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「悪気は無かった」と言ったら許させるのか……

「……ッはぁぁ………………ローザ……。これからはアタシと一緒に行動するように、決して何があっても命は無駄にしないこと、アタシも出来る限り手伝わせてもらう。だからひとりでどうにかしようとか、狭っっまい視野で突っ走らないで大人を頼ること…………こんくらいか。」


 半ば諦めたように名前を述べ、緩く解けた手を差し出す女性…………いやローザさんの手を取り握ると引き寄せられ、いつの間にか両肩を掴まれてしまい、非ッッ常に不服といった表情で羅列されていくこれからの決まり事を、私は素直に聞き覚えることにする。


「…………ん、分かりました。」


「落ち着いてるね、いいことだ。隊長ォ!アタシはこのお転婆ちゃんのご両親の救助に行く!そっちは任せていいか!?……(隊長からハンドサインで了解と言われ、頷く)………ありがとうッ!…………ところでお嬢さん……歳は?」


 信頼しあった仲間というのは、返事すら一動作で済むらしい。的確かつスマートなやり取りに感心していると、固まったかのように動かず観察するような視線で私を見るローザさん………、突然年齢を聞かれ脈略の無さに一瞬間が空いてしまうが


「……16です。」


「じゅっ!?………………見えない……ね、落ち着きといい……言葉も……………最近の子は肝が太いのか?」


 ……………………今、いるか?その質問?何とも言えない、真顔よりも少し渋い顔のまま固まっていると


「あぁいや、悪い悪い。やけに大人びててな、同い年くらいかなと…………ね。」

 ローザさん…………淡々と職務を終わらせるタイプかと思っていたが、意外にも表情がコロコロと変わる様子にこちらも少し緊張がほぐれる。…………私も気になるし、聞いてもいいだろうか?


「あの、ローザさんはおいくつになるんですか?」


「アタシ?今年で26よ、じゃぁお転婆ちゃん…………助けに行くよ。」

 身につける装備の位置を直しつつ小銃を背中に回しスリングを締め直す彼女は、女性が言うのに躊躇うであろう年齢臆すことなくスパッと言い切り、少し首を傾げたかと思うと切長な目の中で瞳だけがこちらへ向き、まっすぐ私を捉える。少し間を開けて低く真剣な声色でそう言う彼女は、兵士としての覚悟と場数をこなした者に成せる「遊びをもった張り詰めすぎない緊張感」を纏っていた。


「はい…………!真東にずっと行けば、家に着きます。」



 足並み揃えて駆け出し、先の見えない濃霧を進む。といっても水路区のこの位置から固定居住区の私の家まではそのまま一直線、伊達に運送屋の娘をしていない、目が効かなくとも脳内マップで今何処にいるかの把握はできる。

