見学の人です、通してください……
巨女と言うには、あまりに行き過ぎた体躯。見上げれば首が痛くなるほどの彼女だったが、黒の目線ほどまで縮こまるような猫背と前髪で閉ざされた目、焦りながら何とか形にしたような歪んた笑顔を浮かべながら汗を伝わせる彼女からは、人との接触をなるべく避けようとする「陰」な者の雰囲気が滲んでいる。顔の一部と手しか肌を露出しないほどに分厚く着込まれた軍服が外界と隔てる盾になり身を守っているのだろうか。
「ぇとッ、そのッ…………虚空叶永……さん、で…………ソノ、お間違いないですか?アノッ!じ……自分、今回あなたの足を……義足を作ることになりましたて…………不束者ですがよっ……よろしくお願いしまシュ!ぇとッ……あっ名前、名前言ってない…………ストリリエーツ・ヴォールシェーブスナリャートって言います……、あと言うこと……無いよね?」
私の中の筋骨隆々な匠のイメージに別れを告げ、大きな大きなお姉さんが保存される。
「さぁ!みんな揃いましたところで、最初に向かうのは…………ごめんどこだっけ?」
あんた、覚えてないんかい。
「コッ……工房です、自分の。先にカウンセリングをしてから制作しようかなと…………その後採型・制作・適合・修正・をして使用感や彼女の武装適性によって性能は変えてみたいですね、話に聞いていた通り股義足タイプになるのならその分ギミックを入れ込める許容量も余裕がありますし、試したいことが沢山ありますね。小型ガスインパクトモーターに、ガス圧ダムをつけて瞬発機動力をあげても良さそうですし、姿勢制御用のバーニアを……いや、本人のデータを取り直してから最適化を………………。」
両手の指を忙しなく動かしながら、義足のイメージを諳んじるストリリエーツさんは先程までの詰まるような口調が嘘のように軽快に言葉を紡ぎ、説明なのか詠唱か区別がつかない。
「黒、わたし人体改造されちゃうんです?」
「そーかもしれないです?」
おい、語尾にはてなマークをつけるな。よくわかってないのに車椅子を押していくな。
※
大都市、それも世界有数のものとなれば立ち並ぶ建築物や高層ビル群などを思い浮かべるかもしれない。空は狭く、人工物で画一的に埋められた外観、車と人の往来が絶えないとイメージするのが普通だと思う、実際私もここに来るまではそう思ってた。しかし、その予想はいい方向で裏切られることになった。
シャンバラ中枢司令部は自然景観保護と都市緑化に力を入れており高層建築を禁止し徹底している。そのため都市部全域に木々や並び、水が流れひとつの巨大な植物園のようになっていた。
景観を楽しみ、しばらく押してもらい大通りを抜けると都市部のはずなのにそこだけ切り取られたように開けた場所に出る。中央にそびえる時計台が目立つが、それよりも目を引くのはその広場の足元、その全てが透明になっていて下に伸びているオフィスルームや闊歩する人の姿が見えることだろう。
「ここが中枢司令部。早速降りまっせぇ。」
野球場よりやや大きいほどのガラス張りの地面の四隅には、車が悠々と入れるほどの入口があり、そこから地下へ下っていく。施設内は涼しく、天井から降る太陽光と照明に加え中央に根ざす巨木が空気をさわやかに保っている。
地下何階か分からないほど降りていくと、どこからか鉄を叩くような音が聞こえてくる。先程よりも肌に触れる空気が熱を帯びているように感じていると到着したようでストリリエーツさんがカードキーをかざし扉を開ける。
「工房」という言葉がしっくりきた。鉄の音、火花の匂い、壁に備え付けられた器具の数々、稼働する大型機械に精密機械は大切に酷使されてきたかのような年季を感じる。
「おっ……、奥の部屋へどうぞっ!」
