冷静に話を聞いてるように見えて、飛び出していくタイプだろ
「………………………………、」
目が開かない…………いや開いているのかもしれないが、一向に景色が見えない。ただ日が差してるのは分かる、視界を遮る何かの奥でチラチラと光が動いているから……。
「…………ァあ、」
声は出る。ただ乾ききった喉は掠れたダミ声しか出せず、次の一言も紡げないまま口を閉ざす。確か…………記憶の最後では、口の中いっぱいに鉄の味が纏まりつき、身体中から嫌な汗と土煙の臭いがしていたはずだが、今では石鹸と病院のなんとも言えない清潔感のある匂いで寝起きにも関わらず気分も身体もさっぱりしていた。
何処からかそよ風が流れてきて顔を撫でるが左側の顔面の感覚がしないことに気づき、とうとう顔まで失ったかと思い、油を差してない機械のような硬くぎこちない動きで顔を触ろうと腕を持ち上げるが、節々からパキパキと音が鳴る。痺れが残る手をなんとか顔に添えると、伝わる感触でまだ顔があると分かり安堵からため息をつく。
どうやら側頭部あたりにぐるっとひと巻きと、左目と左頬を覆うように包帯が巻かれてるみたいだ。その他にも顔にはガーゼやコットンが貼られてるようなので……肌面積の方が少ないのでは無いだろうか。
「いったッ……」
グイッと大きく動かした腕に突如鋭い痛みが走る。先程まで使い物にならなかった目は一瞬で開き、起き抜けで掠れた視界は腕から伸びる三原色のコードを捉える。それぞれのコードを目で辿るとその用途が分かった。点滴に、親指に挟まれた洗濯バサミのようなクリップはバイタルを測る機械、あともうひとつは分からないが少なくとも安全なものだと分かり飛び起こした体を再度寝かせる。
無理やり起こした体は倦怠感と重い疲労感によってベットに押さえつけられてしまう。眠たくは無いのに閉じてしまう瞼をなんとかしようと、しばらく無言のまま周りに視線を巡らせる。
ぼやけた思考を徐々に動かしていくイメージで景色を把握していく。窓際で靡くカーテンと、一定に落ちていく点滴、天井で空気をかき混ぜるプロペラ…………何個か空いたベットがあるがその他はカーテンが締め切られており、他にも人がいることに遅れて気づく。気まずさから息を潜めつつ、掛け布団を頭の上までずり上げひとりの世界に沈んでいくと徐々に記憶が蘇りあのときの怒りが再度ふつふつと湧いてくる…………、寝返りをうち布団から顔を出し真っ白な病室の壁を見つめること数分……………怒りの炎は勢いを弱めていき、あんなヤツに感情を使うのが勿体無いと思い、今は割り切って落ち着こうとカーテンの隙間から覗く空を見ながら深呼吸を繰り返す。
……………………………………………………………父さんは?
