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25回目の結婚生活  作者: 東の雲


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7/16

お盆帰省 後半

 夕飯の後、食卓は散らかったまま、重苦しい空気が残った。

京子は台所に引っ込んで片付けを始め、和夫は新聞を広げる。

誠は居心地悪く、畳の目を数えるしかなかった。


(……完全に嫌われたな)

胃の奥がきゅうっと縮む。



 その夜、客間に布団が敷かれる。美咲が隣に座り、誠の手をぎゅっと握った。

「誠さん……ごめんね」


「美咲が謝ることじゃないよ」

「でも、私のせいで辛い思いしてる」


「いいんだ。24回も離婚した自分が悪いんだから……それに守ってくれて嬉しかった。俺、あんなふうに庇われたこと、今までなかったから」


 美咲の目が潤む。

「私、絶対に味方だから」

「ありがとう……」


 だが、眠れなかった。過去の黒歴史が頭をよぎる。

(また失敗して、美咲まで不幸にしたら……)

布団の中で、誠は何度も寝返りを打った。


⸻


しばらくして、美咲の寝息が小さく整っていく。


誠は天井を見つめたまま、眠れずにいた。


――その時。


障子が、

“コツ……コツ……”


控えめなのに、やけに響く音。


「……まだ起きてるか」


低い声。

和夫だった。


心臓が一拍、跳ねる。

誠の全身が固まる。


「は、はい!」


声が裏返る。自分でも情けない。


障子を開けると、廊下の向こうに和夫が立っていた。

逆光で表情は見えない。


「ちょっと外に出るか」


断れない声音だった。


「……はい」


⸻


縁側に出ると、夜風がひんやりしている。

虫の声だけがやけに大きい。


和夫は浴衣姿で煙草に火をつけた。

火が一瞬、顔を照らす。


「散歩でもするか」


誠は一瞬迷う。

断ったらどうなるのか、想像してやめた。


「……はい!」


⸻


庭を抜ける。

砂利の音がやけに響く。


並んで歩いているのに、距離が遠い。


月明かりだけが、二人を照らしていた。


沈黙が、重い。


(これは、説教か……最終通告か……)


「……バツ24………か」

不意に和夫が切り出した。


「……はい」

「普通なら、一回でも充分だ」

「……おっしゃる通りです」


 誠は汗を拭った。

「どうしてそんなに失敗してきた」

「……」

誠は口を開きかけて、閉じた。だが逃げられない。

「俺は……いつも、気を遣いすぎて失敗するんです」


「気を遣いすぎて?」


「相手に“正解の自分”を出そうとして……」

苦笑する。

「気づけば、いつも“本当の自分”がいなくなる」


「相手の実家では靴下の穴を気にしすぎて新品を揃えたり……お雑煮で逃げ場がなくなったり……お土産で空回りしたり……。相手の家に合わせようとするほど、ボロが出てしまって」


苦笑が漏れた。

「情けない話ですけど」


 和夫は煙を吐き、しばし沈黙した。

「……で、失敗して、離婚してきたわけか」


「はい。でも……美咲とだけは違う気がするんです」

「何が違う」


 誠は立ち止まり、真剣な目で和夫を見た。


「彼女は、俺が失敗しても笑ってくれるんです。守ろうとしたのに失敗しても、『誠さんらしい』って。俺を馬鹿にするんじゃなく、ありのままの俺を支えてくれる。……初めてなんです。24回失敗してきたからこそ、より美咲の良さが分かるんです」



 和夫は足を止め、夜空を見上げた。

「……美咲はな、昔から人を信じすぎる子だ。優しすぎて、損するんじゃないかと心配でならなかった」


「……」


「だから、バツ24の男と結婚すると聞いた時は……正直、腹が立った。娘をなんだと思ってるんだ、ってな」


 誠は頭を下げた。

「本当にすみません」


 和夫はふっと笑った。

「だがな……さっきの夕飯で、美咲があれほど声を荒げたのを初めて見た。親に逆らってまで本気で人を守ろうとする姿を」


「……」


「お前にしか見せられない顔なんだろうな」



 和夫は煙草をもみ消し、誠の肩を軽く叩いた。


「バツ24なんざ、こっちからすれば笑い話だ。だがな――25回目を娘にやらせるような真似は許さん」


夜気がひやりとする。


「……絶対にさせません」


誠は即答した。


「言ったな」


「はい。……何度でも言います。彼女とだけは、離れません」


 和夫はしばらく誠を見つめ、やがて口の端を上げた。


「……まあ、せいぜい頑張れ。今度失敗したら、靴下の穴を気にするどころじゃ済まさんぞ」


「は、はいっ!」


 二人の間に、かすかな笑いが生まれた。




翌朝


 朝食の席。


食卓には味噌汁の湯気が立っていた。


和夫は新聞を畳み、何気なく言った。

「誠くん、納豆食べられるか」


「えっ……は、はい! 大好きです!」


「無理に合わせてないか?」


「はい!本当です」


一瞬、昨夜の月明かりがよぎる。

もう、正解を探さない。


誠と和夫はふっと笑った。


そんな2人をみて美咲は少し首をかしげた。


 京子は黙って味噌汁をよそい、誠の茶碗にそっと置いた。

「……ありがとうございます」


 美咲がにっこり笑う。

(少しだけ、空気が変わった……)

誠は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


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