自室?なのだろうか、匠の部屋というよりシステムエンジニアの作業部屋と言った方があっている気がするその部屋の真ん中にはサークル型のテーブルに備え付けられ、その上には三画面モニターが目立つ。しかしそのどれもが大きい、まぁストリリエーツさんの自室なのだからサイズを使いやすくするのは当たり前か…………、とはいえここにいるとまるで私が小人になったみたいだ。
「えと……、こういう……義足の書類ってもう、見たりしましたか?」
デスク前に手を付き何やら操作した後に一枚のモニターをこちらに向けている。そこに移るのは黒に見せてもらった資料のようだ。
「俺が見せましたよ、この規格って医療用の義足じゃないですよね?結構実践向き……軍用のものに近い気がする。でもこのレベルの機械義足をオーダーメイドってなると……やっぱり3週間で完成品譲渡っていうのは結構な無理してません?」
見覚えのある書類を目の前に表示され、確かな記憶として覚えのあるそれと重ね合わせ間違いないことを確認する。
「ん……、はいこちらの義足を作っていただけると聞いています。」
「アッ………、ごめんな……さい。実はこの義足はもうできちゃってるんです…………。今試しに取り付けても?」
仕事の速さに驚き、少し間が空いてしまうが了承すると立ち上がり、壁に飾られるように置かれた義足を取り目の前に差し出してくるストリリエーツさん。装着には一度衣服を脱ぐ必要があるため黒には部屋を出てもらい、位置を調整しながら義足をつけると左右のバランス、重量感、装着感、全てが高水準で完璧と思える出来に思わず声が漏れる。装甲や可動部の滑らかさは前の義足とは到底比べ物にならないほど高性能…………腰をぐるっと一周するように巻かれた補助装甲も動きを阻害することはなく、凹凸のない滑らかな作りになっていて衣服の不自然なシルエット問題も解消された。
前の義足は稼働の度に暖機運転、神経ミラーリング、面倒なことが多かったがその悉くを改善、グレードアップされたこれは完璧も完璧……非の打ち所がない素晴らしいものだ。
「アッ…えっと、実はこの義足完成はしてなくて…………叶永さんの運動量と動きの癖、をまだ考慮できてないんです。だからこの義足をつけたまま身体能力と武装適性能力の再測定をしていただきたくて…………。」
完成品ではない…………これで?その言葉に驚きを隠せないが、更に良いものを作って貰えるならその方がいい、そう思い二つ返事で了承したのを私は、また違う部屋に連れられ早速適性検査を受けることになる。
武装適性とは、その人がどのレベルの武装まで使用可能かを表したランク付けである。
確か…………、炉人に対する破壊力とその範囲・継戦能力・使用者の負担を総合的に評価してつけられる。したから順番に「壊」「滅」「幽」「禍」「鏖」となっていて…………え〜、確か習ったはずなんだが詳しいところまでは思い出せない。ただこの適性は先天的なものが深く関わっており、言っちゃえば才能……変えようのない持って生まれたもの。もちろん後天的に上がることもある、例えば身体を機械に換えて使用者の負担を減らしたり、武装の許容量を増やしたりするなどがありその為軍人の殆どが身体のどっかこっかを機械に換えている。
案内された部屋は診察室にもう少し仰々しい機械を置いた感じで私と黒、ストリリエーツさん同伴のもと計測係さん数人が行ってくれる。
「これを頭と腕につけて楽になさってください。手元にあるボール状の測定器からはこちらから指示があるまで触れないようお願いいたします。」
「はい、分かりました。」
真っ白な診察ベットの上に座り、預けられたバンドをそれぞれつけていく。機器に繋がったコードが私に繋がり人体実験のような絵面になっているが…………私本当に死なないか?そして目の前のこれはなんだ?分厚めな機械の上にやんわりと光を帯びながら半球状のボールが埋まっているような……見たこともない機械。何に使うか予想もつかない、とりあえず指示があるまでは何も余計なことをしないようにする。
