第32話 夏の長期休暇の幸せ ~おねい様のお気持ち~
夏の長期休暇の中頃。
姉と一緒に久しぶりの実家へと戻った。
リリアも、一週間ほど地元の平民の家に戻るようで、
肩に乗っかっていた荷物を降ろしたような爽快感を味わった。
姉と一緒に飲む紅茶は、格別な美味しさだった。
「おねい様、お願いがあるのですが……」
マーガレットは、上目遣いに姉を見た。
「なぁに? マーガレット?」
優しく返事をする姉が、昔と変わらないのか、変わってしまったのか、
判断がつかない。
だって、おねい様は、わたくしと二人きりの時は、
いつだって、甘くてお優しかったんだもの。
「頭を、よしよししていただきたいの。
おねい様のお膝の上で」
昔から、甘える時はいつもそうだった。
おねい様の隣に両膝を付いて、
太ももの上に顔を載せておねい様の腰を抱く。
いつもおねい様は、微笑みながら、頭をよしよししてくださるのですわ。
姉の目が、優しく細まる。
「いいわよ。
……おいで」
「おねい様……!」
マーガレットは、子供のように甘え、
大好きな姉の腰に手を回した。
「よーしよーし」
頭を、姉の手が滑っていく。
それだけで、毎日の疲れなんて吹き飛び、
嬉しさで胸がパンパンに詰まっていく感覚を覚えた。
「……おねい様は、記憶が、戻られたのですよね?」
「記憶……?」
姉がきょとんと首を傾げる。
「だって、頭を打って目覚められてから、
おねい様が、なんだか別人になられたようだって声をよく聞きますし……。
あの時のおねい様は、本当に……」
おかしかった、
とは、口に出せなかった。
ご自分のことを、『貴族の令嬢なの?』と聞いたり、
ハイヒールで躓いたり。
例を上げるとたくさんこぼれてくるようなポンコツぶりを発揮して。
それでも、新学期が始まってからのおねい様は、
少し安定したように思える。
頭を撫でるおねい様の手が、止まった。
「あの時はね、記憶が混在していたの」
「記憶が、混在?」
何と?
マーガレットは、頭を上げて姉を見上げた。
優しい青い瞳と目が合う。
「私はね、今まで、心の内側が冷えて冷えて、どうしようもなくて……、
それが当たり前だったから、気付いていなかったのよ。
……私が、どんなに冷たい人間だったかってことに」
急に、姉らしからぬ言葉が降ってきて、
マーガレットは目を見開いた。
「おねい様……、そんな……こと……」
何か言いたいのに、上手く言えない。
マーガレットの口に指先がそっと触れ、
姉が続きを話した。
「でも、エラルド王子に助けられて、気づくことができたの。
心の温め方や、人との接し方をね。
あの時は、それで少し混乱してしまっていたわ」
「……ふぅん……?」
マーガレットは、姉の話の核を掴み損ねて、曖昧に返事をした。
なにか、はぐらかされているような気がするのは、
考えすぎかしら?
「リリアさんとは、上手くやれているみたいね?」
姉が急に話を逸らした。
これ以上聞いたら、理解のない、低レベルな女だと思われてしまいそう。
マーガレットは立ち上がり、先ほどの椅子に腰を降ろした。
「聞いてくださいまし! あの子、本当に愚鈍でして――」
リリアの数々の欠点や世間知らずなことを、
笑い話を交えながらこんこんと語る。
姉は、時々おかしそうに笑いながら聞いてくれた。
「――当然、エラルド王子のお嫁様になるのは、
おねい様に決まっていらっしゃいますのにね!」
「えっ!?」
「えっ……って、え……!?」
姉が、信じられないように目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「私と、王子……!?」
「……違うの、ですか?」
そこでそんなに驚かれるとは思わなかったマーガレットは、
目を丸くして姉を真っすぐ見た。
「王子には、聖女リリアさんがお似合いでしょ?」
早口な小声で、さらに何か呟く。
むしろ全ルートの攻略で開く最難関に挑んでほしいし……、とおっしゃって?
「お、おねい様ぁ!」
ばんっ!
とマーガレットは身を乗り出してテーブルを叩いた。
「おねい様の幸せを第一に考えてくださいまし!
一番王子にふさわしいのは、どう考えても、おねい様ですわ!」
「マ……マーガレット……」
姉の瞳が、小刻みに揺れる。
「そ……そうかしら」
「おねい様は、王子のこと、好きではありませんの?」
「すっ……!?」
カアア、と白い肌が朱に染まった。
(なんですの!? そのお顔は……!?
可愛らしいなんて言葉では、言い尽くせませんわぁああ!!)
マーガレットの頬も、別の熱が灯った。
「……そうね。
そうだったの……」
姉が、何かに納得するように、何度も頷いた。
「おねい様?
何が、そうだったのですの?」
姉は、はにかみながら、よく分からないことを口にした。
「どうして天使にお祈りをしようとしたのか……、
その理由が、分かったからよ」
「天使にお祈り?」
何のお話ですの?
とまた頭に疑問符が浮かぶ。
天使にお祈りと言えば……。
マーガレットは、子供の頃に読んだ、絵本の内容を思い出した。
「それは……、
教会の天使様にお祈りしたら、お願いが叶うっていう、あのお話のことですの?」
ただし、代償付きで。
最後には、間違ったお願い事をした人が、
天使に魂を抜かれるようなエンドだったような。
姉は頷いた。
「学園にもあるでしょう? 教会。
あそこに、お祈りするような気になるところだったのよ。
……それも、回避できそうね」
「おねい様、最近分からないことだらけですわ」
ぷくっと頬を膨らませる。
「わたくしにも分かるようにお話してくださいまし」
姉は、クスクスと笑った。
「そうね。
卒業パーティが無事に終わったら、全部教えてあげる」
「なんですの!? その焦らし方は!
んもぉお! おねい様ああ!」
子供のように、はしたなく喚いてみる。
おねい様が、楽しそうに笑ってくれる。
それだけで、幸せだった。
……この時間は、本当に、幸せでしたわ。




