工房見学
本日、3話同時更新。
この話は1話目です。
翌日
今日はキアラさんの旦那さんが営む木工工房にお邪魔することになっていた。しかし、明確な時間は決めていない。忙しい朝から押しかけるのは迷惑だろうから、一旦廃坑の見回りと型稽古で汗を流し、一風呂浴びてから家を出た。
「お疲れ様でーす」
空間魔法で門まで転移して、いつものように門をくぐる。向かう先は街の西側にある職人街。大通りをのんびり歩いて向かっていると、近づくにつれてひっきりなしに馬車が行き交う様子が見られ、加工の音や職人さん達の大声も聞こえてくる。
さて……場所は職人街の中でも街の中心に近く。大通りから横道に入ってすぐの場所にある“モッシュ木工工房”だと聞いていたけど……ここだな。
「ごめんください」
看板を確認してから中に入ると、まず目に飛び込んだのは多数の製品、あるいは作品? 木製の家具が中心だが、それ以外にも大小様々な彫刻や飾り物が所狭しと並んでいる。
ヨーロピアンテイストなものもあれば、アジアンテイストなものもあり……異国情緒あふれるとも言えるけれど、量が量なので雑多な印象も受ける。ただ、どれも質は良いのだろう。木材の温かさに包まれた温かい雰囲気と併せて、隠れ家的な店にも見えてきた。
「あら、いらっしゃいリョウマ君。待っていたわ~」
「あっ、本日はお世話になります」
ボーっとしていると、部屋に自然と溶け込んでいたキアラさんが声をかけてくれた。
「昨日の今日で大丈夫でしたか? 皆さんお忙しくは――あっ、これ途中で買ってきた焼き菓子です。皆さんでどうぞ」
「あらまぁ、お気遣いありがとう。忙しさは生活には困らない程度に、かしらね? 約束もしていたんだから大丈夫よ。むしろ、もう少し忙しい方がありがたいわ。
トール! ちょっと来てー!」
彼女が店の奥に向かって声を張り上げると、しばらくして1人の少年が出てきた。
「母さん、何――あっ、リョウマ君! 久しぶり!」
「トール君久しぶり、元気にしていた?」
彼はキアラさんの息子であり、木工職人見習いのトール君。職人としての修行を始めているため会う機会は少ないけれど、たまに花屋のレニやリックと一緒にいる、落ち着いた印象の男の子だ。
「母さんから聞いてはいたけど、本当に来てくれたんだね」
「今日はお世話になります」
「こちらこそ。僕達見習いにも仕事がもらえるかもって、皆も期待して待っているよ」
「そうね。早速だけどトール、リョウマ君をあの人のところに案内して。私はいただいたお菓子を置いてくるから」
「分かった。リョウマ君、こっちが作業場だよ」
トール君の案内で奥へ向かうと、木製の玉を連ねた仕切りの先に大部屋が広がっていた。中には10代後半から20代前半くらいの若い男性が8人と、無精ひげを生やした一回り年上の男性の合計9人。作業台や材料なども置かれているため、広さの割に若干狭苦しく感じる。
下手に動くと邪魔だろうし、入っていいのか躊躇するところだが、
「父さん! リョウマ君が来たよ!」
「こっち来て待ってろ! すぐ終わるから!」
「行こう」
「了解。あっ、後ろ失礼します」
トール君に遅れないよう人や作業台の隙間に滑り込み、作業をしている無精髭の男性の近くまで来て、彼の傍らには小さな椅子が用意されていたことに気づく。位置的にも大きさ的にも来客用とは考えにくい椅子なので、本来は弟子に仕事を見せるためのものだと思われる。
勧められるがまま椅子に座り、無精髭が目立つトール君のお父さんの手元を見ると、今はテーブルか何かの部品を作っているようだ。太めの足の部品に、繊細な模様が彫り込まれていく。
少しでも手元が狂えばそれまでの苦労が台無しになるだろうと思うと、邪魔にならないようについ呼吸を抑えてしまう。だけど当の本人は何の苦もなく、慣れた様子で最後まで、絡み合う蔦と葉の模様を彫り終えた。
「おし! 待たせてすまんな。俺がトールの父親のヨモルだ」
「はじめまして、リョウマ・タケバヤシです」
「知ってるよ。トールとキアラから話は聞いているし、そうでなくとも有名人だからな。早速だが、大量に木箱が欲しいんだって?」
「はい。山の管理をすることになり、間伐材が大量に出ることと、別の仕事に規格化された箱があれば使う機会は多いと思うので。