 走り出してから少しのところで、覚えのある大通りの十字路に差し掛かるとローザさんから鋭い声が飛ぶ。


「止まれッ…………ん?どういうことだ?……………おいっ…………おいッ応えろッ!何が……チッ、こっちは行動を続ける、アウト。」

 共に近くの建物に背をつき、足を止めるとローザさんは耳に手を当て誰かと話し始める。宙に話しかける彼女だが、訝しむような声色になりそのまま歯切れ悪く通信を終える。


 先程よりも濃さをました霧が辺りを包み、身を寄せ合う。


「お嬢さん、こっから先何が起こるか……分からない。人命最優先だ、いざってときは跳んで逃げな、アンタならできるだろ。」

 こちらに話しながら流れるような動作で銃を体の前に、ストックを肩付近につけ銃口を下げローレディポジションを取ったままチャージングハンドルを引ききるローザさん。


「…………何があったか、聞いても大丈夫ですか?」


「固定居住区の南西、大通りの封鎖門が崩壊した。」

 その言葉に心臓が跳ねた、


「ただ、炉人の侵入はゼロ……それどころか影も形もない。……勝手に封鎖門が崩れたらしい…………、それとほぼ同時に各隊との通信が途切れた。」


「…………ん?ゼロ?炉人が回り込んで破壊したんじゃないんですか?」

 封鎖門はそんな簡単に壊れる代物じゃない、それこそ砲撃なんかを受けない限り崩れるなんて有り得ない鉄の塊だ…………それが勝手に崩れる?明らかに異常だ。


「いや、最後の通信で確かにノーエネミーと言っていた。見逃すほどアタシらもボケてないさ。それかもっと別のナニカがいるのかもしれない…………警戒を解くな、進むぞ。」

 異常事態、通信途絶、重なるイレギュラーに表情が険しくなるローザさん…………慎重さを増した背……しかしどこかに焦燥の色が滲む彼女を追うように、私も走り始める。



 濃霧のせいで感覚を狂わされるが、残りおおよそ1km…………家までもう少しだ。

 戦場にたっているという緊迫感に気圧されながらも、ここまで来れたという達成感と安堵から眉間に込められた力みが少し抜ける。あとは勝手知ったる自分のテリトリー、ここまで休憩を挟まず走り続けてたことも災いし集中力が散漫になる。かといって休みましょうとも言える状況ではなく、せめて報告だけでもして切り替えようと


「ローザさん、残り約1km………次の十字路、右奥に構える店が私の家です。」


 私の左側を行く彼女を見て周囲への警戒を怠ったのが分かってるというのだろうか、真横の濃霧から生肉を床に叩きつけているようなベチンベチンと音が高速で近づき、私が視線を向けた頃にはもう()()


「伏せろッ!!」

「ぁぁぁあぁあぁぁぁがぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ!!!」


 全身がカサブタのように赤黒く、所々から体液を撒き散らし突っ込んでくる炉人は「人」と名についているが挙動は人のそれではなく、走れればそれでいい…………喰らうことができればそれでいいといった関節の可動域なんて無視した無茶苦茶なフォームで迫り、人の形をした頭蓋が上下に大きく裂かれ蛇のような大口をがっくんがっくんさせながら襲いかかってくる。


 切迫した状況で私にできたのは、反撃するでも、蹴り飛ばすでもなく…………命懸けでこちらを殺し喰らおうとしてくる敵から1歩分…………身を守るには到底心もとない、たったそれだけの距離を後ずさることだけだった。


「(あっ死んだ……)」

 声すらもあげられず、理不尽な死は迫る。無機質な銃声が耳を劈くが、もう目と鼻の先に迫った炉人は勢いそのまま私の喉笛を噛みちぎろうとするが、次に目の前にいたのは



「…………ッ!大丈夫!?ねぇ!耳は?聞こえる!?」

「……………?…………ん?あっはい、聞こえます。………………私、死んでない?」

 呆然として地面にぺたんと座り込む私を力いっぱい揺らし、声をかけるローザさんだった。


 何が起こったか分からないまま、ローザさんがくり返し意識や怪我の有無を確認してくる。

 私、今……死にかけた。段々と頭が現実を理解し始め、僅かに手先が震え始める。


 命をもって命を狩る、そんな苛烈な殺気を浴びせてきた当の炉人は頭部に風穴をこさえ、濃霧に繋がった糸のようなもので四肢を固定され沈黙している。さながら演技途中で動きを止めたマリオネットのような格好で霧に縫いとめられていた。


「立てる……?怪我はないみたいで良かった。」

「はい、ありがとうございます。……なんで……すかこれ?糸……」


 近づきはしないものの、全くの未知であるものを目の前に観察をして、出した答えが「糸」。


「それのおかげで炉人の動きが止まって、何とかやれたけど……本当に、なんなのこれ?」

 2人とも、霧に繋がる糸なんて知る由もない。考察も中程に切り替えて先に進もうとする。


 数分進んだところで、またも奇妙なものに出くわしてしまう。

「なにこれ?霧の……壁?」

「……ん、そう見えます……ね。」


 目の前に佇むそれを言葉に起こすとしたら「濃霧の壁」になるだろう。今までも橋向こうが見えないほどの濃霧に包まれてながらも行動してきたが、レベルが違う。明らかに密度というか濃さが違う霧が壁を作るように滞留しているのだ。目の前に積乱雲を持ってきましたと言われれば納得できようその光景は異常の一言に尽きる。


「この先なんだね、お嬢さんの家は」

 肩に当てたストックに頬を押し当てあとは指に力を込めれば即発砲の体制を取り、霧の壁に銃口を突きつけるローザさん


「はい、…………私は後ろにいる方がいいですか?」

「そうね、即離脱できるようアナタも最大限警戒しなさい。」

 そう言われ、ローザさんの身に隠れるように後ろにつき歩調を合わせて慎重に進む。義足はいつでも最高出力を出せるよう暖機運転を始めると体を包む濃霧が温くなり、まるで生き物のように蠢いて気色悪さを増していく。




