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その慟哭は日常を引き裂き、戻ることは無い。

 苔むした裏路地、少し湿り気のある空気を抜け建物と建物の間を縫うように付けられた細い階段を上がり、申し訳程度の踊り場と所狭しと植物が生い茂る通路に出る。上の階の通路の手すりから吊り下げられた硝子玉の装飾品や、何かの果実を干している籠は生活感を感じるが、何処か現実離れした雰囲気がこの場を包んでいる。雑多に生えているそれらは手入れもされているようで所々芽吹き、ふわりと咲いた花を踏まないようずり足になりながらドアの前まで着きノックする。

 ここは固定居住区、半年以上のコロニー滞在が条件で貸し出される集合住宅地でコロニーの半分を占める。それぞれの棟には特色がありここは植物と生活が結びついたところだ。


「種崎さぁーん!いらっしゃいますかー?生活物資とその他諸々届いてまぁす!」



 ……………………………………………………………………えっ……死んだ?いや、今足音がした起きてくれたみたいだ。寝起きでおぼつかないであろう不規則な振動がこちらまで伝わってくる、足音に混じる独り言が段々と鮮明に聞こえてきて、近づいて来るのが分かりバーコードスキャナーをアームカバーから取り外し、ついでに胸あたりのポケットに手を突っ込み、恐らく彼女が欲してるであろうものを用意しておく。


「スゥ-………あっれぇ?どこいったっけえぇ…………叶永ちゃあん、悪いんだけどh」


「ん……、火が欲しいんですよね?どうぞ。」


 彼女が言い終える前に、柄が掠れた真鍮製ライターの蓋を弾きフリント・ホイールを押し回し、灯る火を彼女の顔の前まで差し出す。食い気味に差し出した火に目を丸くして止まった彼女は寝ぼけ顔を綻ばせながら指に挟んだタバコを口元にやり先端を静かに火と重ね合わせ赤熱させ、ひと吸いふかす。


「ん…………ありがと!わぁ結構たくさんだ、お疲れ様だね。」


 流れるようにタバコを指で持ち直し、指紋認証とサインをしているタンクトップと短パンの彼女は種崎さん。ここらで有名な美人さんであり、極ヘビースモーカーである。呼吸はタバコと共にあるんじゃないかと言うほどその口の端からタバコが取れることがない。今届けた物資にカートンでミチミチになっているダンボールがあるが、このお姉さんは月1で発注しているので………これ以上は考えないでおこう。吸う人の中でもこの人が特別なんだろう。

 これだけ吸っているのにも関わらず乱れた長髪をかき上げればタバコの匂いよりも先に、女性らしさのあるやわらかく甘い匂いがしてくる。朗らかな人柄にお姉さんキャラ、黄金比のプロポーション、タバコというデメリットがギャップとなり萌える要素、これで人気じゃない方がおかしいというもの。


「今日は生活物資Ⅲ型とⅤ型、指定嗜好物資が一箱に、あ〜…………あとこれ、どうぞ。」


 既に二本目を取り出し、フィルターギリギリまで残った一本目の先端でなんとか一人もらい火をしようと間抜けな動きをしている彼女に、彼女のために持参した先ほどのライターを手渡す。


「えぇ?いいの!やっさしいね〜、ありがとうぉ。」

 既に次の一本が咥えられタバコの先端から一筋の狼煙が上がっていて、空いた両手は私の頬を包むように添えられお姉さんらしく、優しく、慈愛を感じるような手つきで撫こり回される。


「んモモッ、あぬぉ撫でッ……止めッ、種崎さぁッ…………………………」


「んんん〜本ッ当可愛いぃ、臭いは我慢しとくれぇコレは染み付いちゃったからねぇ。」


 綺麗で良い香りのするお姉さんから撫でられ好き勝手されるのは、まぁ嫌ではない…………、


「あ〜ぁもう撫出ないでください!まだ仕事ありますから、もう行きます!」


 だが、どれだけ優しさがあったとしても私の両耳の熱が両頬にまで達してしまいそうで、いたたまれない。未だモチモチしてくる手を掴み少し強引に引き剥がし、手を振って見送ってくれる彼女を尻目に会釈で返し後にする。


