でっッッッッッッッか……
「食べながらでいいから聞いて欲しいんだけど、この後もいちど検査を受けてもらいたいんだ。」
スプーンを立てアピールしながら、話を切り出す黒さん。ちなみにどうやってプリンを食べたかは分からない。
「検査……?プリン食べちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「大ぁ丈夫ぅ。ちなみにこれの結果次第で外出許可を取れるかどうかが決まるから、気張っていこうな。もし外出許可を取れたら一発目は、どこに行きたい?俺が責任もって案内しちゃう!」
外出許可!今の私にとって魅力的すぎる!腐りかけていたこの体をようやく動かせる機会がくると思うと湿気っていた心が切り替わり、身体を動かす爽快感と気持ちの良い疲労感を求め手足が疼き、巡る血潮が指先に集まるのが感覚で分かる。あいにく走ることはできないだろうが片足だけの運動なんて慣れっこだ、やりようなんて沢山ある。とはいえ…………
「気張ってどうにかなるものですかね?」
「なるよ?俺はね、」
なるの?嘘でしょ?
「…………、あの検査は何時からですか?先にトイレに行っときたくて……。」
「あぁ…………その、我慢できそうなら耐えてくれ。早い方がいいかなって思って、今からなんだ…検査。それにそっちの検査もあるから頑張って。」
嘘でしょ?
その後、体の隅々までしらべられ暫くベットで待機するよう指示されぼんやりと窓の外を見ながら検査疲れから眠りかけていると、病室の扉の方から車輪が回る音が近づいてくる。身体を起こし見てみると車椅子を押しながら黒さんが迎えに来てくれたみたいで、
「ごめんね寝ぇてた?遅くなっちゃったね…………一応今日から外出許可が出たんで、コレ持ってきたんだけどどーする?」
「ありがとうございます…………、お手隙で勤務時間外じゃ無ければ…行きたいところが…」
おずおずとさした指の先…………実はこの病室の窓からずっと見えているところがある、ウッドデッキに卵型の籠のような椅子が並べられサイドテーブルが備え付けられた憩いの場、立ち寄る人がコーヒー片手に本を読みチルに休憩を決め込んでいる姿はなんとも羨ましいものだ。
しかし、おやつのプリンからずっと付き添ってくれている黒さんに、これ以上のお願いは申し訳ないがそれでも動けるなら毎日でも動きたい。運動しないと人はすぐ後ろ向きになるものだ、だから前を向いて散歩でもしたい気分なのだ。ついでにコーヒー飲みたい……
「もちろん、どこへでもお連れしましょう。あと俺に決まった勤務時間はないよ?疲れとか感じないようにできるし、しばらくは君専属の何でも屋さ。」
黒さんは車椅子に私を移しブランケットを手際よくかけながら、なにかとんでもなくブラックなことをサラッと言い切ってしまう。それって……ダメじゃない?身体が大丈夫でも、気疲れとかさ……心が滅入ってくるんじゃないだろうか?それすらも感じないように作られたというのであれば器としては頑強なのだろう…………しかし中身がプリンなら思いっきり振れば崩れてしまうのでは?