 ローザさんの背中に軽く手を添えながら躙り寄るように濃霧の壁に体を沈めていく。体に隙間なく張り付く濃霧、質量を確かに感じるほどの密度のなかをかき分けていく。ほぼゼロになった視界、真の無音に支配されたここでは鼓動の音ですら五月蝿く、小石の転がる音がする度に動きを止め限界まで気を張り詰める。体感20mほどで霧の壁から脱出し、そこでようやく深く息を吐く。無意識のうちに息を止めていたことに気づき嘔吐くような呼吸を繰り返す。

 背中に当て続けていた手を退け、ローザさんの背中の影から外れ家を目指そうと目線をあげると…………そこには現実とは到底思えない光景があった。


「あ”あ”あ”あ”っあぁぁあが!!!」「ぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ!!!」「がぁぁああ゙あ゙あ゙あ゙!」「ぁぁぁあぁあぁぁぁあッッッ!?」

「ぁぁぁあがぁッあぁぁぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ」「ごがぁッッッッっぁ」「ぁぁぁあぁあぁぁぁあぁるぁがぁあァぁなぁあぁっっっ」「ががごがごががあぁぁッッッぁあぁぁぁあァぁあぁガァぁぁあぁっっっ」「ぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁ!!!」「ぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっッッッッッギャガガガぁぁ!?!!」


 ドーム状にぽっかりと空間が開けたそこには、霧の壁一面に椿の葉に隙間なく群がるチャドクガの幼虫のようにびっっしりと縫いとめられた夥しい数の炉人たち。濃霧の壁を抜けるまでこれだけの炉人の叫び声に気づけなかった驚きと尋常ではない光景の衝撃に目を剥いていると


「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「……ッガ……」「……」「…………」「…………」「…………」「…………」「……」「…………」「…………」「…………」「……」


 突如、止んだ。


 耳がイカレるほど猛々しく休みなくあげていた声がその一切が鳴りを潜めまたも無音となる。

 炉人の行動に警戒し、辺りを何度も見渡す。


 建築物が半分ほどドームにのまれている、………………よく見てみると、そこにかかる見慣れた看板が目に入る。そして店先にナニカがだらりと倒れていることに気づく。

 ブレる焦点を必死に落ち着かせ、目を凝らしてみると人だとわかる。心臓が一際強く脈打ち、1歩前にでると、ローザさんも気付き標準を倒れた人に向けつつ先導するように中腰で近づく。後を追い段々と鮮明になっていくシルエット、ゴツく大きな手、並の男性ではい巨躯、そして「渋茶色のカフェエプロンと黒シャツ」が目に映り、もう正気ではいられなくなる。


「ッ!…………ッあ……父さ……ん、……………………………………ッ父さん!!!」

「おいっ!待て!止まれッ!」


 誰かの声が聞こえた気がしたが、知らない、うるさい、構うか……邪魔するな。

 義足を使うことすら忘れ、父さんのそばに駆け寄り状態を見る。声をかけれど起き上がらず、叩いたシャツから砂煙が虚しく舞うだけだった。目は開けず、力なく倒れる父を前にして最悪を想定してしまい目尻を一瞬湿らせるが、厚い胸板に耳を当て、彼の口元に手を被せるよう置き少し待つ。


「……………………………………ドクン」


 長い長い空白の後、一拍…………確かに脈打ち呼吸も正常なことを確認する。



「どうだい?生きてるか?」

 振り向けば、ローザさんいた。静止を振り切り飛び出し、父に付きっきりな私をフォローするように即射撃の姿勢のまま周囲を警戒してくれていたようだ。


「はい……!…………ッ生きてます。父さん!ねぇ、起きてってば!……怪我は、血は出てないし、呼吸はしているので気を失ってるだけみたいです。」


「無理に体を起こすなよ二次災害や症状の悪化が有り得る。」


「……ん、分かりました。…………待ってて父さん、助けるよ。」

 指示に従い、せめて体を冷やさぬようパーカーを脱ぎ上半身にかけて、立ち上がる。


 周囲は以前無音のまま、蠢く霧の壁に呑まれたり浮き出たりする縫いとめられた炉人、担架や人でがない今は応援を待つしかないんだろうが…………敵襲がないとはいえ、意味の分からない状況に気が滅入るが、先程の油断から襲われたことを思い出し警戒は解かず、一言だけ、できるだけ簡潔にローザさんに問う。

