16◇二人で両方を選ぶの
私たちがその町に着いたのは、もう日の陰りはじめたころでした。日中は活気に溢れていただろうバザーの露店たちが、馬車のなかに手際良く収納されていきます。
──商隊による移動市場。この光景を、子供の頃に何度か見ました。
その中央に堂々と立ち、張りのある声で指示を飛ばしていた精悍な女性が、私の姿に気付くと大きく腕を振ってきます。
「メイベル! 髪切ったんだね! 昔を思い出すよ」
「ふふ。あなたは相変わらずね」
屈託ない笑顔を浮かべた彼女こそ、大陸中を股にかける商隊を率いる女傑にして、私の幼馴染でもあるサーリャです。
ベリーショートの赤毛と日に焼けた褐色の肌。無駄なく引き締まった肢体を包むパンツルックが、快活な彼女にはよく似合う。
引退した父親から隊長の座を引き継いで五年、もうすっかり板に付いた様子。
「すまなかったね、遠回りをさせて」
「ううん。私はいいの、どうせ急ぐ旅ではないし」
撤収の進むバザーの中を二人並んで歩きながら、言葉を交わす。
ちなみにザックとカバンくんは、これからお世話になるご挨拶を兼ねて撤収のお手伝いをしています。邪魔になってなければいいけど。そんな彼らにちらりと視線を送り、サーリャは微笑む。
「楽しい旅になっているようで、何よりだよ。これまで癒してきた人数ぶんだけ、メイベルには幸せになる権利があるんだ」
「でしょう? 私もそう思う」
「まあ、自分から言われるとちょっと複雑な気持ちになるな」
「ふふっ」
「でもメイベルらしくていいよ」
「でしょう、私もそう思う」
顔を見合わせて、二人笑いあう。
故郷の隣町に設営されたバザーで彼女とはじめて会ったのは、お互いまだ四、五歳のころ。
迷子になって泣きべそをかいていた私を、手を引いて人混みから連れ出してくれた彼女。翌年、熱病に浮かされる彼女を覚えたての治癒で半治(さすがに完治は無理でした)させた私。
以来、年に一度だけ会える幼馴染みとの友情は、他の誰よりも濃く長く続いている。聖女になってからも、隊が王都近くの町に逗留する時期には必ず、お土産と土産話をたくさんを持って大聖堂に会いに来てくれた。
「でも、ずいぶん予定から外れてしまっているようだけど、大丈夫なの?」
例年なら王都近くに逗留する時期を、もうとっくに過ぎている。この町は旅程のだいぶ手前にあります。
「そうだね。あんまり大丈夫ではないかも」
そして彼女は、苦々しい表情を浮かべながら現状を教えてくれました。
なんでも街道の治安が急激に悪化しているらしい。昨年より明らかに数の増えた野盗たちは、積み荷を根こそぎ奪うだけでなく、必要以上の暴行や略取に手を染めることも珍しくないとか。
旅を続けるための最低限の金品は残すとか、無抵抗のものには手を出さないとか、かつてはそういう彼らなりの流儀があったはずですが。
「だから暗くなる前に次の町に着かなきゃならない。距離によっては早朝に出ないと間に合わないから、出立を翌日にずらすことも多い。野営が避けられないときは護衛を雇うけど、これもなかなか人が集まらない」
彼女は大きなため息をついた。
「おかげで、少しずつ予定が後ろにずれていくんだ。しかも野盗の背後には、黒の使徒がいるんじゃないかって噂もある」
彼女の言葉に、驚きはなかった。欲望を是とし、解放を旨とする彼らの教義が、野盗たちの流儀を破壊したのだとしたら、ただただ腑に落ちるだけ。
「それと野盗の中に、おそろしく強い剣士がいるらしい。黒い全身鎧に黒い大剣を振り回す騎士みたいな外見のやつで、黒騎士と呼ばれてる。その噂のせいで、さらに護衛の集まりが悪くなってる」
「それって、まさか……」