そんなこと考えてるうちに車輪は廻り、いつの間にかテラスの前に来ていた。
「あら、居ないか誰も……2人占めってやつだぁ、んで?そのランチボックスって何に使うの?」
私の膝に抱えられた金属製のランチボックス、前より傷跡が目立つようになり細かな凹みも無視できないほどのものになってしまった…………わざとでないとはいえ、放り投げるようにものを入れ乱雑に扱ってしまったのは、これを預けてくれた父に申し訳ない。今では私の道具箱だが、父のお下がりで貰ったこいつは年季の入った一品で義足と同様、愛着のある相棒だったんだ。
「この中にはコーヒーを淹れるのに使う道具が一式揃ってるんです…………ボロボロなのは私が色々雑にしちゃったからでして……でもまた使えるよう何とかしてみました。」
愛おしく撫でるランチボックスは、金具やベルトを新しく換えられており傷も塗装禿げもない部品はチグハグで、少しでも直してみた私なりの悪あがきみたいなもので見栄えは…………悪い…………いや、まぁこんなものだろう手作りってものは。
「良いねぇ!今どきインスタントも珍しいのに、手淹れ出来る子なんてそういないんじゃぁないか!っと……え〜、ここの席でいいですかぁね?」
車椅子のストッパーをかけ、移動させようと屈んで手を伸ばしたままフリーズしてしまった黒さん、顔色や表情はないがどうしたものかと首を傾げるので
「その?黒さん、遠慮しなくていいんですよ?だき抱えられるくらい父ので充分慣れてますって」
迎え入れるように手を広げ単眼視覚ユニットを見つめ待っていると、踏ん切りがついたのか私の体は緩やかに持ち上がり卵型の籠の中に入れられる。モフモフなクッションとブランケットに身を包まれれば、日が落ちかけてるというのに暖かく眠ることすらできそうだ…………まぁ寝すぎて頭が痛いくらいなので、そんな気にはなれないが。
「ふぁ〜、ひっさびさに緩ぅい任務で落ち着くわぁ。…………あァ!でも䰠没の件でまだ任務報告書あったなぁァ……。」
サイドテーブルにランチボックスを置き、慣れた手順で準備を終えあとはお湯が沸くのを待つだけになり頬杖をついている。すると両足を前方に投げ出し楽な姿勢でいた黒さんが勢いよく起き上がったかと思えば、苦労の滲む声でそう言いながら天を仰ぐ。目線の先…………遠く遠くの雲の上には夕方と夜が混ざったような色の空が広がっている。
「アイツのですか…………、だいぶいじめられたので恨み言の類ならレポートかけますよ私。」
「ハッ!いいねぇ!是非お願いしたいね、それにほらこれ……君が勝ち取った戦利品だ。」
全身を使いリアクションを取る黒さん、前から思っていたが機械の身体とは思えないほど滑らかな動きに驚いているとロングコートの内側に手を伸ばし、ナニカの欠片のようなものを差し出してくる。手のひらにジャストフィットな大きさのガラスケースに入れられたそれは部屋に飾っていても違和感が無いほど綺麗なものだ。
「…………犬歯?なんの骨ですかこれ?」
蓋を外し手に取ってみても、なんなのか分からない。爪先でコツコツと突ついてみても簡単に削れそうにないし質感は骨のようでさらに分からなくなってしまう。
「これ角、最近ねぇ大陸級変異個体の身体の一部を削り落としたお転婆ちゃんがいたって、コロニーの自警団の人が言ってたんだけどぉご存知であらせられません?俺が君を保護したときに持って帰ったらね、取った本人にあげちゃえば?ってことになったのよ。どう?要らなかったらこっちでまた貰うぞ、サンプルとしても優秀なんだソレ。」
「ぇえ…………、大切なサンプルならそちらで使ってください。」
ガラスケースに戻し入れ、サイドテーブルに置いておく。持ってて何か得があるものでも無いし、逆に嫌じゃないか?あんなヤツの身体の一部を持っておくのは………。おっと、そろそろ沸いたかな?
「へぇ要らないんだ、カッコよくないこーゆーの……ほらあれ、修学旅行のときのドラゴンソードキーホルダーとか。」
「ドラゴンソードキーホルダー…………?なんですかそれ、あとコーヒーに砂糖って入れます?」
話してるうちにコーヒーも落とし終わり、ちょうど2人分のコーヒーが湯気を立てながら折りたたみ式のカップに注がれる。黒さんも砂糖はいらないタイプだったようで、両方ブラックだ。
その後は色んな話をした。お父さんが無事で良かったねぇとか、母さんの話、襲撃による死亡者の有無やコロニーの復興状況、機会の身体の生きづらさや義足の人に対する目線のことに関する話…………、聞き手が上手いのもあるが私も久々のコーヒーに浮かれてつい話しすぎてしまう。
2杯目を落とし終わり、黒さんに手渡したところで今度は話し手が切り替わる。
「叶永さんや、叶永さん。スワンプマンって聞いたことあります?ある日、沼で偶然の化学反応によって、人間と全く同じ身体を持つナニカが突然生まれてしまったとしたら……。それは、見た目も叶永さんやお父様お母様と全く変わらない。でもその過去の経験も記憶も”本当には積み重ねていない"―――そんな不思議な存在。叶永さんはこのスワンプマンを人間だと思いますかね?それとも…………?」
「人間だと思います。」