「このまま待機ですか?」


「…………少し様子を見る、目立った行動がなければ刺激しないよう移動だ。お父さんには少々頑張ってもらわないといけないが…………それでもいいか?」


 そう聞かれる訳…………つまり負担がかかるんだ、運ぶ私達にもそうだが誰よりもお父さんに………………どんな二次災害があるか分からない、そのリスクを取ってまで退避を優先したいがどうか?ということだろう。

 未だ意識を戻さない父を見る。力なく眠るように横たわるが、僅かに上下する胸部に安堵を覚え覚悟を決める。

 ローザさんの方に向き直り、返答をしようとしたその瞬間誰かと声が被った。


「…………ん、は「ダメです、父さんが死ぬかもしれないんです!」…………い。」


「……分かった、お嬢さんここで待機だ。警戒は怠るな。」


 今声を上げたのは私じゃない、私以外の誰かが遮るように言葉を発した。それも前を向いたままのローザさんが返事をしてしまうほどに、私にそっくりな声で。

 肌が粟立つ。確かに後ろから聞こえた、はっきりと悲哀と心からの叫び声を何者かが発した、だというのに足音や衣服の擦れる音、人がたっているような圧迫感や熱量が全く感じられず、空間そのものが話してるのではないかと疑いたくなる。

 振り向くことも、助けを求めることも今は完全に悪手、せめて刺激しないよう視線を下に落とし黙りこくっていると視界の端からゆっくりと覆うように黒い手が伸びてくる。


「……ッ………………ぅ」


 影より闇く、漆黒より深い色の手は着々と私の視界を閉じ始める。人の何倍も長い指はそれだけで私の頭を被ってしまう、世界一恐ろしい「だーれだ」の出来上がりだ。


「縺??繧後ッァ?」


 また声がした。しかも後ろからではない、真正面から。なぜ…………どうして正面から、脳がフル回転で私の知っている常識から答えを探し始めるが、こちらを待たず理不尽にも視界を塞ぐ指は解けていき「答え」が姿を表す。そこにはローザさんの姿が無く、気味の悪いナニカが後ろから覆い被さるようにこちらを見ていた。


 ──────こちらを逆さに覗き込んでくる者をなんと言おうか


 ──────ひび割れのような歪な口で薄ら笑いを浮かべる、傷のついた仮面をなんと呼ぼうか…………


 ──────左右に大きさの異なる、逆鱗を重ねて作られているような禍々しい角…………


 ──────かっ開かれた白目の部分は墨色で、快晴の空のような深い青色の瞳は片目だけでこちらを見る……こいつは、


「…………悪魔。」

 ごく自然とその言葉が漏れ出た。すると、その悪魔は驚いたような表情になりゆっくりと手をどけ、目の前に立つ。


「随分懐かしいもので……、だが人類(キミ達)が冠した名があるだろう?䰠没(キボツ)だ、どうぞ宜しく。」


 影が立っている。そう思った、そこだけがくり抜かれてしまったかのような暗い暗い真黒な体。後ずさりして見上げても全体像が見えないほどの背丈、街灯と同じくらいのコイツは腰を深く折り曲げ、紳士的なお辞儀と共にとろみのあるバリトンボイスで愉快そうにツラツラと自己紹介を済ませる。


「して…………失礼、跨がせてもらう。……どれだ?私が帰った後に声を上げた阿呆は?ルールを教えただろう?」

 私のことを余裕で跨ぎ、霧の壁の前に立ち手を突っ込み何かを探すように弄る䰠没という化け物。何かを引っ張り出したかと思えば、乱雑に手繰り寄せられた糸の束だった。


「君か?」――――「ぁぁがァァッッッッッ!」


「君かな?」――――「グギャッッぁぁぁァ!!」


「君?」――――「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」


 尖った指先で糸の束から1本づつグイッと引っ張ると、壁の中の至るところから炉人の叫びが上がる。何本も引いては捨て、引いては捨ててを繰り返すうちに、何かを見つけたのか…………手が止まる。


「…………君だったか」――――「ぁぁぁあぁあぁぁガガかぁッッッッッッぁあぁぁぁ!!」


 糸をさらに引き寄せると霧の壁から一体の炉人が引きずり出され、䰠没の背中あたりからぬるりと現れた尻尾がそいつに絡みついていく。私の胴体ほどの太さの尻尾がミシミシと音を立てさらに絞まっていく、体なんて潰れてしまっただろうと思えるほど細く狭く絞られていけば炉人が堪らず声をあげる。