「4、5分で終わる簡単な測定ですので、どうか気を楽に。それでははじめます。もし気分が悪いなとか少しでもあったら遠慮なく言ってください。」
「……はい。」
黒とストリリエーツさんは測定器を覗き込み黙ったままでいる。バンドに触れている皮膚が若干ピリピリしなくもないような…………気のせいにも思える何か電磁波のようなものを感じつつも黙っていると何やら測定器を見てる全員がざわつき出す。
「これはっ…………凄まじいねぇ、過去の測定も見て年々上がっていたしもしかしたらって思っていたが……出たね。」
「しかも上澄みも上澄みじゃないですか、武装いらないんじゃ?」
「䰠没は、これに惹かれたのかもなぁ……まぁ迷惑だからやめて欲しいんだが。」
「………………義足の耐久度……もう一段階あげるのも……」
各々勝手にリアクションを取っているが当の本人はなんにも分かってませんよ…………、気になるしこれ怖いから外して欲しいんだよぉ。
「はぁい、じゃぁ目の前のボールに手を置いてください。」
「………………、」
恐る恐る手を乗せ、しばらく待っていると深い闇色のボールの内側からさらに深い黒色が湧き出てくる。光すら反射しないほど真黒に染まったボールに不安にありつつあると、測定班の人から声がかかる。
「はい、以上になります。手、もう離していいですよ。」
待っていたその言葉を……、気味の悪い色になったボールから飛び退くように手をどけ、バンドも外していく。すると黒だけこちらに戻ってきて手を差し伸べてくれた。
「身体能力、武装適性共にS+って俺よりたっけぇじゃないのよぉ!やるねぇ!」
差し伸べた手を取り今度は自分の足で立ち上がると、機械の握りこぶしを突き出して何かを待っている様子の黒。…………不自然な間が空くがようやく意味を理解して己の拳をガチンとぶつける。グータッチ待ちだったのね……。
「ストリリエーツさんは?」
「あの人、結果を見るやいなや工房に戻っちゃった…………どうも叶永さんの能力値が思ったより高かったようで改善点を詠唱しながら行っちゃたよ。」
猫背になりながら真剣な目で改善点を諳んじるストリリエーツさんの姿が浮かび、失礼ながら結構なヲタクだよなぁとどこかの嗜好飲料マニアの影を見ながら誰にも聞こえないくらいの声で笑ってしまう。あの人も好きなことに関しては饒舌になるタイプだったな。
「よっしゃ、次はその足のテストをするようリリさんから言われてるからまた場所を移動しまぁふ」
「次って、一体何をするんです?」
テスト、そう言われ少し身構える。体力や体を動かすこと全般は得意な方なので心配はないが、いきなりシャトルランと言われてはたまったもんじゃない、こっちだって心の準備が必要なんだ…………そしてあんまりダルいとやりたく無くなる。
「ゲームだよ、ゲーム。そうだなぁ…………対人バトルアクション?ちょっと激しめの鬼ごっこだよ、タッチしたら相手が死ぬタイプの。」
「…………えぇ、」
何か非常に倫理観の危ういことを言い放ったような気がしたぞ、この機械。なんだ相手が死ぬタイプの鬼ごっこって、なんだか軽く言ってるがデスゲームしに行きますって言ってるのと同じだそ。………………えっと、しないよね?たまに言葉遊びがすぎるぞ黒。
そういい、司令部の中をまた移動する。何でもそのライトなデスゲーム専用の会場はかなりの主要施設らしく、一般開放もしているらしい。そのゲームだけで大会が開かれており都市の一大イベントとして人気だそうだ。ちなみに黒もそのゲームのレコードホルダーらしい。って魂をもつ機械人の人たちも出来るって、一体どんなことをするんだろう?