何かを続けて言おうとしていたのだろうか?しかし答えてもいいような空白があったので、私は迷わず自分の意見を言い切る。すると思いのほか早い回答に驚いたのか、少し動揺したようなそんな声色で黒さんが続ける。
「…………でも、偽物の泥人形だよ?」
「私たちだって、タンパク質や精密機械の塊ですよ?…………もしこれが「私かどうか」っていう質問なら答えは変わりますけど…………。うん、やっぱり人間と全く同じ身体と思考を持つ何か――それはもう人間ですよ。」
ピシャリと言い切り話はこれで終わりかなとコーヒーを人啜りすれば、まるで自分事のように熱意を持って黒さんが問いかけてくる。
「じゃぁ、心って何処に宿ると思う?泥の心臓を持つスワンプマンも、電気信号によって笑えている機械にも心はあると思う?」
「――――心って、誰かがあると言ったからあるものじゃなくて…………本人がココロを感じているなら、それによって感情が動いているならそこにあるんじゃないかなと……そう、思います。信じたらそこに在る、それだけです。」
「…………………………。」
いつの間にか姿勢を正し、口元に手を当て黙りこくり単眼視覚ユニットがゆっくりと私から外れ考え込んでしまう黒さん。思考をめぐらせてる時に話しかける無粋なことはしない、話が途切れてしまっても今はコーヒーと薄ら光る星々がある、眺めながらゆっくり味わいリラックスして入れば気まずくも無い。
「………………そう、ね。心は自分で認めるものか……。」
「……はい、私はそう考えてます。」
「ありがとう、いやはやつい話しすぎちゃうねぇ……言わないといけないのをすっかり忘れちゃってた。」
カップを傾けコーヒーを飲み干し、立ち上がり両手を組みぐーーっと上に伸びる黒さんがこちらに向き直りながらそう言う。
「今回のコロニー寄ヶ処の炉人襲撃、一番の功労者と断定された者にはある贈り物を軍より贈呈する予定になってました………叶永さん、新しい足は興味ありますかい?」
「足……義足ですか?…………えっと、でも」
私の場合、左足の付け根からの欠損……つまり第3級の重い身体障害で、つける義足も「股義足」と言われる骨盤全体を固定して動かしていたもので、前のものは作るのに半年以上かかり、一生モノになるはずだったのだが…………作るのにも相当な金額をかけたと聞いてるので、ここで安請け合いするのは後が怖い。
「え〜、こちらが正式な書類なのですがぁ。こちらが全額負担、精度や耐久性や機能面において前回の物よりも遥かに良いものを支給します……と、制作期間も3週間で完成とのことねぇ。……スッゲェな高待遇もいいとこだ。」
自分で持ってきた書類だろう、なに他人事のようなリアクションを…………ってそれよりも、こんなことを私一人で決めるのは危ない……というが違う気がする。私の体は勿論私のモノだ、しかしだからといって好き勝手何でもやっていいという訳では無い。両親から貰った身体なのだから一報入れるのが筋ってものだろう…………考えが固いかな?まぁそう思って今まで生きてきたのでしょうがないだろう。
「…………1度持ち帰らせていただいても?」
あまりに高待遇、あまりに魅力的、だからこそ即決したい気持ちを抑え、明日父さんか母さんのどっちかに相談してみようと一時保留しておく。
「もぉち。もし作るとしたらここからちょっと離れた施設で色々することになるからそのつもりでね。」
「分かりました、黒さん。」
「黒でいいよぉう、出会ってから律儀につけてくれてるけど後輩も同僚も、俺の事呼び捨てだしぃ……ねっ!」
「………………、あなたがそれでいいなら……明日もよろしくお願いします、黒。」
「おうよぉ!」
コーヒーを飲み終わる頃には星座がくっきりと浮かんでおりブランケットを退けると寒さから身震いしてしまう。いい所で話の区切りがつき、ベットまでエスコートされ明日からの目標を胸に眠りにつく。
※
次の日の昼過ぎ、いつものようにお見舞いを済ませ愚痴をかましにきたに来た母さんに昨日のことを話してみた。すると以外にも軽く了承された、書類に目を通している途中までは眉間のシワが取れなかった母さんが言うには
「実費で新しく義足を作るにも、限界があるし叶永も早い方が楽じゃない?それにこの書類も正式なもので信頼できるしどうせ貰えるなら貰ってけってね。それに前々からあの軍人さんから説明は聞いてたのよ、あの人にならあんたを任せられるし堂々と行ってきなさいな。」
との事。なんというか、ブレないというか、ちゃっかりしてるなと。
黒に親の許可が取れたことをデバイスで連絡すると、諸々の準備は出来てるから迎えに行くと返信があり数刻も経たないうちに黒が車椅子を転がしてきてくれた。
「叶ぁ永さん、お邪魔しまっせ。」
「はーい、もう出ます?」
「行ける?じゃぁすぐに出るか……あと今日はこの病院の外、総合駅舎基地を練り歩くことになるから頑張って行こぉう!」
「へ?義足のために色々測ったりするんじゃ無いんですか?」
「それもする、けどほかのこともする。あれをなんていえばいいか…………え〜、試し斬り?まぁそんな感じのことよ」
試し斬り?なんだ、今日私は何をされるんだ…………?
