24◇天より降るは聖なる刃
街の入り口ではドロテアと三人の勇者、そして住民である黒の使徒たちがたぶん総出で、私たちを待っていました。
「もう、お兄様ったらお姫様抱っこなんかして。妬けちゃうわ」
満月に照らされる黒の修道衣。黒髪と白肌──そして紅い唇から、じとりと紡がれる言葉。
レオンは「ごめんごめん」と答えながら、抱きかかえていた私を優しく地面に降ろし、立たせてくれます。
服の皺を直して周囲をぐるり見渡す。十歩ほどの距離で対峙する私とドロテアを、使徒たちが遠巻きに取り囲んで大きな円を作ります。
「──お出迎えありがとう、みなさん」
私は背筋をまっすぐ正し、堂々と口にする。使徒たちが囁きあい、ざわめきになって拡がってゆく。もしも震えて命乞いする哀れな白聖女を期待していたのなら、残念でしたね。
「おかげで、レオンともなつかしいお話ができました」
「……あら、良かったじゃない。ならもう思い残すことはないわね」
レオンは私に背を向け、鎧の足音を響かせて、微笑むドロテアの方へと歩いてゆく。
入れ替わるように勇者三人が、それぞれ私の左右と背後に移動します。
鎖外套の重戦士はすれ違いざま、預かっていたのだろう黒い大剣をレオンに手渡しました。右肩に自身の得物である大斧を担いだまま、左手で軽々とそれをやってのける怪力が、この重戦士の異能なのでしょうね。
「でも、ひとつ気になることがあって。レオンったら、昔のことはよく覚えているのに、これは全然知らないって言うのです。私に書いたお手紙のはずなのに」
「──!?」
胸の前に白い封筒を差し出すと、ドロテアは目を見開き「奪って」と短く命じます。
黒い疾風が吹いたと思えば、封筒は消えていました。私の右側に立っていた女剣士がいつの間にかドロテアの前に立っていて、その手の封筒を彼女に渡すと、次の瞬間にはまた右の立ち位置に戻っている。
きっとこの瞬速が彼女の異能。その気になれば、一瞬で私の命も奪れるでしょう。
「ああ、ちなみに」
紅い唇にずっと浮かべていた微笑を消して開けた封筒を、そのまま握り潰したドロテアに、私は微笑みかけます。自分の左胸を、指でさして。
「中身はこのへんに仕舞ってあるから、気を付けてくださいね。知りたいでしょう? あなたの大好きなお兄様が、他の女に何を書き残したか」
彼女は答える代わりに、握り潰した封筒を地面に叩きつけ踏みにじる。
黒女神への生贄として最も格が高いのは、白女神の聖者の心臓から流れた生き血だと聞いています。だから旅の最初の町で、黒の使徒にそそのかされた宿屋の主人は、私の心臓を狙った。
けれど、もし女剣士の細剣が私の心臓を貫けば、その血で手紙は永遠に読めなくなることでしょう。そして残りの三勇者の大振りな武器で心臓以外を傷付けたら、貴重な生き血を無駄にしかねない。──これで彼らは、不用意に私を傷付けられない。
「姑息なことを! それでも慈愛と秩序の白女神の聖女か!?」
吐き捨てるように言った女剣士に、同調した使徒たちからも糾弾の声が上がる。
「引退済みですが、何か問題でも?」と首をかしげて見せたら、すぐに静かになりましたが。
「ところで、やっぱり私の死を信者に見せたいだけじゃなく、儀式のために私の心臓が欲しいのですね」
私の言葉を、ドロテアは無表情で聞いている。
「二十年、聖女を続けたらわかる。人は死んだらそこまで、失われた命は戻らないの。だからそのレオンも屍人──彼の骸から造った肉人形でしょう? ただ、私の知っている屍人は無表情で会話もできない、言いなりに通り動くだけの人形でした」
静かだった。青白い満月に照らされ、私の象牙色のケープとスカートは、ドロテアの黒衣との対比で純白のように見える。
「だからあなたは、屍人のレオンを儀式で『勇者』にしたのね」
ザックにそうしたように、黒聖女である彼女は紋章を通じて勇者の行動を制御できる。
「そして記憶の中の思い出を紋章に焼き付けた。あなたの中のレオンと、同じ言動をするように」
言葉を切って、私は左右と背後に立つ勇者たちにも視線を向けます。
「たぶん、彼らもそうなのでしょうね。大切な人の思い出から創られた、屍人の勇者たち……」
女剣士と抱き合っていた青年。
重戦士を送り出した妻子。
少年勇者を見守る老夫婦。
「……だから何? 彼らが、存在してはならない禍物だと?」
無表情のまま口を開いたドロテアに、私は首を振る。