案内されるがまま到着したそこは3階まで吹き抜けの広い空間だった。中央には大きな筒状の電子掲示板が備えられデイリー、ウィークリー、マンスリー、のランキングのような表示が流れ続けている。
「黒、そろそろ教えてください、ここで何をすればいいんですか?」
「……俺も教えたいのよぉ、でも見た方が早いからさ。ほらちょうど次の試合が始まるから見に行こう!」
移動した先は、市街地の一部を模したような大型スタジアム。それを2階から見下ろせる観戦席に連れていかれ言われるがまま座っていると。アナウンスとともに下で動きがあった。スタジアムの中にはそれぞれ別の場所に25人、個人個人が別の武器を所持しておりまる暗殺者のように身を隠しながら索敵してる様子だ。
「これからやってもらうのはこれ、シークアタックっていう競技。スポーツの意味合いもあるけど本質は哨戒訓練…………これでその足を存分に使ってもらう。楽しいぞぉコレ!ムーブの種類や武器種によっての動き方、五感を研ぎ澄まして敵を探し当て倒すスリル!これがたまんなぃんだぁ!」
——ナンバー6、脱落。
——ナンバー11、脱落。
「……………………」
クリスマスプレゼントを目の前にした子供のようにはしゃぎながら説明をしている黒、しかしそれよりも目を奪われるのは下の人たちの動き。研ぎ澄まされた必要最低限の動きは次の行動までの隙が無い。倒してすぐ離れる、身を隠し、索敵を再開する。まるで戦場のような威圧感がここまで伝わってきて手に汗を握ってしまう。
——ナンバー17、9脱落
今倒した人、刃物のようなもので刺した。手に持っていた拳銃ではなく……、わざわざ近づいてまで後ろから。気づかれるリスクを負ってまでそうする理由があったのだろうか?
「おっ!ガランだ!」
「ガラン?って今二人刺した人ですか?」
黒が一際大きくリアクションをとったのは、私が疑問に思ったのとほぼ同時だった。黒もまさか同じ人を見ていたとは思ってなかったらしく、私が言い当てたことに酷く驚いてる様子だった。曰く、その人は現役の軍人さんでここのタイトルホルダー、加えて黒の後輩さんに当たる人らしく、ナイフキルを教えたのも黒自身らしい。
その後の試合展開はアサシンキル、漁夫の利、銃撃の応酬、目を見張る展開だった。戦場を上から見下ろし武力のぶつかり合いに今から自分が参戦すると思うと…………無理では?だって本物の軍人も参加する戦場に何も勝手を知らない奴がしゃしゃり出るようなものだ。
「黒…………これに今から参加しろって言うんですか?」
「…………やだ?」
いや…………、とは少し違う。ただ単な嫌悪感という訳じゃない、少なくともこのゲームに参加する人はあの死闘を繰り広げる程の熱量がある人達だ。そこに水をさし迷惑をかけてしまわないかといった心配がある…………初参加で迷惑をかけるだけじゃなく何も出来なかったら?それに義足の慣らしなら走るでも何でもやりようがあるはずだ、わざわざなぜこんな…………。
「大丈夫…………、やり方は教える。ちょっと練習しよう、即戦力になれる特別な技術を俺が教えよう。」
2人スタジアムの観戦席を後にし、備え付けられた訓練室で黒の指導を受ける、と言っても基礎も基礎、武器もあの人たちが使ってた拳銃や自動小銃ではない。それはたった1本の得物を扱う術だった。
今度は上からではなくスタジアムルームの待機場から出場ゲートの先の模擬市街地を見ている、背の高いビルが一棟と住宅街が立ち並ぶスタジアムは配置を変えることもできるらしいが今回は大きな破損が無かったため、配置替えはないらしいと黒から説明を受ける。………………なるほど、さっきと建築物と通路の配置は同じか。私が頭の中で先程教わったことを整理していると後ろから声をかけられ、振り向くと私よりも少し小柄な女性がたっていた。
「あの、あなたも一般参加部門の人ですか?」
迷彩服に深々と被った帽子、胸と腰あたりにはホルスターが装着されており身軽な服装はそこそこの慣れを感じさせる。恐らくはこのゲームの先輩に当たる人だろう、対して私は黒から預けられた一対のバトルナイフを腰の後ろでクロスして閉まっているだけ…………今更ながら無謀にも程があるんじゃないか?
