06◇灰の衣の銀仮面
扉を開けて、一歩外に踏み出す。見上げた空は、まだ薄暗い。
正しさだけが人を救うとは限らないと、知っています。
慈愛と秩序の白女神、欲望と解放の黒女神、表裏一体の両者が均衡を保ちつつ人間を見守る。かつては、それが本来の世界の形だったのかも知れない。けれど。
ほんの数歩進んだところで、路地の至るところからぞろぞろと走り出した黒衣の集団が、私の周りを取り囲んでいました。数はざっと十人います。
「何か、ご用でしょうか?」
「ふん、しくじったか。王都でなければ幽騎士めの邪魔もない、しかも『聖殺刃』まで貸し与えたというのに、まったく無能な男だ」
正面に立つ黒い法衣に黒覆面の男が、私の問いを無視して吐き捨てます。「聖殺刃」とは、おそらくあの短剣のことでしょう。
つまりこの集団こそ彼をそそのかした者たち──黒の使徒。空気にどす黒い殺気が漂います。
「──いいえ、彼の料理は素晴らしい。技術と創意工夫と真心が凝縮された逸品です。無能呼ばわりは、私が許さない」
ゆっくりと、幹部と思しき黒法衣の言葉を否定する。これだけは絶対に譲れないことだから。取り囲む使徒の何人かが、息を呑む。
「命を狙われた相手さえ庇うとは、なんともお優しいことだな聖女よ。これから貴様の心臓を抉り出そうとも、我らのために祈ってくれるのか?」
「ええ、もちろんです」
私の淀みない即答に、一瞬たじろぐ気配。
「……ッ……強がりをッ!」
「あ、ちなみに私、もう聖女は引退して普通の女の子になったのですが……」
それとこれも伝えておきます。黒の使徒の皆さんにも情報共有しなくては。
周囲から小さなざわめき。どうやら知らなかったメンバーもいるようですが、幹部はこれには動じません。
「新たな聖女など恐るるに足らん。だが聖女メイベルよ、貴様は二十年に渡って一日も休まず民を癒し続けた化け物だ……」
気のせいか、すごく賞賛されてる気がします。
「この二十年で貴様の存在がどれだけ白女神の信仰を深めたことか! そんな貴様の命を奪い、心臓を黒女神に捧げ、信仰を絶望に裏返す千載一遇の好機!」
なんだか自己肯定感がもりもり上がっちゃう。黒の使徒の立場から出た言葉なら、お世辞抜きの本心からの賞賛(?)ですからね。
「そうですか。ただね、新しい聖女のことも甘く見ないほうがいいですよ。つい先日も刺客をひとり篭絡したと、あの子から聞いたばかり」
まったくもって頼もしい後輩です。本気か分からないけど、私のことを先輩として凄く尊敬してくれているようですし。
そしてあの子を見ていると、聖女に選ばれる素質って治癒術の才だけでなく、綺蹟の代行者という重荷を背負っても平気なメンタルの強靭さかも……と思えてきます。まあ私はあんまり自覚ないのですが。
「これからは癒し系でなく、あざと聖女の時代なのですよ、ハモンド上級司祭どの」
「……なっ!? 何を言っている! 私はそのような名ではないッ!」
その篭絡された刺客さんが、黒幕の正体をべらべら喋ってくれたようです。
もう、あの子に任せておけば安心です。それに王都には彼がいる。数年前に発生した使徒による大規模襲撃以降、何処からとなく現れては私を助けてくれた灰衣に仮面の剣士さま。聖騎士団に属さない隠密騎士──幽騎士ファントムと呼ばれるお方。
これからは彼がきっと、私にそうしてくれたように彼女を守ることでしょう。
王都に未練はないけれど、彼にだけは最後に伝えたかった。ありがとうと、さよならと、そして叶うことなら一緒に……いえ、それは困らせてしまいますね。
「ええい、もういい! 殺してしまえ!」
あくまで正体を認めない幹部のヒステリックな号令で、周囲の黒衣が一斉に武器を構えます。
聖護符は新しいのを付けていますが、さすがに相手が多すぎる。とりあえず女神様に加護を祈ってみましょうか……などと思った瞬間のこと。
「──天誅」
冷たく静かな声とともに、黒衣のひとりが前のめりに倒れます。
その背後にゆらりと立つ灰色のコート姿。フードの下には目元を覆う銀仮面、片手にすらり美しい曲線を描く東方由来の片刃剣。
「な……貴様は……なぜ、ここにいる……」




