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第37話 エラルド王子と治癒室でお話しすることなんて、ありますの!?

 マーガレットは、姉に頭を掴まれて、

 みんなの前で深々と頭を下げさせられた。


「このたびは、愚妹がご迷惑をお掛けしました」

「お――おねい……っ!」


 ギチッ。

 

 頭から、してはいけない音が聞こえ、

 姉の握力で握り潰されそうになる。

 

「いだだだだいですわおねい様ぁッ!」

「マーガレット、みなさんに謝って?」


 ギチギチミチ……ッ!


 あの細腕から、いったいどこにこんな力がありますの!?


「ごめんなさいですわっ!

 わたくしが間違っておりましたの!

 皆さまがたには多大なご迷惑をおかけしましたわあああ!!」


「よく言えたわね、マーガレット」


 ふっと、姉の手から力が抜けた。

 マーガレットは、膝から崩れ落ちた。


「し……死ぬかと、思いましたわ……」


 ぜいぜいと息を吐く。

 その肩に、今度はふわりと衣を着せるように姉の腕が回された。


「――私もよ、マーガレット」


 耳元で、小さく呟かれる。

 その声は、いつもの覇気がなくて、

 弱々しくて。

 姉が、小さく震えていることに気が付いた。


「おねい……様?」

「あなたを失いそうになって、怖かったわ。

 戻ってこられるなんて、知らなかったんだもの……っ!」


 苦しくなるほど、姉が強く抱きしめた。


「あなたのいない世界に、

 私の幸せがあるわけないでしょう?」

「おねい様ぁ……っ、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……っ!」


 マーガレットは、姉の胸で涙があふれるままに泣いた。


 その頭を、姉はずっとよしよししてくれた。



 *



 マーガレットが落ち着いたタイミングで、エラルド王子が一回手を鳴らした。

「それじゃあ、僕がマーガレットを治癒室に付き添うから、

 皆はこの場所の後片付けと、先生方への報告。

 判断を仰いでくれないか?」


 各人が頷く。


「え……でも……」

 困惑の声をあげたのは、マーガレットだけだった。

「行ってきなさい、マーガレット」

 姉はマーガレットを立ち上がらせて、エラルド王子に預けるように背中を押した。


 エラルド王子は、マーガレットの背中に手を添えて歩き出した。


 治癒室につく。

 エラルド王子は、マーガレットを簡易ベッドに座らせると、

 カーテンを引いて空間を仕切った


 そして、椅子を引っ張ってくると、向き合うようにして腰を降ろした。


 ……気まずい、ですわ。

 いままで、二人きりで会話することなんて、ありませんでしたもの。

 それに、

 ……きっと、怒られますわ。


 マーガレットは、膝の上に置いた手を見つめながら、思考をぐるぐると巡らせた。


 エラルド王子が、静かに口を開く。


「……君には、謝らないといけないことがある」

「……え?」


 王子が?

 マーガレットは首を傾げてエラルドを見た。


「……どこから話そうか」


 エラルドは目を伏せて、少しだけ悩んでから、

 唐突に信じられないことを口にした。


「僕はね、この世界とは別の、異世界に生きていたことがあるんだ」


「……へ?」

 い、今、なんておっしゃって……?

 

 マーガレットが反応できないでいるけれど、

 エラルドは構わずに続けた。


「その世界では、僕は女の子で――いや、そんなことはいいか。

 ……とにかく僕は、この世界をゲームで知っていたんだ」

「げ……げいむ?」


 それに、女の子って……。

 マーガレットは、あんぐりと開けた口が塞がらず、両手で覆うしかなかった。


 エラルド王子が、片手で額を抑えながら前髪を掻き上げる。

 それから、エラルドは前世の記憶とやらをぽつぽつと語りだした。


 前世ではこのげいむが好きで、何回も周回をしたこと。

 すまほを覗き込んでいた時、

 こうさてんという場所で、クルマにひかれてしまった記憶。

 

 まったく状況が理解できないが、

 マーガレットは口を挟まずに聞いていた。


「……僕が前世の記憶に気が付いたのは、物心ついたときだった」

「……」


 エラルドは、自分のことを『転生者』だと言った。

 生まれ変わった、ということですの……?


「初めてクリスティーヌに会ったときは、十になった時だった。

 あまりの気の強さにびっくりしてさ。

 だから悪役令嬢なんて言われるんだぞって、一人で納得していたよ」

「おねい様が、悪役!?」

「ゲームでは、リリアをいびる立場で登場していたからね」

「でも、おねい様はそんなこと、まったくしておりませんでしたわ!」


 四六時中一緒にいたんだから!

 そんな不名誉な呼び方、絶対に許せませんわ!


 鼻息を荒くするマーガレットを宥め、

 エラルドは、まずはゲームの内容を語った。


「『聖なる乙女と五人の貴公子』。

 このゲームは、主人公の聖女リリアが、まずは四人の貴公子を攻略して、

 ハッピーエンドでは、五周目、エラルド王子を攻略して迎えるゲームなんだ。

 クリスティーヌは、リリアに試練を与える人でさ。

 最後には、どのルートでも破滅――死んでしまうような結末を迎えるんだ」

 

「……いくら、エラルド王子でも、

 そのような冗談は、あまりよろしくなくてよ」


 姉が死んでハッピーエンドを迎えるげいむなんて、

 妄想だとしても、あまりにひどい内容ですわ!