 さて、まだまだ残っている効率をあげよう。


 先ほどの固定居住区から離れ、中々な範囲を平たく整地したキャンプサイトのような広場へ踏み入る。ここは総合サイト区、好きなところにキャンプの設営が可能なフリーサイト、バイクや車などを横付けしてできるオートサイト、コンセントや発電機がある電源サイト、大型トレーラーやキャンピングカー専用の可動拠点サイト。まぁ鬼でかいキャンプ場みたいなものだ。

 隣合う人同士での物々交換やフリーマーケットが盛んで在住している人が温かい印象だ。並ぶ大型トラックを横切り奥に進んでいくと、見たことがないモンスタートレラーが停めてあった。トレーラーの荷台の部分をまるっと改造してまるで戸建てを切り詰めて乗っけたようなもので、他にもアメリカァンな大きさのキャンピングカーが並んでいるがそれとは違い自作トレーラーハウスとでも言おうか、外装や基礎から唯一無二、無骨で機能美が醸し出されているそれにロマンを感じる。

 鈍く光を反射する黒鉄のフレームに無垢板をはめ込んだ扉の前に立ち、思わず声が出てしまいそうなほどに重々しいドアノッカーに手をかけ数度うち鳴らし、呼びかける。


「クーパーさん!生活物資Ⅱ型とⅤ型にバイオガソリンのお届けd」


「おぉーお疲れ様です、って嬢ちゃん一人かい?」


 食い気味に出てきた男、いや漢は隆々たる筋肉を見せつけるようなタンクトップ姿の彼は扉を潜るように背を曲げて出てくるほどの巨躯で出迎えてくれる。角張った彫りの深い顔立ちで、重みと厚みのある地響きの様な声は本職の威圧感を醸し出し、私と荷物を何度も交互に見たあとに、辺りを怪訝そうな表情で見渡す彼の目には影がかかり、鋭く研がれた刃物のような目線が向けられると私の喉奥から変な音が出る。締め付けられた声帯は上擦りながら音を絞り出す。


「えぇ?そうですね、何か?」

 まずい、いや動揺を出すな。隙を晒すな。……毅然たる態度を崩さず、表情は一定に……漣を立てぬように、視線はぶらさず目を真っ直ぐ見据え、姿勢をそのままに重心だけ下半身に集中させステンバーイ・・・ステンバーイ・・・。


「いやぁ、悪いね重かったろう。嬢ちゃん結構パワフルなんだね。サインここでいいかい?」

 一段高くなった声色で気遣う言葉を投げかけ、共に丸太のような腕をのばして荷物を受け取り、丁寧に指紋認証とサインをあっさりと済ませてしまう彼の振る舞いに、力が抜け思考は平静を取り戻す。


「あぁ、えと脚が人一倍強いんで。…………ふぅ………………あの、このコロニーに来るのって初めてですか?」


「初めてでね、コレの登録も昨日終わったところで分からんこと山ほどよ……。今だって結構な数を物資要請したから自分も運ぼうと思ってソワソワしながら玄関待機してたよハッハッハ!!」


 あ〜…………ごめん、こんな屈託のない笑顔で笑ってるところに私はステンバーイ・・・の姿勢で思いっきり反撃する気しか無かった……。愛車を撫でながら照れくさそうに笑顔を向けてくるような人が悪い奴なわけないな。であれば、こちらもコロニー先住民として色々手助けしてあげなければ失礼というもの…………こういうのは損得関係なく施すべきだ、周り回って自分が助かることになるのだから。


「では、……ちょっと待ってくださいね……………………あ〜、ハイこちらどうぞ。」


 右腰のサイドバックの中に常備されているパンフレットの束を取り出し、左手で扇状に持ち直し親指でずらしつつ、何枚か抜き取り右手の小指と薬指で挟んでおく。そして厳選し終えたそれらを彼にて渡す。


