第17話 お洋服を選ぶくらいで泣かないでくださいまし
地獄の体幹トレーニングを終えて、日付が変わった。
第0曜日の朝。
マーガレットは予定通り買い物に行くため、
制服ではなく、私服でエントランスに向かった。
フリルがふんだんにあしらわれた、白いブラウスとピンクのスカート。
お屋敷にいた頃の、普段着に、久しぶりに袖を通していた。
「おはよう……ご、ざいます……う……っ」
エントランスではすでにリリアがソファに座っており、
普段の五倍くらいぎこちなく挨拶をした。
「ごきげんよう。お身体、よろしくて?」
「いえ……全身、痛みます……」
あ……はは。
と力なく笑うのも、痛いようで、
聖女という神々しい響きを背負うにはあまりにも似合わない、
おばあさまのような動きの悪さだった。
……杖、お借りしたらいかがですの?
「体幹トレーニングは、小まめに続けていきますわ。
そうすれば、わたくしのように身軽に歩けますわよおーほっほっほっほ!」
同じメニューをこなしていてこの差。
気持ちいいですわああ!
「……ところであなた、それが、私服ですの?」
白いシャツに茶色の短丈パンツ。
マーガレットは上から下まで、舐めるようにじっと見た。
「いかにも平民という装いですわね」
「す……すみません……」
リリアがもじっと身体をくねらせる。
もじっとではなくて、ギギっとさび付いているような動きでしたが。
「……いいでしょう。行きますわ」
まずは服。
そして、バレエシューズも必要ですわ。
馬車を走らせ、小一時間。
向かった先は、貴族御用達の百貨館だった。
靴や香水。
宝石をあしらったパーティドレスなどが、
広いフロアの一角ごとに構えている。
リリアが相変わらず年寄りのようにぎこちなく馬車を降りるものだから、
「ほら、さっさとしなさい」
と言って、手を取って降ろした。
「あ……ありがとう、ございます」
「ふん」
あなたがもたついていると、わたくしが恥ずかしいのですわ。
そのまま手を放さずに、百貨館へ入った。
「うわぁ~!」
「きょろきょろしないでくださいまし」
あれほど痛がって生気のない目をしていたのに、
館内に入った途端、翡翠色の瞳をキラキラさせて足元を軽くしているのはどういうことですの?
「マーガレット様! あれ! あのドレス素敵ですね!」
「大きな声をお出しにならないで……って、聞いてますの!?」
リリアは展示されている赤いドレスに引き込まれるようにしてふらふら、と歩いて行った。
「マーガレット様! 奥に水色と、黄色と……紫色のドレスもありますね!
どれも素敵……っ!」
夢見る乙女のように胸の前で手を組み、頬を紅潮させている。
マーガレットは、ふん、と喉を鳴らした。
「卒業パーティに出席する際に着てはよろしくて?」
「え!? でも……私……」
マーガレットは、店の中に足を踏み入れた。
「あ――マーガレット様ぁ!」
「いらっしゃいませ」
すぐに店員がマーガレットに営業的笑みを浮かべる。
「オーダーメイドのデザインを見せてくれる?」
「かしこまりました」
店員がカウンターの裏へ引っ込む。
「え!? オーダーメイド……ですか!?」
「もしも本当にドレスが欲しいなら、一着くらい自前のものがあった方がいいわ。
――ま、普通に並んでいる物でも十分ですけれど」
リリアが固まっている間に、店員が見本をいくつか持ってきた。
「お色はコーラル系、ローズ系、ホワイト系などがありますが、いかがいたしましょう?」
「わたくしじゃなく、こちらの方の見繕いでお願いするわ。
色は……グリーン系とホワイト系なんかどうかしら?」
店員はちらりとリリアを見て、一度大きく頷いた。
「かしこまりました。見本をお持ちします」
「え……あ……」
リリアのお得意な、困惑していますの硬直ですわ。
ふふん。
これから素敵なドレスを見せて、夢を見させて、
届かない未来がある。
そうやって、精神をぶっ壊していくのですわーー!
