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第12話 わたくしは、おねい様との約束を守れる女ですわ!

 マーガレットが姉に祈りを捧げていると、生徒会の引き戸ががらりと引かれた。

 綺麗な金髪のカーライルと、その後ろから鳶色の髪をしたエラルド王子が入室する。

 

 おねい様は……っ!?


 マーガレットは、椅子から腰を浮かせて男性二人の後ろを覗き込んだ。


 落ち着いたサファイアの瞳。

 陶器のように美しい白い肌。

 淡く輝く長い銀髪を優雅に揺らしながら、

 おねい様も部屋に足を踏み入れた。


 風通しがよくなる。


 姉の周りを通ったひんやりした空気が、甘い香りを伴って部屋中に広がった気がした。

 それだけで、部屋がキラキラ輝くような錯覚にとらわれる。

 

 ああ、おねい様。

 お待ちしておりました。

 この、粗暴で、不愛想で、変態の三銃士の檻から私を解放してくださる、この時を――!


 姉と視線が合わさる。

 そして姉は――女神のように美しく微笑んだ。


「はうあ――っ!」


 どくん、じゃあ足りませんわ!

 ばくん! と心臓が大きく跳ねあがり、

 マーガレットは、胸を抑えて大きくのけ反った。

 腰を降ろした椅子がガタンと悲鳴を上げる。


 姉は、数歩足を進めると立ち止まり、誰かを呼ぶように振り返った。


「入ってらっしゃい」


 ……?

 いったい、誰を呼んでおりますの?

 

 皆が視線を向ける中、おずおずと入ってきたのは、

 やはりというか、

 案の定というか。

 当たってほしくない予想をした人物――聖女リリアだった。



 ――チッ。

 帰ったのではなかったのですの?


 リリアと目が合う。彼女は、慌てて視線を落とした。


 また、あんなにかわい子ぶって。

 本当に――

 気に食いませんわ。

 


 ガタ……。

 

 窓際の方で、いやに椅子の音が大きく響いた。

「……」

 エラルドが席に着く。

 その途端に、空気が変わった。


 

 会長のエラルド。

 副会長のクリスティーヌ。


 黄の会計――カーライル。

 青の書記――シリウス。

 赤の武術部統括――エドガー。

 紫の魔法部統括――フィンネル。


 役職のないマーガレットとリリアを含め、

 生徒会のメンバーは、全員揃ったようだった。


 全員が席に着くのを待ち、エラルド王子が、静かに口を開いた。

「緊急に集まってもらって、すまない。

 今日の騒動について、事実確認と事後処理をしなければならない」

 エラルド王子は、視線をエドガーに投げ、説明を促した。


「俺の魔力が暴走しただけっすよ」


 エドガーは視線を逸らし、悪びれる様子がない。

 マーガレットは、膝の上に落とした拳をぎゅっと握った。

 

 いったい、なんなんですの、その態度は……!

 おねい様の目の前におりますのに……っ!



 それから尋問のような会議が続き――

 ざっくりとした一連の事件の輪郭が見えてきた。


 結局のところ、

 リリアが数名の貴公子に言い寄られていたため、止めるつもりが暴走した。

 そんなところだった。

 マーガレットは、心の中でため息をつく。


 そんなこと……どうでもいいですわ。

 もっとスッと言いなさいな。

 

 紳士ぶって。

 そういうところ、昔から変わっておりませんのね。


 脳裏に、幼い頃の記憶が蘇りかける。

 代わりに、大人たちに怒られてくれたような――もう、忘れましたわ。

 


 エラルド王子が、静かに頷いて長テーブルの上に組んだ手を置いた。

「……そうか」

 数秒の沈黙。

 部屋に、重たい空気がずっしりと乗っかった。

 

 沈黙を破ったのは、やはりエラルド王子だった。

「次は、対処法を考えようか。

 二度とこのような問題が起こらないように、どうすべきか。

 提案があるものは挙手を願おう」


 マーガレットは、膝の上に両手を置いたまま俯いた。

 対処法って言っても……。

 魔力と感情は、直結しているのだから、

 エドガーがきちんと感情のコントロールをするしかないのですこと……?


 そのとき、スッと細い手があげられ、皆の視線が一点に向いた。


「クリスティーヌ、どうぞ」

 エラルドの言葉に優雅に頷いた姉が、

 青い宝石のような瞳をマーガレットに向けた。


(――え!?)

