02◇旅のお供はカバンくん
はじめて訪れる町。手にはいつもの聖なる金錫杖でなく、荷物をまとめた四角い革製カバンだけ。
美しく艶めくワインレッドのそれは、王都で一番の革職人さんが、餞別にと贈ってくれた特別仕様です。以前、患っていた大病を完治させたことがあり、その御礼も兼ねてとのことでした。
足元に置くと、底面の四隅に生える短く尖った「脚」でちょこまかと歩き出し、私の周囲を仔犬のようにぐるぐる廻ります。
「ふふ、いいこね」
荷物を自走して運んでくれるだけじゃなく、しっぽの代わりに持ち手をパタパタ左右に振る姿はちょっとした癒し効果もあります。やたら重たいだけで威厳アップ効果しかない錫杖よりも、遥かに頼れる旅のお供です。
ちなみに職人さんは冗談めかして「こいつの素材は皇炎龍の翼皮膜なんだぜ」とかおっしゃってましたが、どこまで本当やら……。
さて、カバンくんのことはさておき本題に移りましょう。
この町には、名産品の甘酸っぱいトゥマの実に、強烈な風味と旨味が同居するガリーを併せたソースで食べる「ンマトゥーマ」なる肉料理があるらしいのです。
以前、大聖堂で私の祝福を受けた女性が「絶対に聖女さまに食べてほしい」と話していて、ずっと気になっていたの! そう、癒しと言えばまずは美味しい食事!
さすがにちょっと目立つのでカバンくんは手に提げ、人通りまばらな大通りをきょろきょろしつつ進んで行くと、日の翳り始めた空を刺すように白い尖塔が目につきました。大聖堂の縮小版めいたその建物が、この町の教会のようです。
一応「引退した元聖女が立ち寄るかも」と大聖堂から各地の教会に余計な通達を出したようですが、私はあくまで一介の治癒士として気ままに旅がしたい。なんなら冒険者さんのパーティーに紛れ込んでダンジョンとか潜ってみるのもいいかも。
ただし治癒士は、エリアを管轄する教会から免許を付与されないと、治癒を使った仕事ができません。教会の権威を誇示するためだけの無意味な制度ですが、それでもルールはルールです。
尖塔を目印に歩を進めて行くと、何やら言い合う男女の声が聞こえてきました。
「何度も言うが、これから大切な儀式の時間だ。明日、出直しなさい」
「でも! こんなに苦しそうなんです!」
教会の白い扉の前で、法衣をまとった恰幅のいい男性に食い下がるのは、おそらく私と同世代だろう女性です。彼女のスカートには小さな女の子がしがみついて「けほけほ」と咳込み、息をするのも苦しそう。
男性はこの町の教会を管轄するハモンド上級司祭。私への聖女引退勧告を主導していた人物です。そう忘れもしない、私に「三十路聖女など用済みだ」と言い放った張本人。
「ほう、ではその娘は儀式より優先されるべき、つまり女神さまより尊い存在だとでも? いずれは聖女様にでもなられるのかな」
「え!? ……いえ、決してそのような……ですが……」
だぶついた顎をさすりながら詰める司祭に、女性は言葉を飲み込む。苦しげな少女の咳が重なるのを聞いて、私は早足で歩み寄りつつ口を開きます。
「──いいえ。目の前で苦しむ幼な子よりも、優先すべき儀式などありません」
思わず、大聖堂に説法を響かせる時と同じ発声になっていました。ビクンと全身を震わせた司祭は、呆然とした顔で私の姿を見詰めます。まずい、気付かれた……?