「お待たせしました」
店員が持ってきたのは、
フリルがふんだんにあしらわれた、白地のドレス。
ポイントに黄緑色の生地で飾られている、涼やかな印象のドレスだった。
――なかなか、いいじゃない、このドレス。
色合いが、リリアの瞳の色とぴったり重なりますし――
なぜか、これを着てエラルド王子と踊るリリアを想像してしまった。
リリアの、息を飲む音が聞こえた。
「ラインやお色、飾りなどをお客様のお好みで整えられます」
「もう、結構だわ。ベースはこれで。オーダーするかどうかは、日を改めて決めるわ」
「かしこまりました」
「行くわよ、リリア」
リリアの手を引く。
「あ――」
夢から覚めたばかりのようにぼうっとしている横顔をちらりと盗み見て――
内心でガッツポーズを作った。
「次はお洋服ですわ」
マーガレット御用達の服屋に入る。
「いらっしゃいませ」
丁寧に頭を下げた店員に、
マーガレットは普段のように次々と服を持たせた。
「着るのはわたくしではありませんわ。この方の試着をさせていただける?」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
「え……そ、そんなに……?」
困り眉のリリアの背を押し、試着室に押し込んだ。
店員が手早く着させるやり取りが聞こえる。
――カシャ。
カーテンが開く。
「お似合いですね、お嬢様!」
シンプルなブラウスに、ストライプの長ズボン。
落ち着いた印象。
リリアは、相変らずの困り眉だった。
「次」
――カシャ!
「こちらは、カジュアルですね、お嬢様!」
ゆるっとしたシャツに、ひざ丈のパンツ。
華奢な肩がチラ見えして、
元気な子という印象。
「次」
――カシャ!
「可愛らしいですね! お嬢様!」
フリルをあしらったブラウスに、クリーム色のひざ丈のスカート。
サロペットのようになっていて、きゅっと締まったウエストが可愛い。
「これにするわ」
「ありがとうございます」
店員がぺこりと頭を下げた。
「今日はこの服で過ごしましょう、リリア」
「う――えぇ……っ!?」
リリアが慌てて服を摘まむ。
「これ――夢、ですよね?」
「農民のような格好で横を歩かせる方が、わたくしにとっての悪夢ですわ」
マーガレットは、代金を支払い、颯爽と店を出た。
「次はバレエシュー……なんで、泣いていらっしゃるの?」
振り返ったマーガレットは、鼻先を赤くするリリアの泣き顔を真正面から見た。
「だって……っゆ、夢のようで……っ!」
ずぴっ!
百貨館にあるまじき音が響く。
マーガレットは、リリアの手を取ってお化粧室へ向かった。
「服なんかで感動する方を初めて見ましたわ」
「す、すみません……っうれじぐで……っ!」
リリアは、自前のハンカチで顔を覆い、ひっく、と肩を大きく揺らす。
これでは、せっかく買ったお洋服を着せていても、恥ずかしいですわ。
「いいですこと? 何か勘違いをされているようですが、
これは、あなたのためではなく、最低限の身だしなみをそろえているだけでしてよ」
「マーガレット、様は……お優しいですね」
「はぁ!?」
優しい……て、どこがですの!?
ぱぁあ、と、また例のごとく聖女の力が発動する。
「私、もっともっと頑張って……素敵なレディになりたいです。
……マーガレット様のように」
また……っ!
そんなこと言って、懐柔しようとしておりますのね……っ!
――くっ。
でも、そんな手には乗らなくてよ……っ!
「泣き止んだのなら、次に行きますわよ」
「はい……マーガレット様!」
リリアは、子犬のようについて来た。
向かった先は、スポーツ専門店。
バレエシューズだけでなく、運動着もついでに購入することにした。
足のサイズを測り――初心者向きの安いものを選ぶ。
「この靴はすぐにへこたれるから、ある程度慣れたら、新しく買い替えなさい
そうね……半年くらいかしら」
「え……でも……」
リリアが、バレエシューズの入った箱を、大切そうに両腕で抱いた。
「私、この靴は一生捨てません。
買い替えた後も……ずっと」
……?
なにをいっているのかしら、この子は?
「よく分かりませんが、そうしたいのなら、勝手にしたらよろしくて?」
「はい!」
眩しい笑顔が向けられて、
マーガレットはつい顔を逸らした。
代金を支払い、店を出る。
「えへへ……っ!」
リリアが、気に入ったお人形を抱きしめる幼子のように、
無邪気に笑っていたのが、なぜか印象に残った。
笑顔でいられるのはここまでですわ。
バレエのお稽古は、昨日の比じゃないくらい、厳しいのですのよ……!
ボロ雑巾計画は、まだ始まったばかりなのですから。