「どうも。…………あぁ……嬢ちゃん、悪いんだが少し説明を貰ってもいいかい?」


 最終的に辞書ほどの厚みになってしまったそれらを見て、申し訳なさそうな顔で聞く彼。


「もちろんです。左からコロニーのルールと違反した場合の処罰についてと対応部署の案内、次に各主要設備と詳細の書かれた地図に、後ろの五枚はコロニー内で利用されている人気サービスの上位五選それぞれのパンフレットです。」


 その後も実際に広げて一緒に内容を確認しながら質問にされ、それに答えるのを繰り返しひと段落がついて、感謝の言葉と力強い握手を交わし満足気な表情な彼の前に今一度姿勢を正して立つ。


「今回は虚空運送の虚空叶永がお届けしました、またのご利用お待ちしております。」



 そこから、これでもかと言うほど走り狂った。


 水が生活と結びつき、空気の綺麗な水路区。人工的に引かれた川をまたぐように建ったレンガで作られた丸い格子窓の特徴的な家にて

「アッシュさん!生活物資Ⅱ型と小型生物用の諸々の…………お届けなんですけど、」


「ワンワンッ!」

「ナーーウ……」

「ピピピッピピピッ!」

「プププププップププププッッ!」

「……ひゃぁい〜〜、あ〜おつけれですぅ。」


「あ〜ー…………どうもこんにちは、あの一旦まとめて置いとくのでお手隙に指紋とサインを送って頂けますか?」


 肩甲骨あたりまで伸びたくせっ毛はフワッフワで、丸メガネが似合う男性…………ていうかお兄さんが動物の波をその体ひとつで押しとどめながら、律儀にも会釈をして挨拶してくる。大変そうなので荷物を玄関に置いて、落ち着いたらまたとその場を後にする。



 次は直接、建設現場に届けそのままプレハブ小屋で大口発注の書類を社員の方々と一緒に睨めっこだ。と言っても細かいところを聞かれても私には発注管理をどうこうできる権限も知識も無いので、私の分かる範囲での受け答えして本格的に詰めるのは社員の人の仕事だ。まとまったものを貰い受け、母に届けるまでが私のやること。ほどなくして、単行本並の厚さになった書類と発注書を託された私は、一度家に戻り、一筆のメモと一緒に母の机に置いておく。


 玄関から出ると日は傾き、建物の影が大通りを覆っていた。夕日が建物の隙間から射抜くように照らし、綺麗と思うものの、眩しいので目を細める。大きく体を伸ばしながら保管庫の方に向き直る。

「あぁぁ〜………………ふぅ、あと何件だぁ?」


 えぇと、水路区端っこあたりと第二固定居住区に14件、大通りに5件、中央広場にコンテナ一本か………わぉ、あと少しじゃないか頑張ったな今日の私。早めに終わったら……そうだなぁ、今日は気分を変えて壁の上で飲むか。そう心に決めると、踏み出す1歩目に力が入る。





 そうして残りの物を届け終え、解放感に喜びたいのだが………………、

「…………………………」

 とてつもない疲労感が喜ぶ暇を与えてくれない。昼間は心地いい暖かさで包んでくれていた空気も、首筋から肩にかけて上からじんわりと重くのしかかる。空は夜に半身を突っ込み先程まで眩しかった夕日は深く昏い青と混ざり合い、深紫のグラデーションを広げていた。点々と星々が見え始め、昼が終わり私たちの時間だと告げているかのように輝きを増していく。

 やっと終わったぁ…………、喋る気力なんてとっくのとうに底をつき家までの帰り道をなぞり、星を見上げ、脚を動かすことに全神経を集約することしかできなくなった私に、後ろから知った声が呼びかけてくる。


「叶永ぇ〜〜!」

 運転席から元気よく手を振り、社用兼私物の運送トラックを私の横に停める母であった。


「お疲れぇ〜ほら乗ってき、こっちも終わったから」


 そう言って身を乗り出してドアを開けてくれる母のお言葉に甘えて、助手席に乗り込む。乗り慣れた助手席のシートは相変わらず硬く振動が視界を揺らすが、安心できる場所としては満点で、いつもどうり気の抜いた口調に戻し、喋るのだ。


