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第31話 わたくしは、ぽめら、にあん、に似ているって、どういうことですの!?

 カーライルの馬車が百合の華の前に止まった。

 見送りのために、先に馬車を降りたカーライルが、

「あれ?」

 と声を出した。


 いったい、なんですの?


 後ろに続いたマーガレットが、カーライルに手を引かれながら、馬車の段を降りる。

 マーガレットも、カーライルが驚いた理由がよく理解できた。


「おねい様!」

 ――と、エラルド王子が、門の前で向き合うようにして立っていた。


 二人でお出かけした帰りに、エラルド王子がお見送りしたところ――かしら?

 

 マーガレットは、姉の胸に飛び込んだ。

 姉のフリフリの白いブラウスが頬をくすぐる。

 姉の腕が背中に回り、優しく撫でられるのが分かった。


 ああ、おねい様……!

 

 頭の中が桃色にとろけて、嬉しさに胸がいっぱいになる。

 マーガレットは、姉の存在を確かめるようにすりすりと頭を動かし、

 ちらっと姉を見上げた。


 綺麗な青い瞳が、少し困ったようにこちらを見ている。


「マーガレットは、甘えんぼさんね」

「あまえんぼ……?」


 って、なんですの?

 マーガレットは頭を傾げた。


 エラルド王子がクスクスと小さく笑う。

「本当にさ、ポメラニアンのようだね」

 姉も、ええ、と笑う。

「ぽ、ぽめ……ら? なんですの?」

 

 取り残されたマーガレットは、姉とエラルドの顔を交互に見た。

 エラルドが、微笑みながら口を開く。


「聖獣カーバンクルと同じくらい可愛らしい、丸っこい小動物、かな?」

「そんな生き物がおりまして!?」

「もちろん、架空の生き物だけどね」


 姉が、キラキラした澄んだ声で補足する。


「警戒心が強いけどね、

 一度懐いたら、すりすり寄ってきて、なでなでを要求するそうよ?」


 なでなで。

 姉の手がマーガレットの頭を滑る。

 マーガレットは、途端に顔が熱くなるのを感じた。


 なんですの……?

 二人で妄想を共有していらっしゃるということ?

 小動物に例えられるなんて……、

 少し、恥ずかしいですわ……っ!


 そう思いながら、心のどこかでは、羽でくすぐられるような嬉しさがあった。


 そのとき、

 カーライルの声が後ろから聞こえた。


「やあエラルド王子と、クリス嬢。

 お二人でお出かけしていらしたのですか?」


 エラルド王子が、あはは、小さく笑って探りをかわす。


「生徒会の仕事の帰りさ。

 カーライルは、デートだったのかな?」

「お茶会を、少し」


「……なんですって?」


 姉の声が、少し冷たくなった。

 べったりとくっついていたマーガレットの身体にも、

 冷気が伝わってくる。


 ……この感覚、久しぶりだわ。

 でも……なぜ急に、この怒りのスイッチが入ったのかしら?


 マーガレットは、困惑しながら姉の視線の先を見た。


 カーライルの後ろから、リリアがおずおずと顔を出す。

 姉が、スッ……とリリアの目の前に歩み寄った。


 これは……、来ますわ……!


 容赦のないお言葉を投げつける雰囲気を纏う姉に、

 マーガレットの喉が、ごくりとつばを飲み込んだ。

 小柄なリリアの瞳が、緊張で小さく揺れた。


「あなた――」

「ひ――っ!」


 リリアの肩が、びくりと震える。

 

「まさかとは思いますけれど、

 エドガーやカーライルの他にも、どなたかと交流をお持ちになっておりますの?」

「え……えっと……」


 リリアの視線が泳ぎ、縋るようにマーガレットを見る。

 

 マーガレットも、姉の怒りの原因が、男性との交流にあると知って、

 心臓がバクバクと激しく鳴り出した。


「ち――違いますの、おねい様!

 今日は、所作のお勉強のために、カーライル様にご協力をしていただいただけですわ!

 他の御方も、似たようなことで――」


 姉の冷えた視線が、マーガレットの心に刺さる。


「そう。……油断していたわ……」


 降ろしている姉の手に、拳が握られる。

 そして、ぶつぶつ小さく呟く声の中に、

 『ルート』? 

 や、

『スチル』? 

 という単語が混ざっている気がした。


「お……おねい様……?」


 姉が二、三度深呼吸をして、波打つ気持ちを整えようとしている。

 それでも、何かの気持ちが収まらないようだった。


「たくさん見逃してるわ……っ! 悔しい……っ!」


 なにを見逃したというのですの?

 リリアの異性関係を、お怒りになられているわけではなく……?


「どういうこと……ですの?」


 エラルド王子が、ぽつりと呟いた。


「マーガレットに怒っているわけじゃなさそうだから、

 そっとしておいてやって?」

「? そうですわ……ね……?」

 マーガレットは、何も分からなかった。

 


 姉はリリアに向き直って、

 苛立ちを抑えた声で静かに言った。


「卒業パーティでは、最高の殿方と結ばれるといいわね」


 まるで、悪役なご令嬢のような言葉に感じたのは……気のせい、ですわよね。


 姉は、くるりと背を向けて、一人で百合の華の玄関に入って行ってしまった。


 姉が去ると、ひんやりとした空気が遠ざかり、

 夏の暑さが思い出したように肌を刺す。

 

 リリアが、マーガレットの腕に縋りついた。


「今日のクリスティーヌ様、なんだか、怖かったです……!」


 カーライルも、やれやれと頭の後ろに手をやった。

「なんか、久しぶりにクリス嬢の本領を見ましたね。

 最近は、人が変わったように穏やかになっていましたけれど」

 

 それは……確かに、そうですわ。

 マーガレットは、心の中で小さく頷いた。


 リリアが、首を傾げる。


「クリスティーヌ様、昔は厳しかったんですか?」

「そうだね。

 まるで、誰かほかの人になっちゃったのかな? 

 ってくらい、最近は丸くなった気がするよ」

「そうなんですか……」


 リリアが素直に言葉を飲み込もうとする。

 マーガレットは、それがどうしても気に食わなかった。


「違いますわ!」


 つい、大きな声が出てしまった。

 けれど、そんな些細なことは、気にしていられなかった。


「おねい様は、ずっとおねい様のままですわ!

 どなたかが入れ替わったなんて、そんなことはあり得なくてよ!」


 カーライルの眉が、少し下がる。

「すまない、言葉選びが悪かったね」


 まだまだ言い足りないですわ!

 

 マーガレットがさらに食って掛かる寸前で、

 間を仕切るようにパン、パンとエラルド王子が手を鳴らした。


「はいはい、そこまで。

 ……僕たち男性陣は、ここでお暇させていただこうか。

 ね、カーライル?」

「ええ。

 それではマーガレット嬢、リリアさん。

 ごきげんよう」


 カーライルとエラルド王子が去った後も、

 マーガレットの胸の中には、濃い霧のような気持ちの悪いものが消えなかった。


(おねい様は、ずっと、わたくしのおねい様のままですのよ……!)

 

 少しポンコツになっても、

 それだけは……確かなこと……なのですわ!



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