第18話 個人の能力値が数字で分かるって、どういうことですのーー!
第一曜日――平日の始まりの日。
リリアが計画したのは、またお稽古だった。
「お身体のお痛みでまともに動けないのではなくて?」
舞踏室へ向かう道すがら、マーガレットが口を開いた。
リリアが、シューズ袋を大事そうに胸に抱えながら、にこにこと歩く。
「私、思ったんです!
お勉学も所作も魔法も――体力がないとダメだって。
だから、身体を動かしたいんです!」
リリアの言葉に、リディアとミーナが揃って頷く。
「よい心がけだと思います」
「体力は大事だね! 走り込みなら付き合いますよー!」
後ろを歩く三人の会話が耳を突く。
なによなによ。
聖女なんかに尻尾振っちゃって。
これだから、おねい様以外の女は尻が軽いのよ。
気にしちゃいけないのに、ちらりと視線がいってしまう。
その時。
角に差し掛かったマーガレットは、
ドン、と誰かにぶつかってよろめいてしまった。
「――っきゃ!」
「あ……、ごめんよ」
背中に腕が回される。
よろめいたはずの身体がぐっと引き寄せられ、
誰かの胸にもたれ掛かるように抱き留められた。
はっとして顔を上げる。
深い青に、少しだけ緑を加えたような、ティールブルーの瞳と視線が絡む。
「エ……エラルド王子……っ!」
「怪我はないかい? マーガレット」
ふわりと、シダーウッドと水仙を思わせる穏やかな香りに包まれる。
「マーガレット様!」
取り巻き二人が、今更のように血相を変えて甲高く鳴くけれど、
もう、遅いのよ。
わたくしは、未来のお義兄さまになられる御方に、
抱き留めていただいているのだもの。
ふん!
「怪我は、ありませんわ」
エラルド王子が、ふっと息を吐いて抱き留める力を緩ませる。
マーガレットは、すぐに一歩下がった。
エラルド王子は、おねい様がお似合いですもの。
わたくしなんかと長々おしゃべりなんてしていたら、
いらない噂がすぐに駆け巡ってしまいますわ!
頭を下げて、すぐに離れるに越したことはないですわね。
「申し訳ありませんでした、エラルド王子」
ぺこり。
まだ、エラルド王子の温かさが肩や背中に残っているような気がした。
……全部、気のせいですわ。
「――ごきげんよう」
「待ってくれないか?」
どきっ!
ふいに、なぜか心臓が跳ねた。
なぜ、お引止めなさるの?
だめよ。
わたくしは、おねい様の幸せを邪魔する権利なんて、ありませんのに……!
そもそも、殿方に抱き留められる経験なんて、
いままで数えるほどしかないのだから、
そんな、真剣な瞳で見つめられたら――誰だって、息が出来なくなりますわ……!
エラルド王子が、静かに口を開いた。
「君がうまく聖女様と行動を共にできて、心の底から安堵しているよ」
「――へ……?」
エラルド王子の言葉が耳に入るのに、輪郭を伴わないまま抜けていく。
な……なにを、おっしゃっていらっしゃるの?
エラルド王子は、にっこり笑って取り巻きや、リリアのいる方に顔を向けた。
「少し、成長されたね」
「成長?
リリアの身長が伸びたということですの?」
飲み込むはずだった言葉が、つい喉から出てしまった。
エラルド王子は、朗らかに笑った。
「違うよ。僕には分かるんだ。
個人の能力値が、数字でね」
「……?」
いったい、何のお話をしているのでしょうか。
おねい様がいらっしゃったら、詳しく聞けますのに。
「聞きたいことがあったら、僕のところに来るといい。
君の指導に役立つかもしれないからね」
「え、あ……はい」
マーガレットは、頭の中をはてなで埋め尽くしながら頷いた。
「引き留めて悪かったね。
怪我がなくて本当に良かった」
そう言って、エラルド王子は去っていった。
あとに残されたマーガレットらは、
その背中が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。