「今日さ、家ついたあともっかい出かけていい?」

「ん?別にいいよぉ、コーヒーでしょ?」

「そ、疲れたから星見ながらしばこうかなと。」

「乙だねぇ、」


 テンポ感のいい会話をしゃべくりながら家まで送って貰う。ときに愚痴り、ときに笑い互いの過ごした日常を共有して駄弁る。仕事のときとは違う、基本頭を使わない瞬発的なやり取りが私にとって心が休まる大切なひと時だ。


 そうこうしてるうちに、もう着いてしまった。車を降りても続く会話は家の中まで持ち越され、話をいいところで区切り自室戻る。作業着の諸々脱ぎ捨てショートパンツとオーバーサイズパーカーに着替え、リビングを経由して洗面台に向かい顔を洗い、スッキリし気分も切り替えたところで今から必要なものを集めようとしたそのとき、



「おかえり。」



 野太く深さのある声。頭の上から押さえつけてくるかのような重圧を伴って放たれた言葉。


 突然、……………絶対に…誰もいなかったはずの背後から声がしたことにより体が硬直し、視線だけでゆっくりと振り返り、その者の鳩尾の辺りから胸、鎖骨、首、喉仏、顎と相手を刺激しないよう可能な限りゆっくりと視線を上ににじりずらしていく。



「…………?愛娘よ、父さんがおかえりって言ってるのだが?」

「あっ、うんただいま父さん。…………って、音もなく寄るな!そして撫でるなぁ!」


 私の顔を覆ってしまえそうな程の大きく分厚い手を力いっぱい振り払い、これでもかと言うほど不機嫌さを態度と声に乗せ、こちらを見下ろす父を睨みつける。渋茶色の腰巻タイプの、カフェエプロンと黒いシャツに身を包む彼、体格とはミスマッチなファッションだが見てるこっちも慣れるもので、今では「あ〜いつもの……」くらいにしか思わない。


「ハハッすまないね、これが楽しみになってるんだ普段の。」

 先程感じた圧迫感は何処へやら、今は深さと共に包み込むような落ち着いた安心感を内包した優しさに満ちた声色で朗らかに笑いながら話しを続ける。


「母さんの方もコンテナの運搬に苦労して、今の叶永みたいなやつれた顔して途中帰ってきたぞ。なんでも今日届いた大半が自警団の物資らしくてな、重てぇたらありゃしねぇっていいながらどの隊員さんよりも動いてたな。」


「ハッ!母さんよりパワフルな人そうそういないからねぇ…………父さんくらいじゃない?純粋な力で勝てるの?」

 私の太ももと同じくらいな腕をパシパシ引っ張ったきながら、口の端を釣り上げ問いかける。


「…………………………。」

 答えず、角張った顎に手を当てどこかを見つめ何かを思い出しているかのように黙りこくってしまった父を見つめ続けていると、不意に眉間に力が入り嫌なものを見たかのような表情になる。


「あ〜…………、まぁ力なら……今なら勝ってるのか?だけど昔、大喧嘩ことあってな」

 煮え切らない答えを出したあと、初めて聞く話をしたので叩き続けていた手を止め聞き入る。


「完全不意打ちで前足狩られて、崩されて倒れ込まれながら横隔膜を直接突かれたのかって思うくらい、とにかく鋭く一点で重く入る正拳で伸された………あれは…もう二度とごめんだ。」


「かっこよ…………えっ、何実は母さん元傭兵とかなの?しかも身長差結構あるよね、30cmくらい。」

 お腹をさすりながら苦悶の表情で語る父とは対照的に、母の意外な一面にニヤつく私。


「正確には母さんが160cmジャストで父さんが201cmだから41cm差だな、さすがだ。」

 そんな差があってあれかぁ…………と嘆きにも似た関心の声を漏らす父。


「……すごいなぁで済ましちゃいけないような気がするが、」

 そうなんだな、母は強しと言うが精神的だけじゃなく肉体的にも一丁前だったとは……。



  お腹を労わるようにさすってた手は、いつの間にまた頭に乗せられ優しく髪を梳くように撫で始める。私は何を言うでもなく、照れ臭さから視線を下げると父の手のものに気がつく。それは普段から私が愛用しているクラシカルなタイプの金属製ランチボックスだった。いつも中にコーヒーメーカーや、グラインダー、フィルターが常備されていて、これから持ち出そうとしていた代物をなぜ父さんが持っているのか…………。


