそれだけでないことを既に知っているからだろう。実際、あそことコルミの役割は監視だけではない。
「ちなみにトンネルは監視塔の横から瘴地に向かって掘っています。これで前回通っていた歩きにくくて滑落の危険がある道は、必要がない限り通らずにすみますよ。
あと今はこうして直行していますが、下と同じように道も作ってあるので、必要であれば馬車で大量の資材を搬入することも可能です」
「本来なら大仕事だけど、オーナーさんの場合はスライムと魔法で一気に掘れるからね。前回の調査で山の全貌を把握できていたこともあって、1時間とかからずに作業が終わったし」
「山頂付近は瘴地側の斜面が急になっていることもあって、貫通するのにそこまでの距離はないですからね。崩落しないよう基礎工事もしましたけど、ヒュージロックスライムのおかげで安全でしたし、井戸掘りの時と縦か横かくらいの違いでした」
そんな話をしているうちに、山頂の監視塔が見えてくる。
「お疲れ様でした」
山の斜面にぽっかりと開いたトンネルの入り口。その隣に佇む一軒の小屋と、併設された塔。どれも実用性のみを追及した石造りの建物なので、華やかさは一切ない。
無機質な建造物の前でスライムから降りるやいなや、セバスさんが一言。
「リョウマ様、もしやこの監視塔は」
「お気づきになりましたか。“亡霊の街”にあった監視塔を参考にしてみました」
「道理で見覚えがあると思いました」
多少手を加えてはいるけれど、基本としたのはあそこの外周に建っていた監視塔。建物の構造を考えるにあたって真っ先に思い出したのが、あの時の監視塔だった。
「皆さんは小屋にどうぞ。僕はコルミを呼んできますね」
3人と分かれて塔に入れば、壁面に沿った螺旋階段と天窓が目に入る。監視塔の外見は亡霊の街のものを模したせいか、内部は“飢渇の刑場”を模したものにも見える……が、これはまた別の意図があるので、ただの偶然だ。
「コルミ、お客さんが来たよ。準備はいい?」
「はーい!」
元気な返事とともにコルミが姿を現した。空中にふわふわと浮かびながら、分かっていると言わんばかりに小屋側の壁についていたカーテンを開く。
「おや?」
「はじめまして! コルミです!」
「ああ、君がコルミ君ですか。リョウマ君にそっくりだったので驚きました。はじめまして、ローゼンベルグと申します」
カーテンの先は小屋と接する壁をくり抜き、机と椅子を置いて会話ができるようにしてある。少し唐突な顔合わせになったけれど、第一印象は悪くなかったみたいだ。
無邪気に笑うコルミの隣に座り、会話に加わる。
「自己紹介は済んだみたいですが、この子が家付き妖精のコルミです。外見は子供でも能力は高く、まだ契約してそれほど時間は経っていませんが、僕の研究や学習の力になってくれています。もちろん呪術に関しても。
たとえば……まずは解呪の遺失魔法について。コルミの協力の下、再現とそれによる解呪に成功しました」
「んっ!? あの魔法の課題を、もう克服できたのですか!?」
何かしらの成果があったとは予測していても、まさか既に実現の段階まで進んでいたとは考えていなかったのだろう。ローゼンベルグ様が珍しく声を荒げ、身を乗り出してくる。その目は純粋な探求心に燃えていた。
「まず、前回の最後に失敗の原因ではないか? と考えていた“現代人と古代人の持つ魔力の違い”ですが、これが正解だったようです。
コルミは妖精なので魔力を感知し、操作する能力が人間とは比較になりません。僕が術を発動する様子を見てもらったところ、僕が発する魔力が自然の魔力、つまり魔素を押しのけてしまい、混ざっていないと言われました」
「では、そこを上手く混ぜる方法も前回の予想通りに?」
「はい。具体的な方法は術を発動する際に2つの手順を踏みます。
まず第一に、月光を集めた場所に向かって解呪の術を放ち、意図的に霧散させること。放った魔力に対して解呪の術をかける、と考えると分かりやすいと思います。ただし、これだけではただ魔力を放出しただけで、まだ混ざったとは言えません」
「ここで僕の出番! 魔素を混ぜます!」
元気に手を挙げたコルミに注目が集まるが、本当にその通り。
「コルミは自然の魔素を吸収することで、妖精としての生命活動や魔力の回復に充てることができます。そのため、やはり人間にはできない“魔素を操って混ぜる”という行為も可能でした」
「再現には成功したものの、妖精の協力がなければ使うことができない術であると」
「もう少し付け加えますと、他の妖精がいれば可能とは言い切れません。コルミ以外の妖精と遺失魔法を試したことがないので」
「妖精は希少な存在ですから、仕方のないことです。遺失魔法が一度でも成功しただけで大きな進歩ですよ。少なくとも資料と仮説に間違いがなかったことは確かなのですからね」
少しは落ち着いてきたように見えるが、まだ興奮は冷めていないようだ。いつもより若干言葉に勢いがある。ただし実演には月が必要なので、夜まで待ってもらおう。
「今後はコルミに頼らず術を発動できるようにする方法を探していこうと考えています。例えば魔法の杖の機能を魔素の混合に利用できないか、とかですね」
「人間が魔素を操ろうというのですから、簡単に解決できる問題ではありませんね」
「ですね……一般的な杖だと自分自身の魔力はともかく、自然の魔力を取り入れることができないので、結局“魔素が操れない”という問題に戻ってしまいます。新しくこの魔法専用の杖を開発することも考えましたが、まだ知識と経験が足りていません。
杖作りの練習を始めているので、そちらはある程度長い目で考えるとして……そうだ、別の方向からの取り組みとして“魔法陣学”を参考にできないかとも考えています」