ふと浮かんだ思考はあまりに重大で、倒れる父を見つけたときと同じように心臓がキュッと縮こまる。
寝てる場合じゃない、ミシミシと軋む体を起こし腕にから伸びるコードに手をかけるが、先程の痛みを思い出し点滴に繋がるコードは抜かないでおく。急いで体をベットの端まで移動させ立とうとするが、ズボンの左足の部分がだらりと垂れ下がっていることに気づき、あわや転げ落ちる一歩手前でなんとか手すりを掴み体を引き上げる。
「あっ……クソッ、あいつにぶん投げたままか…………。」
足の代わり……、杖になりそうなものがないかと辺りを見渡すが、どれも役に立ちそうにない。
体を動かす度、ビンッとコードが張り点滴針が血管の内側をなぞり痛みが走る。いい加減鬱陶しい…………、引っこ抜いてしまおうかと手をかけるが……ふとコードの先にある、手すり付きの点滴スタンドに目をつける。ベット端ギリギリまで身を乗り出し、腕に繋がる点滴スタンドを抱き寄せ、右足で点滴スタンドのキャスター部を弄りロックを外し、寄りかかりながら一緒に病室のドアに近づき部屋を出ようする。片足でガシャンガシャンと音を立てながらの移動は危なっかしく、いつ転んでもおかしくい。
「ちょっとぉ、そこの子。これ使うかい?」
先程までピシャリと閉められていたカーテンから女性が、一対の松葉杖を差し出してくる。
五月蝿いと怒られるか呼び止められると思い身を硬くしていたが、迷わず1本拝借する。――
「ごめんなさい、お借りします……。」
「いいのよ、無理はしないようにねぇ。」
片手は点滴スタンド、片手は松葉杖で幾分か歩くのがマシになり、病室を後にする。抜け出している自覚はしてるので人目を避けつつ「虚空」の苗字を探して身を潜めつつ院内を徘徊していると、何やら騒がしくなってきた。物陰から声のする方を覗いてみると、広い空間に並べられた待合席と多くの患者さんや、ピリピリとした緊張感に包まれたナースステーションが見える。人の往来が途絶えず忙しなく働く看護師や医師がコソコソと話をしているのに耳を傾けると……
「ちょっと、039号室で無断外出だってさ。」
「えっ!どの人どの人…………039号室ってまだ3人しか入って無いよね?1人は…………無理ね、もう5日も寝てるし……あの重症じゃ、ていうことは腕折ったおじいちゃん?それとも腰痛めた女の人?」
「ねぇ!こっちで女の子見てない!?片足が無い子で、包帯巻いた……!」
「えっ!?あの重症の女の子なの!?」
「そう…………、とりあえず手分けするよ。写真とかあったら持ってきてくれる?」
「分かりました!」
………………、結構な大事になってしまってるらしい。ちょうど隠れられそうなところにいるので、そのままでいると更に情報を入手できた。
「ねぇ…………軍の人呼んだ方がいいかな?確か女の子って絶対安静だったよね?」
「…………そう、ね。ちょうどその女の子のお父さんの病室に1人軍人さんがいたはずよね?お見舞いにって…、」
「そういえば、そのお父さん意識戻ったらしいですよ。なんでもあと2週間は目覚めないって診断された次の日には起きて自分でナースステーションまで来たって話で……。168号室からここって一番離れてるはずなのに……。」
「「親子揃って………………。」」
「……(すいません。親子共々……ていうかもう5日もたっていたなんて……)」
…………さて、病院のマップはここからでもギリ見えるな。起きたって言うならなおさら行くしかない。……ここから一番遠い病室は……隣の棟の1階の右奥か。
その後、重症かつ片足とは思えない速さで移動し、記憶した院内図を頼りに父親の元へ急ぐ叶永。もちろんバレたら怒られるどころでは済まされないので、可能な限りでの周囲警戒をしながら進んでいたのだが…………
「あの怪我と片足でまぁ〜……よぉやるね。この方向だとお父さんの病室か………」
叶永が過ぎた十字路から覗き込む、1人の魂をもつ機械人が独り言少々に少女の後を追う。
