第27話 存分に、平民のボロを出してくださいまし!
マーガレットが入学して、二ケ月が過ぎた。
リリアの計画に沿って、お稽古を進める。
けれど、どうも上達を感じられなくなった気がする。
このままではいけませんわ。
バレエの知識は少しずつついてきたようですのに。
それだけでは、頭打ちになっているのですわ!
そう。
所作が、なっておりませんもの――。
授業が終わり、マーガレットはリリアの席の前で立ち止まった。
「少し、よろしくて?」
「はい、マーガレット様」
リリアは、真っすぐマーガレットを見た。
昔のようなおどおどした態度は、もうない。
「いつになったら、所作のお勉強をするのですの?」
リリアが、う、と喉を鳴らす。
マーガレットの眉がピクリと反応した。
「逃げておりますのね?」
平民らしさは、一向に抜けておりませんものね。
口調。
立ち方。
歩き方。
食べ方。
お手本となるわたくしが、目の前におりますのに。
「……苦手……なので……」
「知っておりますわ」
いつ言い出すのか、少し、待っておりましたのに。
「バレエは貴族の嗜みよ。
当然、日常の所作や心がけが演技に滲むのですわ」
リリアは、目を逸らして頷いた。
「今日は、応接室に行きますわよ」
あそこなら、貴族の最低限のもてなし方をロールプレイできますわ。
いえ、まずは、賓客としての身の振舞い方を完璧に仕上げなければなりませんわね。
社交術――魅力を上げてこそ、
誰から見ても隙のない身のこなしができるのですわ。
応接室までミーナに案内させて、マーガレットとリリアは、室内へ入った。
応接室は、一般的な貴族の屋敷の応接間が再現されている。
授業でも一通り触れることだけれど、
リリアのような平民生徒のためにあるようなもの。
マーガレットにとっては、初歩的な一般常識だった。
立ち方、歩き方は教えやすいのに、
社交的なものが絡むと、とたんに難しくなりますわね。
(リディアに講師をやらせようかしら)
そう思い、廊下にいる取り巻き二人を振り返った。
目が合ったのは、青空のような、澄んだ瞳。
淡い金髪の、整った顔立ちの男性――カーライルだった。
「やあ。マーガレット嬢」
さわやかな笑顔が眩しい。
歩み寄ったカーライルは、自然な動作で片膝を付き、
マーガレットの手の甲に唇を軽く落とす。
「ごきげんよう、カーライル様」
マーガレットは、スッと手を引き、形式的な笑みを浮かべた。
「この部屋にいるなんて、珍しいね。
学習資料でも見に来たの?」
そう言って、カーライルは部屋に入ってきた。
そして、リリアを見て、ああ、と何かに納得する。
「聖女様に、礼儀作法を教えようとしていたんだね。
よかったら、僕が教えてあげるよ?」
結構ですわ、という言葉が喉まできたが、
マーガレットは、くっと抑えた。
先程の流れるような挨拶も、
立ち方、歩き方も、エラルド王子と並ぶ気品がある。
……口調は、意図的に崩していらっしゃるようですけれど、
そうでなければ、完璧すぎて近寄りがたいですもの。
全て、計算されているのですわ。
怖いくらいに。
マーガレットは、小さく頷いた。
「ええ。実は、マナーや所作を、どのようにして教えればよいのか……、
少し、悩んでいましたのよ」
「そうだよね。マーガレット嬢は幼い頃から教わってきたから、自然にできるけれど、
いざそれを人に教えるのって、難しいんだよね」
そう!
そうなのですわ!
カーライルの言葉に、胸のもやもやが的確に形を成してすっきりする。
話しているだけで、心を許してしまいそうになるくらいに、魅力的に見える。
カーライルは、少し考えた後、リリアを振り返った。
「じゃあ、まずは、聖女様がこの部屋にお呼ばれされたと想定して、
どう振る舞うのか、見せてくれないか?
もちろん――」
カーライルが、人差し指を唇にあて、楽しそうに片目を閉じる。
「――ヒントは、なしでね」
リリアの頬が赤くなった。
――直後、言葉の意味を理解した緑色の瞳が、少し不安そうに揺れ出す。
案外、スパルタですわ。
でも、表面的に整うよりは、根っこから整えられるのかもしれませんわね。
さあ出すのですわ!
平民のボロを!
「うふふ……うふふふ……!」
マーガレットとカーライルの不気味な笑みが、
意図せずこの時だけ重なった。




