山でリフレッシュ
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
翌日。
今日はテクンから学んだ杖作りの実践、さらにキアラさんの旦那さんの工房に依頼をするため。材料となる木材を採取すべく、実験場の山に行くことにした。ついでに少しやりたい実験もあるが、どれも簡単なことなのでハイキングのようなものと考えていいだろう。
準備を整え、空間魔法でサクッと転移。管理小屋に荷物を置いたら、訓練と山登りの負担軽減も兼ねて、強化魔法を使ったランニングで瘴気が湧き出す斜面へ向かう。問題がなければただ行って帰って来るだけで済む。
……なんだか変なフラグを立てた気がしたけど、
「うん、問題なし」
専門家の監修を受けてしっかり対策をしたのだから、そう簡単に問題は起こらない。講習時に貰っていた道具でも確認したところ、瘴地の瘴気濃度は若干上がっていたものの、まだまだ許容範囲内。
時間経過で地下深くにあった瘴気が表出してきたのだろうから、これが瘴地としては通常の状態だろう。基準値を超えるほど濃度が高まっているわけでもなければ、トラロープの外に瘴気が漏れているわけでもない。
とりあえず数値と周辺の観察記録だけ取っておいて、次にローゼンベルグ様が来るまではこのままでいい。危険物を扱う保守管理業務はマニュアル通りが一番。下手に弄って事故を起こしたらそれこそ大変だ。
「さて、仕事は終了。ということで――」
以前切り開いた畑予定地に移動して、従魔達をディメンションホームから出す。木材や枝の回収をゴブリン達に任せ、さらに実験のためスティッキースライムとスモークスライムも呼び出す。
「実験に使うものは……これでよし」
用意したのは土魔法で作った小箱と山に生えていた針葉樹の枝を多数、工場から引き取った縄を一巻きに、それがすっぽりと入るくらいの容器。
道具の確認が済めば早速実験を始める。まずは枝を少量取って着火。“プギポギ”という変わった名前の木の枝は、燃やすと多量の煙が出るから注意が必要だとユーダムさんから教わった。
「おぉ……」
火のついた枝からは予想していた3倍くらい多く……しかも真っ黒な煙が出てきた。まだ少量の細枝だから軽く驚いた程度だけど、薪くらい太い物を火にくべていたら、環境汚染を危惧するくらいの煙が出たのではないだろうか? まるで昔見た、どこかの国でタイヤか何かを燃やしている動画のようだ。
魔法で枝を鑑定してみると――
プギポギの枝
空気中から吸収した二酸化炭素から炭素を分離し、内部に溜め込む性質を持つ。そのため含有する炭素の量が他種の木よりも遥かに多く、水分と木質も相まって不完全燃焼を起こしやすい。
溜め込まれた炭素は光合成の過程で養分に変えられ、処理しきれなかった分が内部に残り、無数の円で構成された模様を作り出す。
――という結果が出た。
「……前世だったら需要が高そうな木だな……炭として焼けば良い燃料になりそう。でも、炭にする手間をかけなければ使いづらいとも言えるか。この煙だもんなぁ……こっちは薪が燃料の主流なせいか、炭の需要は限定的だし――っと」
煙の量が十分なので、燃やした枝の上に箱を設置。箱には四隅に突起をつけてあるので、逆さまに置くと隙間から空気が通るし枝も追加できる。さらに、この隙間からスモークスライムも送り込む。こうすることで、煙に含まれる煤をスライムに集めてもらう。
これは昔ながらの手法で書道用の墨を作る職人さんが、材料として煤を集めるのと同じこと。ここでは実験なので簡素な道具で採取量も少なめだけど、上手くいって本格的に利用するなら改めて道具や人手も用意しよう。
「ふー……風が気持ちいいな……」
煤が集まるまで山の空気と火が爆ぜる音を楽しみ、用意した枝が尽きたところで箱についた煤を集める。作業の前には防風の結界で無風の空間を作り、不意の飛散を防止。さらに集めた煤を少量ずつ、異なる量で新しい箱に取り、スティッキースライムに粘着液を貰って混ぜていく。
こうして完成した黒い粘着液に縄の一部を漬けて引き上げ、干す。そうしたらまた別の液に、何もつけていない縄を漬けて干す。この作業を全部の液で行い、縄の乾燥を待つ間に再び枝を燃やして煤を集める。
「とりあえず、一回目はこんなところでいいか」
今回の実験の目的は、縄の着色およびコーティングに適した煤と粘着液の割合を探すこと。理由としては、工場で作って貰った縄は呪術の媒体としては問題なく使えるものの、そのままだと呪術をかけた縄かどうかが外見では判断できないから。