「えぇと、そういう訳でも無くて…………初参加でして、自分が何部門とかは分からないです、すいません。」
「………………あっ、もしかしてさっき上で見学してた人?黒さんと一緒に試合見てたよね?」
黒、あんた……目立つのか?それともそこそこな有名人かなにかか?スタジアム観戦席も結構広かったはずだが……このお姉さんはどこから見ていたのだろう?不思議だなと首を傾げているとお姉さんが気を使って話を切り上げてくれた。
「初参加か、そりゃ不安だね…………頑張って!応援しちゃう!」
——第4試合、参加者の方はブースへの入場をお願いします。——
アナウンスと共にゲートが開き1人づつ今回の相手が入場していく、初期配置がバレないよう時間を置いて順次入場していき私が最後になった。
入場すると地面に初期配置までの道程が蛍光色のラインで引かれている、天井や壁から映し出されたホログラムのようでそれを辿っていくと住宅街の路地の真ん中がゴールだったらしく大きくサークルが描かれており、その中に入る。すると天井に吊り下げられた巨大モニターからサイレンが鳴り響き、その画面にカウントダウンが表示される。
——10
——9
「………………、」
教えられたのはひとつだけ、極意だと言っていたがそれは理論値だろうと言い返したくなる無謀な作戦。いや、作戦と呼ぶには計画性もへったくれもない行き当たりばったりのトンデモ作戦。腰の後ろのバトルナイフに手をかけて引き抜き、ゴムで出来たそれの剣先をいじりながら教わったことを反芻し続ける。
——8
——7
——6
——5
「スゥーー………………、フゥゥーーー…………、」
頭の中で先程上から見て覚えたこの住宅街のマップを思い浮かべる。実際立ってみると建築物の高低差も相まって死角が多く奇襲にはもってこいだ、そして幸い私が本気で跳べばそのどれもが飛び越えられるくらいの高さ…………深呼吸を繰り返し情報と状況を何度も更新していく。
——4
——3
——2
より効率的に、より速く、より正確にこの刃を届ける。今からやるのは真っ向勝負でもなんでもない、先程見た銃撃の応酬や殴り合いの闘いでもない、少女が格上殺しを成すための影からの即撃、暗殺になる。相手方に死を届ける配達人になると強い意志で心を決める。
深呼吸は流れる血液を加速していく、落ち着いていく思考とは裏腹に巡る血潮は熱を持つ、ゴムとはいえ刃物……刃を人様に向けるのだ……生半可な熱意では失礼だろう。
——1
やるなら、最後まで……責任もって届けよう。
耳を劈くサイレンは消えた後でもなお耳に残る。最初は隠れることを意識して立ち回ろう……そのためにできるだけ背は低く建物や瓦礫の死角を駆使して初期位置から移動する。開けた路上は通らないように……ちょっとした路地裏のような道でも横切る時は全力で反対側の壁まで飛び移り、限界まで目を開き絶え間なく情報を更新し続ける。遠くから聞こえた爆発音や発砲音はその位置だけを正確に脳内マッピングしていき、撃破よりも待避を優先して近づかないようにする。
「ッ!」
今は住宅の植え込みの影に隠れているのだが…………、右側のそう遠くない位置からアシを音が聞こえた。身体は1mmも動かないよう鋼の意志で押さえつけ、目線だけでそちらを捉えると……居た。初めての標的…………拳銃を胸の前で斜めに寝かせ慎重に歩いてくる1人の男性。気づかれていないだろうか?既に補足されているのか?そんな不安が彼が近づくにつれ大きくなる。
あと10m…………、5m…………、攻撃範囲内に……入った!殺るか!?いや待て!まてまて!ステイだ…………目の前、通り過ぎていく。心臓が五月蝿い、その鼓動による僅かな体のブレですら鬱陶しい…………。完全な死角、背後を取った…………黒から教わったことを思い出せ、
「……ふっ」
