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第29話 唯一、紳士的な態度だった御方は、コミュ力がなかっただけでしたわ!

 リリアへのしごきをこなし、百合の華の自室に帰ったマーガレットは、

 シャワーを浴びた後、眉に深い皺を作ってベッドに腰かけた。

 

 なにか、最近……おかしくありませんこと……?


 リリアボロ雑巾計画のはずが、

 何故だか、育成計画になっているような気がしますわ。


 ボロ雑巾になるどころか、

 バラの花のようにすくすくと枝葉を伸ばしているように見える。


 男性たちの指導が肥料の代わりになっておりますし。

 このまま、あの方たちの近くに置いていたら、

 求婚されてしまいそうじゃありませんこと?



 マーガレットの頭に、リリアと、男性たちの顔がぷかぷか浮かんでいた。

 左右に頭を振って、それを打ち消す。

 それでも、ふとまた、同じことを考えてしまっていた。



 エドガーも、カーライル様も、

 ……あのフィンネルでさえ、目に変な光を宿していましたわ。


 これが聖女の魅了の力なら、恐ろしいものですわね。

 あまり、男性らに近づかせないようにしたいものですわ。


 浮かんだ男性は皆、生徒会の役職持ち。

 その中で一人、青灰色の髪の男性が思い浮かんだ。


 ……そう言えば、シリウス様だけは、

 リリアに気がないように思いましたわね。

 言い寄ってもいないですし、接触もされておりませんわ。


 唯一の安全枠、ということですわね。

 

 急激に、頭の中のシリウスが、紳士の色で埋め尽くされていく。


(……はぁ。素敵……)


 無口で、不愛想な御方としか存じ上げないですけれど、

 背が高くて、きっちりした身なり。

 聖女にふらふら釣られない硬派な御方なのでしょう。


 ああ、やっぱり、紳士な御方は違いますのね……!


 リリアに上手く言って、お勉学の時間を増やそうかしら。


「ふふふ……っ!」


 つい零れてしまった笑みの余韻を抱いたまま、

 その日の夜は更けていく……。


 

 そして日付が変わり――マーガレットの淡くて甘い幻想は、

 ガラスのようにひびが入って、今にも割れそうなほどに危ない。


 図書室の一角のテーブル。

 マーガレットとリリアがお勉学に励んでいた時だった。


 リリアが困ったように眉を寄せ、

 教科書とノートをマーガレットに見せた。


「マーガレット様、今日の演算の授業が難しくて……」

「計算問題を振らないでくださいまし?

 わたくしだって、結構必死なのですわよ?

 ……どの問題ですの?」


 と身を乗り出した時、

 マーガレットの後ろから、大きな影が落ちた。


「……」


 振り返ってみると、

 ……シリウスだった。


 嫌な予感がしたけれど、無理やり言い聞かせたわ。

 きっと、うるさかったのですわ、と……。

 

「……その問題は、一度理解してしまえばどうということはない」

 

 勝手にしゃべりだした。

 わたくしたち、まだ何も言っておりませんわよ?


 シリウスは、ポケットからチョークのようなものを取り出した。


 あれは――空間魔道具ですわ。


 そして、何もない空間に文字を書くようにチョークを動かし、

 白い文字が一列に並びながら、浮く。

 魔法が完成すると、半透明な壁が立ち上がり、

 マーガレットとリリアが使っているテーブルが、図書室と区切られた。


「……こうしておけば、声を出しても迷惑にはならない」


 至極真面目な声だった。


「あのう、シリウス様? これはいったい、どういうことですの?」


 シリウスは、マーガレットの問いかけに応えず、

 リリアの斜め横の席に座った。


「俺が教えてやる。

 語学、演算、政治、経済――知りたいことは、何でも」


 マーガレットの、理想の紳士像は、

 ひび割れに留まらずに、バキン! と割れた。


「ど――どうしてですのーーっ!?」


 心の中に留めようとした声が、漏れ出てしまった。

 シリウスは、うるさいものを聞いたように眉を寄せ、マーガレットを見る。


「……ずっと、君たちを見ていた。

 マーガレット嬢が一生懸命小声で教えている声が気になったのと――、

 俺の方が効率がいい――そう思った」

「うるさかったのなら、そう言ってくださいまし!」

「違う。

 聖女が、分からないまま頷いているのを見ていられなかった」

「それは、教えるのが下手くそということですの!?」


 この御方――分かりましたわ。

 

 ひどく、社交的な会話が苦手なようですわね――!


 こんなことになるのなら、 

 毎回必要な本だけを借りて、寮の中で教えればよかったですわ!


 悪い虫――いえ、質の良い虫がここにもいただなんて、

 ……いくらでも、気が付くタイミングはありましたのに……!


 シリウスは小さな声で、

「すまない……」

 と呟いた。

「もう少し、早く声を掛けていれば……良かったよな」

「そういうことじゃありませんのよーーーー!」


 マーガレットの大きな声は、仕切りの外に漏れることはなく、

 図書館にいる誰一人として振り向くことはなかった。



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