用途に合わせて複数のパターンの、細かい仕様をまとめた図面と見本も持って来ているので、ご確認いただけますか?」
「なんだ、やけに準備がいいな。あるなら見せてくれ」
ということで、アイテムボックスから次々と欲しかったもののサンプルを取り出す。
「おお……種類が多いな。てか何だこの素材、やたら薄くて軽いのに頑丈そうだな」
「少し複雑な構造のものもあるので、スティッキースライムの吐く液を固めて部品を作りました。金属の鋳造と同じ感じで考えると分かりやすいかと」
「型に流し込んで固めたわけか。確かにこの“折り畳みコンテナ”ってやつは、折りたたむ部分の構造が細かいから助かるな。他にも木製パレットに化粧箱、こっちは瓶の収納箱、大きさ違いで2種類あるのは薬と酒用? 薬はともかく、酒を大量に買い込むのか?」
「買い込むのではなく、うちの従魔のゴブリンが作っているんです。山ほど」
「そういや前にキアラがそんな噂話をしていたような……あれ本当だったのか!?」
「本当ですよ。もしよかったら後で1本いかがですか? 僕が酒の神の加護持ちなので味見もしていますが、最近はだいぶ美味しいのができていますよ」
「おっ、本当か?」
どうやらヨモルさんはお酒がお好きなようだ。ゴブリンが作ったことへの嫌悪はなく、むしろ興味津々と言った様子。だが、
「へへへ、ならお言葉に甘えて――」
「ストップ」
「――って、なんだよトール」
「父さん、勝手にお酒貰って飲んだりしたら、また母さんに怒られるよ。
リョウマ君、お酒は母さんに渡してね。うちの父さん、お酒が好き過ぎて際限なく飲みまくるから、母さんに徹底管理されているんだ」
「酒に限らず、仕事以外は全部でしょ」
「だな。親方は腕がいいけど、それ以外は全部ダメだし」
「キアラさんがいなかったら、絶対どこかでのたれ死んでるもんな」
「おいこらお前ら聞こえてるぞ! 弟子ならもっと親方を敬え!」
「職人としては心の底から尊敬してまーす!」
「腕前だけは見習いたいでーす!」
「人としては反面教師に最高だと思ってまーす!」
「このクソ弟子共が……!」
「もう、父さんも落ち着きなよ。ごめんね、リョウマ君」
「いやいや全然。和気藹々としていて良い関係じゃない」
弟子達の軽口とヨモルさんの抗議の応酬。一見弟子に侮られているようにも見えるけれど、彼らの表情は明るくて、相手に対する信頼も感じる。客前でのやり取りとしては問題があるかもしれないが、個人的には師弟関係でこんな会話ができる職場は素晴らしいと思う。
「ったく……騒がしくて悪いな。それで仕事の話だが、ここにある図面の物は一通り作れる。ただ、この折り畳みコンテナについては少し提案がある。
こいつの薄さと軽さをそのまま木で作ると、薄くなりすぎて強度が落ちる。間伐材の状態がどんなもんかにもよるが、正規品より質が悪けりゃ尚更だ。見本は表面にある格子状の凹凸で強度を出しているんだろうけど、板に厚みを持たせる方が無難だな。
構造は見本で分かったし、こっちでちゃんと折りたためるように合わせるから、細部は任せてくれるか?」
「分かりました。お任せしますので、量産前には試作品を見せてください」
「当然だな。図面と見本があるからそう時間はかけねぇさ。まずは試作から始めるとして、どのくらい数を作ればいい? それが分からねぇと、納期やら報酬も決められないんでな」
「数についてはとりあえず各100個ずつくらい。その後は様子を見ながら必要になるだけ、明確な上限は決めていません。ただ元々大量に使うものですし、良い物を作っていただければ、作ってもらえただけ買い取るつもりでいます。
また、納期も急いでいるわけではありません。元々、間伐材を使って欲しいと無理を言っているのはこちらですので。尤も、いつまでも製品が完成しないのでは困りますから、ある程度の期間で一定の数が納品されることは契約に含めていただきたい。
これらを前提としたうえで、詳細をご相談させていただきたいと考えていました」
「お、おぅ……最初に100でそれ以上の可能性もあるか……」
相応の納期は取ってもらいたいけれど、難しいだろうか?