「それ、今から使いたいんだけど……、」


「あぁだと思って持ってきた、よく晴れてるし星見ながら飲むんだろうなぁと……違ったか?」


 図星だ……、愛ゆえの先読みと行動だと思うが、時々あんた人間辞めてるよ。


「疲れたろ、コーヒーもいいがリラックスするにはお茶の方がいい、癒されるだろう。左から中国緑茶ベースのジャスミン、二段階火入れしたほうじ茶、深蒸した緑茶、いつものブレンド豆もある。」


 ランチボックスの中に既に用意されていた楊枝入れほどの小ささの茶筒を骨太な指で器用に取り出し解説するこの父は家業とは別で、コーヒーやお茶といった嗜好飲料を生きがいのひとつとしている人で……まぁいってしまえば嗜好飲料ヲタクなのだ。


「ありがと。ねぇお湯の温度ってどやって測ればいい?紅茶とか熱っついのじゃないと良くないんでしょ?」


 心がこそばゆい感じがしつつ感謝を述べる……が、確か紅茶もコーヒーも緑茶もそれぞれ適温があったはず…………と目の前の人からの受け売りで知識だけはあるのだが、肝心の温度調節のやり方なんて知らない。いつもコーヒーしか飲まないから……弊害がここで来るとは。頭の中でぼんやりと温度を思い出そうとしていると、何やら得意げ……というか気持ち悪い笑みを浮かべ父さんが再度ランチボックスを漁っている。


「お嬢……こんなこともあろうかと、こちらそれぞれ温めておきましたぞ」


 そういい白無地の保温ステンレスボトルを1つ取り出し、蓋のように見えた部分を回すと1つだった水筒が3段に分解され、父さんが凄いだろと言わんばかりの顔をする。それぞれ紅茶・コーヒー・緑茶と手書きのステッカーが貼ってあり、手が凝ってるなぁと思うが……………………父さん、さすがにキャラ崩壊がすぎるぞ、ノリが良いのは好きだが…………


「懐で?」


「いいや、ヤカンで。」


 ………………今のはちょっと面白かった、ありがたく使わせていただきますよっと。満足気な父さんと、また書類とにらめっこ中の母に声をかけ、今日1番のリラックスした気持ちで家を後にする。





 外壁には何ヶ所か整備や修繕用にてっぺんまで掛かっているハシゴがあるのでそれを使い登りきると幅5mほどのコンクリートがコロニーを一周していて事故防止のフェンスが備え付けである。頂上に人は滅多に来ない、というのも普通に危険なのだ。だから子供はまず来ないし、大人もこの時間には寄り付かない。なのでこういう一人でゆっくりする時に重宝している。


「思ってたよりハッキリ見えるもんだな、新月だからより………………はっ、見てる場合じゃないとっとと作るぞ。」


 ランチボックスを開け、父さんが持たせてくれたボトルを3段に分解し、緑茶と紅茶用のお湯に直接茶葉を入れる。そのまま蓋を閉じ煮出してる間に、手回しグラインダーに1回分のコーヒー豆を入れゆっくり挽いていく。音と感触から挽き具合を調整しできたものをセットしていたフィルターに入れお湯を注いでいく、コーヒー豆全体にそっとお湯をのせるイメージで均一に注ぎ20秒ほど蒸らす。蒸らし終わったら、平らにならした粉の中心に「の」の字を書くように低い位置から静かに注ぐ。コーヒーサーバーは面倒臭いし手間なので省く、直接カップに注いだためか細かい泡が目に見えて残っている。


「…………父さんが見たら発狂しそうだ。」


 コーヒーを揺らし泡を少しづつ馴染ませる、座るものなんて持ってきてないので突っ立ったまま星を茶請け代わりに啜る、…………ちょっと酸味が……。


 コロニーの周りは森林と平原で遠くに見える山々が大きく土地を囲んでる、自然が豊かで逆に背の高い建築物はほとんど無い、そのためか頭上いっぱいに広がり覆いかぶさってくるかのような星月夜は山の向こうまで繋がっている。目の錯覚か、はたまた本当にそうなのか星空がいつもより近い気がする。本当に……いつか零れ落ちて来てしまいそうだ。


