魔法の杖作り・実技編
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
テクンは手早く道具箱を開き、改めて材料となるトレントの枝を手に取った。
「いいか? 棒の先端に魔石を取り付けただけの杖。装飾などは一切ない、最も基本的な形の杖だ」
彼は右手で木を削るためのナイフを握ると、そのまま作業に入る。
「魔法の杖の製造工程は大きく分けて、荒削り・整え・塗装・魔石の取り付けの4つ。まずは第一工程の荒削りだ。読んで字の如く、木材を大まかに削って大体の形を作っていく。この段階ではまだ、そこまで神経を使うことはない。
基本的に魔石を取り付けるのは枝の先端側、幹なら根とは反対方向、つまり木が伸びていく方につけるのがコツだ。そして最終的な杖の形をなるべくハッキリと思い浮かべて、それにあわせて輪郭を作っていけ」
軽快に動くテクンの手元を真似て、枝を手元から先端に向けて削っていく。
元々そこまで太い枝でもなかったので、5分足らずで終わった。
「次は整え。読んで字のごとく、ナイフやヤスリで細かく削って形を整える作業だ。そしてこの作業が魔法の杖作りの最難関であり核心の部分なんだが……最初に体験した方が分かりやすいか。竜馬、持っている枝に魔力を通してみろ」
「こうか?」
言われた通りに魔力を込めると、枝の内側を流れていく魔力を感じる。言われて、集中していなければ気づかないくらいの微弱な感覚だけれど……先程テクンに言われた通り、枝の伸び方に沿った方が自然に流れるようだ。
また、枝の中を流れた魔力は俺が削った枝の断面から漏れ出している。
「感じ取れたみたいだな。杖にするには削って形を整えなきゃならないが、加工すれば魔力を通す管に傷がついて魔力が漏れる。良い杖を作るにはただ形を整えるだけじゃなく、魔力の流れで管の状態を判別し、適切に調整すること。品質に大きく関わる最重要工程だ。
削る時はナイフを枝に沿わせるように。なるべく管は残した方がいいが、損傷の酷い管はあっても意味がねぇから取り除く。あれこれ気にして削りすぎると逆効果だ。まぁ、この辺は練習だな。
竜馬の場合、もう魔力感知で魔力の流れと漏れ方は分かってそうだから、覚えは早いと思うぞ。普通の見習いはまずその感覚から養わなきゃいけないからな」
「魔法で遊ぶのが趣味で良かったよ」
いや、これ本当に難しい……これまで趣味で魔法をいじくったり、生活のため日常的に使ったり。日常的に魔力に慣れ親しんでいなかったら、分からなかったと思う。それほど集中して魔力を感じるだけでなく、手も動かさなくてはならない。
「「「…………」」」
俺が自然と無言になると、テクンとルルティアの会話もなくなった。俺の邪魔にならないように配慮してくれているのだろう。正直今はありがたい。木工はそれなりに経験があると思うけれど、傷ついた維管束を把握するのに度々手が止まる。
「…………ふー」
「よし、そんなところでいいだろ。初めてにしちゃ上出来だ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「嘘は言わねぇよ。もう少し手こずるかと思っていたくらいだ」
テクンがそう言いながら、軽くほこりを払うように手を振ると、散らばっていた木材の削りカスが消失した。
「荒削り、整えと来て、次は塗装だな。木工細工としての意味は手触りの改善や杖の保護。魔法の杖としての意味は、漏出する魔力の削減になる。
どれだけ丁寧に管を選別・調整したとしても、最初の枝からすれば管が傷ついていることには変わりない。だから塗料に一手間加えて、漏れる魔力を留められるようにするんだ」
「その一手間とは?」
「一番簡単なのは“塗料に魔石の粉末を混ぜること”だな。これも材料との相性や割合は様々だから、研究あるのみだ。今回はひとまず俺が用意したものを使え。スティッキースライムの粘着液に魔石の粉を混ぜたやつだから、帰ってすぐに自分でも作れるだろう」
