第40話 おねい様の幸せ
立食パーティの会場に着いた。
マーガレットはチェリーピンクのオーガンジー生地をたっぷりと使った、
プリンセスラインのドレス姿で、煌びやかな会場の中に入った。
隣には、シルバーの生地に、淡い水色の刺繍をあしらった、
マーメイドラインのドレスを着たおねい様。
それと、取り巻きのリディアとミーナがいた。
リリアは、ドレスを着るのに手こずっていて、
手伝いの方に任せて置いてきてしまった。
様々に着飾った生徒たちが思い思いに会話を楽しんでいる。
金糸の刺繍で飾った濃紺のジャケットを羽織り、
アイボリーのシャツを着こなしたカーライルが、
さわやかな笑みを浮かべてやってきた。
挨拶と、ダンスの誘い、だそうですわ。
精がでますこと。
マーガレットは、それとなくリディアの背中を押すのと同時に、
自分は一歩下がった。
「カーライル様、ご紹介いたしますわ。
こちらは、わたくしのお友達のリディア・ブロッセム伯爵令嬢ですわ」
カーライルが軽く頷く。
「もちろん、お名前は伺っておりますよ。
いつも、マーガレット嬢のお傍にいらっしゃいますから」
「リディアはとても頑張り屋さんですの。
わたくしも見習わなくてはいけませんわ」
リディアが、瞳を潤ませる。
「……マーガレット様……!」
知ってるわよ。
あなたたちが、金魚の糞みたいに甲斐甲斐しく世話を焼く理由なんて。
……玉の輿に乗れるといいですわね。
マーガレットは、リディアから視線を逸らし、ツンと天井を向いた。
カーライルが、リディアに手を差し伸べる。
「リディア嬢。
もしよかったら、次曲で踊りませんか?」
リディアが、カーライルの手に手を添える。
「ええ、喜んで」
ミーナが、マーガレットの傍にやってきて、とても小さい声で耳打ちしてきた。
「今、リディア、よっしゃあああ! って叫ぶの、必死にこらえてますよ」
にしし、と笑う。
「まあ。あのリディアが……?」
妙に納得できる気がした。
次は、ミーナね。
紹介なんてできそうな御方なんて、いたかしら?
会場内をぐるりと見渡す。
「あ、クリス嬢とマーガレット嬢~!」
紫色の髪をした、甲高い声を発する御方から離れるように、マーガレットは歩き出した。
あの御方は、論外ですわ。
姉とはぐれてしまったと気が付いたとき、
窓辺で、白ぶどうジュースを片手に、外を見ている男性を見つけた。
あの御方――意外とありかもしれませんわね。
マーガレットは、ミーナを引き連れて話かけた。
「ごきげんよう、シリウス様」
シリウスはちらりとマーガレットを見て、
「ああ」
と答えた。
相変わらず、コミュニケーションが苦手のようですわね!
気を取り直して、ミーナを紹介する。
「こちら、わたくしのお友達のミーナ・サンシェル子爵令嬢ですの」
「……そうか」
そうか、じゃなくてですわ……っ!
名乗りなさいましっ!
マーガレットは、心の中でカーペットをダンダンと踏み鳴らした。
「ミーナ、こちらは、生徒会書記の――」
マーガレットがシリウスを紹介する途中で、
ミーナが夢見心地のような、乙女のため息をついた。
「素敵……かっこいい……」
そして、積極的なミーナは、シリウスに一歩近づく。
「あのっ! もしよろしかったら、
ダンスのお相手をお願いできますか!?」
女性から誘うなんて、あり得なくてよ……っ!
マーガレットは額に手を置いてうぐぐ、と唸った。
「……少し、待っていて」
シリウスは窓辺から離れ、煌びやかな学生たちの中に入っていった。
ミーナが、しゅん、と肩を落とす。
「……私、振られちゃったのかなぁ……?」
「まだ告白も何もしておりませんわよ……?」
これだから、夢見がちな子は面倒臭いのですわ!
マーガレットは、窓の外を見ながらふっとため息をついた。
「……お待たせ」
シリウスの声がした。
「グラスを置いてきた。
一曲だけなら、なんとか……」
ミーナが、弾けたような笑みを受かべる。
「――はいっ!」
二人は、途中からダンスに輪の中に入っていった。
(やっと、一仕事終えたわ……)
マーガレットは、姉を探して学生たちの間を抜けた。
「マーガレット様……!」
会場のどこかで、リリアの声が聞こえた。
首を巡らせると、入り口のドアの前にリリアがいて、
視線が合うと、人懐っこい笑みを浮かべて真っすぐ歩いてきた。
白地に、黄緑色のドレス。
マーガレットと同じ、プリンセスラインの可愛らしいデザインを特注したもの。
「やっと来ましたのね、遅いですのよ」
「置いていくなんて、ひどいです!」
リリアのドレスが、眩しくて、見ていられない。
エラルドの話を全て信じるなら――この衣装は、王子と踊る、特別なもの――らしい。
そんなことをつゆ知らず、夏の長期休暇でオーダーしまっていた。
ちらりと、頭の片隅に、エラルド王子と踊るリリアを思い浮かべてしまう。
最高に絵になる、誰もが望んでいる――ルート……。
「あら、リリアちゃんも合流できたのね?」
姉が、軽い足取りでやってきとき――。
パッ、と照明がいきなり落ち、
会場内にいる学生らがどよめいた。
しかしすぐに壇上にスポットライトが付き、皆の視線を集める。
「レディース&ジェントルメーン!
華々しい卒業パーティの主役、エラルド王子のご登場です!」
拍手喝さいが起きる中、
緩いカーブのある階段の上の扉が開き、
スポットライトを当てられた王子がゆっくりと段を降りていく。
王家の紋章が入ったアイボリーの正装ジャケット。
金糸や、金の飾りが光を反射して、きらっきらと輝く。
エラルドは、舞台の壇上に上がった。
「……素敵……」
横にいるリリアが、甘く声を出す。
エラルドの挨拶は、全く耳に入ってこなかった。
心拍数だけが、上昇していく。
「――そして僕は、花を渡す女性を、決めました」
どくん……っ!
大きく心臓が鳴り、祈るように胸の前で手を組む。
知りたいのに――知りたくない。
恐怖のような居心地の悪さが、
マーガレットの呼吸を浅くする。
エラルドは、胸に飾っていた花を抜き、
壇上を降りて、その女性の目の前まで歩いて、片膝を付いた。
「僕と――踊っていただけませんか。
――クリスティーヌ」
「――っ!?」
姉は、両手を口元に当てて驚いていた。
見開いた、サファイアのような美しい瞳から、
一筋の涙が零れ落ちる。
マーガレットは、心の底から安堵して、
隣にいるリリアの手を握りしめていることに気が付かなかった。
おねい様の手が、エラルドの花に伸びて――
おねい様は、幸せを掴んだ。