「私が帰ってきたら一切音を立てない。説明したね?だがそのルールを破った、その上君が殺しかけた男はこの少女のお父さんだったらしい、ダメだねセンスが無い。人間っていうのは感情に溺れて、飲み込まれて、突き動かされるときが一番綺麗な瞳をするのだよ。」


 叫び声は消え失せぐちゅり、と肉体が潰される音が鮮明に聞こえた。


「して、叶永というんだね君は?」

 尻尾を振り払い背後で待機させ、後ろ手を組み最初と変わらない表情で問うてくる化け物。


「……なんで知ってる?…………お前は……何なんだ、何をしたい…………。」

 歯を食いしばり、負けん気と気合いだけで立ち上がり睨みつける。化け物は微動だにせず愉悦さに目尻を細め、見下したまま口を開く。


「お父さんが最後まで叫んでいた、ン゛ン゛ッッ…………叶永!!叶永!!いないのか!?……と、君を探しに行ってた様子だった。その途中でコイツらに囲まれて殺されかけてたが、自力で這ってここまで戻って来ていたよ。全く素晴らしい、親子揃って素晴らしい眼をしている………………理想的だ、それでこそ人間だ。」


 途中、悲劇的な身振りをとりながら父さんの声で悲痛な叫びを真似したかと思えば、人が死にそうな様を美術品を見たかのように語るソイツはあろうことか「素晴らしい」などと言いやがる。圧倒的な生物的強者を前にして私の体は、逃げろ!と警鐘を鳴らして止まない。


「ここにいた女性は何処にやった?……………大量の炉人も…………オマエがやったのか?」

 だがニタニタと笑うコイツらの顔を見て、先程まで弱々しかった両足の震えが止まり、確固たる支えになる。


「ひとりは出て行ってもらった、炉人は………………あぁそうだ!間接的にとはいえ私がやった。だがわざとじゃぁ無い、仕方なかった、悪気は無かったんだ。解ってくれ。君のお父さんが死にかけているのも、ここにのさばる私も含めた炉人も、崩れていくこの街も()()()()()()()んだ。」


「ッッ!……………………」

 手の震えが止まらない、ただ怯えからのものじゃない……………………武者震いだ。「腸が煮えくり返る」と怒りを表現することがあるが、そんなもんじゃ済まない。授業で習った偉人の中で憤死した人がいたと言うが……今ならその気持ちも、悔しさも、怒りも全てわかる気がする。


「どうだい、殺したくなったか?……君が道中でしたみたいに私も首を狙われれば死んでしまう、だがまぁ無理か。そんな不細工な機械如きに飛ばされる首じゃぁないが………………っ、いや訂正しよう……もしかしたら有り得るかもしれないネェ……。」


 陽炎を纏い、今までにない威力を繰り出した私の義足はお話途中の化け物の顎をすくい上げるように蹴り飛ばす。自分でも出したことのない速さに驚きつつも、確かな手応えと義足の洒落にならない凹みは致命撃だったことを物語っているが、ぐりゅんと深く曲がった頭部でこちらを向き言葉を発する化け物、打撃での攻撃じゃ効果は薄いみたいだ。


「その殺意を忘れないように、その感情を鎮火しないように、その目を曇らせぬように。アァ、ナントヨイ()ヲシテイル。」


 毛穴という毛穴に刺しこまれるような桁違いの殺意を向けられ、動作もままらないほど傷付いた義足を無理やり動かし飛び退く。霧の壁ギリギリまで下がり、瞬きも煩わしく思うほど集中し䰠没を観察する。炉人を砕くほどの尻尾の揺れ一つに、妖しく笑う表情一つに、血眼になり限界まで見開いて警戒してたはずなのだが…………


「この機械は、やはりセンスが無いね。没収だ」


 胴体に一瞬だが激しい痛みが走ったかと思えば、私の体は反対側の霧の壁までヘッドスライディングの体勢で吹き飛ばされていた。手をつく暇も与えられず肌身を削りながら滑っていく。何が……何が起きたか分からない、動きの起こりすらも見えない圧倒的絶対的な生物としての強さを叩きつけられた。だが諦めることなんてできない、そんなことしない、してたまるか。