※
目の前には「168号室・ウィリアム様・茅ヶ崎様・ロッシ様・虚空様」の看板が掛けられた真白のスライド式のドア。虚空の文字が見えた瞬間、はやる気持ちで少し強くノックをしてしまったが…………何も返事が無く、気まずい沈黙が廊下に流れどうしたものかと挙動不審になっていると、扉越しに話し声が聞こえる。先程まで松葉杖と点滴スタンドをガッチャガッチャいわせて歩いてきたので気づけなかったが、廊下の外まで聞こえるほどの活気のいい会話が聞こえてきている。
恐る恐る中に入ると、一番奥の日当たりのいい窓際に椅子が4つ横一列に置かれ大人の男が仲良く並んで座っていた。皆お揃いの患者衣を着て、湯気の立つティーカップを手に何やら熱く語り合っているようだが、傍から見れば修学旅行、もしくはお泊まりと言っても差し支えないほどキャッキャしていた。
「虚空さん!素晴らしいデス!やはり分かり合える友がいると熱が入りますネ!」
「いやいやウィリアム氏ィあなたも中々のお点前で。自国原産茶葉に対する思いがひしひし伝わってきますよ。」
「ロッシさん、この茶葉……自家製とお聞きしましたが、大変では無いですか?」
「茅ヶ崎君分かるかい……?そうなんだよ、だから続けてると妻からの視線が痛くてねぇ。」
手を取り合い褒め讃え、苦労話に花を咲かせるおっちゃん達…………。
「病人だろ……アンタがた…………はぁぁ、」
興奮たまらず立ち上がり語り尽くさんとする長身の人、その人の手を取りこれでもかと褒めちぎる父さん、切れっ端に走り書きを残し聞き手にまわる人、苦労話と様々な茶葉の話を淡々と落ち着いて話す人…………パパ友ならぬ「お茶友」として各々意見交換を進めるその姿に病気や怪我の色は無く、病院で生き生きとしているその姿に若干のキショさを感じ思わず言葉が漏れる。
ボソッと呟いた程度だったが、全員の耳に届いたようで一斉にこちらへ視線を向ける。本人たちはその気じゃないだろうが…………圧がすごいぞ、圧が。
「叶永ッ!?ちょっ、とりあえず座ろう!体は大丈夫か?もう歩いていいのか?」
普段は丁寧に扱うティーカップだが、音を立てて少しお茶を零しながら置きこちらへ詰め寄る父さん。質問攻めに答える隙も無く、どこから出してきたのかお茶友の1人が差し出すように新しい椅子を用意して、座るよう促してくれる。お言葉に甘え、会釈をして隣に失礼する。
「父さんは、その様子なら平気か……、良かった。」
松葉杖の代わりに支えてくれた父さんも席につき、皆横並びに仲良く座る。お茶友は空気を読んだのかアイコンタクトで「ふたりでどうぞ」と合図したあと、少し席を離して外を見ながら静かにお茶を嗜んでいた。
「叶永は?お医者さんはまだ動いちゃ行けないって言ってたが、それに義足はどうした?」
「ん……、本ッ当に色々あったんだ。炉人を蹴り飛ばして人を助けて、水路区から家まで走っていって…………店の前で倒れてる父さんを見つけた……。助けようとしたけど私もやられたってところまで覚えてるけど、何で助かったか分かんない……。私をこんなにした奴に義足は折られた、けどね……悪気はなかったとか言うから脚投げてソイツの角の先を折り返してやったさ!」
ほんの少しだけ、目尻が湿めるが気を張って父さんの目を見ると、悲しげな表情でこちらを見るので最後は振り切って元気をアピールしてみる。ほら、もう大丈夫だって。
「ッ…………!すまんな、守ろうとじだんだ…ッ…。生きていてくれて、ありがどうッ………!」
少し失敗したみたいだ、悲しまないでと励ましたつもりだったが娘の精一杯の強がりは、彼の琴線に触れてしまったようで、堰を切ったように涙が溢れ、グズグズになりながらもありがとうと言う。普段感情や表情はあまり出すことなのない…………あったとしても薄味な喜怒哀楽の父がだ。
「あぁ!違っ、ちゃんと生きてるって!ほら、ね!泣かないでぇ〜〜さぁ………」