「すぐ再現できるもので教えてくれてありがたい」
道具箱の隅に入っていた容器を開け、再びテクンの真似をして塗料を塗っていく。
毛の柔らかい刷毛を使って、優しく乗せるように塗料を置き、先端に向けて広げていく。調整の段階と同じように、魔力を感じて流れに沿わせて、漏れていく魔力を束ねるように……
「ちなみに魔石を砕くときは、できるだけ細かく。混ぜる時は塗料に満遍なく混ざるように。杖に塗る時はムラができない様に気をつけるんだ。魔力の通り方にムラができて使い難くなる事がある。1つ1つは微妙な差でも、積み重なると大きく質を落とす原因になるぞ。
逆に意図してムラを作ることで特定の分野に特化させるとか、性能向上に利用する職人もいるんだが……初心者がやることじゃねぇから頭の片隅に置いとくだけにしとけ。まずは基本からだ」
言われた通り、覚えておくだけ覚えておいて、作業に戻る。
それからしばらくは再び無言で作業を続け、塗装が終わるとテクンが杖を渡せと手を伸ばす。
「……よし、こんなもんだな。ほれ」
「? あっ、乾燥している」
「本来ならじっくり乾燥させるんだが、普通に乾くのを待っていたら教える時間が足りねぇからな。今回は俺が乾燥させた。次行くぞ」
道具箱から直径3センチ程の魔石の球と、卵の殻の下半分のような台座が出てきた。台座の材質もトレントの枝だ。
「魔石の形状は別に球体でなくてもいいし、なんなら加工しなくてもいい。ただ、形が歪だと魔力の流れが微妙に偏る。すると使用者が魔法の狙いにズレを感じやすくなる。研磨して整えておくのが無難だな。
また、取り付けは塗料と同じく接着剤になるものと魔石の粉末を混ぜて使う。コツは全体を通して魔力の流れが途切れないように、台座も魔石も本体の杖と密着させる事。なるべく真っ直ぐ流れるように角度を合わせるんだ。回数をこなして感覚を掴んでいけ」
魔石と台座を接着したら、道具箱の中から包帯に似た無地の布を取り出して固定。本来なら乾いて固まるまでの間、台座と棒を固定しておくために使うのだが――今回はここでもテクンが待ち時間を飛ばしてくれた。
「必要であればここからさらに装飾を施すんだが、とりあえず魔法の杖としてはこれで完成だ。だいぶ駆け足になっちまったが、どうだった?」
「丁寧で分かりやすくて、ためになる授業だったよ」
「そうか、なら良かった。
一応今回教えた内容だけでも、1つ1つを完璧にやれば初心者から中級者まで、それなりに使える杖ができるはずだ。しばらく時間のある時に自分で試してみて、疑問が出たらまた聞いてくれ。答えられる内容なら答えるからな」
今後のフォローもしてくれるとは心強い! 感謝をしつつ、早速1つの疑問が頭に浮かんだ。
「杖の材料として放熱樹は使えるだろうか? 魔石は流石に掘りに行くわけにもいかないから店で買うとして、アレが使えれば練習用の材料に困らなくていいんだけど」
「使えるぞ。素材としては良質で杖に向いている。ただあの木は癖が強いし、硬くて加工も手がかかる上級者向けの素材だ。初心者の練習用として扱うには微妙だな」
「だったらトレントを取り寄せるか……昔のベッケンタイン様みたいに、依頼を出せば集められるだろうし」
「練習用の材料なら、竜馬君は公爵家から実験用の山を貰ったでしょ? あの山に生えている木を使えばいいんじゃない?」
これまで静かに見守ってくれていたルルティアからの助言。あそこに使える木があるのか? と期待が湧いたところで、テクンが頷いた。
「ああ、確かに生えているな。つーか竜馬が前に行った時点で、山にしていた間伐材の中にもあるぞ。質は悪いが、乾燥させれば練習用には十分だろう」
「それはラッキー。材料問題は解決だな」
心置きなく練習できる目途が立ったところで、いつもの光が体を淡く包み始める。帰る時間がやってきたようだ。