足首、膝、股関節を駆使して音もなく地面から飛び上がる。蹴る音も、身体が風を切る音もなく滑るように上空へと身を押し上げた。そして飛び上がってまもなく、もう一本のバトルナイフを今度は控えめに音を立るように地面目掛けて投げ落とす。
キンッ……
僅かな物音、しかし自分が通り過ぎた背後からとなればそれは死神の囁きとなりうる。死角からの音に反射的に振り向き、拳銃を向ける…………がそこには誰もいない空間と、取り残されたように道の端に転がっているバトルナイフだけがあった。
「ダッ!?れだ…………」
重力と浮遊感が釣り合い、空中で世界が静止する。遠くに煙が上がっている……誰かがいるのだろう、こちらを狙う者……無し、未だ目線を左右に振り警戒している男は決して真上を見ることは……無い。ようやく重力がその役割を思い出し私を地面へと落としていく、目標は肩口から首の近く……出来れば背後に降り立つようにするのが理想的……。
「ごめんッ……」
私の体重は約52kgかそこら、それに加え重力加速で威力を上乗せしたものを刃1本全てに集中させて切りつけたんだ……大の男が地面に倒れ伏してもなんら不思議では無かった。
「うぼぁッ!」
そしてナイフを拾ってすぐさま移動!ことを成したあと、そこが1番の隙になると黒も言っていた。男が結構な音を立てて戦闘不能になったため漁夫の利を狙いに誰かが来るかもしれない、完全に敵がいないことがわかるまでまた何処かに身を潜めておこう…………。しかし、なんだろうあの人どこかで見たような…………、でもこっちでの知り合いもいないし気のせいか。隠れよう。
移動しながら天井のモニターを見ると、ナンバー1の文字が赤くなっていた。なるほどこっちじゃアナウンスは無くて、脱落者はこうやって見て確認しなきゃなのか…………よく見るとナンバー1以外にも20、16、19、12が赤文字に変わっている。なんだか脱落者の番号が随分後半の方に固まっているが……何か意味があるのだろうか?
その頃1番人気が早々に脱落したと観客席がこれ以上ないほど盛り上がっていた。
「ウォォ!ガランがやられたぞ!」
「5週連続1番人気だったんだぞ!?夏期のタイトルホルダーのあいつが最初に落ちるかよ!ウッソだろおい!?」
「おい!なぁ聞いたか!?ガラン倒したの今日初めて参加の初心者だってよォ!」
「「あぁん!?」」
初心者の始まって最速、初キルを飾った格上殺しは瞬く間に会場全体に知れ渡り全てとは言わずとも、大多数の観戦者の視線が1人のうら若き天使に………………いや、身を隠し次を狙う死の天使に注がれていた。
「アノ……黒さん、一体叶永さんに何を教え…………たのでしょうか?」
観客席の1番前、人気席の中に2人の軍人が座っていた。普通なら気にならないがその体躯と知名度は周りの観客の視線を奪うには事欠かなかった。
「いや、本っ当にマジでチョー簡単なことしか教えてないのよ…………この歓声と熱気を生み出したのは完全に叶永のセンスと才能の成したことよぉ。だって……」
自分のことではないのに、心から嬉しそうな……ちょっと悔しそうな?口調で事実を語り最後に大袈裟に両肩を竦め、手のひらを上に向ける黒。
「バレないように隠れつつ一発で確実に仕留めるって…………言ったのたったそれだけよ?」
——ナンバー8、4、7、3脱落
——プレイヤー25「コクソラ」が新たなタイトルホルダーとして認定されました。
その後も、順調に自分の狩場に誘い込みバトルナイフ囮作戦を攻略されることもなく参加プレイヤーの大半をキルポイントに変換して行った叶永はついに最後の2人、1on1の状況になるまで生き残ることに成功した…………のだが。
「近づけない……、こっちの位置もバレて他の人もいないから逃れられないし…………」
大通りに面した角の家、その影に隠れて乱れた息を整える。なれないスポーツだとはいえ体力に自身のある叶永がどうしてこう息切れを起こしてるのかと言うと、たった一つのビルを陣取られ頭を抑えられてるのに加えて、相手の狙いが正確なせいである。
ボンッ!
