07◇黒きものは白きもの
──幹部の声は震えていた。
ああ、そうだ見違えようがない。
幻のように佇む灰色の姿が煙のようにフッと消える。ほぼ同時に少し離れた場所の一人の胸から銀の刃が生え、膝をついて倒れます。その背後で剣を引き抜くと、真横から切りかかった一人を無造作に斬り捨て、血しぶきに紛れるように再び姿を消す。
「クソッ、どこ行った!? 速すぎる!」
「ええい落ち着け無能どもッ! 私を守れッ!」
「おいおまえ後ろ! 後ろー!」
「ぎゃあ」
「おい話が違うぞッ、女をいたぶるだけじゃ無かったのか!?」
「ぎえええ」
黒の使徒たちに動揺が拡がり、一人また一人その場に倒されてゆく。この戦い方も間違いなく、私の知るあの方です。
「ファントム……どうして、あなたがここに……」
「聖騎士団長より、貴女をお守りする命を帯びております」
瞬く間に使徒の半数を無力化した彼は、私を背にかばって立ちながら問いに答える。
「──もう、聖女ではないのに?」
「団長殿は、それが貴女との『約束』だと申しておりました」
──ふうん。団長、覚えていてくれたんだ。「何があっても最後まであなた様をお守りします」という、かつての約束を。
「ああくそ! どいつもこいつも無能無能無能ッ」
苦々しく吐き捨てた幹部が、両手を頭上に掲げると、全身からゆらりと黒いオーラが立ちのぼります。
そして法衣の裾から放出されたのは、禍々しい黒色のオーラをまといながら私へと切っ先を向ける六本の短剣──そう、あの「聖殺刃」です。
「ファントム、ちょっとだけ凌いで!」
「──御意に」
私の心臓をめがけ次々と高速で飛来する短剣を、ファントムの舞うような剣戟が弾き、空にはね上げ、地面に叩き付ける。刃を掻い潜ったものは、コートの裾を翻しはたき落とす。
けれど短剣はそのたびに何度でも浮かび上がり、私に切っ先を向けて襲い来る。
「メイベル様、これ結構きついです。長くは持ちませんよ」
あくまで冷静に泣き言を漏らすファントム。剣風にはためくフードから、ちらりと覗いた彼の前髪が、綺麗な亜麻色だとこの日はじめて知りました。
「ふはは見るがいい! 私が十余年の歳月を費やし作り上げた禁術武装──聖者自動抹殺式『聖殺刃』を! これですべての白女神の使徒に絶望をくれてやる! 私を王都から追い出した大聖堂の枢機卿どもは、泣いて許しを乞うがいい!」
「──いいえ、そうはならない」
声を裏返しながらまくし立てる幹部を、一言できっぱり否定します。
「なッ……何を根拠にッ!」
覆面の下で目を剥く幹部。答え代わりに私がケープの内側から取り出したのは、黒いオーラをまとい乱れ飛ぶ短剣とそっくり同じもの。私を殺めるためマシューに与えられた聖殺刃──それを眼前に掲げ、短く鋭く祈りを捧げる。
「黒きものは白きもの、白きものは白きもの──」
「……なんだ、その乱暴な祈りは……?」
同時に短剣を包み込むのは、清浄なる白きオーラ。
「──聖転」
私の手から白の短剣がふわり舞い上がります。
そしてファントムの真横をすり抜ける寸前だった黒の短剣の切っ先を、白光まとう刃で受け弾き飛ばす。弾かれた側の黒いオーラは霧散して、代わりに白いオーラが刀身を包んでゆきます。
「白女神と黒女神は表裏一体の姉妹神。ゆえに聖女を殺す呪いなら、聖女を護る祈りに容易く反転する」
「な……容易くだと!? ふざッ……ふざけるな! そんな出鱈目な芸当、貴様にしか出来ぬわッ!」
あら、また褒められた気がする。
続々と聖殺刃から聖護刃へ転じた短剣たちは、私の周囲にふよふよと浮遊しています。そして今、最後の短剣の攻撃を阻止し、七本の短剣は白いオーラに包まれ、私の頭上でゆっくり旋回して光の輪を描きはじめました。
「あれが……聖女……」
「見ろ……光の輪に照らされて、髪が銀色に……」
「なんて……神々しいんだ……」
まだ意識のある黒の使徒たちが、地に這いながら囁く声が聞こえます。
「そのまま大人しくしていたら、あっちのファントムには内緒で治癒してあげますね」
しゃがんで目線を合わせつつ人差し指を唇の前に立てると、彼らは目を見開き、あるいはそこに涙を浮かべて私を拝んでくる。
相変わらず、拝まれるのだけはどうしても慣れない。思わず困った顔をしてしまい、いつも枢機卿のおじいちゃんたちからネチネチ注意されていました。
当のファントムは、おそらく苦笑を浮かべながら、呆然と立ち尽くす幹部に歩み寄ります。
そして手にした刀を、彼の頭上から躊躇なく振り下ろしていました。
「ひィ……」
情けない声を漏らしながら座り込んだ幹部の、覆面と法衣だけが綺麗に両断されて、その下のふくよかな顎と下腹がぷるんとあらわになります。
完全にバレバレでしたが、やはりその顔はハモンド本人でした。もう言い逃れはできない。
「あなたには感謝していたのですよ、ハモンド。私を聖女のお役目から解放して、自由な人生を与えてくれた。そしてあなたも、もうこれで本性を偽らなくていい。お互いさまね」
それを聞いた彼は、顔を真っ赤に染めてぶるぶる震えます。
「くそっ、三十路の用済み女が偉そうにッ! お前のような行き遅れの化け物に、人並みの幸せなどあるものかッ!」
唾を飛ばしながら、さらに聞くに堪えない暴言を吐きつづける。
「──もういい、殺しましょう」
冗談とは思えない口調のファントムに、首を横に振る。もう私は聖女ではないのだから、ハモンドの処遇は彼の大嫌いな枢機卿のおじいちゃん達に任せます。上級司祭クラスの背信行為、相応の厳罰が下ることでしょう。
「はっ。無抵抗のものを傷付けてはならない、か? 偽善の鎖に縛られた、愚かな白女神の信徒めが!」
嘲笑うハモンド。そのとき、たったった、と足音が聞こえ振り向くと、カバンくんが私の傍らを走り抜けていきました。短い四つ足でハモンドにまっすぐ駆け寄った彼は、直前でぴょーんと跳躍します。
「ぺごッ!?」
響いたそれは、顔面にカバンくんの角が直撃した瞬間ハモンドの発した、言葉にならない声でした。
「なっなんだこいつは! おい止めえごッ!? やめてぐげッ!? たったすけ……」
懇願を意に介さず、容赦のない角アタックを続けるカバンくん。
傍観するファントムの肩が微かに震えているけれど、もしかして笑いを堪えているのでしょうか。
「ああちょっと、カバンくん……」
…………うん、いいこね。




