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瞳が1番綺麗なのは、

 駆けるもの、這い迫るもの、異様な速さで近づく四足歩行のもの、転倒しあとから来た炉人に踏み砕かれるもの。未だ遠くにあるものの、数え切れない程の不気味に光る双眸が、赤い軌跡を残し波濤の如き激流になって平原の草花を蹴散らしていく。濃霧から出た炉人は、母蜘蛛を潰され体内から湧き出る子蜘蛛のように四方八方に散開していき、その波のひとつがコロニーへ真っ直ぐと向かってくる。


「動かなきゃ、逃げなきゃ……、助けを呼んでそれから…………、皆何処かに………………

 この世のものとは思えない、しかし確かに実在している目の前の光景、生きた地獄(終焉)が、確実なる死の気配を纏い迫り来る事実。思考が……強制的にシャットダウンしてしまったかのような感覚。頭に浮かぶのは空白、何も無い空っぽの思考だけ。僅かに残っていた理性と冷静さは、刻刻と薄れていき、やがて言葉を発することですらできなくなる、身体も今では指の1本も動かせない。腹の深いところから滲み出してきたような不快感が全身を犯していく。汗か涙か分からない、正体不明の水滴が頬を伝うたび吐き気が込み上げてくる。見えない何かで絞められていくように喉が圧迫され、息をしているのに空気が入ってこないことでパニックになる。浅く、不規則に、藻掻くように呼吸を繰り返すが…………


「コヒュー、ハッァ、コヒュー…………ハッ、コヒュー……ハッッ……ァッ、……ゥゥうッ、ヴォェッ…………オエッ」

 か細く、潰された笛のような滑稽な音を鳴らしながら、呼吸は苦しさと焦りを増幅させるばかりで厭になる。締めつけるナニカを外そうと喉元を掻きむしるが、皮膚を傷つけ抉るだけで何も掴めやしない。腹の底の不快感が確かな感触と共に食道をせり上がってくるのを抑えるのに、咄嗟に手で口を覆うが、何も出ない。周囲の音も段々と籠るように聞こえなくなりつつある、いきなりの高低差を行き来した時のような詰まった感覚がさらに視野を狭くしていき、耳鳴りがボリュームを増していく。


「死」を目の前にしたとき、人間のする行動は大抵3パターンに別れるらしい。


 脳が目の前の情報を処理できずに、立ち尽くし身体が動かなくなる者。

 現実を受け入れられず、パニックに陥る者。

 本能的に、または反射的に行動できる者。


「…………………………」

 私は何もできない、どうしようもない人だったみたいだ………………。目の前の光景にオマエは()()()()奴だと叩きつけられ、抗うのを諦めるかのように全身の力が嘘のように抜け落ちていく。苦しさも吐き気も治ってないのに、口を覆う手はダラリと体に垂れ下がるだけの肉塊となり、これまでに経験したことの無いような底の見えない虚しさ、己に叩きつけられる無力感が思考と肉体を支配し、表情を虚ろなものに塗り固めていく。 



 不意にひとつ、意味のない疑問が浮かぶ。先程まで答えの出ないまま堂々巡りしていたものが何故、今必要ないときに割り込んでくるのか…………。



 私は…………、どれほどの時間を無駄にして……いたのだろうか。


 今、するべきことが…………分からない。


 生きて、いる意味が…………分からない。


 何を成した…………、何をやり遂げた…………?何か役に立てたか…………?…………分からない。



「私は…………一体、なんなんだ?何をした人だ?この状況はなんなんだ?……理不尽すぎて、笑えてくるな………………。本当に。ほんとうに…………ホント…う…に、なんなんだよ…………。」


 視界が揺れた、立っている外壁に何かが衝突したのだろう。壁の下からは慟哭混じりの咆哮は揺れと共に勢いを増して、終わりがもうすぐそこまで迫っているのを告げているんだろう。やがて壁の一部が崩壊し、強烈な揺れによって立つのが困難になる。体制を崩され両膝と両手を足元に投げ出し、俯いたまま顔をあげられない。

 ランチボックスに置いてたカップが、突っ伏したままの私の横に金属音とともに熱いお茶をぶち撒けながら転がってくる。まだ温度が保たれていたようで、右手に鋭く刺すような痛みと爛れていく感覚が襲いかかる。


「ァ……ッッッ、ゥゥ………………、」



 けれど……手は、退けない。退けたくない。逃げたくない。………………私は、諦めるのか?