 

 マーガレットは、膝の上に置いた手でスカートを握りしめた。


「信じられないだろうけれど、そういう内容なんだ。

 ……だから僕は、回避したかった……」


 回避。


 おねい様も、いつぞやにそのようなことを口にしていた。


「仮に王子がてんせいしゃ? だとして、

 それとおねい様と……そして今回のことについて、

 どのような繋がりがありますの?」


 マーガレットは、頭がパンクする中、はやく本題を聞きたかった。

 ……きっと、信じられないと思いますが。


「僕は、この世界でクリスティーヌを見ているうちに、

 彼女のことを誤解していることに気が付いたんだ。

 冷たかったのは、彼女のせいじゃない。

 有り余る魔力が暴走しないように、

 内側に閉じ込めて、苦しんでいただけだった

 

 ある年のパーティ会場で、一人、

 僕は噴水のほとりに座るクリスティーヌに話しかけた。


 彼女は、涙を流して打ち明けてくれたよ。

 その雫すら、流れた途端に凍り付き、月明かりを反射させていた。


 その時僕は――恋に落ちたんだ」


「こ……――」


 とくん。

 マーガレットは、不覚にも心臓が甘く跳ねる音を聞いた。


「その時から僕は、クリスティーヌの破滅の未来を壊そうと思った。

 王族に伝わる、記憶操作の魔法を取得するために、必死でね。

 そして、去年の冬。

 僕は、計画を実行に移したんだ」


「去年の――冬?」

 

 エラルドが頷いた。


「僕がクリスティーヌを呼び留めたでしょ?

 昏倒させたのは、僕さ」

 

「え――」


 マーガレットは、何度目かの衝撃発言に、頭がついに真っ白になった。


「君を遠くへやっている間に、

 僕は、気を失わせたクリスティーヌに、

 前世の僕の記憶を見させたんだ。

 ……初めて人に記憶操作をしたから、少し失敗してしまったようだった。

 彼女は、自身が転生者だと思い込んでしまったんだ」


 マーガレットは、事故後の姉を思い返した。


「……じゃあ、あのポンコツぶりは……」

「うん。

 僕の前世の人格かな」


「うそ……」


 こんな時、いったいどんな反応をすればいいのかしら。

 到底信じられないのに、

 心のどこかで、納得してしまっている、この感じ。


 マーガレットは、首を振って無理矢理話を飲み込んだ後、

「じゃあ――」

 と、今日のことについて、話を引き戻した。


「どうして、今日のことを、王子が謝ったのですの?

 王子は何も、関係なくってよ!」


 わたくしは、わたくしの意思で道を踏み外したのですから!


「僕が、確実にクリスティーヌと結ばれるためだよ」

 

 グサリ。

 その言葉が、なぜか心に深く刺さった。


「……え?」


「本当は五周かけて開かれるルートを、君が走り回って、

 たった一周でやり遂げてしまったから――、

 いや、これは結果論だけれども。

 ゲームにとってのハッピーエンドを壊すために、

 僕は君を利用したんだ」


「……そ……んな、こと……」


 あまりの衝撃に、言葉が上手く出てこない。

 だけども、

 王子の言葉には、暗い重みがあった。


『僕は、聖女を選ぶと思う』

 あの言葉が、天使への祈りの決め手になったのは、

 確かに、そう……だけれど。


 マーガレットは、一瞬固まり、言葉を紡げなかった。


「納得してくれたかい?

 僕は、一国の王子でありながら、

 君を犠牲に捧げてまで願望を叶えようとした――。


 卑怯な人間なんだ……」


 エラルドが両手で顔を覆い、

 罪を告白する罪人のように、すべてを打ち明ける


 ――王子、失格……。


 そんな言葉を待っているかのように口を閉ざし、

 エラルドは、俯いたまま銅像のように固まった。


「……信じ、られなくってよ」


 マーガレットは、エラルドから視線を外し、

 わざと大きくため息をついた。


「そんな壮大な物語をおつくりになられるのなら、

 一筆書いてみたらどうですの?」


「……マーガレット……?」


 エラルドが、恐る恐る、といった様子で、顔をあげる。

 その情けない顔を一括するように、

 マーガレットはキッと睨んだ。


「王子がおねい様を愛していらっしゃるのなら、

 何も問題なんてないのですわ!

 ルートなんて関係なく、

 おねい様を選んでしまえばいい話ですのよ!」


 リリアの聖女の力、魅力、所作、人望。

 エラルドが選ばない理由はないほど、

 リリアは成長しましたわ。


 ……認めたわけではありませんけれど。

 

 エラルドが、一人で悩んでいたことはよく理解できた。

 だからこそ――。


「周りに何と言われようと、関係ないのですわ!」

 

 マーガレットは、エラルド王子の手を握り、

 ティールブルーの目と視線を合わせた。


「おねい様を幸せにできるのは、王子だけですわ!」

「マーガレット……」

「だから、今からでも、おねい様に卒業花を渡してきてくださいまし!」


 エラルドの胸には、まだ花が飾られていた。

 それだけ、迷っていたということ。


「……君は、強いね。

 クリスティーヌがいきなり変わったときも、

 君だけは、ずっと変わらずにいたね」

「当たり前ですわ!」


 マーガレットは立ち上がり、

 腰に手を当てて高らかに言い切った。


「おねい様は、ずっとおねい様だったからですわ!」


 エラルドは一瞬息を飲み、

 眩しそうにマーガレットに微笑んだ。


「――君には、敵わないね」



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