人目も憚らす、俯いたまま泣き声を噛み殺しホロホロと涙を降らす情けない父親に、押しつぶすくらいの力を込めて抱きつき患者衣が擦り切れるくらい背中を摩る。見たことの無い父さんの号泣する姿、この院内で誰よりも力強いだろうその男は自分の半分にも満たない少女に慰められている…………馬鹿みたいだ。……おい、なんでお茶友の皆さんも泣いてんだよ…………。
「もぉ〜ねぇ……私、ほんとに大丈夫だからぁ。…………あ〜……、父さん私喉乾いた!なんかお茶淹れて欲しいなぁ〜あぁ〜コーヒー以外の落ち着けるような1杯が飲みたいなぁ〜〜。」
涙は止まったものの顔を覆う手は外れることは無かった。うん………、うん…………、と震える声で答えるだけの父さんに寂しさのような……か細くなった気持ちをぶつけてしまいそうになるが、したいのは…………して欲しいのはそういうことじゃなくて。ただこっちを見ていつもみたいに分厚くて重たい手を頭に添えて髪を梳いて欲しいと…………って!こんなに恥ずかしいこと言えるはずもないので、それはそれはわざとらしく話の舵を切る。
「……ッ!…………あぁ、分かった。今淹れるから、ちょっと待ってな。」
目尻を拭い少し上擦りながらも、優しく胸の奥に響くような低く落ち着いた声でそう言いながら私の頭に手を置いてくる。撫でることも、髪を梳くこともなくただ一瞬ゴツゴツした感触と重みを感じただけだったが…………それが何にも変え難い大切なものだと、失いかけて強くそう思えた。ただ……こういうのを言葉にして伝えるのは恥ずかしく、なかなか素直になれないもので席を立つ父さんの背中を名残惜しく見つめるだけしかできずにいた。
父さんが離れ、私とお茶友の間にはなんとも言えない気まずさが壁を作り始めていたが……
「虚空さんの娘さんですネ!お父様、ここにいる皆サンを避難所まで運んで助けてくれたんですヨ!ホントに感謝の限りデス!それからここに来てからお茶を振舞ってくれマシタ!それがもう絶品で、いいお父様を持ちましたネ!」
「叶永さんだね。茅ヶ崎と言います、よろしく。お父さんが娘の君のことを熱く語ってたのでここにいる皆さん、貴方のことを知ってますよ。……大変だったんですね。ほら、体を冷やすといけないですからこれかけてください。」
「まぁそんな向こう傷までこさえてぇ。君のお父さんも気が気じゃなかったんだよ、あんなになるのも仕方がないねぇ。」
父と私の空間から1歩引いていたお茶友達は、1.5歩前に出てこちらに話しかけてくれた。気まずさを感じていたのは、どうやら私だけだったようだ。
座る私の横に膝をつき、意気揚々と話をしてくれる素敵な髭をしたお茶友その一。名前は確か……、
「ん、……ありがとうございます、えっと……ウィリアムさん、でしたよね?自国原産茶葉、すごいいい香りですね。」
広げたブランケットを紳士的にかけてくれるお茶友その二。朗らかな顔の落ち着いたおじ様は……
「そんな語ってたんですね……、あぁありがとうございます……茅ヶ崎さん。」
にへらと笑い腕を組みながらこちらの傷の様子を伺うお茶友その三。威厳のあるご老体は…。
「……お気遣い、ありがとうございます…………ぇえ、ロッシさん。」
ティーカップを優雅に傾けながらお茶を嗜むおじ様方と世間話よりも少し踏み入ったここに至るまでの経緯をお互いに紹介し合う。経験が厚いおじ様たちは少女とお話することなど容易いものだったようで、聞き上手たちは私の経験したことを優しく紐解き私が拙く語ったことを報告書が書き出せるレベルにまで整理してくれる、私も今まで起こった不可解なことについて意見交換をしていくうちに理解を深めていく。
「叶永、ほらこれ…ホットココアを淹れてみた、熱いぞ。」
今度は慈しむようなひと撫でをした後、分厚いマグカップを私の前に差し出しながら椅子に腰掛ける父さん。今度は窓辺の席がひとつ増えため感覚が縮まる。互いに聞き入り、決して踏み躙らず尊重と真摯な態度を持って行うお喋りは自分磨きをしているようで、自分の正しいとこ、変えるべきとこ、曖昧でいいこと、受け入れるべきことを再確認していく。
