第3話 おねい様は、わたくしだけに優しくしてくださいまし
おねい様は、すっかり人が変わってしまいましたわ。
ナイフとフォークの使い方がおぼつかなかったり、
高さの低いヒールを好んで履くようになったり。
周りの侍女たちも、おねい様の変化に首を傾げていますのに、
何も問題にしていませんの。
だって――
「アルティーナさん、今日も一日ありがとうございました」
とか。
「レミィさん、そんなに謝らないで。そんなのは失敗のうちに入らないわ」
とか。
積極的に侍女の名前を呼んで、関わって、
たくさん、お優しい言葉をかけていらっしゃるもの。
多少の所作がおぼつかなくても、
侍女たちにとっては、今のおねい様がいいっていう声がちらほら聞こえてきますわ。
……ずるい、ですの。
わたくしの。
わたくしだけの、おねい様だったのに。
これでは、みんなのおねい様になってしまいますわ……!
「――おねい様」
マーガレットは、姉の部屋をノックし、
出てきたクリスティーヌに、潤んだ瞳を向けた。
「どうしたの? マーガレットちゃん?」
「ちゃんづけは、よろしくてよ、おねい様」
おねい様は長い睫毛を伏せて、
「分かったわ、マーガレット」
と言い直してくださった。
……やっぱり、言い方が違いますわ。
でも、そんなことは、どうでもいいの。
マーガレットは、姉のほっそりした腰に抱き着いて顔をうずめた。
「……眠れないのです……。一人が……怖くて……」
これは本当のこと、だった。
たまに襲ってくる、恐ろしいほどの孤独感。
寂しい。
誰かの体温が欲しい。
でないと――わたくしが消えてしまいそうな、恐怖。
それは、姉も時々襲われることを知っていた。
だから――。
「――いらっしゃい」
柔らかく抱き留めてくれる腕。
これは、いつものおねい様のままだった。
わたくしだけの、優しいおねい様。
姉とマーガレットは、天蓋付きの広いベッドで並んで横になった。
おねい様の温もりが伝わってきて――とても心が安らぎますわ。
もっと近くに……。
「……おねい様……」
マーガレットは、姉の方向に寝返りを打ち、幼い子供のように身を丸くした。
「私がいるわ……マーガレット……」
髪を滑る手が、ひんやりと気持ちがいい。
おねい様は、氷の魔力のせいで……手が冷たい。
でも、わたくしを抱きしめてくださる胸や首筋は暖かくて……。
甘くて……。
世界が、二人だけになりますの。
マーガレットは、姉と指を絡めて握った。
寂しくない。
わたくしは、ここにいる。
そう、思うことができますの。
だから、おねい様がどれだけマナーをお外しになっても、
どれだけ人前でお恥ずかしくこけてしまっても、
一向に構いませんの。
マーガレットは、胸にうずめていた顔をあげて、姉の目を見た。
眠たそうに細められた、美しい目が間近にあって、
心臓がどきん、と鳴った。
「……来週から、わたくしも、魔法学園の寮に入りますわ」
マーガレットが呟くと、姉も小さく頷いた。
「……みんなに、優しくできるかしら……」
優しく……。
ああ……、
さすが、おねい――
――そこですの!?
「不安……だわ……」
おねい様が目を閉じて、マーガレットの頭を抱きしめた。
「……」
少しすると、穏やかな寝息が聞こえだす。
眠ってしまわれましたわ。
ああ……おねい様ぁぁああ……!
気づいていらっしゃらないかもしれませんけれど、
そのおぼつかない口調をはじめ、
魔法や運動の方が、ずっと心配ですわ……。
目を閉じる。
一週間もあれば、きっと、徐々に――
おねい様らしくなるはずですわ。
――そして、一週間なんて、あっという間に過ぎていった。