尋ねてみると、首を振られた。
「この仕事単体で考えれば難しくはないんだが、うちは昔から付き合いのある他所からの仕事も受けているからな。不義理にならねぇようにそっちもやりつつ、こっちの仕事もとなると、ちとキツイ。
……相談なんだが、他所の工房と協力するのは構わないか? 大きな仕事だとそういうこともたまにあるんだ」
「今回依頼するのはただの入れ物ですから、特に秘密にするようなものでもありません。人集めから報酬の支払いなどまで含めて、ヨモルさんが間に入ってくださるのであれば問題ありません」
「よし! んじゃちょっと待っていてくれ。
おい一旦注目! 話は聞いていたと思うが、想像していたより大きな仕事になりそうだ! お前らのところで、手が空いてる奴らはいねぇか!?」
「えっ?」
「親方! 俺んとこ大きな仕事が片付いたばかりなんで、人出せると思いますよ」
「見習いでよければうちも人出せますよ。独立した兄弟子と入れ替わりでまとめて入ってきたんで」
「間伐材の加工ってことは丸太から板にして、そっから製品用の寸法に整えるっすよね? 基本的な道具の扱いを練習するには丁度よさそうですし、うちの親方も話を通せば乗ると思うっす」
ヨモルさんが呼びかけ、お弟子さん達が次々と返事をしているが……会話を聞く限り、お弟子さん達は別の工房の人なのだろうか? ヨモルさんのことも親方と呼んで師弟関係にあるようだけど、いまいちよく分からない。
会話に混ざっていなかったトール君に聞いてみると、モッシュ工房では他所の工房から希望者を受け入れて、技術指導もしているのだそうだ。
「工房に入った時、ここで作ってる物を見たでしょう? 他所と違うと思わなかった?」
「確かに珍しい作りの家具や装飾が沢山あって、異国情緒に溢れていると思った」
「そうそう。この工房を開いたのは僕のひいおじいちゃんなんだけど、それまでは遍歴職人? っていう旅をしながらいろんなところで働いて、腕を磨いていた人なんだって。
最後に腰を落ち着けたのがこの街だったらしいよ」
「だから一風変わった物が沢山あるのか」
「そういうことだね。
他所の工房の人が来ているのは“俺が一端の職人としてやってこられたのは、多くの人から技術を学んだからだ。だから本気で技術を学びたいなら教えてやる”っていうのが、ひいおじいちゃんの方針だったみたい。それが今でも続いているんだよ」
「この工房の伝統ってことか」
「う~ん……そんなにいいものじゃないのかも?
お祖父ちゃんは“格好つけても遍歴職人なんて、結局のところ流れ者。腰を落ち着けようとしたところで、元からここに根ざした職人の中に余所者が入るのは楽な事じゃない。周りと上手くやっていくにはそうせざるを得なかったんだ”って、よく言っていたから。
僕はそんなことがあったなんて聞いてもよく分からないし、今は皆仲よくできていると思うから、悪いとも思ってないんだけどね」
なるほど……世知辛い事情も含めて、他所から希望者を受け入れる慣例ができてきたのだろう。
「よし! まだ確定じゃねぇが、大体30人くらいが参加することになりそうだ。金もそれだけかかるが大丈夫か?」
「問題ありません。法外な値段を吹っ掛けられるならともかく、そうでなければ資金は潤沢にありますので、見習いの方にも十分な報酬を払えるように請求してください」
相談を終えたヨモルさんの言葉に返事をすると、部屋中から小さめの歓声が上がった。
「分かった。しかし値引き交渉もなしに即決とは豪気だな」
「安く買いたたくつもりはないですし、僕がお金を持っているのはもう周知の事実だと思うので」
普通なら、お金を持っていることはなるべく隠すべきなんだろうけど、俺の場合は今更だ。洗濯屋を開業した時点で子供にしては金持ちだったし、その後に繁盛して、さらに昨年末は派手にやった。
今は懐が寂しくて~なんて交渉をするつもりはないが、したところで信憑性もないだろう。あと経営者がそんなこと言っていたら、下についている従業員は不安だろう。
「そいつは違いねぇな。こっちとしても金払いのいい客は助かるよ」
「具体的な金額が決まったら連絡をください。僕も確認のために顔を出しますが、何か理由があって来られない場合でも、代理人が確認してお金は受け取れるように話を通しておきます」
ヨモルさんにはエレオノーラさんの名前と住所を伝え、エレオノーラさんにも連絡しておけば恙なく処理してくれるだろう。無いとは思うけど、彼女なら請求がおかしければ気づいてもくれるだろうし、安心だ。
「分かった。こっちも正式に各工房に話を通すとして……そうだ、作った物はどうする? 最初の各100個だけでも、うちに置いておける場所はない。こまめに取りに来てもらうか、指定の場所に送ることになるが」
「でしたら、南区にある貸し倉庫は分かりますか? 昨年末に誘拐事件が起きて騒がれていたところなのですが」
「南の貸し倉庫で事件っていうと、あそこか」
「そういえばリョウマ君もあの時にいたんだよね? 魔法で倉庫を一棟吹き飛ばしたとか」
「吹き飛ばしたというか、削りきって貫通させたというか……とにかくそこに送ってください。受け取って保管しておいてもらえるように連絡しておきますから」