「あちゃ、もう無くなった。」

 次はほうじ茶にしよう、空になったカップを布で拭い、十分に蒸らしに出されたボトルの中身を茶漉しを通し注ぎ入れる。湯気が狼煙のように立ち上り風に流されながら、最初から何も無かったかのように夜に溶けて消えていく。


「………………………………さて……」

 ほうじ茶はとめどなく狼煙を上げ続ける、私は鉄格子に手をかけ少しだけ真剣に考え始める。


「今のままか、……………いっそ思い切って変えてみるか。」


 カップをゆっくり回し揺らしながら考えるのは、自分自身の将来について……。

 今は実家で働きそこそこに稼ぎを上げてる。ただ……それだけでしかない、起きて動いて稼いで寝て、また起きる、また稼ぐ、そして寝る。このサイクルがお金以外何か生み出しているのかと聞かれたら正直……何も無いとしか言えない。この漠然とした…………停滞感?不安?みたいなのがここ最近頭から離れない。それに私にはこれといった執着できる趣味が無い、それも虚無感に繋がっているのだろうか?分からない。もっと親しい人がいたならどうにかできたのか?分からない。別にこのままでも将来安泰なのだ、着々と仕事の任せられる範囲は増えたしやり甲斐もまぁ……ある。ただ何か…………何かが違う、ずっと小骨のような違和感がつかえて…………厭だ。何を変えればいいか誰か教えてくれれば、いっそ定めてくれれば…………、それは自分ですることか……。何回目か分からない堂々巡りの思考が、腹の底を這いずっている。


「軍人って……ありか?…………………わかんないなぁ、…………ん?」


 手元のカップから伸びる狼煙をほぼ無意識的に目で追っていた私は、その奥に広がる奇妙で異様な景色に意識を奪われる。


  突如前触れなく湧いてきた気色悪い濃霧が山肌を、木々の間に入り込むように下っていく、やがてそれは平原に零れ落ちて濁った白が緑の大地を容赦なく犯し、蝕み、満たしていく。草花を、森を、生きとし生ける悉くを取り込みそれでも尚、霧の領域を、テリトリーを広げていく様子はまるで…………、


「化け物…………。」




「「「「「「ガガガガがァ"ァ"ァ"ァ"あ゙ァ"ァァァァァァッッ!!!!!!!!!!!!」」」」」」




「ン゛ッッッッッ!?!?!?」


 到底人間の出せる咆哮の域を超えた、慟哭じみた声のような不快音が幾重にも響き空気を裂く、驚きと衝撃により含んでいたお茶を吹き出してしまう、口の端から滴るそれを拭うことすら忘れて、目の前の理不尽を眺める。まるで星月夜の平和に唐突な終わりを告げるかのようだ。



 地を這う霧の中から「ドス黒い赤い人型」が数え切れないほど湧き出てくる。



「地獄からの簒奪者」「エイリアン」「死に損ない」「皮膚なし人間」「元人間」。私が生まれるずぅっと昔、教科書に載るほど前のこと、この地球には人類史上最大級の莫大で有害な放射線が直撃した。オゾン層の破壊、生物の細胞の破壊、生態系の破壊、気候の破壊………………全てがその日、破壊され尽くされた。そして「化け物」を生み出した………………。有象無象がその化け物に淘汰される中、人類だけは徹底抗戦を選びその戦は今でも終わっていない。幾年が過ぎ、人類は完全では無いが復興を果たしその化け物にも学問的な種族名が付けられた……それが、


「炉人…………!?」


 いやいや!まずいマズイやばいッ……!あんなの量の炉人見たことない、それにいくら自警団の人達だって限度がある!あんなの防ぎきれる訳ない!どうする!どうする!避難しないと……、どこに?避難場所は?外は危険じゃ…………いや!今は考えてる余裕ない急がないと、じゃないと





 

  「……全員、殺される。」

少女が絶望した時に見せる血の気の引いた表情が私の主食です。

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