……駆け足になったとは言っていたが、本当にギリギリだったのだろう。作業中に焦らせるようなことは一度も言われなかったので、今になって気づいた。
「テクン、ルルティア、今日もありがとう。今度また来るから――」
「おう、礼なら練習で作った杖を持ってこい」
「楽しみに待ってるわよ」
最後の会話に返事もできず、俺の意識は強制的に引き戻されるのだった……
■ ■ ■
その後。
礼拝堂で意識を取り戻した俺は、教会を出たその足で街の魔石屋に直行。杖作りの練習のためと理由を伝え、それなりの量の魔石を買い込んでから、街をブラブラと歩いていた。魔石屋を探して普段あまり来ない区域にやってきたのでいい機会だ。
……と思っていたら、見覚えのある人が正面から歩いてくる。同時に向こうもこちらに気づいたようで、
「あっ、タケバヤシ様!」
「やっぱりジャスパーさん! 久しぶり、ってほどでもないですけど、ギムルに来ていたんですね」
道端で遭遇したのは、先日出会った新聞記者のジャスパーさん。ジャミール公爵領の取材に来たと言っていたけど、まさかこんなに早く再会するとは思わなかった。
「実はあの後、上司と無事に合流できたのですが……道中でタケバヤシ様に助けていただいたことをインタビュー記事と共に伝えると、そのままギムルを担当するようにとの辞令を受けました。
上司曰く“今後ジャミール公爵領で活動する人員は、私も含めて全員、見知らぬ土地で一から基盤を築いていくことになる。顔見知り程度であっても知人ができたのなら、その縁を大切にすべきだろう。相手が重要人物なら尚更だ”とのことで」
「言わんとすることは分かりますが、あけすけな人のようですね」
「助けていただいたお礼も満足にできない内に、あからさまな下心で近づくことになってしまい、大変申し訳なく……」
「上司の指示なんでしょう? 別に気にしていませんから、ジャスパーさんも気にしないでください」
この本気で申し訳なさそうな様子を見たら“お仕事なんだろうな”としか思わない。前世のマスコミを考えたら、むしろまだまだ穏便というか健全というか、この程度ならかわいいものだとすら感じてしまう。
「ところで今日は取材ですか?」
「いえ、昨日ようやく家を借りて生活拠点ができたところなので、まずはこの街を知ることから始めようかと。これからお世話になる市場や飲食店は把握しておきたいので」
「なるほど。そういうことなら少し街を案内しましょうか?」
「えっ!? それは助かりますが、よろしいのですか? タケバヤシ様は役職が役職ですし、私よりもお忙しいのでは」
「それが全く。僕達が初対面の時、仕事であの場所にいたと話したじゃないですか。あの時の仕事が昨日終わったところで、しばらく休みを取ることになったんですよ。
……ただ、僕は趣味が仕事のようなものなので、休みとなるとやることがなくて暇なんですよね。それで今も散歩がてら、普段行かないところを歩いていたので――」
うん、改めて口に出すと完全なるワーカーホリック。誤解されそうでつい早口になるが、決して趣味がないわけではない。趣味がいつの間にか仕事になるだけなのだ。
「――というわけで、忙しいどころかぶっちゃけ暇なのです」
「そうでしたか……では、お手数ですが案内をお願いします。土地勘がなく心細さはありましたから、心強いです」
「承りました!」
ということで、ジャスパーさんの希望を聞きつつ、以前エレオノーラさんを案内した時のように街を歩く。家の周囲は既にある程度歩き回ったということなので、ギムルの主要施設が集まる中心部から大通り沿いを主にぶらつくことにした。
「この辺までくれば日常生活で必要な物は大体揃うと思いますし、値段もお手頃。もっと高級品が欲しい場合は、ここから南に行くに連れてお店が多くなります」
「ガウナゴの街でもそうでしたが、歩いている人に活気がありますね」
