12◆私が大陸一の美女
◆令嬢セフィア視点
「さあザック様、どうかこちらのお部屋でおくつろぎ下さいませ」
私は、屋敷にお招きした治癒士──メイ様の従者であるザック様を、来客用の寝室へと誘います。とても優しく美しいお顔立ちの殿方です。
「お気づかい痛み入りますセフィア様。ですが、できれば僕もお父上の治癒に立ち会いたく……」
「誠に申し訳ございません。さきほども申し上げましたが、我が家の縁者でない殿方が当主の寝室に立ち入ることは、しきたりで禁じられているのです」
「やっぱり、そうですか……」
うなだれながら肩の荷袋を部屋の床に置くザック様。ああなんでしょう、とっても愛おしくて……意地悪してみたくなります。
「メイ様のご案内は当家の執事エリックにお任せください。ちょっと女たらしなところはありますが、お客人に手を出すような不心得者ではございませんので」
女たらし、の言葉にザック様の頬がぴくりと震えたのを、見逃しません。うふふ、どうやら己が主であるメイ様に恋心を抱いておられるのですね。ちなみにエリックは実際は女たらしと正反対の堅物で、忠誠心だけが取り柄のつまらない男です。
まあ、あのメイと名乗った治癒士、色気はないけど、いわゆる癒し系ってやつでしょうか。なかなか良い歳の重ね方をしていて、一定層にはモテそうです。
──もちろん、大陸一の美女たる私には敵うべくもありませんが。
「そんなことよりザック様。私、あなたのことがとても気に入りましたの」
後ろ手に扉を締め、ゆっくりと彼に歩み寄ります。部屋の中に漂う甘い匂いは、媚薬効果のあるお香。
「……セフィア様?」
整った眉を寄せ、蒼い瞳に困惑の色を浮かべてこちらを見るザック。ああなんて愛らしい、たっぷりいじめてあげなくちゃ……
「大丈夫、時間はいくらでもありますわ」
何せあの男──シャンドラ公は、たかが人間の治癒士如きが一人でどうにかできる状態じゃない。
あの男の肉体は今、封印されし大魔族アスモデ様が、力を集め今世に復活するための器になっているのです。
きっとメイもアスモデ様に魅入られて、干からびるまで聖なる力を吸い付くされ、復活の糧になることでしょう。
色欲を司るアスモデ様直系の夢魔たる私は、復活のお手伝いをすべく、シャンドラ公の娘にして大陸一の美女セフィアの体を乗っ取ったのです。
強い聖なる力を持つ者を、魔族としての不快感で探し当てアスモデ様のもとに運ぶ。聖職者や治癒士はお人好しが多いし、更にこの美貌もあれば笑ってしまうくらいチョロいものです。
そうしてアスモデ様の復活が成就した暁には、今世で一番目の妃に迎えていただくお約束なの!
──だから、今のうちに人間の男をたっぷり味わっておかなくっちゃ。
「時間ですか? メイ様の場合、それほど掛からず終わると思いますが……」
まだそんなことを言っているのね。
でも、大陸一のセフィアの美貌に、アスモデ様からお強化をいただいた「蠱惑の魔眼」を重ねれば、男どもはすぐに理性を失くした獣になり下がる。
ほうら、あなたも瞳はトロリ蕩けて息が荒くなってきた。
「もういいから、私と愉しみましょう。あんな色気も何もない年増女より、ずうっとよい思いをさせてあげる」
唇を舐めて囁きながら、彼の左胸に指先でそっと触れ、そのまま下向きになぞります。服の上からもわかる、想像よりずっと堅く引き締まった美味しそうな筋肉……
「──それは、聞き捨てなりません」
しかし彼は鋭く言い放ち、私の手首を掴んで自分のおへそ付近から引き離していました。……って……術中にありながら私に逆らった!? 上級司祭レベルでも即堕ちだったのに!? いやいや、ありえないんですけど!?
「いいですかセフィア様? そもそも大陸一の美女はメイベ……いえ、我が主たるメイ様であって決してあなたではないのです。それに色気がないなどとおっしゃるけれど、あの奥ゆかしい佇まいから醸し出される大人の色香がわからないようでは! あなたに女性の魅力を語る資格はないッ!」
蕩けていた瞳をバキバキに据わらせ私の魔眼を見つめ返し、彼は早口でまくし立てる。……え、こいつまさかメイへの溺愛だけで魅了を解いた!? そんなバカな、どういうメンタルしてるの……?
「そしてセフィア様。あなたは噂に違わぬサキュバスでしたね」
ちっ、バレたか! 魔眼に力を込めすぎた余波で、額の左右から巻角が顔を出してしまったみたい。そして気付けば私の喉元に伸びていた彼の右手から、あてがわれたナイフの刃の感触がひんやり伝わる。
動作がまったく見えない、おそろしいほどの早業は、この街に駐留する王国騎士の太刀筋を超えている。この男、愛する主を護るための術はしっかり身に着けているようです。けどね。
「残念だわ、せっかく同意の上で愉しもうと思ったのに。でも、いいの? 私を傷付ければ当然、この娘もただじゃ済まない。そしてあなたの愛するメイ様も、今ごろきっと……」
そう、こちらには人質が二人もいるのだから、あなたは言いなりになるしかないのよザック。勝ち誇ってウフフと艶笑った、そのとき。
バンと大きな音が響いて入口のドアが開け放たれ──背筋を、ぞわりと悪寒が走った。




