13◇好き勝手してくれたわね
バンと大きな音を響かせてエリックがドアを開け放ち、私たちは室内に踏み込む。
セフィアがザックを連れ込んだ、その来客用寝室に。
エリックの肩を借りているガウン姿の壮年男性は、つい先ほど眠りから目覚めたばかりのシャンドラ公です。
顔色は青白く衰弱しているけれど、その目に宿る眼光は驚くほどに強い。
「は!? どうなってるの、アスモデ様は!?」
部屋の中央、呆然として口走ったのは紫のドレスをまとう令嬢セフィア。その額の左右には明らかに人ならざる巻角が生えていて、傍らではザックが、彼女の喉元にナイフの刃を押し付けている。──うん、やっぱり大丈夫だった。
「メイベル様、ご無事で何よりです!」
彼は心底から嬉しそうな声を上げると、セフィアを放り出して駆け寄ってくる。思わずワンコの耳と尻尾を幻視しそうになります。
まあ相手──サキュバスがセフィアの体を乗っ取っている以上、彼女を下手に傷付けることはできないので、ナイフに意味はないでしょう。
「アスモデ? それって、これのことかしら?」
カバンくんを足元に従えて男たちの前に進み出た私は、右手に掴んだ細長い物体を彼女に見せつける。
つい先ほどシャンドラ公の寝室で、寝台を包む瘴気の中に腕を突っ込んで引っこ抜いたそれは、先端が矢印状に尖って黒くクネクネ蠢く──明らかな魔族の尻尾でした。
「え……それ、受肉されたアスモデ様の御身じゃ……? なぜ……なんなのおまえ……」
両手で口を塞ぎぷるぷると首を振る彼女は、そこで何か思い当たったように硬直する。
「いや待って……さっきメイではなく『メイベル』って呼ばなかった?」
問われたザックが「しまった」という顔でこっちを見る。私が苦笑を返すと、あからさまに落ち込んだ表情でうなだれます。
「そんな、まさか『生き女神』? 座する王都には絶対に手を出すなと言われている、恐怖の大聖女メイベル? いやでも、ここにいるはずが……」
い、生き女神? 恐怖の大聖女……? 私って、魔族の間でそんな大魔王みたいな呼ばれ方してるんだ。……うん、まあ、意外と悪い気はしないけど。
目を見開いてぶるぶる震える彼女に向かって、私は右手にぶら下げた尻尾を突き出します。
「それであなた、尻尾と引き換えにセフィア様のお体を解放する気はありませんか?」
いえ違いますよ。脅迫ではなく、あくまで交渉です。
「な……なら、そっちが先に尻尾様を開放して! そしたらこっちも、この体を解放する!」
うん、まあそうなりますよね。
「ならいいです」
「えっ? ちょっ!? あきらめるの早くない!?」
魔族との口約束ほど無意味なものは、この世にありません。だから。
「いと眩きは女神の威光──」
静かに祈りを口にする。全身を包む白い光芒、ふわり広がる灰色の髪。
「あ……その髪……その目の……白銀色は……やっぱり聖女の証……」
光のせいで銀化して見えるだけですが、見開かれた彼女の目は完全に怯え切っています。外見はセフィア嬢なので、ちょっと可哀想になってきました。もう早々に終わらせましょう。
「──浄滅」
光が右手に集い、おそらくそれなりに高位の魔族であろう尻尾は「キキィー!」と悲しげな断末魔を発して消滅しました。同時に、セフィアの体から黒い靄が湯気のようにたちのぼって、霧散します。
「ああっ! アスモデ様のお強化がっ……!?」
主の消滅より自身の力が失われたことを嘆き、彼女はへなへなと座り込む。駆け寄ろうとするエリックさんを、しかし私は片手を上げて制します。まだ、状況は変わっていない。
「そう……セフィアが、どうなってもいいの……?」
ふらつきながらも立ち上がると、彼女はまっすぐ伸ばした人差し指の爪の尖端を、瞳に触れるほど近付ける。シャンドラ公とエリックの顔に動揺が浮かびます。
けれど私は慌てない。彼女の紫の瞳の奥を見つめながら、ゆっくり言葉を紡ぎます。
「ところで、セフィアさん。あなたに、おもしろいお話を聞かせてあげる」
セフィア本人に語りかけるように。
「この部屋に入る直前までね、エリックさんったら『どうかどうかお嬢様をお助け下さいいい』って、鼻水たらしながら号泣してたの」
突然の暴露に呆然としてこちらを見たエリックの、目はまだ真っ赤だ。
それを聞いたセフィアは、全身をびくんと震わせてから、両手で胸を抑えて前かがみになる。
「この……出てくるな…………いいえ……出ておいきなさい……」
全員が息を呑んで見守るなか、彼女はゆっくり顔を上げます。その額からは巻角が消え失せて、代わりに胸の前に掲げた右手には、ピンク色のコウモリのような小動物をわし掴みにしている。
「──ずいぶんとまあ、好き勝手してくれたわね」
言って巻角の生えたその小動物に向け浮かべた彼女の艶笑は、これまでより遥かに──ぞっとするほど美しかった。




