第10話 わたくしを助けてくださったおねい様……あ、ただの魔力の暴走ですわ
リリアを押し退けたエドガーが、左手を真っすぐ伸ばす。
射抜くような視線がマーガレットに向けられた。
え――っ。
マーガレットの顔面から、さっと血の気が引く。
「お前、黙ってろよ」
地を這うように、低い声。
向けられた掌に、魔力が集まりだす。
あんなものが当たったら――。
心臓が凍り付き、足がすくんだ。
「やめるんだ、エドガー」
エラルド王子の制止する声が、遠い。
「逃げてください! マーガレット様!」
リリアの甲高い声も……耳を刺していくだけ。
身体なんて……動きませんわ……!
そんな時――。
「マーガレ――きゃああっ!」
素っ頓狂な声を上げて、銀髪が大きく空になびいた。
足がもつれた姉が、藁を掴むような勢いで、
エドガーの伸ばされた手にしがみつく。
その途端。
「うを――っ!」
ピキ、パキパキ……ッ!
と音を立てて、エドガーの魔力ごと、腕が凍り付いた。
おねい様が――わたくしを魔の手から救ってくださったのですわ!
つまずいたように見せかけて、
エドガーの油断を誘うなんて……っ!
さすが、おねい様ですわーーっ!!
あ……やば……。
とおねい様の口から漏れたような気がしますが、
きっと気のせいですわよね。
「ぐあああ……っ」
「あ……あわわわわ……っ!」
腕を押さえて、エドガーがうずくまる。
姉は、口元を両手で抑えて、弱腰な瞳を揺らした。
あ。
魔力の暴走の結果だったようですわ。
「クリスティーヌ! 魔法を解除してやるんだ!」
「か――解除……! かいじょ……?」
ああ、もう!
見ていられませんわ……っ!
マーガレットは、硬直していた身体を動かすことができた。
脅威が去ったのと、姉の狼狽ぶりで、
身体に熱が巡った。
「ふん――当然の結果ですわ!」
マーガレットは、エドガーを指差して、高飛車に言った。
「一度ならず二度までも問題行為を働いた不届きものに、
わたくしのおねい様は容赦なんてしませんの」
エドガーは歯を食いしばって、腕の痛みに耐えていた。
「なによ、その目は」
ギン、と鋭く睨みつけてくるのが気に食わない。
「……それでいい。
全部、俺が招いた結果だ。
その聖女様は、関係ないことが分かっただろ」
な――、
ど、どういう、ことですの……?
聖女リリアが悪くならないように、
わたくしに、怪我を負わせようとした、と言うことですの……?
マーガレットの胸の内に、
いばらの棘が湧いて出た。
「《そこまでだ》」
エラルド王子の声が、不思議なほど鮮明に頭の中に響いた。
王子が、そう言うのなら……。
マーガレットから、敵意の芽が萎んでいく。
王家に引き継がれる『絶対服従』の魔力。
この場にいる全員が、その一端を身に浴び、
それぞれが身を引く。
……はずだった。
「待ってください!」
リリアの声が、広場に響き渡った。
そして、いまだうずくまるエドガーの腕に手を添える。
「……」
何かを念じるように目を閉じると、
聖女の力が、光となってリリアの全身を包んだ。
パアア――。
といっそう輝きが増すと――
リリアの背中に、白い天使の羽根が光で形作られた。
「……暖かい」
エドガーの腕の氷が溶け――眩しそうに目を細める。
その声は、少し甘い響きが含まれていた。
誰もが息を飲む、美しい輝きが収まる。
エドガーと見つめ合っていたリリアは、
光が収まると同時にふらりと身を揺らし――力が抜けたように倒れ込む。
とっさにエドガーが腕を伸ばし、その身体を支えた。
エラルド王子も、心配そうにのぞき込み、
安心したように、ふ、とほほ笑んだ。
「――とい……っ」
姉が、口元を抑えて震えている。
きっと……ショックで心に傷を負ったのですわ。
絶対に、許せませんわ……っ!
マーガレットは、硬く拳を握った。
それにしても、
いったいなんておっしゃったのかしら?
姉の顔を覗き込むようにして見る。
姉は、頬を紅潮させ、瞳を乙女のように潤ませながら、
ため息混じりにまた呟いた。
「やっぱり……尊すぎ……っ」
「どういうことですのーーーーっ!!?」