「勇者じゃないか、って言われてる」
『勇者』。その身を黒女神の儀式の供物に捧げることで、特殊な『異能』を手に入れた者たち。
儀式は成功率が低く、かつ失敗すれば命を落としかねない。儀式自体も禁術として厳しく取り締まられているから、その数は極めて稀少ですが。
実は私も一度だけ『勇者』に襲撃されたことがあります。それは初めて幽騎士が私の前に現れた日でもある。彼が駆けつけてくれなければ、私は今ここに居なかったかも知れない。それほどに恐ろしい強さでした。
「ま、メイベルと合流できたから、王都は迂回するつもりなんだけどね。あそこは客も多いけど、もともと物流が整っているから」
「ええ。物流の弱い小さな町や村にこそ商品を届けたい、でしょ」
それは彼女から口癖のように聞かされてきた言葉。
「ああ。小さな取引先はなるべく飛ばしたくない。けど、大きい取引先をこなさないと、資金が厳しくなる。そして大きい取引先ほど、期日には厳しい」
「信念だけじゃあ仕事は続かない、続かなきゃあ信念を果たせない……だっけ?」
無言でうなずくサーリャ。それもまた、彼女の口癖です。
気づけば、話しながらバザーの一番端っこまで来ていました。私と彼女は振り向いて、撤収の終わりかけた商隊全体に視線を巡らせる。
「どっちを選べばいいんだろう。ね、メイベルならどうする?」
珍しく気弱な言葉を口にする。きっと、隊のメンバーには見せることのない顔でしょう。そして私は、聖女としてなら毎日のように目にしてきた顔ではある、けれど。
「じゃあ、こういうのはどう?」
私が迷いなく紡ぐのは、聖女ではなくて、友としての言葉です。
「あなたと私、二人で両方を選ぶの」
「──え!?」
◇ ◇ ◇
サーリャが目を剥いて問い返したあの日から、もうすぐ一月。
小さな取引先をなるべく飛ばさず、そして大きい取引先をなるべく待たせずに、商隊は本来の旅程に追い付きつつありました。
「まさか、ほんとに両方を選べるなんてね。すごいよ、あんたは」
道行く馬車に揺られながら、向き合って座るサーリャが半ば呆れたように微笑む。
「あなたが私を信じて、話に乗ってくれたから」
護衛を最低限にして、野営を恐れず先を急ぐ。私がしたのは、とても単純な提案でした。
結果として野盗には何度か襲われた。けれど、そのたびどこからともなく現れる灰衣に銀仮面の幽騎士が、鬼神の如き活躍で追い返した。
やがてめっきり狙われなくなったのは、おそらく「あの商隊はヤバイ」という噂が野盗たちに共有されたのでしょう。噂と言えば、黒騎士とやらは結局現れませんでしたが。
さらに私は毎日、お疲れぎみの商隊員たちを片っ端から治癒、病や怪我には強めの治癒、馬車を引くお馬さんたちにも治癒で商隊として最高のパフォーマンスを維持した。
そうして、じわじわと遅れを取り戻したのです。
なお、カバンくんも小さな荷車を引いてお手伝いしていたようですが、どちらかといえばその姿で癒しを振りまく役を担っていたようです。
ちなみに、彼をとてつもない大金で買い取りたいというお客さんも何人かいたけど、すべて丁重にお断りしました。
「もうすぐ、あの町だね。二人揃うのは二十年ぶりかな」
そう、次の目的地こそ私と彼女が出会った場所。
名残惜しいけれど、そこで私は商隊と別れ、故郷の町へと向かいます。
向き合うサーリャの表情がいつになく真剣だったから、私は黙って次の言葉を待つ。
「それでね。本当はひとつ、メイベルに謝らなきゃいけないことがあったんだ。レオンのことだよ」
彼女が口にしたそれは、二人にとってのもう一人の幼馴染である、黒髪で色白の美少年の名前でした。