「南の新しい街作りも進んできましたし、他所から働きに来る人がまだまだいるようですからね。そういえば、僕がさっき買い物をしたお店の店主さんも“昔に戻ったみたいだ”と笑っていましたよ」
「昔と言うと、この街が鉱山都市としての最盛期を迎えていた頃ですか?」
「最盛期かどうかは分かりませんが、店主さんはかなり高齢の方でしたね」
「……差し支えなければ、お店の場所も教えていただけませんか? 是非ギムルの歴史について取材をさせていただきたいので」
「場所を教えるのは構いませんが、取材の交渉はそちらでお願いします。
ところでギムルの歴史にもご興味が?」
少し踏み込んでみると、ジャスパーさんは目を輝かせて答えた。
「より良い記事を書くためにはより深く、この街とそこで生きる人のことを知るべきだと思うのです。せっかくの長期取材ですから思う存分、自分で納得ができるまで深堀りしようと思いまして」
初対面の時と変わらず、彼は新聞記者という仕事への熱意に溢れている。中身オッサンの俺としては、この真っ直ぐな若々しさがちょっとまぶしく感じるけれど、嫌いじゃない。しっかりと調べて記事を書こうとしている点は高評価だし、頑張りが報われてもらいたい。
「ちなみにジャスパーさんの記事は、どこで購読できますか? 興味があるので、記事が出たら読みたいのですが」
「順調に話が進めば、商業ギルドでご購入いただけるはずです。記事は自由に書かせてもらえるのですが、新聞としての発行には一度上司の元に送り承認を得なければならないので、具体的な時期に関しては何とも言えません」
「お仕事ですから仕方ありませんね。気長に、楽しみに待ちましょう」
「あら? リョウマ君じゃない」
「はい――あっ、キアラさん」
急に声をかけられて振り返ると、井戸端会議でよくお世話になっている奥様が立っていた。
「お疲れ様です。珍しいですね、こんなところで」
「今日は急ぎの注文が入って、配達に来たのよ。リョウマ君はお友達とお買い物?」
ここで俺はキアラさんにジャスパーさんを、ジャスパーさんにキアラさんを紹介すると共に事情を説明。
「まぁ! 王都の新聞記者さんなの? はじめまして~」
「ジャスパー・ペンブロークと申します。これからこの街でお世話になります」
「王都には敵わないかもしれないけれど、この街は魅力が沢山あるから、是非楽しんでくださいね。そしていい記事を書いてくださると、住民として嬉しいわ。うちは職人街で木工工房をやっているから、何か必要な物があれば訪ねてくださいね。旦那の腕は確かだから」
「その際は是非に」
「リョウマ君もいつでも遊びに来てね。前に話していた箱の話、うちの旦那も興味を持っていたから」
「あっ、でしたら近日中にお邪魔して構いませんか? 丁度時間に余裕ができたところだったので」
「もちろんよ! じゃあ……明後日はどうかしら?」
「大丈夫です。では明後日」
「旦那にも伝えておくわ。それじゃ、失礼するわね。お仕事頑張って~」
「キアラさんも、お気をつけて」
配達に戻るキアラさんに会釈をして、こちらも再び歩き出す。
「良い人そうな方でしたね」
「実際に良い人ですよ、いつも穏やかで明るくて。この街には、そういう人が沢山いるんですよ」
何気ない一言に何気ない一言を返したつもりだったが、ここでジャスパーさんは何を思ったか、笑みを浮かべる。
「タケバヤシ様はこの街が好きなのですね」
「? 否定はしませんが、何かありましたか?」
「本音でこの街を勧めているのだ、と感じたまでですよ」
実際そうなので間違いではないのだけれど、微妙にニュアンスが違う気がするのは気のせいだろうか?尤も、突き詰めるほどの事でもないので、その場はサラッと流して話題を変える。
それからしばらく街を案内し、俺が経営する“安くて早くて腹に溜まる店”で早めの夕食を取った後、俺達は別れた。
彼がどのような取材をしていくのかは知らないが、同じ街にいるのであれば、またどこかで会う機会もあるだろう。