「いやはや、これだけ芯の通った子は中々居ないですね!失礼ながら今年でお幾つになられるのかな?」
茅ヶ崎さんがそう聞くと、ほかのお茶友も気になっていたようで視線が私に集まる。
「16です。」
何も特別なことを言った訳でもない、なんならこれまで話してきた炉人のことの方が驚くべきだろうに、今までで一番の反応を見せるお茶友たち。
「…………驚いた、大学卒業辺りかなと思っていたよ。」
「年齢詐欺ってやつデスカ?」
「ウィリアム君……振り切りすぎた感想だねぇ、まぁ確かに随分大人びてはいるよねぇ。」
「よく言われます。幼く見えるよりかはいいと思ってるので、気にしないでください。」
最近のこの歳に関する問答も増えてきたなぁと思いながら、カップを傾けホットココアを飲みきったところで病室の扉がノックされる。
「突然の訪問申し訳ない、頭に包帯を巻いた片足のない少女が来ていないだろうか?」
人の声とは少し違う、電子音で音程と抑揚を作られた言葉が扉越しに聞こえ、とうとう見つかったかと肩を落とし立ち上がろうとすると、父さんが私の背中と太ももの下に手を差し込み滑らかに持ち上げる。突然のお姫様抱っこに驚き声を上げる私、何事かと父さんを見ればその表情は真剣そのもので、決して戯れではないことが感じ取れた。
「脱げ出してきたんだろう?一緒に謝ろう。それとも、父さんに運ばれるのは嫌なお年頃か?」
「ん、…………いいよ、もう。落とさなきゃそれで。」
軽々しく抱え歩き出す父さんに全てを委ねるように体の力を抜き、リラックスするがナースステーションの慌てようを見るにこれから大目玉を食らうかと思う気が重く、先ずは扉の先にいる人に謝ろうと行く先を見るが父さんが扉を開けると意外な人物がいた。
「あぁ、やはり。こんにちは、マキナ・ツァーンラート連邦軍セントラル直属特殊部隊少佐、黒と申します。虚空叶永さんの捜索を病院から承り訪問させて頂きました、失礼ですがそちらが件の少女とお見受けしますが、宜しかったでしょうか?」
エンブレムが刻まれた軍帽に胸には勲章、ネクタイも含む一張羅のロングコートは至る所に装甲や機械部品が取り付けられており重厚感がある。しかし特筆すべきは、こちらに優しく向けられた手や見つめる瞳が全て軍規格の身体パーツで構成されていることだろう。さながら動く鎧、生ける機械要塞とでもいえるその人は今もじっと単眼視覚ユニットでこちらを捉えている。
「申し訳ありませんでした、今すぐ娘を病室に連れていきますのでどうかご容赦ください。」
私を抱えつつ腰をおり謝罪する父と一緒に首だけでも下げ謝罪の意を示す叶永、どんなお咎め飛んでくるのか構えていると先程の硬い口調は何処へやら、丁寧なのかフレンドリーなのか分からない崩した口調で目の前の軍人さんが話し出す。
「ぁあ!いえ!ご主人、顔を上げてください。何も今すぐ連れ戻そうとかそういうんじゃなくてですね!ただ見つけて来いって言われたから当てずっぽうで来ただけなんで!ね、それに用があるのは私よりもこちらの方でして……。」
井戸端会議でもしてるかのようなテンションで話し出したかと思えば、シュバッと体を退け後ろに立つ女性にバトンタッチする。緊張で頭が上げられずにいると、覚えのある匂いと共にふわりと抱き寄せられる感触がした。
「良かったぁぁ……生きてたぁもぉぉぉ、お父さんも叶永も倒れちゃうんだからぁ心配したんだよ本ッ当にぃ。」
私の記憶じゃ母と別れて、コロニーで修羅場を潜り今日起きてすぐ会った………くらいだが、いつもと変わらないように見えた母さんの目元には隈がくっきり浮き出ておりいつも気丈に振舞っていた母さんの弱っている姿はどれだけ私が心配をかけたかを物語っており、縋るように撫でてくれる手は震えてるように感じた。
「ほんとに、はぁ〜…………心配した。心配したんだよ………………、けどね」