何か間の抜けた発射音、しかし先程からその音が聞こえる度全力疾走を繰り返している。
「だぁ!もう!グレネードランチャーってズルじゃん!こっちナイフ2本だよッ!?」
隣の家の門先まで滑り込むように飛び退くと先程隠れてた家はその一角が瓦礫なり崩れていく。あんなの配られたプロテクターがあったとしても大怪我は避けられないだろう、ここもすぐにバレる…………自分がゴキブリになったのかと疑いたくなるほど根気よく匍匐前進を繰り返し遠くへ離れる。
どうしようか……、かれこれ索敵されてから数十回これを繰り返しているし、そろそろ打開できないだろうか……?どうする、近づこうにも補足されて迎撃されるのが目に見えてる、なんかこうもっと……相手に動揺させれる何かがあれば……何か、相手が考えてないような反撃の仕方は無いだろうか…………。
「…………………………………………あるな、それも䰠没にすら通じたのが……。」
やるなら最後までな、諦められるかってのこんなとこで……。
あの爆発も、常に標準がこちらを向いている恐怖も、あの時の死の圧に比べれば骨の一、二本なんと軽い犠牲だろうか……安すぎで涙が出る。
覚悟はできた、深呼吸してからイメージを確立させていく…………6歩もあれば充分だ。
ビルに面する大通り、隠れるところは無い。後ろには退かない、逃げない、立ち向かおう。直立でその道の真ん中に立ち、堂々と腰の後ろに手を回してナイフを逆手に持つ。右手に収まったそれを耳の横まで持ち上げ上半身だけ捻り、視線と左手で目標に狙いをつけ静止する。誘っているのだ……次の一射を。
「投擲?いやいや……こっからどんだけ離れてると思ってんのさ…………諦めたか、」
せめて最後は華々しく散らせてやろう。トリガーに指をかけ確かな抵抗を感じつつ引き切る。
ボンッ!
「来たッ!」
音よりも早く見えたビルの上からの閃光を合図に素早く助走を終え、弾丸が到達する前にナイフを投擲する。放り出した勢いそのままに姿勢を倒し全力で走り出す、景色が横に引き伸ばされると同時に後ろから爆風の追い風が私の背を押し更なる加速を生み出す。
ビルのはるか上層階、その窓辺から狙撃し続けていたナンバー2の女性。彼女のスコープが捉えたのは倒れる少女ではなく銃弾の如く勢いを伴いこちらに突き刺さらんとする一本のナイフだった。
「ウッッソォ!?ここ14階ィィ!」
窓ガラスをバラバラに砕き、一本のナイフがこめかみを掠って通り過ぎたことに目を白黒させていると高層階なはずの外には今まさにこの部屋に蹴りこもうとしている少女が一人。
「だらぁッッしゃっーー!!」
トドメは胸に目掛けて放たれたライダーキック、部屋の端まで吹き飛ばされた彼女の首にナイフを押し当て切る振りをしてこの試合は幕を閉じた。
部屋の隅で伸びている女性を放って出ていくのもどうかと思い、出来るだけ体を動かさないように慎重に運び出すと、ビルの1階にスタッフが待機しており彼女を預ける。………………さて、これから何を言われるだろうか……ナイフも一本ダメにしてしまった。随分野蛮な戦術も使い卑怯だと言われても仕方がない行動をしてしまった。しかし、スタジアムゲームをくぐり抜けると選手の控え室だったはずのそこに黒とストリリエーツさんがいた。
「あの……ごめんなさい、これ黒から貰ったのに1試合でダメにしちゃって……」
ゴム製の刃が見事に裂け、半分以上がなくなってしまったバトルナイフを大丈夫な方のナイフと一緒に黒に手渡す。すると、そんなことかと笑いとばされてしまう。
「見てこれ!バトルナイフこんなにするってやっべぇなおい!ハッハーっ!」
「…………もうちょっと義足の改善も視野に入れないと。」
「ん〜で、叶永ぇさん。どうよぉ、スッキリした?」
肩を組み、単眼視覚ユニットがこちらを伺うように覗き込んでくる。
…………どうだろう、今も蹴った感触が残ってる……それにこの後何を言われるかと少しの不安もある………だけど運動後のモヤが晴れたような視界は心地よく、素直な気持ちはと言うと
「ん……、楽しかった……です!」
「そうか!そうか!うんうん……さっきよりもスッキリした顔をしてぇ、良かったよ。いつもそのくらい笑顔でいてくれたら俺も嬉しいわ!」
表情のレパートリーが多くないのは認める……、だがそんな鉄皮面でも無いだろう……、ないよな?
陰キャくせっ毛ポニテ早語り癖有り目隠れ巨女は好きかね?