 火傷による痛みは、先程までの真っさらで真っ黒な頭の中に僅かな思考をねじ込む、隙間を作り出した。


 

 コンクリートのざらついた表面に指を押し当て、形が歪み骨が軋む音が伝わってくるほどに力を込める。指を擦りおろすように握り込んでいく途中、指先が切れたようで血とぶち撒けられたお茶が混ざり合い、浅黒い液体が手を汚す。切れた指を意に介さずに、再び握ろうとすれば爪が石の隙間に引っかかり、ガリガリと不快な音を立てて削れ割れていく。不規則に欠けた爪の先が掌にくい込み、皮膚を刺し血を滲ませ、滴らせる。脳が遅れて危険信号を出し、止めさせようとしてくるが…………それでも「ナニカ」を握り潰すように力を込め続ける。歯が擦り潰れ、削れ、音が鳴るほど噛み締めるうちに頭の何処かで血管が弾け切れる音が、明確に、確実に聞こえた。




「──────ッふざけるな」


 か細く、だが確かにそう呟いた。締め付けられまともに呼吸できていなかったため喉からひり出すように発した言葉。だがそれは、どんなに弱々しく小さい、醜いものであっても…………ひとりの人間の魂からの本音、



「──認めッ、られるわけない」


 周囲から音が消え失せ、自身の嗚咽による不格好な途切れ途切れの声しか聞こえなくなった。先程よりも少し大きな声で言い放つと喉の痙攣が落ち着いてくる。それとは反比例するようにドス黒く利己的で浅い思いが、願いが、野望が、滾っていき烈火の如き怒りに身体が震える。



「─私はッ、まだ何も!できてないッ!!」


 いうことの聞かない身体を、激情に任せて立ち上がらせふらつく足に地面を噛ませる。

 認められない、終われない、その一心で再び吼える。


「まだ、見つけてすらいない!!!」


 生きる理由を、生きた証を、目的を、叶永という人間がなんのために生きているのかを、





「─────だからッッ!!死ぬもんかぁぁあああああああああああ!!!」


 咆哮が轟く。少女が出した声が、一人の人間が「真に生きる」と決意し、覚悟を決めた産声が確かに大気を震わせ、霧に包まれてしまったコロニー全域に響き渡った。


 


 まだ少し残ったカップの中身をぶち撒けるように捨て、大口を開けたランチボックスに3段保温ボトルやグラインダーを放り投げる勢いでしまい込み、脇腹に抱える。片手片足で梯子を下る途中何度か踏み外し落ちそうになるが早鐘を打つ心臓が緩慢に動くことを許さない。少し無茶な高さから飛び降り、信用する相棒(左足)を地面に向け突き立てる。自由落下の衝撃をその1歩で受け止めきれたものの、足首ほどまでめり込み割れ砕けた瓦礫が足を捕らえる。


「ふんぬぉ!!」


 が動きを縫い止められたのは一瞬で、股関節から振り上げるように足を引き抜き、ふらつく姿勢を立て直す。まずは家族を助ける!合流したあとは逆側、とりあえず逃げる!濁流みたいに向かってきた炉人は自警団と軍の人に任せる!よし、頭は動く。左足も熱気を纏い圧倒的機動力と、少しの振動と安心を伝えてくれる。

 が、コロニーはいつもの雰囲気と真逆、裏の世界に来てしまったようで。絡みついて体温を吸い取ってくるかのような、異様な濃霧に包まれてしまっている。10m先では何が起こっているか分からない……もしかしたら炉人に出くわすかもしれない恐怖に足が竦みそうになるが、不意に握りしめた掌の痛みにより、先程の激情がまた再熱してくる。垂れる血をズボンで拭い取り、勢いよく走り出す。


「いない…………!」

 そう、あれだけ迫って恐らく壁に穴を開けてなだれ込んで来た炉人が見当たらない。もう既にコロニー内に入り込んでいるか、外に出てったか…………どちらにせよ、まずは助ける。人命第一!


