第11話 ああ、おねい様!早く……この息苦しい檻から、わたくしを解放してくださいまし
その日の午後。
『爆破のエドガー』と、
『冷徹のクリスティーヌ』。
もともと恐れられていたこの二人の名は、
この一連の騒動で学園中を駆け巡った。
特にクリスティーヌは、
『顔色一つ変えず、エドガーの腕を一瞬で凍らせた後、
当然の罰として魔法を解除しなかったそうだ……』
『聖女リリアが魔法を打ち溶かした際は、
肩を震わせて怒りを滲ませていたそう……』
など、細部がほんの少しだけ事実と異なる噂になっているが、
マーガレットは気にせずに、言いたいように言わせていた。
そうよ。
おねい様は、そうあるべきなんだもの。
マーガレットは午後の授業を終えた後、
緊急で開かれる生徒会の集まりに参加するために、席を立った。
「マーガレット様」
取り巻きにしているリディアが、
マーガレットの学生かばんを持つために手を差し伸べる。
本当に気が利く子。
マーガレットは、鞄をリディアに預けた。
開いた腕を絡めとるようにして、横からミーナがひっついてくる。
「マーガレット様ぁ! 生徒会室までご一緒します!」
ミーナに引っ張られるようにして歩き出す。
天真爛漫なお嬢だこと。
「生徒会室の場所は分かっておりますの?」
「はい! 学園内のマップは頭に入っておりますので!」
「……そう」
やっぱり、持つべき取り巻きは、有能な令嬢ですわ。
教室を出る直前に、後ろから控えめな声がかかった。
「あ……あの、マーガレット、様……」
マーガレットは、小さく振り返って、リリアに視線を投げた。
昼休みに気絶したんだから、そのまま大人しく寝ていなさいよ。
授業の途中から参加するなんて、はしたないですわ。
「なんですの?」
「わ……わたしも、生徒会室までご一緒してもいいですか……?」
「あら、顔色が優れておりませんわ。
ご無理をなさらず、寮に帰宅なさっては?」
「あ……でも――」
「わたくしたちはこれで。ごきげんよう」
ついてきたいなら、勝手にするといいわ。
マーガレットは、ミーナとリディアと共に、廊下に出た。
生徒会室は、文化棟三階の中心にあった。
「それではマーガレット様。ごきげんよう」
「マーガレット様! ごきげんよう!」
リディアから鞄を受け取ったマーガレットは、
淑女の嗜みとして最低限の笑顔を作り、挨拶を返した。
「ええ。ごきげんよう」
二人の背中を見送ることはせず、
生徒会室の引き戸を開く。
まず目を引いたのは――赤髪、灰色の瞳の男性――エドガー。
四角く向き合わせに並べられた長テーブルの奥に腰かけ、
脚を組んでふんぞり返っている。
マーガレットは、ばちっと目が合うと、
すぐに目を逸らした。
視線の行く先は必然的に、部屋にいるもう一人の男性へ流れる。
青灰色の短髪に、細い眼鏡をかけた男性。
(あの方は、確か……)
マーガレットは、王族パーティの名簿リストを頭の中で広げ、
ぺらぺらと捲っていく。
(あ、ありましたわ!)
ベルフォード侯爵家の長男――シリウス。
王族パーティの場で見かけた時は、一人で窓辺に立って、窓から外を眺めていた。
無口であまり目立たない方だから、あまりお話したことがありませんわ。
学年は、確か一つ上。
生徒会の部屋には、二年生が先に到着しているようだった。
シリウスは、エドガーから離れた場所に腰かけ、分厚い本を読んでいた。
チラッと橙色の切れ長の瞳がマーガレットに向けられる。
「……」
無言。無愛想。社交的な挨拶ゼロのまま、再び視線が本に向いた。
なんですの!?
ここはまともな御方が誰一人としておりませんの!?
引き戸の境界を、足が超えられない。
こんなことなら、リリアを従えてくればよかったですわ!
後ろを振り返ってみるが、リリアの姿はない。
そのとき、横に隣接されている給湯室の扉が、ガチャリと開いた。
「コーヒーがはいりましたよ~と」
妙に軽い口調と、声帯をひっくり返したような高い声。
マーガレットの眉が、ピクリと反応した。
「あ~! そこにいるのはクリスティーヌ令嬢の妹君じゃありませんか~!
ボクの嫁候補のひとり!」
紫色の髪を雑に後ろでまとめ、
おくれ毛が耳の横から垂れている、変人で有名な男性。
フィンネル・シュテルンベルク。
マーガレットと同じような、ローズピンクの瞳がなぜか熱っぽく潤み、
恍惚とした表情を浮かべている。
マーガレットの足先から頭までを、
何かが、ぞわぞわ~! と走り抜けた。
変態貴公子――じゃなかった、フィンネルは、手にしたお盆を適当な場所に置くと、
マーガレットをおいでおいでするように手招きしながら近づいてきた。
手を取ってキスされそう、ですわ……っ!
「生徒会へ、ようこそっ! ささ、座って座って~!」
「ぎ、儀礼的な挨拶は結構ですわ! お、おほほほ……っ!」
マーガレットは、部屋に足を踏み入れるとすぐに、フィンネルから遠ざかる方向へ歩みを進めた。
シリウスの後ろを通り、部屋の奥の窓側へ行く。
エドガーとも近くなりすぎない中間地点の椅子を引き、座った。
……お、落ち着きませんわ。
やっぱり、リリアを連れてくればよかったと、
今更後悔の念が湧く。
「マーガレット嬢のコーヒーも淹れてあげるね~ぇ!」
「結構です! 構わないでくださいまし!」
あああ、おねい様ぁぁああ!!
マーガレットは、心の中で胸の前で手を組み合わせて祈った。
(早く……この息苦しい檻から、わたくしを解放してくださいましーー!!)