魔法陣学というものの存在を知ったのは、エリアとの文通から。学園に行ってそれほどかからず、仲良くなったというお友達のことが書かれていたけれど、その中の1人である“ミシェルさん”という女子が研究している学問だそうだ。
お友達で研究していると言うだけあり、彼女の話題は時々手紙の中で出てくるし、そういう時は大抵実験で失敗した時なのだけれど……どうやら魔法陣学では杖の塗料に似て、細かくすりつぶした魔石を混ぜたインクを使うらしい。
目的が異なっていても、類似する点があるなら杖作りに役立つ知識があるかもしれない。または魔法陣学で学べる魔法陣の方が、遺失魔法を使う上では杖よりも適している、という可能性もある。だから、まずは魔法陣学について知ることから始めたい。
と、ここまで説明したはいいが、
「こちらもこちらで難航中。いくつか本屋を回ってみても、商業ギルドを訪ねても、魔法陣学関連の書籍は1つも手に入らなくて。一応取り寄せの希望だけは出しておきましたが、入手の目途は立っていません」
エリアの手紙にも書かれていたけど、魔法陣学って学問としては滅茶苦茶マイナーな分野みたいなんだよな……錬金術ともかかわりがあるらしくて、評判もあまり良くないとかなんとか。
スライムを好んでメインで研究している俺が言えたことではないけれど、ミシェルさんも中々の変わり者のようだ。
そんなことを考えていると、セバスさんから提案があった。
「リョウマ様、お嬢様を頼ってみてはいかがですか? せっかく実際に研究しているお友達がいるのですから」
「エリアはともかく、よく知らない貴族の女性に頼むというのはどうなのでしょう? エリアや相手の迷惑になりませんか?」
「貴族にとって人脈を広げ、それを活用するのは当然のこと。お友達に書籍の紹介を頼むくらいであれば気にもされないでしょう。むしろリョウマ様が頼れば、お嬢様は喜ぶとおもいますよ」
「……なら、次の手紙で打診してみましょうか」
俺は“よく知らない貴族相手に頼む”という点に躊躇していたのかもしれない。後押しを受けると、意外と簡単に踏ん切りがついた。
そんな決断をしたところで、遺失魔法に関する報告と今後についての説明は一段落。次は遺失魔法研究の副産物として判明した“解呪における魔力の性質”について報告を行う。
「これもコルミが遺失魔法を観察して教えてくれたことなのですが、闇と光、2つの属性の解呪では過程に差異があるようです」
「ほう、それはどのような?」
「光はバラバラで、闇はドロドロ!」
「コルミ、前に作ったイメージ映像でお願い」
「あっ、はい!」
こちらと向こうの間に、コルミの幻覚による画面が生まれる。そこには黒い糸が複雑に絡み合い、結び目を作り、塊になったものが映っていた。
「コルミが言うには、まず呪いを構成する魔力はこのように、滅茶苦茶に絡み合った塊のようなもの。呪いを使う際の負の感情によって、闇属性の魔力が変質しているそうです。
そして解呪というのは、この絡み合った糸の絡まりや結び目を解くような作業とのことで、これを――」
ここで画面が2つに分かれ、左側の画面の上部には光、右の画面の上部には闇と書き加えられた上で……左の画面では糸が刃物で切り刻まれてバラバラになり、右の画面では塊が薬品に投入されて跡形もなく溶ける映像がループし始める。
「このように、乱暴には見えますが、どちらの方法でも絡まりが解消されれば解呪成功ということになるようですね。
遺失魔法で行われる解呪方法は溶かして柔らかくなったものを刻む、刻んで細かくしてから溶かす。このような工程を同時に、かつ短時間で何度も繰り返すことにより、現代の一般的な呪術による解呪より効果が高く出ているみたいで――大丈夫ですか?」
流れ続けるイメージ映像を見ていたローゼンベルグ様が茫然としている。声をかけるとハッとしたように映像から目を離して、返事をしてくれた。
「失礼しました。私の術で呪いを読み取る際には、混沌として入り組んだ感情を強く感じますから、感覚的に納得できますね。闇属性と光属性では性質が違うことは周知の事実、光属性を使う祓魔師と組んで活動することも多くあるのは効果の出方が違うからこそ。
このような解釈、妖精からの視点というのは初めて聞きましたが、私は的を射ていると思います。私も勉強になりました」
「ありがとうございます」
ちなみに前回の指導で進化したカーススライムの体は、この絡まった魔力の塊。食事の際に餌となる呪いを完全には溶かしきらず、無害化しつつも魔力は絡まったまま吸収していたことも判明した。
「ところでこの、動く絵については」
やはり映像が気になっていたようで、話が一段落したところで尋ねられたので、ついでにコルミが監視して得た瘴地の状況もプレゼン資料として提示しながら説明を行う。
コルミが監視塔から感じた瘴気の範囲や量と、俺を通してリムールバードから送られてきた山の様子の画像を重ね合わせることで作り上げた3Dハザードマップや、山の断面図に黒点の密度で濃度を描写したマッピングデータ等々。
事前に作っておいた各種資料を見せながら話をしていくと、ローゼンベルグ様もコルミの有能さがよく理解できたようだ。
「塔を見た時点でも、真剣に瘴地の管理をしていることは分かっていましたが、いやはや……ここはこの国のどの瘴地よりも、よく管理されているかもしれませんね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
これでここの瘴地の現状や経過報告も終わり……あと残っているのは前回の宿題の添削かな?
「遺失魔法の実演は夜でないとできないので、先に“化生の手”を人前で使えるようにと考えた代替品と、煙を使った浄化を簡単にするための“線香”を確認いただけますか?」
「もちろんです。早速、実際に試してみましょう」
次は報告ではなく実践、あるいは実験。こうして俺達は再び場所を移すことになった。




