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第19話 卒業パーティ前日までに、リリアを育てろ、ですの……!?

 それから、何回か一週間が過ぎていき、

 リリアは、お稽古を中心に毎日をこなしていった。


「ワン、ツー、ワン、ツー」


 マーガレットが手を叩いてリズムをとる。

 リリアは、基本的な動作だけはやっと一通りできるようになった。


 柔軟性もないし、体幹は弱いけど、

 体力はだいぶついてきているようだった。


 そんな折、舞踏室の扉ががらりと開けられ、

 部屋に入ってきた人物を見て、何人かの生徒が息を飲んだ。


 誰かが、その人の名前を呟く。

「クリスティーヌ様……!」

「なんですって!?」

 マーガレットは即座に振り返り、

 淡く輝く崇高な存在を両目で捉えた。


 おねい様ぁぁ!

 マーガレットは姉の胸に飛び込みそうになる衝動を、ぐっとこらえた。

 姉の横に、エドガーが控えていた。


「ごきげんよう、皆様」

 おねい様の涼やかな声が、心地よく響く。

「卒業パーティ前日の余興として、バレエの部門を設けようとしております。

 エントリーをご希望の方は、こちらにご署名をお願いします」


 ――ああ、先日の生徒会の内容、ですわね!

 マーガレットはとろけた頭の中で、納得する。

 各部門ごとに、場所と時間を割り当てて、スケジュールを組むのでしたっけ?


 エドガーが続きを引き継ぐように口を開いた。

「ソロ、ペア、団体舞踊部門での募集です。

 うまい下手は関係なく、持ち時間を区切ってスケジュールを組み、

 そこで一番多く投票された方は、卒業パーティ当日に舞台で披露していただきます」


 舞踊室の空気がざわついた。

 エドガーが、マーガレットごとリリアに視線を投げた。

 

「締め切りは来週。

 枠には限りがあるので、多い場合は選考させていただきます。


 ――以上です」


 エドガーは署名用紙を掲示板に貼り、

 いまだ波紋が広がる舞踏室の空気を斬るようにして、

 マーガレットの目の前で立ち止まった。


「……なによ」


 仕方なく、リリアを背にして立つ。


「俺と、ペアを組まないか? マーガレット」

「……は?」


 そう言って、エドガーは右手を差し出してきた。


 ……何の、つもりですの?

 マーガレットは、後ろにいるリリアの息遣いを聞いた。


「お断りよ」


 わたくしを利用して、リリアに近づこうとする魂胆が丸見えですわ。

 エドガーの眉がピクリと皺を作る。

 

「そうか……。ならば、聖女を誘おう」

 

 マーガレットの胸の内に、いばらの棘がちくりと刺さった。

 エドガーがマーガレットの横をすり抜ける。

 その腕を、握って止めるしかなかった。


「お待ちなさい。

 初心者をペアに誘うなんて、あり得なくてよ」

「ああ。知ってる」

「なら、どういうおつもり?」


 鋭い目つきで睨まれる。

 マーガレットも負けじときつく睨み返した。


「あら、面白そうなお話ね?」


 エドガーの背後から、銀髪がさらりと揺れて、

 美人な顔がひょこッと覗いた。


「お――おねい様!」

「エドガーのペアの取り合いしてるの?」

「違いますわおねい様!」


 どこをどう切り取ったらそんな解釈になりますの!?

 マーガレットは全力で首を左右に振った。


 おねい様の瞳が、楽しそうに細くなる。


「当然ながら、エドガー様のペアはマーガレットになるでしょうね。

 ――今は」

「わたくしは嫌ですわ!」


 ただでさえ忙しいのに、踊りたくもない相手とペアだなんて。

 いったい、おねい様は何を考えていらっしゃるのかしら。

 マーガレットは、胸の内を吐き出すように叫んだ。


「わたくしは、おねい様と共演をしたいのですの!」


 姉は、口元に笑みを残したまま頷いた。


「私もよ、マーガレット。

 だから――」


 姉の瞳に、いたずらっぽい光が宿った。


「卒業パーティ前日までに、リリアさんがペアを踊れるようになっていたら、

 私と踊りましょう」


「え――」

 リリアとマーガレットの口から、同時に声が漏れた。


「とりあえずは、エドガー様のペアはマーガレットにしておくわね」


 ――お、ね、い……様……っ!?


「それで、問題ない」


 ど……どうして、こうなっておりますの……?

 おねい様は、どのような意図で、このようなことを……。


 ――は!


 ピキン、と何かが頭の中で閃く。


 そうですわ。

 頑張らせて、頑張らせて、

 ご褒美をちらつかせた挙句、

 結局ペアでは踊れない。

 無駄な努力をさせて大いに笑うという、

 大人の嗜みの一環なのですわっ!


 これほど高度な嫌がらせ。

 妹のわたくしだから意思疎通ができましたわ!


 マーガレットは、心の中で力強く頷いた。


 わかりましたわ、おねい様。

 この重役。

 必ず、やり遂げて見せますわ……っ!


 ――ん?

 でもそうしたら、おねい様との共演は、どうなるのかしら?


「わ……わたし……」


 リリアが、声を絞り出した。


「マーガレット様の希望が通るのなら、

 私――頑張ります……っ!」


 なぜか、まったく分からないのですけれど。

 心の中が、じくっと痛んだ……気がしましたわ。


 

 低い声で、エドガーがぽつりと呟いた。

「……俺の希望でもあるんだが……、

 なんか、違わないか……?」


 その言葉は空気に溶け、

 誰にも聞こえることはなかった。



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