第21話 図書室では、お静かに
入学式から一ヵ月が経過した。
お稽古に力を入れていた甲斐があり、
リリアは、入学式当日よりも体力がついたようだった。
それ以外は、あまり変わっておりませんけれど。
本格的にお勉学に身を入れるために、
マーガレットとリリアは文化棟二階にある図書室へと向かった。
途中で何名かの男子生徒が、リリアに話しかけようと接近してきたが、
リディアとミーナが盾となり追い払った。
エドガーをはじめとした、不届き者が多いこと多いこと。
図書室の前で取り巻きの二人は解散させ、
マーガレットとリリアは、本の匂いのする図書室へ足を踏み入れた。
「……」
静かな空気の中に、生徒たちの息遣いが溶け込む。
マーガレットとリリアは、奥の席に座り、
ベルーゼ王国の歴史から教えていった。
平民でも習う、一般的なものではなくて、
貴族の栄光と衰退の歴史。
そのさなか――
「ぎゃははは!」
「おほほほほ!」
図書室に似つかわしくない大声が響いた。
「……なんですの?」
振り返ってみると、
身を寄せた男女の生徒が絵物語を開いていた。
平民……ではなく、貴族のどなた様か。
……品性を疑いますわ。
こういう御方たちは勝手に落ちぶれていくので、無視しておけばいいのですわ。
そのとき、横で、ガタ……と椅子が引かれる音が聞こえた。
見ると、腰まで伸ばされた飴色の髪がさらりと揺れ、
リリアが立ち上がっていた。
そして、そのまま真っすぐ大声の方へ歩いていく。
ちょ――待ちなさいよ!
マーガレットの伸ばした手が空を切った。
「あの、すみません……」
「あ?」
リリアのか細い声でも、図書室内では大きく聞こえた。
細い目の男子生徒が、リリアを睨む。
「あ、聖女様じゃね?」
隣の女子生徒が、刺々した声を出した。
「何の用ですか?」
「図書館では……お静かに……」
「はぁ? きこえなーい!」
「あ……う……」
リリアの背中が、臆したように少し丸くなる。
この程度の言い返しに弱腰になるくらいなら、
初めから注意なんてしないでくださいまし!
目の細い男子生徒は立ち上がり、
気安い仕草でリリアの肩に手を置いた。
「結構可愛いじゃん。
俺も婿候補だったりする?」
「はぁ!? 私はどうなるのよ」
隣にいる女が、キンキン声で喚く。
いい加減、うるさいですわ。
リリアに変な虫がつくのも嫌ですし、
今日のところは、本を借りてリリアの部屋で教えた方がいいですわね。
マーガレットはため息をついて、
いまだにリリアの肩に乗っている男子生徒の手を払いのけようと動いた。
そのとき。
「……」
本棚の影から、長身の男性が現れ、
マーガレットより早く男子生徒の手を強く振り払った。
「んだよ、てめぇ」
「……」
青灰色の短髪。
スラックスの折り目まできちんと整った制服。
シリウス・ベルフォードが、無言のまま男子生徒と睨み合っていた。
「……図書室では、お静かに」
しゃべりましたわ!
今まで、一切声をお出しにならなかったのに……っ!
睨まれた男子生徒は、シリウスを少し見上げ、
口元を歪ませて舌を打った。
「……気分悪ぃぜ」
「あ、ちょっと置いてかないでよ」
つま先で椅子を蹴った男子生徒の後ろに、女子生徒が続く。
お二人とも、とてもお似合いですわ。
うるさい二人組がいなくなった途端に、図書室の空気が軽くなる。
「ありがとうございました」
ぺこり、とリリアがシリウスに頭を下げる。
シリウスは答えず、じっとリリアを見つめるばかりだった。
しかし。
「……何故、君は――」
またしゃべりましたわ!!
思ったよりも、澄んだ声をしていらっしゃいますのね。
って、そうじゃなくてですわ!
なぜ君は……、の先があるのなら、さっさと言ってくださいまし!
シリウスはリリアを見つめたまま、
やっと言葉の続きを紡いだ。
「――怖く、なかったのか……?」
シリウスの言葉に、リリアの翡翠の瞳がほんの少しだけ揺れた。
リリアの返答が、遅れる。
一呼吸、
二呼吸。
やがて、リリアがゆっくりと首を横に振った。
「怖く、ありませんでした。
……マーガレット様が、いらしたので」
「――へ?」
唐突に名を呼ばれ、
喉から間の抜けた声が漏れ出てしまった。
シリウスの特徴的な橙色の瞳が、ちらりと向けられる。
「……そうか」
「……ええ」
……い、いったい、何をやりとりしましたの?
言葉が少なすぎて、まったくついていけませんわ!
シリウスは、特に何も言わず、
もと来た本棚の通路の奥に消えた。
相変わらず、よく分からないお方ですわ。
リリアがマーガレットに歩み寄り、
顔をうずめるようにして、背中に細い腕が回された。
「ちょっと、なによ」
「……怖かった……です……」
リリアの華奢な肩が、小さく震えていた。
知らないわよ、そんなの……。
「怖かったのなら、無視すればよかったことよ」
「でも、マーガレット様が一生懸命教えてくださる声を、
邪魔されたくなかったんです……」
……そんな理由で、注意をしに行ったのですの……?
「……バカね」
訂正してやるわ。
大バカよ。
マーガレットは、リリアの頭を小さく小突き、
くっついている身体を放した。
「続き、やるわよ。
時間は有限なんだから」
「はい……!」
静かなテーブル席の奥で、身を寄せ合う二人は、
日が沈むまで勉学に励んだ。




