09◇私の癒しはどこでしょう
告白したザックの顔は、耳の先まで真っ赤になっていました。釣られて自分の頬も熱くなるのを感じる。そのまま会話が途切れ、しばしの沈黙。
いいえ、冷静になりましょう。これはあくまで「初恋」の話です。彼が恋したのは十七歳の癒し系聖女メイベルちゃんであって、三十路の引退聖女じゃない。
「へえ、そうなんだ。知らなかったな……」
「はい。だから僕は、聖騎士になってメイベル様を守ると決めました」
私が素っ気なく答えると、ザックは少しだけ表情を曇らせて、すぐに話を再開した。
「団長の家にお世話になりながら、そのためにひたすら文武を磨きました。……でも結局、黒の使徒の血を引く僕では騎士団に入れなかった」
聖騎士団には、由緒正しい血筋でなければ入団できない縛りがある。高貴さの義務と言えば聞こえはいいけれど、きっと治癒士免許のように権威やら既得権益やら、しちめんどくさい色々があるのでしょう。
団長は自分の代でそれを変えようと頑張っているようです。がんばれヒゲ、遠くから応援しているぞ。
「ええと……まあそれから、なんだかんだとありまして……団長の口利きもあって、メイベル様の従者をさせていただく機会を得たわけです」
「急に話が大雑把になりましたね……」
自分にはどうにもできない血筋のせいで、すべての努力が無駄になった。そこに何の葛藤もないはずはないし、むしろ絶望していてもおかしくない。大雑把にしか語らないのは、私に重荷を持たせないための、彼の優しさなのかも知れません。
──と、それは置いといてザック。本気でバレていないと思ってるの?
髪の色、背格好、現れたタイミング、口調やトーンを変えても似通った声色。どう考えたって、ザックとファントムは同一人物。
右肩に荷袋と一緒に背負った細長い包みの中身も、きっと彼の愛刀でしょう。というかそれを包んでる灰色の布も、例のフード付きコートにしか見えない。
おそらく、黒の使徒の活性化による人材不足に直面していた騎士団が、彼の実力に目を付けて非正規の隠密騎士として迎え──幽騎士ファントムが誕生した、というところでしょうか。
正直なところ、ファントムの正体はもっと渋くて影のある流浪の剣士様(年上)を妄想していたのだけど。……あ、もしかして私の夢を壊さないために、正体を隠そうとしてるなんてこともあるのかしら。
「これが僕の、メイベル様を従者としてお守りしたい理由です」
聞きたかった話とはちょっと違ったけど、でも確かに私が知っておくべき事実を話し終え、顔を上げた彼は両目をギュッと閉じて言葉を待っています。何その忠犬ムーブ、さすがに可愛すぎる。
「さてと、たくさん治癒して疲れました。おんぶして下さい」
「え? でもメイベル様なら、あのくらい朝飯前では……」
目を見開いて首をかしげる。「それはちょっと解釈違いが」とかぶつぶつ言っている。
そうか。よく考えてみたら、ほぼ徹夜で店主に「綺蹟」による治癒を施して致命傷を完治させたことは、ザックには秘密でした。
マシューはそろそろ、私の泊まった部屋のベッドで目覚めるころでしょう。机に置いた宿賃と聖護符、受け取ってくれたかしら。
「これでも、慣れない旅路の疲れがあるのです! ほら、はやくして下さいな従者どの」
「はっはい! ……え!? いま『従者どの』って……」
「これから遠慮なくこき使うので、覚悟しなさい」
「はっはいもうそれは望むところです! さあ、どうぞ僕なんかの背中でよろしければ……」
心底から嬉しそうなザックは、肩の荷袋を端に寄せ、しゃがんで両腕を後ろに差し出す。私は両腕を彼の首に回して、体を預けます。
「……失礼いたします」
スカートが捲れないよう気を使いながら、両腕で私の両足を抱え、彼は慎重に立ち上がる。ふわりと体が浮かぶ感覚。視界がいつもより少し広い。カバンくんが周囲をくるくる廻っている。
「どう? 重くない?」
「あっ、ええとその……し……しあわせです……!」
「なにそれ、答えになってない」
あの日、震えていた小さな背中が、今はこんなに大きくなって私を守ってくれる。胸の奥にじんわり拡がっていく温かな愛しさは、母性とは違うものの気がします。
でも、それはきっと迷惑でしょう。だから。
「私の従者でいたいなら、そういうお世辞みたいなの一切やめなさい」
ねえお願い、私をこれ以上勘違いさせないで。
「え? 僕は女神さまに誓って、メイベル様にお世辞なんか言ったことないです。だって、おんぶですよ。初恋から今日までずうっと、一筋に好きだったメイベル様を」
──ん? え? ずうっと? じゃあこれまでの言葉もぜんぶ、お世辞じゃなく本心?
彼の言動を思い出して、いっきに顔が火照る。たぶん耳まで真っ赤になってる。顔が見えない体勢で良かった。
「そんなの、最高の幸せに決まってるじゃないですか」
淀みなく言い切る言葉が、彼の背中の体温を通して、私の胸に沁み込んでくる。
旅に出て二日目。私は早くも、最高の癒しを見つけてしまったかも知れない。
ここまでお付き合いありがとうございます。
次話より短編版の先のお話になりますので、引き続きよろしくお願いいたします。




