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第33話 バレエシューズは、変えた方がよろしくってよ

 それから、夏の長期休暇中に卒業パーティ用のドレスを選び、

 毎日がすごい勢いで過ぎていきましたわ。

 

 第二学期も、なぜだかリリアが何か上達するたびに、

 男性たちとの距離が一瞬近くなって、ひやりとさせられましたけれど、

 わたくしが、全力で阻止してきましたわ!


 そして、卒業パーティが一か月に迫ったある日、

 エドガーが、いつにも増して真剣な顔で舞踏室へやってきた。


「マーガレット嬢、話しがある」

 

 マーガレットは、リリアを背後に隠して、睨むように見上げた。


「なによ」

「リリアとペアで踊る練習を始めたい」


 エドガーの服装は、運動に適したシャツとズボンのラフなものだった。

 緩く開いた胸元から、逞しい鎖骨がちらりと見える。


 マーガレットは顎に手をやって、リリアの技量と、ペアの難易度を冷静に測った。

 所作の向上や、バレエの知識、魔力のコントロールの練習の成果は確実に出ている。


 ――及第点は、超えていますわね。

 そろそろペアの練習を始めないと、間に合わないですし――。


「……いいですわ。

 くれぐれも、怪我をされないよう」

「分かっている」


 エドガーは、マーガレットの後ろにいるリリアに、紳士的な動きで手を伸ばした。


「――さ、やるぞ」

「は……はい……!」

「社交ダンスを誘う場面じゃなくってよ!」


 マーガレットは、リリアの背中を小さく押した。

 ふと、リリアのバレエシューズは目に留まる。


 すこしへたってきた、安物のシューズ。

 マーガレットは、リリアを呼び止めた。


「シューズを変えた方が、よろしくってよ」


 リリアは、エドガーの手を放し、迷うように立ち止まった。

 そして――瞳を少し揺らしながら、首を左右に振る。


「――変えたく、ありません」

「だめよ。

 本番で新しいものを使うより、少し馴染ませたほうが――」

「そうじゃないんです!」


 リリアの声が、舞踏室に響いた。

 マーガレットは、一瞬思考が止まったよう固まった。


「……このシューズは、宝物だから……、

 本番も、これでやるつもりです」

 

 な……何を言っているのかしら、この子は……?

 そんな薄く汚れたシューズで、本番もだなんて。


 一瞬だけ、百貨館でのリリアの眩しい笑顔を思い出す。

 しかし、すぐに目を逸らした。


 ……やっぱり、思考は平民のまま、なのですわね。


 マーガレットは、わざと大きくため息をついて、

 エドガーに視線を合わせた。


「あまり持ち合わせがないようですので、

 そちらで購入してくださる?」

「ああ。いいだろう」

「待ってください! そうじゃなくて――!」


 リリアの小うるさい声をぴしゃりと遮る。


「うるさいわね。

 いいから完璧に合わせられるまで練習しなさいな。

 ……わたくしは、おねい様と踊れて万々歳ですわ!」


 マーガレットは、おーほっほっほ、と高く笑ったあと、

 二人を監督する立ち位置から、リリアに動きの指導を開始した。



 それから、半刻ほど経ったとき。


 バンっ! 

 と勢いよく舞踏室の扉が開き、

 紫色の煙をもくもくと立てながら、変に高い上ずった声が響き渡った。


「やっと完成したよぉ~!」

「な――なんですの!?」


 マーガレットが反射的に扉の方を見ると――

 白衣を身に纏い、恍惚とした表情を浮かべたフィンネルがいた。


「んふふ。

 昨日リリアちゃんが研究室に来てくれたおかげで、完成しちゃったんだよね~!

 ほ・れ・ぐ・す・り!」


 そう言ってフィンネルは、紫色の煙を噴出する、小さな球体を見せる。


「これを食べれば、あら不思議!

 周りにいる人たちをたちまち魅了してしまうっていう、

 優れモノだよ~!」


「今すぐ帰れ」

 エドガーが立ち塞がる。

「これを試したらね! ぱっくん!」

 フィンネルは、迷わずに得体の知れないものを飲み込んだ。

 途端に――


 ……何も、起きないですわ。


 マーガレットは、リリアを引き寄せ、念のため距離を取った。

 周りにいる何名かの生徒たちも、

 特に変わった様子はない。


「むふふん……あれ?」


 フィンネルがきょとんと固まった。

 あたりを見渡し、頭を掻く。


「……失敗か~。

 やっぱ、ボクの魔力をボクに取り込んでもダメな――えっ!?」

 

 フィンネルが、珍しく焦った声を出す。


 エドガーが、フィンネルの両肩を強く抱き寄せた。

「……フィンネル……」


 エドガーの熱っぽい低い囁き声を合図に、

 なにかに釣られたように、周りにいた男性生徒がふらり、ふらりとフィンネルに吸い寄せられた。


「え!? いや、これは想定外……っ!」


 女性生徒には、まったく影響がないようですわね。

 マーガレットと、遠巻きに眺める女性たちは、呆れたため息をついていた。


「た……助けて! ボクが悪かったからぁ!

 リリアちゃん、浄化してぇ~!」


 熱のこもった男性たちに追われて、フィンネルが情けなく駆け回る。

 

 自業自得、ですわ。

 魅了が出来て、良かったですわね。


「マーガレット嬢! いばらで! いばらで動きとめてぇ~!

 ボク、もう体力ないよぉ!」


 エドガーが、逃げ回るフィンネルの腕を掴み、

 社交ダンスの要領でくるくる回し、手中に収めた。


 なんですの、その技術は!?

 鮮やかすぎですわ!


「――ひ……っ!」


 エドガーの熱っぽい視線を浴びるフィンネルが、逃げようともがく。

 だけど、腰をがっしりと固定されていて、抜け出せそうに思えなかった。

 引き攣るフィンネルの顎に、手が添えられる。

 

 ――きゃ!

 もう、ダメですわ……っ!


 マーガレットは両目を隠しながら、しっかりその瞬間を見ようと目を見開いた。


 そのとき――


「浄化――っ!」


 ふわり、白い光が、舞踏室全体を照らす。


 シュ~!


 と音を立てて、各男性の身体から、紫色の煙が抜けていった。


 エドガーとフィンネルからも、濃い紫色の煙が抜ける。

 エドガーの背中が、ピクリと震えた。


「――は……」


 状況が読み込めたような息が漏れる。

「や……やあ」


 フィンネルの引き攣った声。

 それを掻き消すほどの大声が、舞踏室に響き渡った。


「うおああああーーーー!!」



 その様子を、おねい様が廊下からちらりと覗き、

 楽しそうに笑っているのに気が付いた。



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