↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25回目の結婚生活  作者: 東の雲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/16

お盆帰省 前半

お盆の帰省――その二文字だけで、誠の背筋は汗ばむ。

ハンドルを握りしめる手には、ありえないほどの力がこもる。

助手席では美咲が、能天気にアイスコーヒーをすすっている。


「大丈夫だってば、誠さん。うちの両親、ちょっと頑固なだけで優しいんだから」

「……いや、美咲。俺は知っている。嫁の実家は、甘くない」

誠は眉間を押さえ、うめいた。


――脳内に、書斎のような空間が広がった。

壁一面にはキャビネットがずらり。ラベルには「帰省トラウマ1~24」と書かれている。

名探偵誠がそこに立つ。手にはチョーク、机には古いファイルが山積みだ。


「案件番号:TR-OBON-01。通称『お盆帰省大作戦』。過去の失敗を参照し、今回の最適戦略を導く」


誠は引き出しをガチャガチャと開け、過去の“靴下穴事件ファイル”“謎雑煮事件ファイル”“栗きんとん氷結事件ファイル”を取り出す。

書斎内の空気は張りつめるが、現実世界では美咲が無邪気にアイスコーヒーを飲むだけ。


▪️靴下穴事件


三番目の妻の実家での正座挨拶。

「今日はお世話になります!」

と元気よく頭を下げた時、目に入ったこは自分の靴下に空いている大穴。

義父もそれに気づき

「……身嗜みも整えられんのか。みっともない」

義父の低い声。場が凍りつき、誠の心も凍りついた。


初動対応ミスで義父の冷たい視線を浴びる。再発防止策は新品靴下5足持参……OK



▪️謎雑煮事件

元妻の実家で出されたお雑煮。


「うちのお雑煮は、ちょっと独特なのよ」


そう言って出されたのは、味噌仕立てに納豆、さらに柿が浮いた謎スープ。

妻も両親も笑顔で美味しそうに食べている。

一般的にこの味がウケるかどうかわからないが、誠の味覚には確実に合わなかった。


必死に平らげたが、誠は震えた。

「これが一生続くのか……!」

以来、“実家の味付け”がトラウマとなった。


味覚危険度MAX、精神的ダメージ評価9.7……

うむ、今回は美咲に事前リサーチ済み

こういう変なメニューはない……と思う。



▪️栗きんとん氷結事件…


十番目の妻の実家。誠は気合を入れて「栗きんとん」を持参した。

だが、義母は一口食べ、箸を置いた。

「……私、これ苦手なのよね」

沈黙。時が止まった。

(あの視線、あの冷たい空気!)


以来、誠は“お土産リサーチ命”の男となった。今回は美咲に三度も「お義父さんとお義母さん、嫌いな食べ物とかない?」と確認済みだ。

過去の教訓により、義母の好みを三度確認済み……完璧だ


誠は胸の中で静かに息をつき、書斎のランプを暗くする。

「……よし、これで本日の任務は成功する可能性が最大化された」


その瞬間、助手席の美咲が笑顔で話しかける。

「誠さん、なんか顔が怖いよ……」


誠は現実世界に戻る。

(書斎内の推理がどんなに完璧でも、目の前の天然笑顔には勝てない……!)


⸻


 誠は深呼吸を繰り返した。

「靴下よし! 手土産よし! 今日は絶対に失敗しない……!」


「誠さん、修学旅行前の中学生みたい」

美咲が笑うが、誠は笑えなかった。


⸻


実家到着――


美咲の実家は、木の匂いが濃厚な古風な家だった。

玄関の引き戸を開けると、京子がにこやかに顔を出す。


「暑かったでしょう。さ、入りなさい」

「お母さん、ただいま!」

「お邪魔します……」


誠は45度の深々としたお辞儀。手には妙に汗が滲んでいた。


――名探偵誠、脳内出動。


書斎の壁には「実家帰省ファイル」がずらり。

“無言圧力事件”“沈黙の新聞作戦”“初対面挨拶爆弾”など、読むだけで胃がひっくり返りそうなファイル名。

誠の心拍計が異常値を叩き出す。


リビングに目をやると、父・和夫が新聞を広げて鎮座していた。

寡黙。無表情。鋭利な空気をまとっている。


「……座りなさい」

その一言に、誠の背筋が凍った。

まるで、雷鳴が脳内で轟き、鼓膜を震わせるようだった。


沈黙が流れる――いや、流れるどころか、空気が重力を持っているようだ。

誠の鼓動が耳鳴りのように響き、手のひらには汗。額には冷や汗。


(……これは、帰省史上、最強クラスの緊張空気……!)

誠の脳内書斎では、名探偵誠が顎に手を当て、分析開始。


「圧力最大値……沈黙指数、120%…会話成功率3%。なお、その3%も“天気の話”限定」


美咲はそんな夫を尻目に、楽しそうにアイスコーヒーをすする。

誠の心の中で、小さな悲鳴が響く。



⸻




 食卓に並ぶ料理は豪華だった。焼き魚、煮物、漬物、味噌汁。

(……未知の料理は、なさそうだ。ふぅ……)

ホッとした瞬間、和夫が低く言った。

「遠いところ、ご苦労さん」


義父の和夫が、缶ビールを誠の持つグラスは注ぎながら言った。

「い、いえ……ありがとうございます」

ぎこちない笑顔。会話は続かない。


和夫と京子は、娘の美咲には積極的に話しかけるが、誠へは明らかに壁を作っていた。



 箸を進めるうちに、京子が口を開いた。

「……この前の結婚式ね。親戚から散々言われたのよ。“バツ24の男なんて大丈夫か”って」

誠の箸が止まる。

「肩身が狭かったわぁ。」

「……」


 和夫も口を開いた。

「俺もだ。“どういう男なんだ”と何度も聞かれた。答えようがない」

視線が突き刺さる。誠は凍りついた。


「ちょっと待って!」

美咲が箸を置き、声を荒げた。


「どうしてそんな言い方するの! 私が選んだ人だよ?」

「でもね、美咲」京子が眉をひそめる。

「世間はそう甘くないの。あなたが恥をかくのよ」


「恥なんて思ってない! 私は誠さんと一緒にいるのが幸せなの!」


「幸せ? そんなもの、一瞬で終わるかもしれないだろう。24回も離婚してるんだぞ」和夫が低く言う。


「お父さん!」


 空気が張り詰める。


「私ね、あの日、本当に悔しかったの。親戚から“なんでそんな男と”って笑われて」京子の声が震える。


「私だって娘を守りたいのよ!」


「守るなら、応援してよ! 私の選んだ人なんだよ!」美咲の目に涙が浮かぶ。


 誠は耐えきれず口を開いた。

「す、すみません……すべて僕のせいです」


「誠さん!…誠さんは謝らなくていいの!!」

珍しく美咲が強い口調でいう。


「いや、確かに僕は何度も失敗しました。でも……でも、今回は違うんです!」

思わず声が裏返った。


 和夫がギロリと睨む。

「違う? 何がだ」

「ぼ、僕は……!」

誠の喉が渇き、言葉が出ない。


 重苦しい沈黙の中、美咲だけが声を張り上げた。


「私は誠さんと一緒に生きたい! 何度でも言うよ! 絶対に離れない!」


 誠は拳を握りしめた。

(妻の実家でこんな風に守られたのは……初めてだ……)


 ――夕飯の空気は最悪のまま、時間だけが過ぎていった。


(後編へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。