呪術師、あるいは魔法使いでも魔力を感じられれば気づけるだろう。しかし、将来的に幅広く売るのであれば、魔法に関係の薄い人たちにも明確に分かる何かがあった方がいい。
また、“外見が普通の縄と変わらない”ということは“偽物を作りやすい”ということでもある。作るどころか、その辺で買った縄を俺の縄だと偽るだけでいい。実際に効果を試せば違いは明白だとしても、少しでも対策はしておくに越したことはないはずだ。
これはだいぶ前からうっすらと考えていたのだけれど、具体的な方法を決めたのはつい先日。先日助けた乗客の中にいた家族から、染物職人のご一家だと聞いた時に“煤染め”という前世の染物を思い出した。
尤も、煤染めは知っていても実際にやった経験はないので“煤染めから着想を得た加工”と言うのが正確だろう。一手間加えて見た目を特別感のあるものにするだけでなく、最初に煙を扱う呪術を身につけた俺にとってはピッタリな気がしたのだ。
「おまけに煤には煙と同じく防虫や防腐の効果があり、物が燃えた匂いは野生動物も警戒する。忌避効果はイメージの補強にも使えて無駄がない」
スティッキースライムの粘液と混ぜるので、粒子がコーティングされて煤そのものの忌避効果は薄れるかもしれない。しかし、効果は呪術で得られるためイメージが優先。次に優先したいのが耐久性だ。
縄の効果と用途上、屋外で使うのであれば必然的に長期間野ざらしになる。しっかりと作られた縄であればそう簡単に切れたりはしないけれど、雨風に晒されればそれだけ縄の劣化が早まることは間違いない。撥水加工がされていれば、多少なりとも寿命は延びるはず。
頻繁な交換は購入者の体力的にも財力的にも負担となり、使うのを辞めてしまう人もいるだろう。生産に携わってくれる人達に報酬が払えなくなるようでは困るけれど、あまり儲けは求め過ぎず。良質で長く持ち、結果的に安かったと思ってもらえるように。リピーターに繋げて安定的に稼げる商品にしていきたい。
「ん~……硬化液は混ぜてないけど、粘着液そのままだと乾燥した時にちょっと固くなるか。曲がりにくくてロープとしては使いにくくなりそうだし、次はもう少し薄めて……」
改良を重ねて液の配合が決まったら、染色の工程も委託できる。
煤集めに関しては、線香作りにも協力してもらう予定になっている煙突掃除人の方々に話を持ちかければ、協力してくださる人が見つかると思っている。煤も煙突の汚れの一種だし、俺があれこれ指導する必要もないはず。人材としては適任だろう。
具体的なことは実際に話してみるまで分からないけれど……情報屋のネズミ男さんに聞いたところ、彼らは寒くなる前のちょうど今ごろが繁忙期。“興味を示している人は多いものの、集まる時間が取れない”とのことなので、線香の件も併せて話が進むのはもうしばらく先になりそうだ。
少量なら自作も苦ではないし、急ぐ必要もない。やりたいことは沢山あるので、時期を待とう。
「次は煤をさっきと同量、粘着液と水を半々で試してみるか」
■ ■ ■
実験を始めて3時間が経過したころ……
「こんなものかな」
乾燥に時間が取られたけれど、これだと思える配合の染色液が完成。あとは最終確認として、大きめの容器に液を作り、新たな縄を一巻き丸々漬け込んでから乾かす。縄の長さや漬け込む時間によってまた変化が出ると思うので、1つの目安でしかないが……一段落と言っていいだろう。
しかし、サンプルよりも長い分だけ乾燥に時間がかかる。既にかなりの時間をボーっと過ごしていたので、この縄が乾燥するまでは何かに時間を使いたい。
ということで、
「適当なところに休憩小屋でも建てるか。木材置き場にも一軒あればコルミも呼べるし、防犯にもなるし」
木材なら周りにいくらでもある。加工なら魔法でこと足りる。今更手間取るようなこともなく、1時間と経たずに多少立派な掘っ建て小屋が完成。東屋を壁で囲って屋根板を乗せ、休憩用の机と椅子を置いただけだが、最低限“家”としての体裁が整った。
ここに術をかければ……
「呼んだー?」
簡素な部屋の中に妖精のコルミが姿を現した。
「急に呼んでごめん。忙しかったか?」
「エレオノーラお姉ちゃんとお茶会していたから大丈夫~」
「ああ、また遊んでもらっていたのか」
コルミを通した連絡部屋がエレオノーラさんの家にあり、エレオノーラさんはほぼ在宅勤務のため、最近2人はよく話をしているらしい。これは邪魔をしてしまったか?