なんだか曖昧な説明をされたまま、行ったら分かると黒が言うのでまぁ成り行きに任せようと思う。
病院の正面、大きな自動ドアをくぐると大きな駅舎のような場所に出る。高い天井を見上げると太い柱に架かる梁とステンドグラスが綺麗でここに来るといつも見入ってしまう……ショッピングを楽しむ人や、場違いに思える白衣を身にまとった人、お持ち帰り用のカップを片手にヒールを少し速いテンポで鳴らしながら歩きさって行く人、多種多様で一貫性のない雰囲気の人達が行き来するここは総合駅舎基地という施設の中にある中央改札口だ。
総合駅舎基地は世界各地に軍が設置した施設で、駅舎、軍用基地、ショッピング、医療、宿泊施設、緊急避難所、娯楽、など様々なな役割の建物がひとつの巨大な駅の中にあるといったところで、基本的に何でもあると思ったらいい。私も珈琲豆や、アウトドア商品を買いに何度もここを訪れている。
「黒、まずはどこに行けばいいんですか?」
「ここには用はないからね、早速基地の方に行こうと思いまぁす。」
先程、ここの施設には基地もあると言ったが実際は7割が軍用の施設か訓練場になっている。とはいえ砲撃や車両の騒音も無く出入りも許可されていない為一般人にとってその事実はあまりに知られてない。一般の人が立ち入れるのが3割だけになってるとはいえ、この莫大な土地の3割だ……端から端まで歩くのに何時間かかるのか……。
そのまま外から行くのかと思えば中央の改札口をそのまま下り、どこかを目指し歩き始める。普段使いもするためある程度はこのホームのことも知っている、だからこそ分かる。このままホームの端まで行けば何も無いはず…………だったのだが案の定、目の前には伸びる一筋の線路と表示の消えた電光掲示板が付けられたこの13番ホームが現れる。ここはずっと昔、私が初めてここに来た時もだったから…………10年くらい前から稼働していない、電車が止まるはずのない廃線になっているはずだ。駅の端に孤立しているため人が来ることもない、その証拠に私と黒以外、誰1人見かけてない。
まるで現実とは切り離されたような静けさと無機質さに不気味な雰囲気を感じ問いかける。
「黒?ここは…………、何処行きの電車が来るんですか?」
「言ったろ?義足を作るのに必要な施設まで行くって、これが一番早いんだよ。」
そういうと車椅子を押しながら、ホームの壁際に近づいていき1台の切符販売機の前で止まってしまう。廃線であるはずのホームに備え付けられたそれは、私たちが目の前に立つやいなや中央にあるタッチパネルが光り「いらっしゃいませ」と文字を表示した。
普段使っているような販売機なら少しは勝手が分かると思ったが、目の前の販売機には見たこともないメーカーのロゴが刻まれており、値段の書いてあるはずのボタンにはそれぞれ世界各地の有名な総合駅舎基地の名前だけが書いており、ますます疑問が湧き出てくる。
こちらの気もしれず、黒は内ポケットから出した1枚のカードキーを差し込み、目的地だという駅のボタンを押す。
すると先程まで真っ黒なままだった電光掲示板に煌々とひとつの文章が流れる。
――――シャンバラ中枢司令部直通ターミナル行き・超速特急――――
戻ってきたカードキーをしまい車椅子を操作する黒。車輪が転がる音を何も無い空間に響かせながらホームドアの目の前まで運ばれる。…………強化ガラスのようなもので隔てられた路線はどでかいチューブのようになっており、中が丸見えになっているのだが、両端に伸びる暗闇の先…………どちらからかは分からないが、ずぅっと遠くからその空洞を押し潰すような異音が近づいてくるのが聞こえる。
「シャンバラ…………って、こっからどんだけ離れてると!電車でも半日以上確定で潰れるじゃないですか!」
