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25回目の結婚生活  作者: 東の雲


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最後の一口

夕飯の食卓に、湯気が立ちのぼる。

焼き魚に、唐揚げに、ポテトサラダ。そして美咲の得意料理、肉じゃが。

どれも大皿に盛られて、テーブルの中央を彩っていた。


「今日も美味しそうだね、美咲」

「えへへ、今日はちょっと頑張っちゃった!」


 ふたり並んで箸を伸ばす。

大皿から自分の分を少しずつ取り、白ご飯を頬張る。

どの料理も絶妙な加減で、誠はつい箸が止まらなかった。

美咲はお世辞抜きで料理がうまい。



 しかし――問題はその時、必ず訪れる。


 肉じゃがのじゃがいもが、一切れ残る。

ポテトサラダの山が、スプーン一杯分だけ残る。

唐揚げが一つ、ぽつんと取り残される。


(……きたか)


 誠は心の中でゴクリと唾を飲んだ。

これが「最後の一口問題」だ。


⸻



(さて……最後の一口をどうするか)


「最後の一口――通称“ラスイチ”は、家庭の平和を脅かす危険な存在だ」

帽子を傾け、肉じゃがを凝視する。


「食べれば“気が利かない”と咎められる可能性。残せば“せっかく作ったのに食べない”と叱られるリスク。……両者は表裏一体」


 冷蔵庫にプリンが一個残っていた夜と同じ。

誠の胃はすでに戦々恐々である。


——————


誠の頭の中で、推理モードが始まる。


妄想の中、トレンチコートを翻した“名探偵・誠”が静かに立ち上がった。


「事件概要――連続ラスイチ事件」


帽子を目深にかぶる。


「被害物件は三点」


「第一の現場。肉じゃがのじゃがいも、一切れ

第二の現場。ポテトサラダ、スプーン一杯分

そして第三の現場――唐揚げ、一個」


テーブル中央を睨む。


「これは偶然ではない。計画的犯行だ」


帽子を深くかぶり直す。


「まず状況整理だ」


名探偵はテーブルを観察する。


・美咲、現在の満腹度:七割前後(白ご飯おかわりなし)

・笑顔指数:高(頬の緩み角度、約15度)

・肉じゃが消費量:じゃがいも二切れ、にんじん一、しらたき適量

・ポテトサラダ摂取量:山の三分の二

・唐揚げ消費量:三個

・視線の動き:料理全体を均等巡回、特定物への執着なし


「ふむ……」


顎に手を当てる。


⸻


「過去事例、参照」

名探偵誠は脳内資料庫からファイルを取り出す。


・第二夫人 妻の実家での夕食事件

すき焼きの最後の一切れの肉を、誠は「まあ誰も食べないだろう」と思って口に入れた。


「まあ……遠慮って知らないのね」


 義母の冷たい一言。

その場の空気が凍り付いた。


⸻



 •第三夫人 譲歩事件

彼女がちらちらと皿の唐揚げを見ていたのに気づかず、誠は気前よく「どうぞ」と譲ってしまった。

すると、なぜかむくれる妻。


「普通さぁ……“一緒に半分こしよ”とか言えないの?」


⸻


 

 •第五夫人 手作り焼売事件

誠は学習した。ラスイチには手を出さない。

皿の上にぽつんと残った手作りシューマイ。

「どうぞ」とも言わず、食べもせず。


 すると妻が苛立った顔で言った。

「なんで食べないの? 私が作ったの、美味しくなかったってこと?前の冷凍焼売は全部食べたくせに」


 その夜、誠は布団を廊下に追いやられた。


⸻



  •第十七夫人 ラップ事件

誠は「残せば丸く収まる」と考えた。

明日食べると言い、ラップをして冷蔵庫に保管する。

結果、ラップされて冷蔵庫に入れられた“ラスイチ”たちは翌日以降食べられることはなく忘れられていく。


「あなたってほんと、中途半端なのね」

妻の冷えた声が突き刺さる。



⸻


・二十二夫人 事前分配事件

過去の経験を活かして、ラスイチを回避すべく先手を打った。


1人ずつ小皿に分けてくれと。

そうすれば自分の量は決まっている。

ラスイチ問題は回避できると思った。


しかし…


「分けると手間が増えるでしょ。後で洗う食器だって増えるし。自分で作らないのに文句言わないで!」


と食卓に至る前から逆鱗に触れてしまった。


⸻


すべて有罪……つまりラスイチとは――


選択そのものが罪


それらのデータを基に誠の脳内会議が開かれる。


「ケースA:残す」

→ 美咲が「どうして食べないの?」と不満に思う可能性。


「ケースB:食べる」

→ 美咲が「えっ、私の分だったのに!」とショックを受けるリスク。


「ケースC:分ける」

→ 唐揚げを半分こ? 肉じゃがの一切れを崩す? いや、見栄えが悪いし、行儀悪い。


「ケースD:聞く」

→ 『食べていい?』と聞く。しかしそれは“気が利かない男”の烙印を押されかねない。


(……詰んだ……)


 額から汗がにじむ。唐揚げのラスイチが、まるで爆弾のようにテーブルの真ん中で時を刻んでいる。


⸻


美咲の一言


「……あ、誠さん」

「ひゃいっ!」

「唐揚げ、最後の一個だよ。食べちゃいなよ」

「えっ……」

「だって、誠さんが美味しそうに食べてるの見るの、好きなんだよ」


 あまりに自然な笑顔。

誠の推理脳が、一瞬で崩壊した。


「……本当にいいの?」

「もちろん。私、お腹いっぱいだし。それに、誠さんに食べてもらったほうが嬉しい」


 誠は箸を伸ばし、ラスイチを口に運んだ。

カリッとした衣の奥から、じゅわっと肉汁が広がる。

胸の奥まで温かさが染み渡った。


(……この人となら、ラスイチも怖くないんだ)


⸻


 食器を片付けながら、美咲がにこにこと言った。

「ねえ誠さん、明日は餃子作ろうと思うんだ」

「いいね。楽しみだな」

「でも餃子って、絶対最後の一個が残るんだよね~」


「……」


誠の脳内で、トレンチコートが再び翻った。


連続ラスイチ事件、第二章が始まる予感。

果たして明日の餃子は偶数か?奇数か?


名探偵は、まだ引退できない。


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