「? 何度か仕事で行ったことがあるが、あそこは場所を貸すだけで搬入や荷物の預かりはやってなかったと思うが」
「大丈夫です。その、さっきトール君が言ったことも関係しているのですが……実はあそこの今の経営者も僕なので、融通が利くんです」
俺がそう言うと、2人は全く知らなかったのだろう。親子そろって目を丸くしていたので、簡単に説明する。
トール君が言った通り、俺はあの誘拐騒動の際にスライム魔法を叩き込み、犯人の隠れ家になっていた貸し倉庫一棟を破壊した。そして理由はどうあれ、俺としては破壊した以上は賠償金の支払いも考えていた。
しかし、後の調査で貸し倉庫の経営者が誘拐犯に買収されていたことが判明。真っ当な相手ではないと知りながら倉庫を貸し、隠れ家としての利用も見逃していた。しかも相手は昨年末のギムル襲撃事件の中心的集団でもある。
経営者は当然のように逮捕され、貸し倉庫は営業停止処分になりかけた……だけで話は終わらない。
「それまで倉庫を借りていた人達は困りますし、何も知らずに働いていた従業員は失業の危機。僕も倉庫の破損に関する賠償の話が進まなくなりました」
「話す相手がいなくなったわけだからなぁ」
「巻き込まれた人達もかわいそうだね……あ! それでリョウマ君が?」
「かなり力技になりましたが、事件解決の功労者が経営者になることと、公爵家の権力で営業停止は免れました。これにより顧客も従業員も僕も、諸々の問題が解決できました。
問題解決のための成り行きではありましたが、貸し倉庫の経営権が今も僕にある状態なので、注文した品を空いた場所に置いておくくらいの要求は通せるのです」
実は縄工場で完成した縄もここに送ってもらえるように手配してあるし、逆にこちらで用意した材料を預けておくことで、工場への発送も代行してもらえることにもなっている。今となっては便利な物流拠点だ。
「前経営者の逮捕で貸し倉庫としての信用が失墜した結果、結構な数の解約も続いていますしね。完成品を保管しておく場所は十分ありますよ」
「……ここは笑うところか?」
「別に冗談を言ったつもりはないのですが、気にせず笑ってもらっても大丈夫ですよ?
前経営者が罪を犯したのは事実ですが、僕はむしろ誘拐犯を捕まえた側ですから引け目を感じることはありません。今回の依頼のように、倉庫の使い道も沢山あるので特に困っていないので。
経営者として話すなら、南の街が完成したら倉庫の需要が増えると思います。ただ一度失った信用の回復はそう簡単にできませんから、そこは堅実な運営を心がけて、残った従業員の皆さんに頑張ってもらうしかありません」
「そりゃそうか……
仕様も金も場所も問題ないとくれば、安心して仕事を受けられる。正式な契約と前金の支払いは他の工房との話がついてからになるが、これからよろしくな」
「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします!」
「あら? もうお話は終わったの?」
まだ仮だが快く仕事を受けてもらえたところで、キアラさんの声が聞こえた。部屋の入口の方に目を向けると、彼女はお盆の上に湯気の立つ茶器を乗せて立っている。
「遅くなっちゃったみたいだけど、お茶をどうぞ。あとこれからお昼を作るのだけれど、リョウマ君も食べていかない? 毎日ここにいる全員分をまとめて多めに作っているから、遠慮しないで」
「ではお言葉に甘えて、御相伴に与ります」
ありがたくお誘いを受けることにした、と同時にチャンス到来。
ここぞとばかりにオガライトを詰めた箱をアイテムボックスから取り出して見せる。
「キアラさん、ご飯のお礼にはなりませんが、もしよければ薪の代わりにこれを使ってみてください」
「何かしら? 木くずの塊?」
「オガライトと言って、廃材を一度粉にして固めた薪の代替品です。僕の故郷で利用されていたものですが、以前薪が高騰しているという話をしたでしょう? あの後、樹海の外では使われていないことに気づいて作りました」
「あら、あの時の話からわざわざ?」
「薪の高騰は問題ですし、キアラさん達とのお話がきっかけで思い出させてもらったので、一度使用感を試していただきたかったんですよ。実験では普通の薪に近い感覚で使えましたが、他の方からの忌憚のないご意見もいただきたいので」
「じゃあ、今日はこれでお昼を作ってみることにするわ。美味しいものを作るから、ちょっと待っていてね」
疑問を抱くことなく、オガライトの箱を抱えて部屋を出ていくキアラさん。彼女にオガライトの使い心地を体験してもらえば、自然と情報がギムルの奥様ネットワークで広がることだろう。本来の目的ではないけれど、丁度良かった。
それからはトール君と話をしたり、ヨモルさんやお弟子さん達の仕事を見せてもらったり。さらには俺が魔法の杖を作り始めたことなどを話すと、木工職人として加工のアドバイスもいただけた。
楽しいだけでなく実りのある時間を過ごしているうちに、お昼は完成。山ほどのパンと家庭的な煮込み料理や炒め物の数々は、この工房の人々のように温かかった。