「それは一般ので考えたらの話しぃ、今から来るのは一般の人が使えない軍用特急列車。1時間ちょいで数千kmの移動を可能にするバケモン列車だ!ちなみにこれを使えるのは緊急時…………または相応の権限がある人物からの使用申請があった時のみ…楽しもうぜ!」
耳を劈く異音が小さくなるにつれ路線の奥から光が漏れ始め、チューブの壁にピッタリとフィットした円柱状の乗り物?が姿を表し目の前に止まった。空気が一気に抜かれたような音と共にホームドアが開かれ、風圧で髪がめちゃくちゃになる。いつも通りだなといったい表情の黒と目の前のびっくりドッキリ列車を交互に2度見していると、列車内部から電子音声が鳴り響く。
――マキナ・ツァーンラート世界連邦陸軍・七罪武装部隊剣術指南番・黒――
――超速特急列車の使用申請、受諾致しました。――
――………お連れ様の情報がデータベースに該当ありません。申し訳ないのですがお名前と年齢を聞いても宜しいですか?――
目の前の光景に唖然としていると、黒に肩を叩かれ質問に答えるよう目線で促される。
「…………ん、虚空叶永です。16歳。」
――不躾な質問にもかかわらず、答えていただきありがとうございます。虚空様、お好きなお飲み物はございますか?――
「えっと…………コーヒー、ブラックが好きです。」
――承知致しました、それでは車内にお進み下さい。1時間6分後、15時37分に到着予定です。――
自動的にスロープが架かり促されるまま二人で入る。車内でありながら高級ミニバーのようになっており、重厚感のある革椅子に、車椅子を畳んで置いてもなお余るゆとりのあるスペース、埋め込み式のテレビの横にはガラス張りの冷蔵庫があり中にはロックグラスや氷、トロミのある琥珀色の飲み物はお酒だろう。目に映るもの全てが一級品だろうと思え安易に触れて傷でもつけたらと考えると恐ろしい。必要最低限の動きを心掛けようと椅子にも深く腰を下ろせないまま緊張していると
――虚空様、コーヒーはホットかアイスどちらに致しましょう?――
「できれば……ホットで。」
――良かった、もう既に淹れてしまっていてアイスにするにはひと手間かかるとこでした――
……冗談もお手のものか、同じ人間かのような滑らかな会話をしてると目の前のテーブルの上から湯気を上げたティーカップがせり出てくる。…………一雫でもこぼしたら終わるような状況でコーヒーを飲めと言うのか……、恐る恐るカップを手に取り多少の熱さは我慢しつつ両手で包むようにして口まで運ぶ、味の方もただのインスタントという訳ではないようで、酸味と苦味のバランスがちょうどいいマイルドな1杯だ。
「さってぇ叶永さんや、これからすること……いやされることを話しておくぞぉい。」
カップを置くことも怖くなり、両手で持ったままでいた私に黒が話しかけてくる。
される?黒の言葉遊びは慣れてきたが嘘はつれたことがない、「される」というのは非常に引っかかる言い方だが……聞こう。
※
「ん〜〜ッ、着いた!」
シャンバラ中枢司令部…………世界でも四つしかない中枢司令部はそのひとつひとつが、巨大な都市。軍用施設の充実さや規模、都市部の繁栄度合いもずば抜けており、今降り立ったターミナルも人、人、人。混雑という言葉がぬるく感じるほど人の波が絶えない。
「いや〜しっかし、いっつも混んでるな!これじゃぁあの人も……。」
「あの人?黒、誰かと合流するんですか?」
人酔いしそうな駅を離れ、何とか人の間を縫うように進み大通りからも少し外れたあと、背の高い街路樹の下に避難していると黒が誰かを探すよう辺りを見渡している。
「シャンバラの最高責任者の人。䰠没を撃退した勇気ある者にお礼をしたいんだと、それに義足を作るのを担当するのもその人になる。言っとくが…………すごい人だぞ?色々と……まぁだからこそ見つからないのはおかしいんだけどなぁ……?」
