08◇僕を従者にして下さい
平原をまっすぐに隣町まで続く道、歩く二人を朝日が優しく照らします。遠くには透明な空に美しい山々が連なって、清涼な空気が流れます。
「きれい……」
こんな景色を見るのも、子どものころ以来。思わず足を止めて見入ってしまう。
王都に閉じ込められてきた私にとって、旅先で出会う世界のありのままの美しさだけでも癒しになるのです。
「はい、本当に!」
私の少し後ろにカバンくんと並んで付き従うザックが、朗らかに同意します。
「でも、あの稜線よりもメイベル様の横顔のほうが遥かにお綺麗です!」
だから、そういう取って付けたようなお世辞は要らないんだけどなあ。あまりに淀みない自然さで言うから、本気にしか聞こえなくてつい嬉しくなってしまうけど。
「ふぅ」
そんな気持ちをごまかすように、わざとらしく大きい溜め息をつきます。
ちなみになぜ彼が一緒にいるのかと言えば──あの後、襲撃者たち全員の傷を「大人しくしている限り命に別状はない」ぎりぎりに治癒し終えたタイミングで、ちょうどよく町の駐留騎士を連れて現れたのです。夜中にこの町に追いついて、そのままずっと私を探し回っていたのだとか。
そして気付けばファントムの姿は、現れたときと同じく幻影のように消えていました。
「ところで、メイベル様。僕を旅の従者にしていただく件ですが──」
「ううーん、そうねえ」
早足で私の前に回り込んだザックが問いかけてくる。町を出てからこれで五回目、さすがにそろそろ、はぐらかすのも可哀想になってきました。私は足を止めて、彼の瞳を覗き込む。
「ちなみにだけどザックくん、私に何か隠し事はありませんか?」
「えっ……? いっいや、そそそそんなことは……」
「その反応、やっぱり何かありそうですね。主に隠し事のある従者かあ、どうしようかなあ」
「ううっ……」
彼は観念したように小さくうなずくと、下を向いたまま話し始めます。
「やっぱり、メイベル様はお見通しなのですね。たしかに僕には、どうしてもあなたと従者としてご一緒したい理由があります」
理由? 聞きたかったのはそれじゃない気もしたけれど、彼の言葉からこれまで以上の真剣さが伝わってきたので、静かに耳を傾ける。カバンくんも私の隣でおとなしく聞く態勢です。
「実は……僕の両親は、狂信的な黒の使徒でした。そして彼らは幼い僕を、禁術の儀式の供物として捧げたのです」
──思わず息を呑む。
「でも儀式自体は上手くいかなくて、聖騎士団が地下教会に踏み込んだとき、祭壇に放置された僕は全身を瘴気に蝕まれ死にかけていました」
朗らかで人当たりよい今の彼から、想像もできない壮絶な過去でした。
「そんな僕を救ってくださったのがメイベル様でした。あの時の温かい手、優しいお言葉は、今でも鮮明に覚えています」
────ああ、そうか。私も覚えています。
聖女になって数年目、ようやく慣れてきたころ。まだ髭をたくわえる前の一介の騎士だった聖騎士団長殿が、深夜に泣きそうな顔で大聖堂に担ぎ込んできた少年のこと。
何せ私はあのとき初めて、自分の意思で女神の権能──「綺蹟」を使うことができたのだから。
でもその少年は言ったのです。どうして助けたのですか、生きたくなんかなかったのに。生きる意味なんかないのに──ぽっかりと感情の抜け落ちた、虚ろな目で。
両親に捨てられ、殺されかけたのだから、無理もないでしょう。
自分勝手でごめんなさい。それでも私はあなたに生きてほしかった。だから、もし生きる意味が見つけられないのなら、私のために生きて下さい。震える小さな背中を抱きしめてそう語りかけたことを、はっきりと覚えています。
「メイベル様は僕の命の恩人です。そして……」
名前も口にしてくれなかったあの少年が、ザックだったなんて。
「……初恋のひとです」
え?