段々と撫でる手は緩やかになっていき最終的に頬を離れ胸の前で握り締められてしまう、それは無事とは言えずとも生きていた家族に向ける祈りにも見えるが、祈る手にしては更に硬く締められていく拳は不穏な「暴」の雰囲気を纏っていく。
いったいどうしたのかと覗き込めば母さんの表情が陰っていく、悲しみや悔しさによるものかと思ったがそれにしてはいやに眉間にシワが寄っている。
「…………か、母さんその、なんて言うか全面的に私が悪いんだ……すぐに部屋に返すべきだった、すまなか」
真っっ青に血の気が引いて震え声で謝る父さんの姿は捕食者の前に放り出された獲物のようで……
「当ったり前でしょッッッ!馬鹿!何お茶飲んでんだって、あ”?病院の人の迷惑も考えぇや!」
「ぅごあッッ!」
小柄な女性が繰り出したとは到底思えない拳は、破裂音を伴い目の前の巨漢の腹に指先が見えなくなるほど沈みこみ男の膝を地に落とした。
諦めと反省半々といった表情で口の端からは一筋の血が垂らしながら、崩れ落ちたまま自然と正座で畏まる父。崩れ落ちた父さんに代わり母に抱えられ、怒り心頭の母さんの圧に一言も発せない叶永。恐ろしや……といった表情でできるだけ距離を取るため壁に背をついたまま固まるお茶友ズ、一礼しつつ部屋の扉を閉め出ていく軍人さん。
それを止めようなど馬鹿なことをする者はおらず、最初の一撃から淡々とお叱りを続ける母の独壇場であった。
※
「鎖骨の骨折の完治には最低でも2ヶ月はかかります、子供は治癒力が高いので早まることも有り得ますが…………叶永さんの場合他にもたくさんの怪我をしています、安静にするのがよろしいかと思いますので長期入院も視野に入れて貰えますとありがたいですね。お父様の方は…………なんというか医者の私がこんなこと言うのもあれですが…………もう動いてしまって問題ないかと、本来は全治1ヶ月かかるはずなんですが………お父様の驚異的回復能力ははっきり言って異常です。再検査のため1週間後またこちらに来てください、それではお大事に。」
「むぅ………………」
そうお医者さんに言われてはや入院1週間…………、体を動かせないというのはむず痒い、同じ日がぐるぐると回ってる気がしてそろそろ限界…………。長い長い午前がやっと終わり、もうそろそろ両親のどちらかが来る時間だ、それで一旦気を紛らわそう。
父さん母さんは日替わりでお見舞いに来てくれている、家のお仕事は2人で交代交代で回していると言っていたがそれほど忙しくもないのだろうか?
…………あの人、確か「黒」と自己紹介をしてた軍人さんも度々病室に来ることがある。毎回律儀に果物なり、お土産を持ってきて一緒に食べながら彼の質問に答えるといういたって普通なことなのだが…………、彼が投げかける質問は面白く、こちらに能動的な思考をさせるような哲学的なものや、私自身を引き出されるような核心をつくものであっという間に時間がすぎてしまう。
ベットの横に備え付けられた置き時計の針を眺めながら、誰が来るかと考えていると扉がノックさせる。ただ、妙にリズミカルなノック音が響けば誰が来たのか姿が見えずとも「彼」だと分かる。
「おぉう〜叶永さんや、暇すぎて死んでないかぁい?」
「死にません、でもそろそろ限界です……。黒さん、それは?」
馴染みの店の暖簾をくぐるような仕草で現れた彼は、真白なケーキボックスのような箱を私の目の前に置き、椅子に腰を下ろす。
「本日のきまぐれの1品はこちら、ほろ苦手作りプリンでぇす!食べながら今日もお喋りしましょ。」
「フフッ…………ありがとうございます、えぇ分かりました。」
丸い瓶のプリンをお互いに手を取り、麻紐と紙で作られた蓋を開け最初のひと口を味わう。手作りというのはもしかして彼の……、そう思うと女子力的な何かが負けた気がしてならないが、今は目の前のものを楽しむことにしようと、次の1口分を掬い始める。…………うっま。
自炊は得意、どこぞのナスカレーを作れるゴーグル剣士くらいにできる。