「クッ………………そが……、えっ」


 立ち上がろうとした、しかし地面に堕ちてしまう。遅れて体の違和感に気づき下半身を見れば、左足の付け根からごっそりとちぎられたように義足が無くなっていた。

 悍ましいほどの力で捥ぎ取られた義足の断面は激しくスパークを散らし、垂れ下がったコードから火花が飛ぶ。外装は赤熱して一方向に激しくひしゃげてしまって、一目見ただけで修復不可能だとわかる。


「これが無くなったら…………キミはどうする?悪気がなかったとほざく私を殺すのを諦めるのか?その程度か?それでいいのか?拙くとも、どんなに利己的で浅ましいことでも、覚悟を決めたのではないか?」


 䰠没の目の前に、一際太い真っ赤な糸が垂れてきたかと思えばその糸を指で何周か絡め力いっぱい引っ張ると、今まで滞留していた霧の壁が四方に散り始め、外を満たしていたはずの濃霧も一緒に消え去っていく。

 遠くにはローザさんが倒れ伏し、非常灯のぼんやりした暖色のライトが店の前の十字路を照らし、聞き覚えの無いサイレンけたたましく響き渡る。


 

 かなり離れていたはずの間合いを二歩もかからず詰めて来る䰠没は、セリフを読み上げるようなわざとらしい口調で、煽るようにもぎ取った義足を私の目の前に投げ捨て更に凶悪な殺意を言葉に含め投げかけてくる。


「キミはそうやって何も出来ないまま死ぬのだな、ぁアなんとも…………惜しいな。」

「あ”?」


 決めつけるな…………何もできないだって?勝手に襲って来て、勝手に価値観を押し付けて…………なにが素晴らしいだ。炉人をコロニーに誘導し、家族をこんなにして、死にかけてるのをやった本人は悪気は無かっただって?……………………許されるか?

 最早気合いだけでバランスの悪くなった体を投げ捨てられた義足を支えに何とか起こしつつ、右足だけで直立する。


「もうさ、黙ってくれ…………許される訳無いだろ……、してなんだ……何もできてないだ?上等だ、せめてその顔に傷一つでも刻んでやる、避けんなよ。」

 恐れはある、だがそれ以上の殺意と怒気を孕んだ血走った目を䰠没に向け、堂々と言い放ち限界まで体を撓ませる。自分自身が大弓であると言わんばかりに体を反らし投擲の体勢をとり捥がれた義足の足首部分を握り、一呼吸の脱力の間を空けて体を前に倒し込む。槍投げの要領で投げられた義足は、手に滲み出した血液と共に空気を裂いて襲いかかる。


 刹那の沈黙、私の体は地面と熱い抱擁を交わし遠くから瓦礫が崩れる音がする。


「ッ……………………、最期に素晴らしいものが見れた!だが狙いが外れたな。」

 愉悦に蕩けきった声で興奮気味な化け物、勝手に私の宣言を受け取り本当に不動のままでいたらしい…………倒れ伏した私を片手で簡単に持ち上げ、䰠没の目線の高さまで引き上げる。


「オマエ…………殺す相手の言葉を聞きすぎだ、誰がァ素直に顔面狙うかってんだ。」


「キミは何を…………?現実を見るべきだ、君の義足は私の頭上を掠めそこの建物の壁に………………まさか、」

「あァ最初から気になってたんだ、不細工でセンスの無い角が………………な………………ぁッ…………」


 痛みすら感じる余裕すらなく、最後に意趣返しをすることに力を振り絞れば、目を閉じたかも分からないまま、視界ブツンと途切れてしまう。

 最後に見えたのはやけに遠い空と、覗き込んでくる影。

 耳鳴りが音を遮るが、聞き慣れないサイレンの音だけが徐々に音圧を増していった。



「………………削ったか!義足の投擲ごときで、私の角を!」

 空いた片手で左右の角を触り比べる………………違和感を確信に変えるため小娘を捨て置き、両手でもう一度入念に触ると差があったはずの角が同じ長さになっていることに気づく。三日月のように尖っていた右側の角は触る事にパラパラと欠片を零し、見事に折れてしまっていた。その事実に心の底から、えもいわれぬ感情が際限なく湧き出してくる。

