01◇三十路は用済みらしいので
先日、教団から引退勧告を受けました。「三十路聖女は用済み」だそうです。
後任は十五歳にして『綺蹟』──女神さまの権能を自在に扱う天才美少女、しかもあざとさまで兼ね備え、男性信者を中心にはやくも大人気の様子。
舌足らずで噛み噛みの祈りを聞くために、大聖堂に行列ができる毎日です。
かつては私も癒し系聖女としてなかなかの人気だったのですけどね。
当時「何があっても最後まであなた様をお守りします」とのたまっていた同世代の聖騎士団長殿は、まったく同じセリフを五倍ニヤけたヒゲ面で新聖女に囁いていました。
でもね。そんなこと、もうどうでもいいの。
先代聖女が恋人をつくって失踪したせいで、史上最年少の十歳で聖女に就任してから二十年。綺蹟もまともに扱えない状態から、ひたすらに人々を癒し続けてきた。
皆から向けられる感謝が心から嬉しくて、どんなに辛くとも心の折れたことはない。けれど、時々ふと思うことはあった。誰かのためじゃない、私自身の幸せ、私のための癒しは、どこかにあるのかなって。
だから。もしかしたら、もう手遅れかもしれないけれど、とにかく引退生活は自分自身が癒されるためにだけ生きよう。そう、決めたのです。
──というわけで私、癒しを求め旅に出ます。二十年ぶりに王都という鳥かごの外へ!
「メイベルさまー! お待ち下さいメイベルさまー!」
走り出した乗合馬車の小刻みな揺れのなか、そんな私の名を呼ぶ声が聞こえます。
声の主は、聖騎士団が従者として押し付けてきたザックくん。まだ二十代前半の、顔立ちから人の好さが滲み出る好青年です。
亜麻色の短髪がよく似合う美形で目の保養にはなるけれど、向こうは十歳近く年上の女なんて興味ないでしょう。気を使わせるのも申し訳ないし、気を使うのも面倒なので丁重にお断りしたのですが、「お役目ですので」の一点張りで聞き入れてくれず。
そこで私は昨晩、腰まであった銀の長髪───自由に切ることも許されなかった『聖女の証』をばっさり首上でショートボブにカット、毛先を外ハネさせたりしてみた。そもそも髪色は、特殊な精油によるツヤ増しで銀に見せていただけ。なので本来の灰色に戻っています。
さらに服装も、毎日着ていた無意味にヒラヒラの重なる白法衣ではなく、旅の治癒士さんが着るような象牙色のケープとスカートのセットアップ。めちゃくちゃ動きやすくて感動です。
ふふふ、もはや元聖女とは誰も気付かないはず。
これで馬車の発着場に待ち受けるザックくんの横を、素知らぬ顔で颯爽と通過する計画だったのですが。
「メイ……ベル……さま……?」
けっこう離れた位置から、こちらをしっかり捕捉するザックくん。意外と手強い。ただ、ちょっと様子がおかしい。
「かっ……髪を……切られたのですね……」
しかたなく歩み寄る私を見て呆然と口を開け、なぜか両手で目を半ば覆っています。
「ええ、まあ。旅に合わせてイメチェンです」
「ああ、なんてことを……聖女の証をそんな、そんな短く……あまりに、あまりにも……」
目の前まで行くと、彼はぶるぶる震えています。別にいいじゃない、私はもう聖女じゃないのだから。
「あまりにも似合いすぎます! 尊すぎますッ! あとお衣装もキュートすぎるッ! ああだめだもう直視できない……」
そう言うと両目を塞いでしゃがみ込んでしまいました。なんだろう、ものすごくオーバーなお世辞でしょうか。まさに、こういう忖度が嫌なんですけどね。
とにかく、好機とばかりに彼をその場に放置して、私は馬車に飛び乗ったわけです。
「どうかぁぁ……どうかお待ちをぉぉ……メイベルさまあぁぁ……」
遠ざかっていく彼の涙声に胸がチクリとするものの、ごめんなさい、私は気ままな一人旅がしたいのです。
もしかしたら、もう王都に戻ることはないかもしれない。
未練はないけれど、ひとつだけ心残りがあるとしたら──いいえ、脳裏に浮かぶ灰衣の剣士様の姿を、かき消すように首を振る。あのひとは、王都に大切な役割があるのだから……。
──そうして馬車に揺られること、半日ほど。
辿り着いた小さな町に、私は軽やかに降り立ちました。
連載、はじめさせていただきました。
まずは短編の加筆訂正版になりますが、旅の先のお話もゆっくり書いていきます。
よろしければお付き合いくださいませ。