 いつも配達の時には足を止めて眺めていた水路区の景観も今では人の営みを象徴する明かりが消え失せ、非常灯による赤いぼんやりした不気味な光でツギハギに照らされているだけ。遠くでぼんやりと、だが確かに聞こえる銃声と化け物か人間か分からない叫び声が更に、非日常な世界を作り出していた。

 走り、駆け抜け、水路を飛び越え、悪路につまづき転んでしまう…………顔を酷く擦りむくが今更だ、生憎体力と走力なら昔からずば抜けているんだ、今が使い時だ、出し切るべき時だ、その一心でただ走る。


 水路区には、人口河川の本流と分流が葉脈のように張り巡らされており、本流には対岸に渡るための橋が全部で三本かかっている、ここからの家に向かう最短ルートは川の中腹に架かる橋を渡るしかないため一目散に目指していたのだが…………


「がア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」

「わぁーーーーー!?!?!」


 走り抜ける刹那、視界の端、建物の間に伸びる裏道にふたつの影を捉えると同時に、けたたましい叫び声がふたつ重なり合い不協和音となって響きわたる。片膝を深く折り、左足は地面を削る勢いで突っ張るように身体を急停止されば、肉体からも義足からも軋む音が骨を伝う。スライディング手前の姿勢でやっと止まり、反動をつかい飛び起きるように逆側に走り戻る。


 裏道へ入れば、先程までふたつだった影が、今はひとつへ重なろうと…………いや、喰おうと覆いかぶさっているのがわかる。腰を抜かしたうえで、それでも尚足掻いて抵抗している女性に容赦なく大口を開ける炉人。走る勢いを殺すことなく、今できる最大手で助けることを覚悟する。気色悪く笑っているように口が裂けている炉人を見据えれば眉間に力が入る、嫌悪感か、敵対心かはよくわからない…………分からないが、思うままに叩きつけてやる!義足が更に甲高い音を上げ身体を前へ前へと押し進める。


 覆いかぶさり喰らうことに夢中になり全力で走り迫るこちらには一瞥もない。幸いなことに蹴る飛ばすにはベストな位置にヤツのこめかみがあった。女性を傷つけないよう、右足で飛び上がり同時に身体を一回転させ、あえて遅らせた左足を捻りを戻す力を利用して渾身の飛び回し蹴りを叩き込む。


「死んッッねェッッ!!」

「ごアッッッッ?!!?」


 今までに聞いたこともない唸るような打撃音が炉人の横っ面を捉え、成人男性ほどの体躯の化け物は風に揉まれる木の葉のように、いとも容易く飛んでいきコンクリートの壁に打ち付けられ沈黙のまま動かなくなる。


「大丈夫ですか!?すいません!怪我はないですか?歩けます?」


 腕を顔の前で構えたまま、恐る恐るといった様子でこちらを見る彼女。瞬きが落ち着くことは無く、目が泳いで視線が合わない。だが、言葉だけは返そうと回らぬ呂律をそれでも動かして


「大…大丈夫ッ、です!あの、ありっッがとうございました。」


 手を取り、体を引き寄せ立ち上がらせる。肩に手を添えたまま支えるが、私の肩と腕にしがみついてなんとか立てているといった様子で、口を固く閉じ視線は留まることなく忙しない。


「すいません、初対面で失礼ですが避難場所をご存知ないですか?」


 彼女の手を取り、優しく緊張を解すように握り肩を掴む手には上から包むように添え、少し首を傾げながら覗き込むように彼女と目を合わせ、慌てずはっきりと通る声で問いかける。