 興奮が収まらず、天を仰ぎ両手を上げてこの出会いに感謝したあと、しゃがみこみ仰向けに倒れる少女を覗き込むと光のない無機質な瞳が未だにこちらを捉えていた。


「ァア!ナントヨイ!ヨイ瞳ヲスルノダロウ!気を失っても尚私のことを睨み続けるかッ!…………このまま生かしたらキミは私を殺しにくるだろうか?私のゲームを最後までやり遂げるだろうか?キミはまた、何もかもを振り切った純粋で混じり気のない瞳をまた向けてくれるだろうか?……………………あぁ?意識が無いのか…………このまま置いてくか、持って帰るか……イミテーションになる前にこちらで保管した方がいいか?」


 そうだな、きっとその方が純粋で綺麗なものが出来上がるだろう……。このくらいの歳の人間は何を食べるのか?…………何があれば生きていくのか?……これから集めるには何処に行こうか?…………思考はこの先のことで埋め尽くされ、未だ冷めぬ興奮と止まらぬ昂りに周囲など気にしていられなかった。あとはこの少女を拾い上げ立ち去るだけ…………それだけなはずだったのだが。



 少女の胴体に向けて伸ばされた手は、鋭い衝撃により弾き飛ばされ動けるはずのない少女が残像を残し横にぶれていく。

 奪い去っていく黒い影を捕らえようと尻尾をしならせるが、それすらも叩き落とされる。完全に奪取されたことに驚きつつもそれを成し遂げた人物を見れば、急激に気分が萎えはじめ、先程までの昂りも何もかも栓をされてしまったかのようにピタリと止まってしまう。


「………………………………はぁ、またキミかい?悪いが戦わないよキミとは。面倒臭いし、メリットが無い。いざとなったらルールを無視して行動するキミは、控えめに言って天敵だ。」


「おぉう?なんだ、お兄さんとは付き合ってくんないの?この子とはそんなになるまで激しくしたんでしょぉ、」


 少女を柔らかく受け止め、堂々と剣を構える軍人。装いの堅苦しさとは想像できないほど砕けた…………ふざけてるとも言っていい口調で䰠没に話しかける。


「……………………破壊不能な不滅者(アンブレイモータル)。だいたい人間じゃ無い、感情を抱くことのないキミはそもそも嫌いなんだ。帰るよ、だからその空っぽな単眼視覚ユニット(モノアイ)で見てくるな。」


「じゃぁほら、早くテリトリーに帰ってくれ。大陸級変異個体のてめぇが移動したせいで炉人の分布がめちゃくちゃになってんだ、被害もそのぶん未知数なんだ。」

 つま先から頭のてっぺんまで、全てが軍用規格の機械で身体が構成された魂をもつ機械人(アニマキア)の男は臆することなく言い切り、軍帽によって影が落ちる単眼視覚ユニット(モノアイ)の機構が動き、瞳孔にあたる部分が鋭く絞られ戦闘態勢に入る。


「勿体無い、キミに感情があったら素晴らしいものだったろうね。」

 切っ先を向けられてるのにも関わらず堂々と背を向け、踵を返しコロニーの外へ向かう䰠没。見失うはずが無いその巨躯は遠ざかるにつれ溶けるように背景と同化していき、見えなくなる。どれだけ目を凝らそうとも、レーダーやソナー、光学熱線系のセンサーを使おうとも、結果は「そこには何も無い」とシグナルが視界に表示されるだけ。


「終わったか……メディック!俺の座標に負傷者3名!救助求む!」


「了解…………ん?アンタ䰠没はどうしたのよ?」


「あれはもう帰った、男は食えないんだとよ!つーことでなるはやで頼むわ。」


「あいよ、2人送る。到着は3分後ね、お疲れ様兄貴。」


「おうよ!」



 さて、コロニーは大抵対処済み。炉人による死亡者無し…………まぁ大体䰠没が絡めとって行ったんだろうが…………、あとは中央公園へ避難した人への対処か…………。頑張るか!

・「諦める」ことに異常な忌避感を示す。周囲も引くほど死ぬほどやる、できることは出し惜しみはしない。

・初対面、親しくない人や他人に対し礼節を忘れないようにしている。

・言葉を大切に使う、発言前にちゃんと考えて整理してから話す。吃ってる訳じゃない。

・めんどいことは嫌、けど任されたことは最後までやる。けどグチる。

・達観した部分と子供らしい部分がある。


叶永はこういったルールで生きてます。



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