いったいどんな人なんだ……、軍の中枢司令部の最高責任者で、あの書類にあったレベルの義足を"作れる”人、なんだろう……私の中で屈強で筋骨隆々の職人みたいな人がイメージとして抽出されつつある。んぅ……まぁ義足のためだ、多少怖かろうと我慢するべきだろう、そんなお偉いさんが自ら足を運んでくれるのだから、車椅子とはいえ粗相のないようにしなければ。
心なしか緊張してきた……、がどうやら進展があったらしい。
「んぁ?…………はい、こちら黒。……えぇ、あっ、はぁ〜〜い。じゃそっち行っちゃいますね、いえいえ、では。」
口元を手で覆い、宙にむかって話していると納得したような声で通話を終える黒。
「叶永さん、こっちから行くことになっちゃったから移動ね、…………あとそんな怖い人じゃぁないぞ?」
そんな顔に出てました?
区画整理され、活気と清潔感がある都市を眺めながら、その人が待つという広場に向かう途中、先程まで疎らだった人通りが密になっていく。途切れることなく私たちと一緒に歩いていった人達は結局同じところを目指してたようで、謎の団結を感じつつも進む。広場の入口から見えたのは、中央から外れた端にある広葉樹のしたに出来ている人集り。さほど目立つ場所でもないランドマークにもなり得ないような地味のところに何を求めているのだろうかと首を傾げる。
「なにかの行事なんですか?この集まりは?」
「いんにゃ?この時期にこーゆーのはないはず…………あっ、まさか。」
何かを察したのか少し早足で人集りに近づいていき、声をかけ場所を開けてもらいながら何とか中心へ辿り着くと木下をぐるっと囲むように配置されたベンチに1人で座っている女性に目を奪われる。
おかしい…………、今目の前にいる女性はたしかにベンチに腰をかけている……、だから当然目線も低くなりいくら座高があったとしても周りの立っている大人たちと比べて頭は低い位置にあるべきなのだが…………どういう訳か目の前の彼女は、座りながらにして私や黒、周りの大人たちと同じ目線に頭の位置があった。遠近感がここだけトリックアートのようになってしまっているのである。
「ねぇねぇ!さっきのもっかい!もっかいやってぇ!」
トリックアートウーマンの元へ走りよる子供がぴょんぴょん飛び跳ねながら手を挙げて何かをねだっている。するとその声に驚いたのか彼女は身体を大きくビクつかせ、ギギギっと聞こえてきそうな緊張した動きで子供の方を見る。
「フォエッ!…………アノ……さっきの持ち上げる、ソノ……アレで、良かったの……かな?」
「もちあげて!グルグルってするやつやってぇ!ねぇ!おねがぁい!」
「アッ…、わかったよゥ…………やるから、やるから……ネッ、あんまり目立たないで…………」
独り言と会話を混ぜたかのような、自信なさげな弱々しく発する声とは裏腹に子供の脇の下に手を差し入れ、空へと持ち上げながら立ち上がる女性。
「わーいわーいッ!ねぇぐるぐるは?やって!」
「はぁあい…………、あぁ……ぅう、端っこに居たのにぃ…………何でみんな来ちゃうのぉかなぁ…………。」
…………その身長のせいだと思いますよ、と言いたくなっていまう。がその前に黒がその女性に声をかけた。
「ストリリエーツ殿、それはひとえに貴殿の類い稀なる身長のせいかと。2m50だっけ?」
「そっ……そんな大きくないですっ!…………2m42cmでシュ……。」
…………この人がシャンバラ中枢司令部野最高責任者……でっッッッか……
諸君、私は巨女も好きだ。ただし、ストリリエーツさんのスケールがデカすぎるが故に大きく見えるが普乳です。
普乳です。