「アッ、さっ……さっきデバイスに、放送がッ、あって…………それでアノ、自警団が中央公園だって言ってて、さっき、さっきから繰り返し放送が……流れてて、」


 途切れ途切れだが、要は自警団がコロニーにいる全員に緊急放送を流し続けている、避難場所は中央公園にあり、きっと自警団の人たちも救助活動をしているのだろう。


「歩け……ないですよね、…………けど、あなたも死にたくないでしょう、無茶してでも今は走って頂かないと困ります。」


「わかっ、はい、走ります。死にたくはないです。」


「良かった……では、行きます。途中、またアイツらがいたら私が蹴るのでついてきてください、ペースはあなたに合わせます…………ただ、死なない程度に急いでもらえれば幸いです。」


「アッ、はい…………あのあなたも軍の方ですか?私より幼く見えるのに、落ち着いてて…………私には出来ないです、改めてありがとうございます。」


「ん、…………いえ……あなたと一緒で、生き延びるため必死な人ってだけです。」


 後ろを気にしながら走り出し、道ほどなくで左足からいつもと違う、異様な駆動音が僅かに聞こえ始める。丈夫とはいえ、炉人の硬い外皮を蹴り飛ばすのは無茶だったようだ…………後悔と同時に、先程の頭蓋を蹴り潰した感触がまだへばりついている気がして義足を見る…………が、僅かなへこみと真新しい煤のような汚れが着いているだけで、血痕や肉片がついてることも無い。


「ふぅ……大丈夫、って言われたいのはこっちだよ…………。」

 誰にも聞こえない、口から零れた独り言。しかし愚痴のひとつでも言ってないとやってられない。


 炉人、それは化け物。そこに在るだけで邪魔な存在、害でしかない、不倶戴天の人類の絶対敵である。しかし……、人型のナニカを正面切って蹴り飛ばすのは、身体的にも精神的にも負担のかかる一大事であり、私にとって義足を本気で人に向けて使った事は初めてだったのもあって、未だに罪悪感のようなものが足をもつれさせ、上手く踏み出せない。


 言い訳じみた逡巡をしている内に目的の橋の影が霧の向こう側に見えてきたが、その上はひしめき合うように人影が埋めつくしている。先程のこともあり、人影に気取られないよう足を止め警戒しながら近くの建物の扉に背をピッタリ張りつけ、息を殺しながら様子を見る。


 突如、叫び声のようなブレーキ音。タイヤが激しくコンクリートを噛む音が霧の奥から聞こえ、ふたりして驚いて思わず身を隠すがそれが私たち自身を救うことになる。

 鳴り響くのは爆発音、質量を持った音圧が鼓膜と内臓を震わせ瓦礫と黒く変色したナニカを撒き散らす。鉄と炸薬の焼け焦げた臭いを漂わせ、後に残るのは僅かばかりの静寂、それを遮る轟音と何かが川に崩れ落ちる水音だけ。


「なっ……!?」


 顔だけを覗かせた私は、目の前の受け入れ難い光景に思わず身を乗り出し理解しようと原形を保ってない橋の前まで駆け寄るが、来るなと言わんばかりに乱射される銃声が崩れた橋向こうから響く、マズルフラッシュは濃霧を火花色で染めるだけで向こう側がどうなってるか見ることができない。


「誰かッ!誰かいるかぁ!生き残りがいたら応えろ!」

「殺す気ッスか!?」

「生きてます……」

「なんとか、ただ今ので第2架橋は崩落向こう側の人はもう………」


 警戒は解かず、数名の理性のある話声に耳を澄ませ聞き入る。


「……るせェ言うな。最初に侵入された水路区は生存者が残ってるかわからん、これ以上の炉人による被害を防ぐにはこうするしか無い。第1架橋から他部隊が掃討しながら第3架橋まで進軍する、それを俺らが挟み込んで殺す。もし、生存者がいたら安全域になった第1架橋に待機させ後で回収する。」


「………壊滅した区画に隊員を割けないからって、無茶じゃないッスか?」


「アタシもそれは思う…………ただ、割り切らないと。緊急事態で人員が足りてないの、できるのはより多くを救うことよ。」


「……それでも、惨いっス……人の命を選ぶみたいじゃないっスか…………。」


 ……………酷く現実的で、生々しい話が交わされている。一度に全ては選びきれないのはしょうがないと割り切るしか無い。真理のようで受け入れ難いことが今、目の前で起こっている。命の選択、救えない片方、犠牲の上に立つ誰か…………思考を乱されいつの間にか立ち尽くしていたことに、ハッとする。違う、ここで止まってはいけない、迷ってはならない、進まないと、走らないと、目的のため行動しなければ。

