21◇なんだかお似合いだったから
教会裏の墓地。目的の墓標は、すぐに見つかりました。
彼の好きだった小さな白い花が、その周りを囲むように咲いて海風に揺られていたから。
──レオン。私、帰ってきたよ。
両手を組んで、祈りを捧げます。墓石も綺麗に手入れされている。だけど。
「メイベルさま……」
遠慮がちに私の名を呼ぶザック。彼は身を屈め、周辺の地面を確かめていました。
「おそらく、掘り返されています。痕跡を隠すために花を植えたのかも……」
「そう、ですか」
覚悟はしてきています。最悪の想定をしておけば、たいていのことは「思ったほどじゃない」で済ませられる。王都に旅立つ前にレオンが教えてくれた、自分の心を守るための術です。忘れかけていたそれは、今よりもちょっぴり繊細だった当時の私を、何度も救ってくれた。
「そこのお嬢さん……その髪色は、もしやメイベルかい……?」
後方からの声に振り向くと、小ぎれいな衣装で白髪の老婦人が、両目をまん丸に見開いて立っている。──ああ、間違いない。かつては綺麗な黒髪で、もっとふっくらしていたけど、面影はしっかり残っています。
「おばさま……! はい、メイベルです! お久しゅうございます!」
「まあ、まあ! 立派になって! 聖女を引退したと噂に聞いたから、もしかして戻ってくるんじゃないかって思っていたの!」
目に薄っすらと涙さえ浮かべる彼女こそ、レオンの母親エレノアでした。私の胸の中で、張りつめていた何かがほどけてゆくのを感じます。
「はい……ただいま、戻りました……!」
「ええ、おかえりなさい、メイベル」
あのころと変わらない、包み込むように柔らかな微笑み。涙が今にも溢れそうだけど、ぎりぎりでこらえる。
「それで? そちらのすてきな殿方は」
彼女に視線を向けられて、立ち上がるザック。その目は鋭くエレノアを観察しています。まだ彼女のことを信用していないのでしょう。
「もしかして、旦那様かしら?」
「え!? いえ違うの、彼はただの従者で」
そこで私は、はっと言葉を止める。ザックのことをただの従者なんて思っていないのに。訂正しなくては──彼のほうに目を向ける。
「だッ!? だだだ、だだ、だだだんなさま!?」
しかしザックは裏返った声で独り輪唱しながら、すっかり鋭さを失った目をぐるぐると泳がせていました。
「いいえいえいえ僕なんか! たたっただの従者に過ぎませんッッ!」
耳まで真っ赤に染めてあたふたする姿に愛おしさを感じつつも、先ほど自分が口にしたばかりの「ただの従者」という言葉が、彼の口から出た途端に胸にずきんと響く。
「あらあら、そうでしたか。なんだかお似合いだったから、早とちりしてごめんなさい。メイベルをお世話してくださっているのね」
「おおにおにおにお似合いだだだそそそんな」
輪唱の止まらないザックの様子を暖かな眼差しで見守りながら、彼女は続けます。
「それじゃあふたりとも、家にいらっしゃい。メイベルも大好きなあれを作るわ」
「……! はい是非!」
──彼女の言葉に、私は即答していました。
◇ ◇ ◇
今はエレノアの一人暮らしだという家の中は、ほとんど変わっていませんでした。
まるで昨日のことのように、あのころの記憶がよみがえる。
彼女の夫、前司祭の弟でありレオンの父親である人は、元は王都の聖騎士だったらしい。この町に越してきてからは一帯の治安を担う駐留騎士の任に就いていて、家を留守にしていることが多かった。
「大人になって元気になったら、僕も父さんみたいな騎士になって、困ってる人を助けたい」と、目をきらきらさせてレオンは聞かせてくれた。
けれど彼の命の残り火は、その夢を叶えるには余りにか細かった。
「──メイベル様、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。ごめんなさい、ちょっと考えごと」
居間のテーブルの隣に並んで座ったザックの問いかけに、思い出の中から現実に引き戻されます。ちょうど食欲を誘う香りと足音が近付いて、エレノアが厨房から姿を見せたところ。
クゥゥ
ッ!? 思わずお腹が鳴ってしまいました……。そういえば今日はなんだかんだで、お昼を食べていませんでした。
「めちゃくちゃ、うまそうなにおい! お腹鳴っちゃいました!」
「あらあら」
さりげなく身代わりになってくれるザックの気づかいを、最近は素直に嬉しいと思えるようになりました。
エレノアがテーブルの上に鍋を置いて、蓋を開けると、白い湯気とともにたまらなく美味しそうな香りが広がります。
「ヌルモ煮鍋、なつかしいでしょう?」
茶色い汁の中に浮かぶシンプルな具材の中でも、ぷかぷかと浮かんで存在感を発揮しているのが、この鍋の主役──ヌルモと呼ばれる一口大の根菜です。
やわらかくぬめりのある食感が特徴で、甘じょっぱい味付けの鍋にとても合う。エレノアの故郷は王都ではなく、もっと北東の山向こうの地方で、なんでもそこの郷土料理らしい。
「もう漁をやめてしまったから、魚は獲れないのだけど、うちで食べる分のヌルモだけは畑で育ててあるの。それも、もうやめようと思っていたのだけどね」
エレノアはお椀に具材いっぱいよそいながら、朗らかに笑います。
「だから、今年のうちに戻ってくれて本当によかった」
うんうん頷きながら、お汁の溢れそうなお椀を受け取る私。それをザックの前に置いて、自分のぶんも受け取る。
「さあ、食べて」
「いただきますっ!」
エレノアが言い終えるのとほぼ同時に、スプーンでヌルモをすくって口に運ぶザック。おそらく「毒見」の意図もあるのでしょう。ですが、それは……
「むぐッ!?」
彼は表情を歪めて悶絶する。
「おごッ、ほふッ……ハァハァ……気を付けてください、メイベルさま……これ……」
息も絶え絶えに、言葉を絞り出す。
「めちゃくちゃ熱くて……めちゃくちゃうまいです……」
エレノアと私は、同時に噴き出していました。
「うん、知ってる」
「えー、だったら教えてくださいよお」
「だってその前に食べちゃうから……」
ヌルモは粘性があるぶん冷めにくいのです。私はしっかりフーフーしてから口に運ぶ。
甘じょっぱい味付けは優しく素朴で、ヌルモ自体のやわらかな食感と仄かな甘みにぴったり。その温もりが、体を内側から癒してくれるようです。
「メイベルはもういいの? まだあるわよ」
「はい、もうお腹いっぱいです。とっても美味しかった」
「あ、僕はもう一杯いただきます!」
つい二杯もお替わりをしてしまいました。まだ行けるけどさすがに我慢。
「……そういえば、漁をやめたのに町は賑わってるみたいですね」
核心に触れる前に、町についてそれとなく聞いてみます。
「ええ、そうね。特にここ最近、すごく人が増えたわ」
遠い町から来た若い夫婦や、仲のいい親子のことを、エレノアは穏やかに話してくれました。それから言葉を区切って、私の目を見つめる。
「寝室も準備したから、今日は早くに休みなさい。それでね、今夜は満月」
あのころ、ひとりだけ夜更かしして本を読んでいた私を見つけたときと同じように、彼女は優しく言い聞かせるように口にします。
「真夜中に起こすから、そのままこの町を出るのよ」