「そもそも勇者化は、その者の心臓を生贄として黒女神に捧げる儀式のはず。でも、屍人の心臓はもともと黒女神の力で動かしている。それって借金を返すために借金を重ねたようなものでしょう? たぶん、そう長くは維持できない」
ドロテアは答えず、ただ紅い下唇を噛む。幼いころの彼女が、拗ねたときの癖でした。
「──その借金をまとめて返済するために、私の心臓が欲しいのね」
再び使徒たちのざわめきが拡がる。
その中心でドロテアは、深く深く溜め息を吐いてから、自嘲めいた片笑みを浮かべます。
「ほんと、察しがいいのね。いやになるくらい」
「信者さんの悩みを聞くのも、聖女のお仕事だったから。二十年やれば察しもよくなります」
「ちがう、昔からそうだった。天啓なんて言われてたじゃない。──ねえ、お兄様」
急に話を振られたレオンは、傍らのドロテアと正面の私を見比べてから、口を開いた。
「そう。メイベルは優しいから、いつも相手をよく見て、相手の気持ちを考える。だから色んなことに気付けるんだ。たぶんそれも、聖女様としての才能だよ」
それはいかにも大人になったレオンが言いそうなセリフで、思わず胸の奥に浮かんでしまう嬉しさを、首を振って払います。
さて。時間を稼ぎつつ、膠着状態に持ち込むことはできた。
このまま馬車が隣町に着いて、駐留騎士を連れて戻ってくれるまで引き延ばすというのは現実的な打開策ですが、勇者四人の全力の抵抗に勝てる保証はありません。さらに使徒たちも参戦すれば、多くの犠牲者が出ることになる。それは、なんとしても避けたい。
あとは自分自身に綺跡を使うという一回きりの切り札もあるけど、それでいったい何が起きるのかわからない。
「──ドロテア様」
私の思考を遮り、低く重い声が左手側から響きます。そこに立つのは大斧を構えた重戦士。
「我らのことは、もういい」
右手側の女剣士からも「ええ、私もです」と肯定の声が聞こえた。
レオンがそうであるように、彼らもまた生前の人格を忠実に再現されているのでしょう。それは彼らとの再会を望んだ人々の想いの強さゆえ。
おそらく彼らは元々の黒の使徒ではなく、その願いを果たすため入信した人々。
だから勇者たちが、自己犠牲をいとわない高潔な人物であったとしても、何ら不思議はないのです。
「いいえ、ダメよ」
しかし、彼らの言葉をドロテアは拒絶します。そして彼女は宣言する。
「手紙はもういい。だから白聖女の心臓を、貫いて」
あー、そうなるかー。そうなるよねー。
私は途方に暮れて、天を仰いだ。
「──あれは何でしょう?」
その視界の中で、満月に重なる奇妙なものを見つけ、思わず質問してしまう。きっと旅の間いつも、何でも答えてくれる従者が傍らにいたせいですね。
「さすがに悪あがきが過ぎるわ、メイベル。そんな手に乗せられるとでも」
呆れを含んだドロテアの声がするけど、その奇妙なもの──まるで夜空から落下してくる人間のように見える影は確実に、どんどん大きく、鮮明になっていく。
「あれは……あいつは! 裏切者かッ!」
後方から、少年勇者の吐き捨てる声。
「撃ち落としてやる!」
猛々しく言い放ち、彼は雷まとう黒槍を直上に向け投擲していた。
蒼黒い雷光の尾を引いて夜空を真っすぐに飛翔する。その直線上にある人影の背にコウモリ──あるいはドラゴンを思わせる大きな翼が開いて、一瞬落下が止まったように見えた。
「え?」
思わず声が漏れる。使徒たちにも、どよめきが拡がります。
見上げる人々の視線の先で、人影は翼を羽ばたかせる。槍を避けるのでなく、槍に向かい加速する。一瞬後、翼持つ影と黒槍の二つが満月を背に交錯し、白い光が閃いて、槍が真っ二つに両断された。
「な……バカな……!?」
蒼黒い雷光をまとって落下する槍の残骸に、少年の声は呆然としています。有翼の人影は更に加速し、夜空に白い光の尾を引きながら、両断された黒槍の残骸を追い越して地上に──私の右隣に降り立ちました。
亜麻色の髪を月光にきらめかせ、その手に聖なる白光まとう長剣を携え、背負ったカバンくんから生えたワインレッドの龍翼を、私ごと包み込んで守るように大きく拡げ。
「──遅くなって申し訳ございません、メイベルさま」
「いいえ丁度ですよ従者どの」
遅れて左右に落下する槍の残骸を気にもせず、自分でも驚くほど躊躇なく私は、彼に思い切り抱き着いていました。