 一呼吸、息を整え両手を口の横に当てる。少し仰け反るほどに深く空気を吸い肺が限界以上に膨らむのを感じる、腹に力を込め、爆発させるように、対岸まで届くようにと、その一心で声を張り上げる。


「こちら生存者ッ!繰り返すッ!こちら生存者ぁッ!ふたりだ!助けて欲しい!……、」


 声に気づいてくれたのだろう、上下左右バラバラに向いていたライトの光がこちらを探すように一斉に照らす。


「大丈夫かァッ!こちら自警団!負傷者はいるか!?」


「いないっ!ただ女性2人!消耗激しく、そちらに渡る手段が無いッ!救助求む!」



「……………ッ…………………済まない!こちらも今すぐ救助する術がないっ!安全圏での待機は可能か!そうすれば第1架橋から救助が来るッ!耐えれそうかッ!?」

 正直、無茶なことを言っている。この極限状態で女2人……炉人が徘徊している水路区での安全圏確保……ましてや待機など…………。先程多くを救うために切り捨てた……側からの助けを求める声を聞き、自分がどうしようもなく情けなく惨めだと……思い知らされる。無力だと、卑怯者だと、武力を背負った者としての義務を果たすことなく生き延びるクズ野郎だと………………。

 先程まで張り上げられていた少女の声も、霧の向こう側で途絶えてしまい返事がない。まさか……もう避難したのか?いや声から考えて大人ではなかった、子供と呼べる幼さが残る声だった…………となると既に炉人に…………?


「クソッ!おい…………ロープだ、あるだけ出して車に繋げ!」

「隊長?…………まさか泳ぐ気ッスか!?」


「あぁ悪ぃかッ!?対岸まで泳いで彼女らに飛び込んでもらう、俺が掴んで合図したら車で引き摺り上げる。お前らッ!!これで見捨てて生き延びて……明日食う飯が美味いかよッッ!?…………自分に嘘ついて生きるのは嫌になんだろぅがァッ!」


「………………アタシ車、アンタら周りの警戒と隊長と保護対象の死守!分かったッ!?」

 隊長の喝と、副隊長の指示により一分隊全員が救助のために力を尽くそうと、各自役目を果たそうと行動し始める、炉人のいつ来るか分からない襲撃と人名が掛かった作戦に空気が張り詰めていく中、対岸からの思いもしない発言に訓練された兵士たちの動きが止まることになる。



「こちら生存者!そちらに飛び移るため、目印を光らせて欲しいッ!」

 先程と同じ声の主が、はっきりと「飛び移る」と断言している。


「…………」

「………………」

「………………?」

「……何言ってんッスか?」


 あまりにトンチキで、現実味のない言葉に言葉を紡ぐこともできず浮かぶのは疑問と静止させなければという焦りだった。


「こちら自警団!君ッ、大丈夫だ今から救助に向かう!私がそちらに向かうから!」


「アンタらが変に動いても事態の悪化に繋がるの!」


「大丈夫っす!絶対助けるッス!」


 全員が口を揃えて彼女の無謀を危ぶみ、必死の説得に自分たちの手が止まってることすら気づいてない。



 向こう岸から「動くな」「大丈夫」「助ける」と必死に声が浴びせられ、救助に命をかけているのだと空気感からヒシヒシと伝わる。だがこっちだって急いでるんだ、やれるもんはやれるのだ、出来てしまうのだ、20m強の走幅跳なんて父さんを背負ってもできる。まして、今一緒なのは私と同じくらいの身長で体格も細身な女性だ、できない理由は…………無い!