「あっ、お姉ちゃんがリョウマもどうか? って」
「じゃあ、せっかくだからいただこうかな」
「わかった! すぐ繋ぐね~」
コルミはそう言うと、ダイヤルアップ接続音と共に一旦姿を消した。
「……また俺の記憶から変なこと学んだな」
演出が妙に懐かしい。あれはパソコンが一般家庭に普及し始めた頃だから、1990年代。当時のネットに繋ぐ時に必ず聞いていた音。
俺が死んで何年経ったか知らないが、2000年を迎えたあたりで聞かなくなってきたから、少なくとも10年以上は昔に廃れたことだよなぁ……いや、サービス自体は続いていたんだっけ?
俺が思わず過去の思い出にふけるオッサンモードになっていると、コルミが戻ってきた。どうやら準備ができたようだ。隣にコルミが現れ、壁の一面にエレオノーラさんの姿が映る。
「お待たせいたしました」
「いえいえ、急にお邪魔してすみません。それとコルミの面倒も見てくれてありがとうございます」
軽く挨拶を交わした後に、向こうで淹れてくれていたお茶を空間魔法で取り寄せる。
「おかげで毎日楽しそうで、助かっています」
「こちらこそ、コルミ君には話し相手になってもらっているので。たまに仕事を手伝ってくれる時もありますし、私としても良い練習になります」
「? 練習とは」
「私は、その……あまり子供に好かれる方ではないので。別に子供が嫌いということはないのですが、怖がられてしまうといいますか……」
なるほど、エレオノーラさんは基本的にクールなビジネスウーマン系だからな。仕事中は特にきっちりしているし、幼い子供からしたら厳しくて怖そうに見えるのも理解できなくはない。
特に最近は不在の俺に代わり、呪術用のミサンガの引き取りをお願いしていた。金銭が絡むことだから、直接のやり取りはシスター2人のどちらかとしていたはずだけど、子供とのかかわりが一切ないというわけではない。
それでコルミを相手に、子供との接し方を練習していたのだろう。確認すると、彼女は深く頷く。
「威圧的にならないように気を付けているつもりなのですが、顔を合わせると皆さん緊張してしまうようで」
「エレオノーラさんは別に理不尽なことを押し付けたりはしないでしょうから、回数を重ねれば慣れてくると思いますよ。よほど酷かったり何らかの原因があったりするなら、保護者の2人からなにかしらの相談があるはずですし」
「そう願いたいですね。
ところでタケバヤシ様は今どちらに? しばらくはお休みを取ると聞いていましたが」
「今日は公爵家から預かった実験場にいます。ほら、以前瘴気の除去をした山。建物があるのは木材置き場にしていた場所です。散歩がてら瘴地の様子を確認してから、実験を少々」
それからは具体的に俺が何をしてどうのびのびと過ごしていたかを中心に、会話が弾んでいくのだった。




