第30話 夏の長期休暇
季節があっという間に廻り、夏の長期休暇前になった。
お稽古ではエドガー。
お勉学ではシリウス。
所作ではカーライル。
魔法では、フィンネルが、
それぞれリリアに絡み、たまにいい雰囲気になりそうになるのを防いでいた。
そして今日も、
エドガーがペアの練習だのなんだの言って、
リリアの腰に手を回すのを阻止したばかりだ。
(な……なんだか、皆さん、少しずつ仲良くなられておりませんの?)
寮の部屋でベッドに寝転びながら、一人で考える。
明日から、夏の長期休暇になる。
ちょうど一か月後、
おねい様が実家に戻られるタイミングで、マーガレットも一週間程度、
リリアから離れて過ごす。
なんて素敵な休みなのかしら。
その間は、おねい様にたっぷりとよしよししてもらうのですわ!
問題は、
隙あらばリリアを構おうとする、厄介な御方たちだった。
三日後の夜は、シリウスの提案で、星を見る予定をいれられ、(はしたないですわ!)
一週間後はカーライルに招待され、(面倒くさいですわ!)
バレエのお稽古場には常にエドガーがいらっしゃるし、(暇人なのかしら!)
フィンネルは……特に何もありませんわね。(でも気をつけないといけませんわ!)
「……はぁ」
自然と、ため息が漏れた。
……わたくし、どうしてこんなに気忙しいのですの?
リリアの体調とスケジュール管理、
計画の補助、授業の宿題。
そして、未だに言い寄ってくる男性方からリリアを守り続ける騎士だなんて……。
どう考えても、負担がおかしいですわ!
「……」
マーガレットは、学生かばんから、一枚の紙を取り出した。
昨日、エラルド王子に書いてもらった、リリアの成績表。
知識四十五 体力六十 魅力四十 魔力コントロール四十
かなりいい成績だった。
バレエの姿勢維持や柔軟も、日に日によくなってきている。
バラの芽が成長して、花が咲く直前、という印象だった。
……毎日、せっせと水をあげている気持ちになるのが、悔しいところですわね。
花なんて、見たくない。
そんな気持ちになれるのなら、どんなに楽だったことか。
*
夏季休暇になった。
三日目の夜、マーガレットとリリアは、支度をして出かけた。
シリウスと約束した場所は、寮から馬車で半刻ほど離れた小高い丘だった。
街を見下ろすように、教会が建っている。
満月の月明かりに照らされた教会は神秘的で、小窓から覗くと、
天使の像が光に照らされてキラキラと輝くように見えた。
ザッザと草を歩く音がして、振り返ると、
いつもの無表情のシリウスが、暗がりから姿を現した。
「……こっちだ」
相変わらず、にこりともしないし、挨拶もないのね。
失礼しちゃうわ!
と思いつつも、暗がりではぐれてしまわないように、
マーガレットはリリアの手を引きながらシリウスの背中を追った。
「ここだ」
そう言って、シリウスはむき出しの岩の上に、何の躊躇もなく腰掛け、
空を見上げた。
シリウスの近くには、三脚と、星見鏡と、紙とペン。
まるで、天体を観測している学者のような雰囲気だった。
「ここは、星が良く見える」
ぽつり、ぽつりと、シリウスが言葉を置いていく。
マーガレットの手から、リリアの手が離れた。
「すごい! 星を観察しているのですか!?」
シリウスが、星見鏡を手渡す。
「この前、君が天体を詳しく見たいと言ったから」
使い方を教えるシリウスと、リリアの肩が触れた。
だけども、二人はそんなことを気に留めずに、楽しそうに星を見上げる。
マーガレットも、遅れて星を見上げた。
街中よりも、確かに星は輝いて見える。
だけども、一番光に包まれているのは、
星座を教えるシリウスと、
頷いて答えるリリアの背中だった。
シリウスが、三脚を二人の間に置き、
星見鏡を固定した。
レンズを覗き込んだリリアが、嬉しそうに振り返る。
「マーガレット様も、一緒に星を見ましょ!
ほら、こっちに来てください!」
「結構です――わっ!」
腕を引かれて、シリウスとリリアの間を割るように身体がはいる。
いや、眼前にレンズがあることから、
二人が場所を譲ってくれたに近かった。
「……」
仕方ないですわね。
見てやりますわよ。
レンズを覗き込んだ瞬間――
「――」
広がって光る星々の数。
それは、肉眼で見るよりもはるかに多くて、
宝石のように美しくて――。
マーガレットは、目を見開いたまま、息を飲んだ。
「――ね、マーガレット様!」
なぜか、得意げにリリアが胸を張る。
「星を見る会、今度はたくさんの方と開催したいですね!」
確か、いつぞやにそんな話をシリウスとリリアがしていたか。
話半分で、まったく聞いていませんでしたが。
小さな声で、シリウスの言葉が聞こえた。
「俺は、言葉を出すのが苦手だ。
伝えられない、伝わらない。どうしてか、傷ばかりが増える」
シリウスの言葉には、重みが乗っていた。
「準備だけはしてやるから、企画をするなら、君が全部まとめてくれ」
「私も、誰かとお話をするのは、結構苦手な方ですけれど――」
リリアが、マーガレットの腕をぎゅっと抱いた。
「マーガレット様がいれば、何でもできる気がします!」
「え――ちょっと、なにを勝手に言っているのですの!?」
話についていけませんわ!