 幸い、ライトの中でひとつだけ激しく振られてるものがある。目印にはちょうどいい、踏み切り線書いとこ…………確実に渡るには…………助走距離はいつもより長めで………………


「あの……、自警団の方を待った方がいいんじゃ?私じゃ……この幅は…………ていうか、人間でこの距離を跳べる人なんて…………。」

 手を胸の前で握り、先程までの上擦った声は何処へやら、素の柔らかく丁寧な声色で提案をする彼女。その目には純粋に私のことが心配だという()があり、保身のためではない他人のために向けることでしか作れない、優しい表情をしていた。

 かという私は、橋の前の地面に踵で線を引き、そこから真後ろに向き直り大股で進みながら間隔を測っていた。途中で問いかけられズレてしまったので最初からになってしまうが………………、この人も一緒に跳ばないといけないのだからちゃんとした説明は必要だろう。



「ん?…………………、いえ私なら跳べるんです。一緒に向こう岸まで、自警団にあなたを預けるまでが私の責任です。」


「……?責任?」


「はい、私はあなたを助け…………それで避難場所を教えて頂いた、それで歩けないあなたを置いて我先に避難するなんて無責任です、だから来て貰います一緒に。」

 話しながら白い線の上に立ち、再び間隔を測り直す間ため大股で歩きながら視線は向けずに言葉だけで伝え、言い終える頃にはベストポジションに立ち、測った間合いをもう一度見つめイメージを重ね成功できるビジョンを手繰り寄せていた。


「ふぅ…………………………、あの初対面で重ねて申し訳ないのですが、かなり密着した体勢を取らないと振り落としてしまうので、協力していただけませんか?」


「わか……りました、どうすればいいですか……?重かったらすいません…………。」

 寄ってくる彼女に一声断りを入れてから背中に手を回し、彼女の顔が見えなくなるほど深く抱き寄せ、密着する。


「いつももっと重たいの持って走ってるんで、大丈夫です。あとは首の方に両手を回して…………そう、足は私のお腹の後ろ側辺りでクロスさせて……はい、あとは思いっきり死ぬ気でしがみついてください。じゃないとほんとに振り落としかねないので、骨折れるくらいの気持ちで遠慮なくどうぞ…………。」


「はいっ!…………っぅぅ……。」


 私の胴体と隙間なくしがみついた彼女の背を叩き合図をすると、覚悟を決めたような、恐怖に悶えるような掠れた声を上げたのでそれを返事と捉え、もう一度ルートをなぞる。霧の向こう側のライトのうちひとつは未だに激しく振られ、絶えずこちらを励ます声援を送っている。誰かも分からない声も聞き覚えがないが、その人に届けと声を張る。


「こちら!生存者2名ッ!ライトを激しく降っている方を目印にぃッ!今から5秒後飛び移るッ!場所を開けて欲しいッ!繰り返す!今から5秒後飛び移るッ!」


 何度も声を張ったせいで喉が熱い、がカウントダウンはもう始まっている。


 1─────、姿勢を前傾させ両の足裏に意識を集中させ、より地面を深く掴もうとする。


 2────、前傾が最大になり少しの「間」をとり天秤の均衡を崩し、ドロリと溶けだすように自然にスタートを切る。


 3───、1歩ごとに距離が食い潰され加速は青天井で留まることは無い、一呼吸の暇もなく踏み切り線が迫り来る。


 4──、確信を持って踏み込んだ左足は舗装された道を斜め下に深く押し固め、後を追うように瓦礫が舞う。


 5─、重力が地面に堕としてやろうと引っ張るが、それ以上の推進力で空を掴む。彼女の肩と首に回された腕が更に絞まり息苦しい…………が跳んで終わりでもない訳で、霧向こうから顔を見せた地面に向き合い足を突き立てる。慣性と衝撃で着地の姿勢は崩れ、何とか彼女だけでも離すまいと全身で力み、滑り続けた身体がようやく止まったころには、


「ッッうゥゥゥッッッ………………ォらあッ!!」


 橋から10m少し…………着地場所を確保すべく散開していた自警団の目の前にまで来ていた。

 片膝で汚く跪くような姿勢で何とか対岸に渡りきったが、義足はともかく生身へのダメージが積み重なり限界が近いのが感覚で理解する。

 不意に首を絞めていた圧が無くなり、彼女が倒れるように身体から離れていくので抱き寄せれば、なんとも綺麗な顔で気を失っていた。片手でもたつきながらもパーカーを脱ぎ、地面と彼女の間に滑り込ませ寝かせる。

