15◇僕はただの従者ですか
「──修道女?」
何かが、記憶のどこかに引っかかる。
「ええ、そう。そもそも修道女なら教会に身を寄せることもできたはずで、考えてみれば色々おかしいの。最初から、なんらかの幻惑に掛けられていたのか」
紫の瞳を伏せて、波打つ金髪を白い指先でもてあそびながら思索に耽るセフィア。その姿もまた絵になります。
彼女の言う通り、修道女なら教会に行けば最低限の宿も食事も保証されるはず。まあ、そこを任されているのが某ハモンドのような悪徳司祭なら、そうも行かないかもしれませんが。
──ああ、そうか。それで思い出しました。
旅の最初に立ち寄ったあの街の、ハモンドの教会で私は、薄暗がりの中に紅く浮かぶ修道女の唇を見た。もちろん唇だけで断定することはできないけれど、だとすれば黒の使徒に繋がる線も浮かび上がります。
「ねえ、あなたは知らないの?」
「キュキィー!?」
セフィアに指でつつかれじたばた首を振るサキュバス。最初は嫌がって見えたけど、指が首のまわりをくすぐるように蠢くと、すぐに恍惚と目を細めます。これ、そのうち鎖とか不要になりそう……。
「各地の支部に情報提供の通達は出しますが、『紅い唇の修道女』だけでは漠然としすぎて難しいかもしれません。──ああでも、何かお困りのことあればいつでも支部にお寄りくださいませ! この先どんなことがあろうとも、私はメイベル様の味方。お力添えは惜しみませんわ」
心強すぎるお言葉に感激しつつ、名残惜しいけれどお別れの挨拶を交わします。
ちょうどザックくんの「もうしわけございませええん」がお屋敷の玄関の方から聞こえてきたので。ちなみに、彼の寝坊は、夜遅くまでエリックと二人で語り合っていたのが原因のようです。
「──ザック殿! ご武運をお祈りしております!」
「はい! エリックさんも心を強く持って! 絶対だいじょうぶ!」
別れ際、男同士で肩を抱き合ってから堅い握手を交わす二人。何かしら通じるものがあるらしい彼らは、意気投合して深い友情を結んだ模様。
さて、次の目的地は山間の村落。乗合馬車が出ていないので歩きで向かいます。
そこから街道をショートカットすれば商隊との合流まですぐ。これもセフィアからの情報です。本当は個人所有馬車も出すと言われたのですが、さすがに遠慮しました。──昨晩ちょっと食べ過ぎたから、体を動かしておきたいし。
「そういえばザックくん、昨日はよくセフィア様の誘惑に克てましたね」
カバンくんと並んで数歩前を歩きながら、ふと思い出して聞いてみる。
「あたりまえじゃないですか」
彼は力強く断言します。
「だって僕は、そういうことはメイベル様としかしないって決めてますから」
──!? ちょっと、何を言い出すのこの子は。
焦って振り向くと、私を見詰めるザックの瞳はうっとり潤んで、ほんのり桜色に上気した頬。
「もしかして、まだ寝ぼけてる?」
「いいえ! 僕は真剣なお話をしてるんです!」
ずい、とこちらに歩み寄る彼。
「メイベル様は、どうなんですか! あなたにとって、僕はただの従者ですか!?」
目の前で問いかける彼の言葉に、心臓が高鳴る。だけど、やっぱりさすがに様子がおかしい。
そういえば彼、最初にセフィアに案内された客室にそのまま泊ってたけど、あのお部屋たしか媚薬のお香が焚かれていたはず。もしかして、その残り香で……
「──解毒」
迫る彼の顔に手のひらをムギュッと押し付けて、治癒術を発動する。
毒薬の一種と解釈して使ったそれがきっちり効いたようで、その場に固まったザックくんの顔が桜色からみるみる青白くなり、一拍おいてから真っ赤に染まる。その顔色を両手で隠しながら、彼はしゃがみ込んでしまいました。
「あ……ああ……僕は……なんてことを……ぜったいクビだ……」
うわ言みたいに絶望をつづるザックが、なんとも愛おしい。
薄々感づいていたのですが、どうも彼のこういう姿に私は、とても癒されてしまうようです。聖女にあるまじきことの気もしますが、もう聖女じゃないからいいですよね。
「もう、おしまいだ……」
カバンくんが彼にとてとて近寄って、慰めるように伸ばした前足は、長さが足りずに空を切る。
「……まあ。そういうのは、いつかね」
私はくるりと背を向けて、聞こえるか聞こえないかのぎりぎりで囁きます。
「……え……? 今、何と……」
「ほら、置いていきますよ従者どの」
「ああっ! お待ちくださいメイベルさま、置いてかないでええ」
背後から響く声に耳を癒されながら、すぐに追いついてきたカバンくんと並んで歩を進める。
もうじき会えるだろう幼馴染の、短い赤毛と日に焼けた屈託ない笑顔を思い浮かべながら。




