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【連載版】「三十路聖女は用済み」と言われたので、癒しを求め旅に出ます。くれぐれも放っておいてくださいね?  作者: クサバノカゲ


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20/22

20◇ここが私の故郷です

「そっ……そんなメイベルさま……ひっ……膝枕なんて……おそれ多いです……」


 などと言いつつザックがすりすりと頬ずりしているのは、残念ながら私の膝ではなくて、枕代わりになってくれているカバンくんの前面(おなか)です。

 

 ──黒騎士襲来のあと。


 噂されていた野盗との連携もなく、商隊(キャラバン)はすぐ再出発できました。

 この近隣に黒の使徒の大規模拠点が存在する、という噂は以前から流れているらしいのですが、聖騎士団による調査は空振りに終わったようです。

 となると、やはり彼らの標的は商隊(キャラバン)よりも()ということになるかも。

 思い出されるのは、最初のンマトゥーマの町で私を狙った上級司祭ハモンドの言葉。


『この二十年で貴様の存在がどれだけ白女神の信仰を深めたことか! そんな貴様の命を奪い、心臓を黒女神に捧げ、信仰を絶望に裏返す千載一遇の好機!』


 とっても自己肯定感の上がる誉め言葉(・・・・)ではありますが、そのせいで商隊(キャラバン)を危険に晒したくはない。そういう意味では、隊とお別れするこのタイミングはちょうど良かったとも言えます。

 ほどなく目的の町に到着し、バザーの設営がはじまる中で、馬車の座席に寝かされたザックはなかなか目を覚ましません。とはいえさっきの寝言の内容的にも、心配はなさそう。


「きっと、疲れが溜まってたのもあるだろう。野営のときはいつも、率先して見張りに立ってくれたからね」


 馬車の中を覗き込んで微笑むサーリャの言葉に、隊員たちからも同意の声がたくさん上がります。みんな設営の手を止めて、見送りに集まってくれている。


「自分はメイベル様のお(そば)にいられるだけで元気になるからって、治癒(ヒール)の順番をいつも譲ってくれて」

「ほんとうに助かったよ。感謝してもし切れない」


 言われてみればこの商隊(キャラバン)での旅の間、(ザック)治癒(ヒール)した記憶は数えるほどしかありません。従者の健康管理もできないようでは主人失格ですね。


「まあ、メイベル様の話をするときめちゃくちゃ早口になるのは、ちょっと怖かったけどな」


 これにも同意の声がたくさん上がって、さすがに苦笑するしかない。


「──さて。名残は惜しいけどキリがない。ニコラス、頼んだよ」

「ああ、任せとけ。俺らの恩人をしっかり送り届けてくるぜ」


 御者台に飛び乗ったニコラスが笑顔で親指を立てます。

 隣町である私の故郷までの乗合馬車は、利用者の減少を理由に昨年をもって廃止されたとのこと。それもあって、荷を下ろし終えた馬車で送ってもらえることになったのです。


 町を出る馬車を、商隊のみんなは見えなくなるまで見送ってくれました。彼らひとりひとりの手には、私の祈りの込められた聖護符(アミュレット)があります。旅に出るとき大聖堂の売店で買い占めた在庫処分品だけど、効果は私が保証します。きっと旅のお守りになるでしょう。


 馬車に揺られながら、相変わらず座席に丸まって寝息を立てるザックと、枕になったままのカバンくんを眺める。窓の外を過ぎる景色に、なつかしさが増してゆく。樹木の背が低いのは海が近い証拠です。

 もうすぐ、二十年ぶりの故郷に着く。


 サーリャとの別れ際。黒騎士の素顔の件は伝えずに、レオンのお墓のことだけ訊いてみました。


『ああ、いちど花を手向(たむ)けに行ったよ。いつだったか、あいつが好きだって言ってた白い花』


 前司祭はすでに亡くなって、教会は暫定的にレオンの母親が管理しているのだとか。

 彼女は聖職者ではないけれど、信心深くも心優しい女性でした。

 王都に行く前年ぐらいには、レオンへの治癒(ヒール)は私の担当になっていたから、教会の近くの家に何度も訪れて、お泊りしたこともある。私の中にある「家族の温かさ」とか「家庭の味」みたいな記憶はほとんどそこで得たものです。


『いずれはレオンの妹さんが引き継ぐことになっているらしいよ。いまは他所(よそ)の教会で修行中だって』


 ──妹。小さなドロテア。レオンの家族が町に引っ越してきてから生まれた彼女は、甘えん坊で泣き虫で、レオンによく似た可愛い女の子でした。私が王都に旅立つとき、行かないでお姉ちゃんと号泣していたのを思い出す。


「きっと、美人に育っているでしょうね」

「……んん……もちろん……メイベル様がいちばん美人……です……」


 独りごとに反応したザックの寝言で苦笑しつつ、思考を巡らせます。

 黒騎士は本当にレオンなのか。思い起こされるのは、ンマトゥーマの店主マシューが黒の使徒に持ちかけられた、聖者の心臓を捧げて死者の肉体を蘇らせる禁忌の儀式。

 レオンの母親は、彼を溺愛していた。そして司祭は亡くなっている。考えたくはないけれど、最悪の可能性を否定はできない。()の見た目が少し若かったのも、五年前の亡くなったときのままの姿と考えれば納得できてしまう。

 とは言え黒女神の儀式が骸から作り出すのは、見た目が故人と同じだけで泣きも笑いもしない肉人形。けれど彼には豊かな表情があり、私を幼馴染(メイベル)と認識し幼馴染(レオン)として話していた。


 失われた命だけは戻らない。器を作っても魂が戻ったりしない。人は死んだらそこまでだと、聖女を二十年続けて思い知りました。


 ──でもそれなら彼は、いったい何者なのか。


 堂々巡りの思考がいちばん底まで到ったころ。馬車が停まって「着いたぜ」とニコラスの声が外から響きます。

 相変わらずスヤスヤ寝息を立てるザックの肩を軽くゆすってから、引き戸をあけて馬車の外に降り立つ。微かな風がなつかしい潮の匂いを運ぶ。


「いい町じゃないか」


 ニコラスの掛ける声に、小さくうなずく私。

 二十年ぶりの故郷はすっかり変わっている覚悟もしていたけれど、そんなこともなく、新しい建物なつかしい面影とが同居して私を迎えてくれました。乗合馬車の利用者が減ったというものの、寂れてしまった様子もなく、ちらほら見える人々は笑顔で言葉を交わしている。


「ああ……もしかしてこれが、メイベル様の……」


 背後から、震える声が聞こえました。振り向くと、蒼い瞳をきらきらさせて、ザックが馬車から降りたところ。


「ようこそ、ザック。ここが私の故郷です」

「はっはい! こちらこそです!」


 なぜか深々と頭を下げた彼の後頭部(うしろあたま)。亜麻色の髪にぴょこんと仔犬の尻尾みたいな寝癖が跳ねて、私は思わず噴き出していました。

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