 自分の体も、両手をつき乙女な羞恥心など引っ込んどけと言わんばかりに立ち上がらせる。しかしまぁ…………慣れぬ状況と過度な負荷により膝は笑う、押さえつけるように膝に手を着き何度か深呼吸しているが、肺は膨らんでるはずなのに酸素が入ってくる気がしない…………苦しさが拭いきれないまま、なんとか走り出そうとするが……


「おいっ!大丈夫か!?って違うな…………ありがとう!少し無茶な人命救助だが嬢ちゃんにしか出来なかった、感謝する。」

 先程まで聞こえていた喝を飛ばしてたのはこの人か…………、渋面のおっちゃんがまっすぐ目を見て対等に感謝を伝えてくれる、がなりのある声質とハッキリとした言葉に圧を感じるがそれは彼の話し方の個性であり、躊躇せず腰をおり紳士な態度は清々しさがあるが…………腰に縛り付けられられ垂れ下がっているロープは、なんなんだ?


「お嬢さん、彼女どこか怪我してるとか分かる?」


「いえ、私と一緒に走って来ましたし会話もできてました。」


「そう…………ありがとう、ちょっとアンタ!先に車で避難所行って。彼女ら2人と負傷した奴らも乗せて。この子は手に火傷と顔と足に傷、洗い流してから手当して、それから……」

 芯のある強かな声で指示を出す女性、守るものがあるという強さを帯びた背は凛と伸び、細身でありながら大木のような安心感がある。今だって自分らの機動力を使ってまで人命を最優先で救おうとしている…………ありがたいが、


「彼女だけで大丈夫です。私は……まだ、行くとこがあります。」

 このままでは避難所まで直行してしまう、そうなる前に女性の指示を遮るように言葉を通す。


「……あ?その怪我でどこに行けるか、人命優先なんだ分かってくれ。ここで動き回られて、アタシらも手の届かないとこで死なれると夢見が悪いんだ……、それにお嬢さんは立派に一人の命を救った、あとは任せてくれないか?それとも……………、信じれないか?」

 どこまでも私のためで、命という尊く…………脆く、手の隙間から簡単にこぼれ落ちてしまうもののために紡がれた言葉。………………だが、それでも言わなければならない。


「ん、………………いえ信じています。あなた方は先程も命のために行動していた、そこに疑いようも何も無い。…………私の、両親を迎えに行きたいんです。掛け替えのないの家族を。自警団の方はコロニーの避難誘導に回す人員が足りてないと聞きました、であれば私を救護対象ではなく避難誘導に協力するものとして考えては頂けないでしょうか…………。」


 言葉を考えるのに必死だ、相手だって人命救助のという「正しさ」を掲げそれに従事している、何も間違ってない…………それに意見するのだから、それ相応の筋ってものを示さなければ受け入れられる訳がない。


「………………。」

 女性は何も言わず言葉を受け止め、苦虫を噛み潰したような表情で腕を組み私の目を見ている。


「幸い、足もまだ動きます。水路区で炉人を一体蹴り殺しました…………、その後あの彼女を担いでここまで連れてくる程度の判断はできる思考もあります。だから…………、どうかお願いしますッ!お役に立ちます…………少女の無謀ではなく、協力的な一市民として動くことを受け入れては貰えないでしょうか………………!」


 女性の眼光が鋭さを増し、切っ先を眉間に突き立てられているような…………身体に巡る血が頭の先から冷えきっていく感覚が叩きつけられ、言葉が…………喉に詰まってしまう。

 だが…………すでに言いたいことは全て吐き出した、言葉が紡げずとも、殺気にも似た圧により半歩後ろにずり下がってしまうとも、断じて視線だけは逸らさない。言葉の真剣さは並び連ねた有象無象ではなく、それを語る人の「眼」に宿るのだから。それすら曲げてしまえば相手の心に刺さることはないのだから。

自分勝手で、理路整然。子供っぽく取り乱したり、はたまた大の大人を説得するため言葉を紡げる……そんな二面性を持った少女なんです。この子は。

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