 心臓が高鳴る。


 ええ、もちろん見ておりますわ!

 おねい様のご提案なら、きっと素敵な対処法に決まっておりますもの!


 姉の涼やかな声が、心地よく耳を撫でる。

「今回の問題の発端は、聖女リリアが始まりです――」


 ええ、ええ! そうですわ!

 リリアを排除、または退学にすれば、話はまとまりますわ!

 容赦のない対処。

 そういうことですわよね!?


 さすが、おねい様ですわ!!


 マーガレットは、こくこくと大きく頷いた。

 姉が続ける。


「今後も、似たような事態が起こることが予想されます。

 そこで、同じクラスのマーガレットと行動を共にしていただいたらよいのではないかと、提案いたします」


「……へ?」

 時間が、止まった……ように感じた。


「うん、いい考えだね」

 エラルド王子が、他人事のように頷いている。

 そして、エメラルドのように高貴に輝く瞳を、こちらに向けた。

「任せられるかい? マーガレット嬢」

「――え……? あ……わたくし……ですこと……?」

 時間が――いえ、思考が動かない。


 いったい――なんのお話……ですの?


 姉が、ふわりとほほ笑む。

「マーガレットになら、安心して任せられますわ」

「おねい様……っ!」

 嬉しい……?

 けど、

 嬉しくない。

 というか、理解が追い付かない。

 よくわからない、複雑な気持ちになる。

 

 マーガレットは、目尻に涙さえ浮かんだ。


「マーガレット。

 今年の卒業パーティの日まで、リリアの身の安全を確保してあげて」

「で――でも……」

 マーガレットは、視線を泳がせてリリアと姉を交互に見た。

 そんな無茶ぶり――、

 久しぶりの感覚ですけれども……!

「お願いよ」

「あ……ううぅ……っ!」

 小首を傾げた姉の仕草が、脳天を揺らした。

「わ……かり、ましたわ。わたくしにできることならば……!」

 姉の瞳が、にこりと細まった。

 そして、おもむろに席を立ち、マーガレットのもとへ歩く。

 マーガレットは、姉から目が離せずに、息を詰めた。


 耳元で、姉が囁く。

「あなたの《いばらの約束》をしましょう」

 ピキン、と夢見心地の頭が音を立てて、急速に冴えわたっていった。


 マーガレットの魔力を使ってまで約束させるなんて――。


 姉は、本気だ。


「わたくしと、おねい様とで、ですの?」

「ええ。昔、よくやっていたわね」


 姉は、長く美しい銀髪の一本を指でつまんだ。

 《いばらの約束》の発動条件――相手の身体の一部を切り取り、マーガレットの魔力で包む。

 そのために、姉は自らの髪を噛み切ろうとしていた。


「ま――待ってくださいまし!」


 マーガレットは、姉の指につままれた銀髪を両手で包んで中止させた。

「お――おねい様との約束は、必ず守ります!

 だから――美しい髪を、切らないでくださいまし……っ!」

 姉の瞳が揺れる。

「でも――不安だわ」

「おねい様! わたくしは、強制されないと約束を守れないような無粋な女ではありませんわ! だから……! だから……――!」

 目に溜まった涙が零れ落ちる。

 息も切れて、苦しいですわ。


 それでも、そうでもしなければ、おねい様を説得するなんて、できませんでしたもの。


 姉のサファイアの瞳を、じっと見つめる。

「……約束、できるのね?」

「はい。リリアを、不埒な輩から遠ざけますわ!」

「……そう」

 マーガレットの頬が、ひんやりしたすべすべの手で包まれる。

「お願いするわね」

「はい……おねい様……っ!」


 久しぶりに、見つめ合って、

 心からの想いを叫んで――出し切った。

 頭が、ふわふわする。

 

 おねい様の頼みなら――なんだってするわ……!


「あー。ごほん」


 エラルド王子のわざとらしい咳払いに、

 ふと、おねい様以外の背景が目に映りこんできた。


「話は、まとまったかな?」


 心なしか、ほんの少し、眉に角度が付いておりますわ。

 ああ、王子なのに、蚊帳の外にしてしまって申し訳ありません。

 おねい様を独占してしまって、申し訳ありません。


 ああ、おねい様……!



 姉が席に着き、会議が続けられたが、

 ぽや~んとした頭には、何一つ入ってこなかった。


 ……エドガーの処罰免除? 

 ふーん。分かりましたわ。


 そんなの、どちらでもいいことですもの……――!




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