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第1話 おねい様の新たな側面――ということですの!?

 スケート事故の翌朝。

 眠っていたおねい様が目を覚ましたと聞いたから、セレナを従えて部屋に向かったんですの。

 おねい様のことだから……きっと、怒っていらっしゃる。

 わたくしが、怪我をさせてしまったことに腹を立ててるに、違いありませんもの。

 

 だから――避雷針が必要ですの。


 マーガレットは、廊下を歩きながら、ちらりとセレナを見た。

 

 きっと、部屋に入った途端に、氷のような目で睨まれますわ。

 ……わたくしではなく、セレナが。


『何しに来たの? 無能な侍女の癖に』

『あなたの顔を見るだけで、治るものも治らなくなりますわ』

『マーガレットがいれば、あなたはいらないの。下がりなさい』


 きっと、そう言ってくださるに違いないわ。

 そうなの。

 おねい様の隣は私のもの。

 

 ――そのはず……だったのに……。


 緊張した面持ちで、セレナがドアをノックして部屋に入っていった。

「お加減いかがでしょうか、クリスティーヌ様」

 ベッドで身を起こした姉は、セレナを目に映すと――

 天使が舞い降りたかのように、ふ、と柔らかく微笑んだ。

「おはようございます、セレナ」

 セレナの動きが――いや、わたくしの動きも、部屋の空気も、時計の針も――

 全てが止まったような錯覚。


「――え?」


 そう呟いたのは、セレナだったのかわたくしだったのか。

 よくわからなかった。


 セレナが、慌てて返事をする。

 その無能っぷり、相変らず、トロいわね。

 くすっと笑いそうになったマーガレットは、姉の穏やかな表情を見て、完全に凍り付いた。

 ――ゆ、許した……のですの?


 ありえない。

 そんな――ありえない。

 おねい様であれば、挙動一つ一つに針を刺していく。

 そして――最後にはいろんな理由をつけてマーガレットを褒める。

 それがおねい様のはずなのに。


 セレナが、安堵した表情を浮かべ、紅茶を淹れだした。

 冷え性の姉は、ショウガをすりおろしたものを飲むといいと、医者から勧められている。

 姉は、ショウガが苦手だ。

 いや、苦手じゃなくて、胸の中に苛つきがある状態なら、

 すりおろす音が邪魔、とか。

 もっと遠くでやりなさい、とかいつも言っているのに。

「いつもありがとう、セレナ」

 天使のような微笑み。

 いやおかしいですわーー!

 と叫び出したくなるのを、いの字で必死に止め、なぜか息が切れた。

 

 ジンジャーが効いた紅茶の香りが部屋に広がる。

 マーガレットは、紅茶を淹れ終わるタイミングを見計らって、セレナに近寄った。

「もういいわ、セレナ。あとはわたくしが」

 セレナの素朴な緑色の目が少し開かれて、唇が微かに震える。

 何かの言葉を抑え込んだのかしら?

 マーガレットがセレナの肩を掴んで退かすと、セレナは何も抵抗せずに引き下がった。

「部屋から出て結構よ」

 二人きりにしてちょうだい。

 マーガレットは、声に棘を含ませて言った。

「――失礼します……」

 蚊が鳴くような小さな声を残して、セレナが退出した。

 なによ。かわい子ぶっちゃって。

 気に食わないわ。

 ふん、と頭を揺らし、湯気が立つジンジャーティを姉のベッドへ運ぶ。

「――さ、おねい様、ゆっくり飲んでくださいまし」

 おねい様のおそばにいる資格があるのは、わたくしだけですもの。

 可哀そうなおねい様。

 きっと、元気が出ないんだわ。

「おねい様、わたくしが、看病いたしますわ」

 姉が、ジンジャーティを受け取った。

 指を温めるように、カップに手を添える。

 ただそれだけなのに、ほっそりした指が、上品で、目が吸い寄せられた。

「……マーガレットちゃん」

 ちゃん!?

 マーガレットは、足がもつれてバランスを崩しそうになった。

 咄嗟に掴んだ薄い天蓋の布がたわむ。

 あ――やってしまいましたわ。

 どうしましょう、おねい様に冷たい目で睨まれちゃう。

「だ――大丈、夫?」

 なんで睨んでくれないのですのーー!

 氷のように透明で、薄い色の瞳が、心配そうに真っすぐこちらを見ていた。

 でも、

 こんな表情――も……素敵ですわ……っ!


 姉が目を伏せて、確認するように手で自身の身体に触れる。

「どこか――痛むのですの?」

 マーガレットの心の内側に、冷やりとしたものが落ちた。

 姉は、小さく首を左右に振る。

 長く、美しい銀髪が、つややかに輝いた。

「私、貴族の令嬢なの?」

 マーガレットの口から、はあ、と変な音が出た。

 姉の眼差しは真剣だ。

 そんな――まさか……記憶が……?

「マーガレットちゃん……来年、あなたもエリステル魔法学園に入学するのよね?」

「え――ええ」

 記憶が曖昧になっているのに、確認するのはそこですの!?

 姉は、そう、と言葉を漏らし、顎に手をやって何かを考えだした。

 ――そういう仕草は、おねい様だわ……!

「マーガレットちゃん」

 それはおねい様じゃありませんわ。

 姉は、マーガレットの眉が上がったのなんて、見ていなかった。

「これからは、心を入れ替えて、みんなに優しく接していかない?」

 ――ね?

 と首を傾げて同意を求められる。

 く……っ。

 なぜか、心臓に直接光と熱があてられたようにジン、と痛みを覚えた。

 今まで――美しく、聡明で、冷たい眼差しのおねい様だったのに――、

 陽だまりのような、温もりに似た安心感と、ちゃめっ気を感じる。

 か――かわいい……っ!

 美しさとは違う、おねい様の新たな側面――ということですの!?

 いや、そんなことより、

 いま、なんとおっしゃって……?

 心を入れ替えて……?

 優しく……?

 

 マーガレットは、両手に握りこぶしを作って、わなわなと震えだした。

「やっぱり、おかしいですわーー!」

 


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