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第34話 天使への祈り

 思えば、これまで、いろいろなことがありましたわ。

 そう、

 卒業パーティが間近に迫ってきたとき、

 三年生の男性方が、リリアに卒業花を渡そうとして、求婚される方が急増して大変だったわね。


 リディアとミーナには、苦労をかけたわ。


 防ぐことができなかったものが、四件、ありましたわね。


 水中に吐いた気泡のように、色のついた記憶がふわりと浮かび上がる。

 マーガレットは白い光の中目を閉じて、水の中に沈んでいくように身を預けた。

 


 卒業パーティの三日前――昨日のこと、でしたわね。

 リリアに求婚する男性があまりにも多かったため、

 逃げこむように生徒会室の扉を開いた。


 中には、

 おねい様と、エラルド王子、

 そして、生徒会のメンバーが数名いて、パーティ前日と当日の動きや

 飾り付けなどの準備に追われて忙しくしていた。

 

 姉がマーガレットに気づいて、にこにこと手招きをした。

「マーガレット、手伝って」

「はい! おねい様!」


 マーガレットは姉と共に、バレエのスケジュールの最終チェックや、

 衣装等の確認を行った。


 姉が席を外し、手の空いたマーガレットは、部屋の飾りつけのために色紙にハサミを入れていた。

 そのとき、

 開いた隣の椅子に、エラルドが腰かけた。


「そのまま、作業をしながら聞いてほしい」

「……?」


 柔和な笑顔の中の、少し陰りのある声が気になった。


「僕は、聖女を選ぶと思う」

「え……――」


 過去で一番、頭をガツンと揺らす言葉だった。


 視界が揺れて、頭が真っ白に染まるくらいに。


「君にはそれを伝えたくて。

 ……落ち込ませてしまうと思うから、君が支えてほしい――」


 ……ちょっと、待ってくださいまし……?

 マーガレットの手が震えて、手に持っていたハサミが滑り落ちた。

 エラルド王子の胸には、まだ卒業花が飾られていた。


「クリスティーヌは、素敵な女性さ。

 ――きっと、僕よりいい人が――……」


 エラルドの言葉は、何一つ頭に入らなくて。

 気がつけば、エラルドは席を立って、男性陣の作業の輪に加わっていた。


 席を外していた姉が、生徒会室に帰ってきた。

「進んでる? マーガレット?」

「あ……おねい様……」

「休憩していたのね?」

 

 朗らかに笑うおねい様は、何も知らない。

 

 この先に、幸せな道が壊れて、崩れて、

 隣の道で、リリアが幸せを見せつけるように進んでいく未来を。


 放心状態のまま、おねい様が飾りつけをほとんど作り上げて、

 終わったころには、すっかり日が暮れていた。


「帰りましょ、マーガレット」

 

 姉がマーガレットの手を引いて、帰路につく。

 リリアが当然のようについてきて、手にした花を真剣に眺めていた。


 白い百合の花が三つ。

 紫色の、魔力花が一つ。


 あの四人だわ。

 抜け目のない人たち。


 エラルドからは、まだ渡されていないようだった。


「リリアちゃんは、誰を選ぶのかしら?」


 帰り道で、姉が楽しそうにリリアを茶化す。

 リリアは、困ったまま首を曖昧に傾げ、

「どうしたら……いいんでしょうか?」

 と大真面目に答えていた。


「適当に決めればよろしくてよ

 むしろ、その中から選んで、今すぐ渡しに行けばいいんですわ!」

 

 それで、求婚成立。

 エラルドは出遅れて、手を出せなくなりますわ!

 マーガレットは、リリアの手を握って走り出そうとしたが、

 姉に阻止された。


「あら、ダメよそれは。

 まだリリアちゃんに想いを伝えられていない殿方がいらっしゃるかもしれないでしょ?」

「おねい様!」


 余計なことを言わないでくださいまし!

 マーガレットの抗議の声は、次に続く姉の言葉の抑止力にならなかった。

 

「例えば、エラルド王子とか」


 どこか楽しげに、

 そして寂しそうに、

 薄く微笑みながら、姉が言った。

 

「王子と聖女が結ばれるなんて、

 とってもいいじゃない」

「ちっともよくありませんわ!」


 マーガレットの胸は、ざわざわとした黒い感情でいっぱいになった。


 そもそも、

 リリアボロ雑巾計画だった――はずですわよね。


 それが、一緒に過ごすうちに、

 いつの間にか、ほだされて、腑抜けて――、

 最悪の結果になりそうじゃ、ありませんこと?


(わたくしのせい、ですわ……!)

 マーガレットは、拳を握り締めて、後悔した。


 リリアを、本当の聖女に育ててしまった挙句、

 おねい様の幸せを脅かす存在になるなんて……っ!


 そんなの、許さなくってよ。


 百合の華ついた。

 暗い気持ちのまま、二人と別れ、自室に滑り込む。


 マーガレットの胸に湧いた感情は、時間を追うごとに膨れ上がり、

 おねい様と別れた後も、シャワーを浴びて床についたときも、

 そのことで頭がいっぱいだった。



 ――だから、実行したのですわ。

 

 翌日になって、早朝。

 朝日に美しく照らされた教会に入って、

 天使象の前に、跪いた。


 そして、目を閉じて、祈る。


『おねい様に、幸せを届けてください』


 わたくしは、どうなってもいいから。

 代償があるのなら、いくらでも受け入れるわ。


 だから。

 だから――……!



 そう祈ったとき、

 ふいに意識が白い光に包まれて、

 水の中にドボンと落ちたように、息が出来なくなった。


 思い出すのは、

 リリアとの日々。


 おねい様とエラルド王子の、不思議な関係の変化。


 ああ、これが、走馬灯――。


 わたくしの命が代償になるようですわね。

 

 はめつ。


 いつぞやに、姉がそう口にしたことを思い出した。

 姉が、気にしていた現象ですわ。

 

 ……そう。

 これが、破滅なのだとしたら、

 なんて……素敵な…………――。


 マーガレットの意識は、そこで途切れた。



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