とマーガレットが困惑していると、
「――ふ」
とシリウスがおかしそうに肩を揺らした。
*
また、夏の予定ですわ。
日付が大きく変わった、暑い日の午後。
百合の華の目の前に、一台の馬車が止まった。
外装は、黒と金縁。
重厚感のある、格式高い馬車を目の前に、
おしゃれ着を着たリリアは、緊張のあまり、スカート部分をぎゅっと握りしめていた。
「やあ、お待たせ!」
扉が開き、
中から、社交的な笑みを浮かべたカーライルが笑顔で馬車から降り、
マーガレットとリリア、それぞれに挨拶をした。
「さ、お乗りくださいませ、お嬢様方」
段差に手を添えて、完璧なエスコートをして見せる。
いつぞやの星を見た御方とは正反対の、丁寧な待遇だった。
カーライルも乗り込み、向かいの席に座る。
「あ……わわわ……っ」
そわそわと落ち着かないリリアをデコピンし、丸まった背筋を叩く。
「しっかりなさい。
練習通りやればいいのですわ」
「そうだね。緊張すると思うけれど、
僕の家だし、失敗したって別にいいからね」
あなたの家だから、油断ならないのですわよ!
と叫びたくなるのをぐっとこらえる。
家族ぐるみで囲い込むようなことにならないように、
しっかりと気を引き締めなければなりませんわね!
馬車が、ギレ―ゼン邸に到着した。
執事やメイドが、賓客を迎えいれるお辞儀を見たリリアは、
ガッチガチに身を棒にした。
もう、先が思いやられますわね!
マーガレットがリリアの手を引こうとしたとき、
「失礼――お手を」
「っ……っ?」
と言って、カーライルが、思考停止のリリアの手を引き、
「こちらです、マーガレット嬢」
と言って屋敷の中に入った。
「――う、ぐぐ……」
完っ璧なまでのスマートさ。
紳士さだけで見れば、間違いなく学園内一位ですわ。
……そこが、怖いところですけれども。
マーガレットは、丁重な案内を受け、応接間に足を踏み入れた。
先にリリアが座らされ、少し離れた隣側に、マーガレットが腰かける。
カーライルは、向き合った側の、二人の間に入る位置に座った。
「今日は両親が出掛けて留守なんだ。
だから、肩の力を抜いて、楽しんでいってね?」
カーライルは、二人を均等に見ながら言ったが、
これは、マーガレットに向けられた言葉だった。
とことん、居心地の悪い場所ですわ!
ギレ―ゼン家は、かなりの情報通で有名だった。
貴族の噂話に留まらず、
身内話や、公にならない裏事情も、
公報局に流すことも度々ある、と聞いたことがある。
そんなお家柄のお茶会なんて、
楽しめるわけがありませんのよ!
マーガレットは、心の中でぶつぶつと唸っていると、
香ばしい匂いの焼き菓子や、紅茶が、次々と置かれていった。
「夏季休暇は、帰省するの?」
……出ましたわ。
間を持たせるための、小さな会話。
この問いは、リリアに向けられていた。
リリアは、膝の上に手を置いて、スカートの裾をぎゅっと握りしめたまま、
小さく頷く。
やがて、ティーセットの用意がひと段落ついたころ、
応接間には、メイドも執事もいなくなって、
部屋は、三人だけになった。
マーガレットは、普段通り、香り高い紅茶を口に含んだ。
「リリアさんってさ、誰か気になっている人、いるの?」
「ぶ――っ!」
紅茶を吹き出しそうになるのを必死にこらえた結果――激しく咽せることになった。
「だ、大丈夫かい?」
すかさず席を立ったカーライルが、マーガレットの背中をさする。
ほんっとに、こういうアフターフォローだけは紳士的ですわねっげほっ!
「あ――あまりにも明け透けな質問に、ちょっと、驚いただけですわ……っ!」
「ああ、すまない」
カーライルは、少しだけ肩を落とした。
すると――。
「――ふふ……」
リリアが、すごく控えめに口元を押さえていた。
「私への質問なのに、マーガレット様が咽るなんて……っ、ふふ……っ」
「な……なによ。びっくりしたのだから、仕方ないですことよ!?」
「すみません、なんだか……嬉しくて……!」
……嬉しい?
なにを言っているのですの? この子は……?
「意味が分からなくてよ……!」
「まあ、僕が言うのもなんだけれど、
緊張が解けて、良かったよ」
「よっ――!」
よくありませんわーー!!
と言いたかったのに、また咽せてしまった。
それからは、和やかに時間が進み、
やっとお茶会がお開きになった。
『僕は、操り人形と変わらないさ。
……いろんな情報を、集めないとさ……。
なーんてね。
好きな舞台のセリフを真似してみたんだ』
何かの会話の端に、
そんな言葉があったことを、帰りの馬車で思い出した。
「……スゥ……スゥ……」
馬車の座席で、マーガレットの肩を枕にしてもたれ掛かるリリアの寝顔を、
対面に座るカーライルが、優しい表情で見ていたさなかに、思い出した一場面だった。




